第907話 ◆賑やかなランチタイム

 ルシファーか……前世の記憶にあるのは、反逆者とか堕天使とかっていう神に敵対する者というイメージ。

 最も美しいといわれた天使でありながら神に反旗を翻し、天から追放され、その後は地獄の王となったとされていた。

 もちろん実在の人物ではなく、とある宗教の経典に登場する空想上の存在である。


 なんか好きだったんだよな。

 というか、誰でも一度くらいルシファーという存在をかっこいいと思うんじゃないかな?

 何がかっこいいのかわからないけれど、とにかく好きだった。


 美しく、強く、この世で最も価値のある存在として創世の神に寵愛されながらも、神を愛すことなく自らの意思で天を離れ創世の神の怒りに触れ地獄に堕とされた者。

 その美しさと強さに誇りを持ち自信に満ち溢れ、夜明け時に輝く金星のように黄金に輝く魔力と眩しい金髪に黄金の瞳を持つ十二枚羽の天使の姿をした神。


 自信に満ち溢れすぎてめちゃくちゃナルシストで、自分を打ち負かした相手に超絶惚れ込んで面倒くさい粘着ストーカーと化してたんだよなぁ。

 金髪が眩しくてうざいと言われたから黒っぽく染めてみたり、十二枚もある翼がバサバサ暑苦しいと言われて翼のない生きものに化けてみたり、神の敵対者っていうイメージより変な奴のイメージのが強かったけれど。

 変な奴だけれど、めちゃくちゃ強いんだよなぁ。

 あのルシファーだったらやばかったけれど、箱庭にいるのは他神の空似だから大丈夫大丈夫。



 って、あれ?



 違う。これは宗教の経典の話じゃなくて……えーと、多分それを元にした創作に出てきたルシファーさんだな。

 ルシファーさん、大人気すぎて色々な創作に登場していたからな。きっとこれも前世で読んだ創作話に出てきたルシファーさんの誰かだろう。


 もー、転生開花は余計なことを思い出させるなよー。

 一緒に他の記憶も思い出しちまうだろ。

 余計なことを思い出すとグランとして生きている俺にも影響が出るから、必要ないことは記憶の底へ眠らせておいてくれ。

 俺がグランとして生きるために邪魔な記憶を思い出させるんじゃねぇ。




「グラン……グラン……ねぇ、グランってば!」

「ふおっ!?」


 気付いたら立ったままウトウトしていて、アベルの声で意識がいっきにクリアになった。

 寝ながら何か考えていたような気がするけれど、微睡んでいる時に考えていることって支離滅裂なうえに我に返った時には忘れてるんだよな。


 思わず変な声を出しながらパッと目を開くと、アベルがいつものお説教顔をしながら絵や文字が書かれた紙を俺の方に向けてピラピラと振っていた。

 うっわ、なんかすごそうな魔導具の説明がびっちり書かれているけれど、寝起きの頭で読もうとすると目が滑るから後でアベルに口頭で説明してもらおう。


 その紙に視線を移した時に視界に入ったタルバの作業机の上には、めちゃくちゃドヤ顔のカメ君。もしかして俺が立ったままウトウトしていた間、カメ君も打ち合わせに参加していたの?

 一方アベルの肩の上では、焦げ茶ちゃんが完全に脱力をして爆睡をしていた。アベルのマントをよだれまみれにしながら。


 もしかして、思ったより長くウトウトしてた?

 もしかして、最強のゴッドスレイヤーの打ち合わせ終わっちゃった?

 もしかして、俺の考えた最強の神殺し計画じゃなくて、俺がほとんど考えていない神殺し計画になっちゃった?


 俺も何もしていないけれど、メインで頑張るはずの焦げ茶ちゃん何もしてなくない?

 タルバの工房にきてから、お腹のポケットからラグナ・ロックを出しただけじゃない?

 ああ、ラグナ・ロックを加工する時にめちゃくちゃ本気を出すつもりで力を温存しているのかな?

 うんうん、加工をする時はよろしく頼むよ!


 え? 今日これから準備をしておくから、本格的な作業は明日から?

 じゃあ焦げ茶ちゃんも本気を出すのは明日からだね!


 うっわ、ウトウトしている間にもう昼前じゃん。

 今日は作業はないなら俺達は家に帰るかなぁ。

 じゃ、俺は全く考えていない最強のゴッドスレイヤーをよろしく頼むぜ。

 おっと、差し入れのリュネ酒ゼリーとかお菓子とか肉を渡すのを忘れていた。

 この差し入れに免じて、ラグナ・ロックの加工手数料は少し負けてくれてもいいんだぜ? 

 

 何だよアベル、そんな呆れた顔をすんなよぉ。カメ君もため息をつかないで。

 ほら、焦げ茶ちゃんを見習ってどこでもスヤァできる胆力をつけよ?

