第901話◆その先にあるもの

 闇のガーディアンにディールークルムという名を与えた後は、彼の案内で沌の魔力が溢れる割れ目へと向かった。

 男か女かはっきりわからなくて気になるのでジュストに聞いてもらったのだが、とくに性別はないとのことなので仕草の男っぽさから俺の中では"彼"にすることにした。


 ディールークルムと遭遇した場所から割れ目まではあまり距離はない。

 だが彼がいた場所から先は、いっきに沌の魔力が濃くなった。


 沌の魔力が広がりすぎないように、ここでディールークルムが調整していた。

 沌が溢れれば世界が無秩序となり混沌とする、かといって聖ばかりでは融通が利かなくなる。

 綺麗な世界の中に程よい混沌を。

 その調整の役割を沌と相性のよい闇のガーディアンが担っていた。


 闇とは全てを飲み込む恐怖の象徴でありながらも、全てを包み込む安らぎの象徴でもあり、沌との高い親和性を持ちながらも聖との親和性も高い属性である。

 夜になるととくに活発になる沌の魔力が割れ目から溢れでて箱庭世界に広がる量を調整し、余分なものは闇で包み込み行き先を惑わせ割れ目へと誘導し戻していた。

 だが突然降ってきたスゴロクに刺激された沌の魔力の氾濫を抑えきれず、闇と相性のよすぎる沌属性に強く影響されスゴロクに侵食されて理性を失ってしまっていたようだ。


 一度あのスゴロクに侵食されてしまったディールークルムの言葉だからこそ説得力がある。

 曰く、今の俺達では一瞬で沌に飲まれるだろうと。

 その身で感じなければわからないだろうと、名を得て強化されこの程度の沌の魔力なら耐えることができるようになったディールークルムが、割れ目の近くまで俺達を案内してくれた。



 その結果。



「うおおおおおおおおお……痒い痒い痒い痒いーーーー!! ああ~~~~~、無理無理無理無理~~~~~!! ラトや三姉妹のお守りの上から痒い~~~~~~!!」


 体中がゾワゾワしてめちゃくちゃ痒くなった。

 無理、沌属性とか無理。相性悪すぎ。

 体の中にある色々なものがドロドロに混ざって、何が何やらわからなくなってスライムになりそうな気分。

 もう少し歩けば割れ目が覗き込めそうなのに、沌の魔力が不快すぎて足が前へ進まない。

 ラトや三姉妹のお守りがあってこの状態、それがなかったら不快どころの話ではなかっただろう。


「グランが痒い痒いっていうから俺も痒くなってきた。グランみたいに苦手なわけじゃないけど適性は低いんだよね。でもコレはさすがに沌の魔力が濃すぎて、色んな感覚が混ざって何が何だかわからなくなりそう。ラト達に貰ったお守りなかったら、自分とそれ以外の境界がわからなくなって周囲に溶け込んで自分がなくなってたかもしれないね」

 いやいやいやいや、自分がなくなっていたかもしれないとか恐いこと言わないで!!

 あらゆる属性に適性を持つチート魔導士のアベルも沌属性の適性だけは低めで、ものすごく不快そうな表情をしながら恐いことを言っている。


「俺もハイエルフの血を引いてるから基本的に聖よりだからなぁ、沌は少し苦手なんだよなぁ。ま、苔玉のくれた木の実でも食って頑張るか」

 え? 何それ? バケツの中でボリボリ聞こえるけれど何を食ってんの!? それって沌の魔力が平気になる木の実!?

 というかカリュオンの少し苦手はほとんど効かないけれど少しくらい効くのレベルだろ!? その木の実、俺にもわけてくれよおおおおおお!!


「僕は沌属性に適性があるので今のところ平気ですね。というか、どちらかというか体が軽くなってますね」

 キエエエエー! 元勇者のくせに沌に適性なんてけしからんな!

