第909話◆真夏の森へ
「キエエエッ!」
「ははは、今日はあのやべー奴のとこにはいかない予定だからそんな心配すんなって。やっべー薬も装備も十分用意してもらったし、大丈夫だ。俺達のことを信じて待っててくれ」
「モ……モ……モッ?」
「装備もポーションもすっごいのを貰ったので大丈夫です! それにグランさん達がいるので大丈夫です!! はい、がんばります!!」
「ゲェーゲエエエエッ!」
「何? これも一応もっていけ? ああ、さっきの溶岩ポーションね。何かに使えるかもしれないから? こっちのポーションを投げ込めば溶岩が即固まるから役に立つだろう? 危ないポーションをそれの対策付きで、しかもグランじゃなくて俺に渡すあたりすごく危機管理能力の高いサラマンダーだね。うん、ありがと。溶岩とそれを固められるものなら攻撃以外にも使えそうだね」
昼食後、一休みを終えて箱庭行きの扉の前は大騒ぎだ。
めちゃくちゃドヤ顔をしたラト達にすごそうなポーションやお守りをあれやこれやと渡され、準備万端を通り越して準備過剰な状態になってしまったにも拘わらず、さぁいざ出発という時になってやっぱり準備不足かもしれないと更に追加で色々渡されている。
みんな心配症すぎでは?
苔玉ちゃんはカリュオンの鎧を念入りにチェックしながら魔法を色々かけているし、焦げ茶ちゃんもジュストに謎の石を渡そうとしているし、サラマ君はアベルにあの溶岩ポーションを渡している。
それは俺に渡してくれーーーー!! ポーションといえばアベルより俺だろ!!
ま、どうせ箱庭でキノコポシェットに入れたら、俺でも取り出せるようになるから関係ないか。
そして俺の肩の上ではカメ君が――いつもは左肩なのだが今は右肩で何やらゴソゴソと動くきながら、ギューーッと水の魔力を凝縮するような気配がする。
カメ君は、何をやってるんだ?
「そろそろ出発――」
「カメメメメメメメ……カメーーーーーッ!!」
「うひゃ!?」
そろそろ出発するからカメ君に肩から下りるように促そうとしたら、カメ君の気合いの入った声と共に耳元がヒヤッとして変な声が出た。
「カッカッカッカッ!」
カメ君の満足げな高笑いとひんやりとした感覚のある右の耳。
そのひんやりの原因はカメ君に貰ったイヤーカフス、スピリット・オブ・カレントが纏う水の魔力。
「な、何!? カメ君、何やったの!?」
【スピリット・オブ・カレント(試作品・改)】
レアリティ:???
素材:???
オーナー:グラン
属性:水/聖
効果:俺様の加護・ちょっぴり本気
改!? ちょっぴり本気!?
カメ君の気合いの声と共に、それまでより強い魔力を放ち始めたスピリット・オブ・カレントに手を当てて鑑定してみると、鑑定結果が以前よりちょっぴり変わっていた。
「カメメッ!!」
肩の上のカメ君を見るとめちゃくちゃドヤ顔。
どうやら出発直前になってスピリット・オブ・カレントに追加の付与をしてくれたようだ。
内容は俺の鑑定ではわからないけれど、きっと俺や仲間を守ってくれるものに違いない。
すでにラトや三姉妹達からもたくさんお守りや薬を渡されているけれど、追加でカメ君の加護を貰えるなんてとても心強いよ、ありがとう。
「キッ!?」
「モッ!?」
「うぉい、鎧も盾もすでに苔玉の加護だらけなんだから、これ以上何をするってんだ!?」
「わ、おばあちゃんちの裏山の土みたいなにおいがする土の魔力がローブに……これは何かの魔法か付与ですか? ありがとうございます!」
そんなカメ君に対抗心を燃やしてなのか苔玉ちゃんはカリュオンの鎧に、焦げ茶ちゃんはジュストのローブにキラキラと何か魔法をかけ始めた。
そしてサラマ君も……。
「ゲェ……」
「俺だけ何も貰えないのは可哀想だから仕方ないみたな表情はやめて! 究理眼で通訳しなくても表情を見ればわかるよ! 装備に魔法をかけて強くしてくれたことはありがとう、でもその可哀想な子を見る目で見ないで! グランまで生温かい眼差しはやめて!」
アベルの前にパラパラと火の粉を振りかけているサラマ君の表情はなんだか生温い。
アベルは友達もいないし、小動物にも逃げられたり威嚇されたりおちょくられたりするタイプだから仲良くしてあげて。
「ぬ? しっかりと加護を付けた装備や薬を渡したつもりだが、まだ足りない気がしてきたな」
「わたくし達も負けていられませんわ」
「すごいお守りを渡したつもりだったけど、もっとすごいのがよかったかしら」
「私達もぉ、パパッとやっちゃいましょうぅ」
ああ~、ラトと三姉妹達も張り合い始めた~~~~!!