 痛っ! 冷っ! うっかり寝たのは悪かったから、ダブルで氷をぶつけるのはやめろ! 他所の工房ではしゃぐのはやめろ!












「もー、ホント信じられない! タルバと話してるほんの数秒の間に、グランが立ったまま普通に寝てるんだよ? 器用すぎると思わない? もしかしてそれもギフトの影響なの!? もー、肉おかわり!」

「カメェ……カッ!」


 と、タルバの所から家に帰ってきてもまだ機嫌が直らず、昼飯を食いながらプリプリと怒っているアベル。でも肉はおかわりをする。

 アベルに同調するようにため息をつくカメ君。はいはい、カメ君はエビフライね。


「ごめん、ごめんて。いやー、俺が考えるとどうしても範囲力のあるものにしたくなるからさ、アベルとタルバに任せた方がいいかなって思ってさ。寝ちゃったのは悪かったって」


 昼ご飯のメニューを豪華にしたから許して!!



 テーブルの上にズラリと並ぶ、いつものランチより豪華な大皿料理。 

 いつもなら昼に家にいる人数は少ないため簡単なメニューになりがちなのだが、今日は全員揃っているので夕食並みに豪勢に見えるメニューになった。

 大皿に料理を山盛りにしてドーンドーンとテーブルに並べたので豪勢で手が込んでいるように見えるが、纏めて作りやすい料理をたくさん作って大皿に盛って、トングで各自好きなものを好きなだけ取るバイキング形式で手間はそこまでかかっていない。

 一人で作るには少し大変な量だがジュストや三姉妹、カメ君が手伝ってくれたので、サクサクと準備も終わってランチタイムに突入。


 トマトソースパスタにクリームパスタ、それからペペロンチーノ風パスタとパスタだけでも大皿が三つ。

 揚げ物はみんな大好き唐揚げに、フィッシュフライ、エビフライ、コロッケ。

 キッチンに空調がないせいで揚げるだけ揚げて面倒くさくなったので、適当に皿の上に積み上げた。

 そして肉。レッドドレイクの肩ロース肉を塊のままじんわりと焼きあげて、食べやすいサイズに切ったステーキ。

 もちろんサラダも気合いを入れてたくさん作ったから、たくさん野菜食えー!!

 デザートにサラマ君が持って来てくれた南国フルーツもあるぞおお!!


 と、まるで宴会の会場のような食卓になったのだが、大皿に山盛りの料理もこの面子の前ではハイスピードで減っていく。

 いつもなら昼間は森に出かけているラトも、昼間にやってくることが珍しいサラマ君もいる。

 三姉妹も家にいるし、アベル達も仕事を休んでいるし、カメ君もジュストも今日は家にいる。

 みんな箱庭のことが気になってしまっているようだ。

 しかしそのおかげで、ランチタイムが賑やかなのは案外悪くない。



「まぁでもグランが居眠りしてくれたおかげで、ラグナ・ロックの使い道はスムーズに決まったよ。グランだけじゃなくて焦げ茶ッ子もずっと寝てたけど。ホントにこの子に任せて大丈夫なの!?」

「モッ!?」

 アベルのチクチク発言の矛先が俺から焦げ茶ちゃんに移った。

 そんなびっくりしなくても、俺よりもぐっすり寝ていた焦げ茶ちゃんには俺もちょっぴり不安があるよ。

 本当に大丈夫?


「カメカメカメカァー……」

「キエエエエエェェェ……」

「ゲレゲレゲレゲェ……」

「モ……」

 ああ~、カメ君と苔玉ちゃんとサラマ君にも何か言われて、焦げ茶ちゃんがショボン顔でポリポリと頭を掻いている。


「後でちゃんと説明するけど、こっちは沌属性を他の属性に変換する魔導具になったよ。モールに任せたからきっと大丈夫。明日から焦げ茶の子が手伝いに行くみたいだけど、不安だからちょっとついていってみようかな。カリュオン達の方はどうだったの?」

 俺も寝ていて何がどうなったか全然知らないので、ゴッドスレイヤーがどうなったのか詳しく聞きたい。

 そしてストッパー役不在だった、カリュオン達の方がどうなっているのかめちゃくちゃ不安でもある。


「お、おう……こっちはだいたい装備品とか消耗品だけど、やれるだけのことはやったかな。もう箱庭の中だし、堕ちたる神の化身・暗黒邪竜魔王ルシファーはクソ強そうだし、主様や苔玉やサラマッ子の好きなようにやってもらったよ」


 俺とアベルの方からフイッと目を逸らし苦笑いをしているカリュオンの仕草になんとなぁ~く、そしてすごく不安を覚えた。


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