 その沌適性、元からあったのではなくてサンダータイガー母ちゃんの呪いの効果じゃないかなぁ。

 呪いって沌の魔力を利用したものだからなぁ。ジュストの獣化も獣と人の境目をなくし人が獣になっていくいうものだしな。

 サンダータイガー母ちゃんのかけた呪いはおっかないものだけれど、ジュストが呪いと上手く付き合えばジュストを助けてくれる加護みたいなものなんだよなぁ。

 くそぉ、沌耐性うらやましいぜ。


 もう少しで割れ目なので頑張りたいのだが、そのもう少しが辛い。

 やっぱり引き返したい気もして振り返ると俺達の遥か後方、ディールークルムと戦った辺りで白い綿毛がピョンピョンしているのが見える。

 光のガーディアンであるケサランパサラト君は沌の魔力が苦手なようで、割れ目まではついてこないで後ろから応援しているだけ。

 ズルくない!? 光のガーディアンなら闇のガーディアンのディールークルム君と協力して、光と闇が合わさった何かすごい魔法でこのやっべー沌をどうにかできないの!?

 わかるーーーー!! できないから後ろで待ってんだよねーーーーー!!



「うう……もう少しなのに、もう少しが無限に遠い~、無理ぃ~。くそ、まだまだ準備が足りないってことか……でも、ここまできたのなら割れ目の中を覗いてから帰りたい」

 弱音は吐きたくないのだが、辛い。すごく辛い。弱音というか、何か喋っていないと濃すぎる沌の魔力のせいで自分を見失いそうになるのでひたすら喋る。

 とにかく自分の存在を強く意識できるように喋り続ける。

 周りとの境界がわからなくなって自分の存在がわからなくなるなんて嫌すぎる。


 濃い沌の魔力でそれなりに辛いのは覚悟していたのだが、ラトや三姉妹のお守りがあれば余裕だと思っていたので、まさかこれほどまでにまともに動けなくなるとは思わなかった。

 しかし突入する前にこの状況を知れたのは正解だった。ここでこの状況なら中はもっと沌の魔力が濃い可能性が高い。

 今のままだと全く準備が足りていないということを知れただけで大きな収穫だ。


「グラン、大丈夫? 先に戻ってる?」

「偵察だから俺達に任せて戻って待っててもいいぜ」

「割れ目は僕がちゃんと見てくるので、グランさんは休んでてください」

 ああ~、仲間の心遣いが身に染みる~。

 だけど突入する時の沌対策のために、この目で割れ目の中を見て、中に渦巻く沌の魔力を肌で感じておきたい。

 ここですでに予想外の魔力の濃さだったから、この先もきっと俺の予想を超えているはずだ。

 だからどんなに辛くても、この目でちゃんと見ておきたい。


「いや、大丈夫だ。もう少しだから進むぜ」


 ヒュッ!


「んな!?」


 鉛よりも重く感じる足を前に踏み出そうとしたら、俺の少し先を歩くディールークルムの背中からシュルッと蔓が伸びできて俺の腰にグルグルと巻き付いた。

 スゴロクの影響が消え蔓はなくなっていたと思ったのだが、出し入れ自由な蔓が残っているらしい。


「何だ? 何をする気だ!? うわっ!?」

 クルリと俺に巻き付いた蔓が俺の体を高く持ち上げた。

「え? 何?」

「うおっと、何だぁ?」

 続いてアベルとカリュオンも俺と同じように持ち上げられ、そして最後にジュストも。

「え? この先を見ろ? あ……見えました!」

 ディールークルムは俺達を持ち上げた理由をジュストに伝えたようだ。


 なるほどそういうことか。

 持ち上げられ高くなった視界からは、俺達が目指していた場所がはっきりと見えた。


 月のない暗い夜の闇の中に見える更に昏い闇。

 暗い森の中に横たわる漆黒の亀裂。

 そこから溢れ散っていく黒い魔力の靄。


 ああ、俺が辛そうだから見える位置まで持ち上げてくれたのか。


 ありがとう、ディールークルム――――――え?


 ディールークルムの気遣いに感謝しながら、漆黒の亀裂の奥に何か見えないかと意識を集中してソレに気付いた。


 闇の奥に光る二つの赤い光と、それが何者かの目であるということに。


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