これは止めないとキリがなくなるやつだ~~!!
渡されたポーション類やお守りはどれもどれもアベルの鑑定すら弾くほどのものだし、それだけではなく俺達や俺達の装備品にこれでもかというほど防御魔法をかけられて、体の周りにめちゃくちゃピカピカした魔力が纏わり付いている。
そこに追加で色々魔法をかけられて、もうピッカピカのピッカピカ!!
大丈夫! もう大丈夫! そんなに念入りにしなくてもきっと十分!!
「大丈夫! もうすでに色々すごいものを持たせてもらったから! それにそろそろ出発しないと夕食の時間までに戻ってこれなくなっちゃう! 今日は箱庭内の森以外がどうなってるか見て回るだけの予定だから、危なかったらすぐに引くから心配しすぎないで! じゃあ、いってきます!!」
ラト達には申し訳ないが、お見送りはほどほどにして出発するぜー。
夕方までには帰ってくる予定から心配しすぎなくて大丈夫だぞー。
というわけで、出発! いってきます!
箱庭から帰る時に貰える仮の鍵を箱庭行きの扉に付いている鍵穴に差し込みクルリと回すとカチャリと小気味のよい音が響き仮の鍵が光となって消え、俺達が扉を開くまでもなく勝手に扉が開いた。
前回までは夜の箱庭だった。
箱庭内の時間は箱庭内でダンジョン化している場所を除けば、おそらく外の時間とリンクしていると思われる。
視界の悪い夜ではなく視界のよい昼の時間に箱庭内がどうなっているか確認したいと思い、今日は明るいうちに箱庭に入ることにした。
昼間の明るい森で、夜に見落としていたものがないかしっかりと見て回るのだ。
そう、しっかりと。夜の間は見落としていたかもしれない素材達を。
と、張り切っていたのだが……。
ミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミンミン。
「う、うるさい! うるさい! うるさい! うるさあああああい!! そして暑うううううい!! ウギャッ! 蝉がぶつかってきた!!」
とキレ散らかしているアベルもすごくうるさい。
しかしこれはキレ散らかしたくもなるほどに、蝉の大合唱が周囲に響いている。
そして当たり前だが暑い。
そりゃそうだ、今は夏。蝉がうるさくて、暑いのは当たり前なのだ。更に今は一日でも一番暑い時間帯。
これが真夏の昼間の森だ。
俺達は今、猛烈に昼間の森に突撃したことを後悔していた。
昼間は空調を効かせまくって涼しい部屋で過ごすことが多いので、真夏の一番暑い時間をすっかり舐めていた。
ラト達が気合いを入れて用意してくれたドヤァ物資やドヤァ魔法ですら緩和されることのない蝉の鳴き声と夏の暑さ。
とんでも人外達のチートな装備も魔法も、大自然の前では無力だったのだ。
恐るべし夏の暑さと蝉の鳴き声。
「確かにこれはあっちーなぁ。森の中ならもう少し涼しいと思っていたんだけどなぁ」
「ヒ……すごく蒸し暑いですね……」
全身鎧のカリュオンとフカフカの毛皮のジュストは更に暑そう。
そして俺は――。
「このキノコは食べられるキノコだから回収、こっちは食べられない毒キノコだけど毒性のものは何かに使えるかもしれないから回収。あぁ~と、夏にしか生えない薬草みっけ!!」
森の中を進みながらせっせとキノコや薬草を採取していた。
水の加護たっぷりのスピリット・オブ・カレントのおかげで蒸し暑い中でもひんやりと気持ち良く。
ありがとう、カメ君! 俺様の加護・ちょっぴり本気、早速助かったよ!!
「うわぁ……別荘を出てまだあまり歩いてないのにポシェットの中がキノコと薬草だらけなんだけど!?」
しまった。
四人でポシェットを共有できるようになったから、ポシェットに突っ込んだものが全部アベル達にもばれるんだった。
でも大丈夫大丈夫、キノコも薬草もいつか使うものだから。
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