第899話◆楽しい時間
ナナシとチュペの気持ちの良い援護を受けながらバサバサと蔓を切り落とし続けているうちに、闇のガーディアンはほぼ元の姿に戻りそこから伸びる蔓は数えられるほどになっていた。
アベルとジュストも拘束を抜け出し聖属性の浄化魔法の準備に入っている。
蔓の数が減り、残る蔓も俺が引き受けてやることのなくなったカリュオンも浄化魔法に加わった。
彼らの魔法が完成し浄化されるのが早いか、ナナシが沌と無へ変えるのが早いか。
ほぼ元の姿に戻り蔓の数がすっかり減ったガーディアンの戦い方は当初の蔓による物量攻撃とは変わり、人型のような本体から繰り出される攻撃と残った蔓を駆使した攻撃と防御という、リュックナナシを背負った俺と似たような戦い方になっていた。
蔓が減って弱くなっているはずなのに、蔓による物量攻撃ばかりだったころに比べて妙に手強く感じる。
いや、実際手強くなっている。
先ほどまではザクザクと蔓を刈り取れていたのに、今は刈り取ろうとすると濃い紫色をした闇の魔力を纏わせ俺の剣をガードする。
大振りでわかりやすい攻撃が減り、蔓の長さを活かした複雑な攻撃が増え、時折俺とナナシを煽るようにフェイントまで仕掛けてきて、蔓の数が減ったというのに妙に防御に手数を割かれる。
何だこいつ?
違和感を覚えながらも、もう一つの感情を抑えきれなくなりつつあった。
やばい、楽しい。
まるで手合わせ。楽しいスパーリング。
時折フェイントを混ぜながらリズミカルに繰り出される本体の攻撃と、変則的な攻撃を繰り出しながら俺とナナシの攻撃をガードする蔓。
それはそれらの攻撃に対し俺がどういう行動をするか予測し、それを期待しているわかりやすい攻撃と俺の反応を楽しむような意地悪な変則攻撃。
そこに殺気など微塵もなかった。
こいつ、まさかすで正気に戻っている? それでいて戦いを楽しんでいるのか?
ああ、そうだよな。
ナナシによって沌の魔力が取り払われれば、ガーディアンとしてキノコ君が認めるくらいの力を持っているなら自力でスゴロクの影響から抜け出すよな。
それに気付いて、ガーディアンの頭部を連想させる白い花の蕾の部分に視線をやると、ピロリと蕾の一番外側の花びらが俺を挑発するように揺れた気がした。
しょうがねぇな、その挑発に乗ってやろうじゃないか。
ただしアベル達の魔法が発動するまでだな。奴らの浄化魔法が発動したら、魔法が効いたふりをして終了だ。
それまで楽しもうじゃないか。
枝や根の広がり方で人の形を連想する闇のガーディアン。人でいうと手足に当たる枝や根の部分は長く伸びているのだが、胴体を思わせる幹と頭部のような花の位置から連想するのは俺よりも少し背が高いくらいの男性を連想する。
繰り出される攻撃は人の使う体術のようで、その動きはかなり男性的な印象を受ける。
なんとなくフローラちゃんに似ていると思ったのだが、こいつは雄株なのか?
いや、フローラちゃんが恋する乙女でちょっと特別な花の妖精なだけで、植物の雌雄が人間の男女と同じとは限らないな。深く考えるのはやめよう。
ガーディアンの本体の繰り出す攻撃は鋭い。
とくに足に当たる根の部分から繰り出される蹴りは、視界の下の端からスルッとくる上に流れるような動作で隙も少ない。
何だこいつ、植物のくせに根っこで蹴り回す戦い方に慣れすぎだろ?
しかも根だからリーチも長い。足ではなくて根だけれど、俺より足の長い男への敵対心が上がりそう。
それにしてもこの体術も闇のガーディアンを作った彼らの記憶の影響か?
このガーディアンを作ったのはフローラちゃんに毛玉ちゃん、それからジュスト。アベルも協力をしていたな。
この中で体術が得意なのは――ジュストか?
ジュストがここまで大胆で力強く、挑発的な立ち回りができるなんて思ってもいなかった。
ジュストがうちに戻って来てからほぼ毎朝軽いスパーリングをしているので、その立ち回りは知り尽くしていると思っていたので意外である。
ジュストは蹴りよりも拳中心のスタイルだったのになぁ。それにこんな揺さぶりの多めの攻めではなく、まだまだ素直で基本に忠実な攻め方なのに。
隠していた実力なのか、それともこうなりたいというジュストの願望なのか、まるで別人――随分と戦い慣れており戦いを楽しむ余裕まである印象を受ける。
おっと、そんなことを考えていたら根っこキックが俺の頬のすぐ左を掠めていった。
チュペがすぐに炎を出して足癖の悪い根っこをジュッとしようとしたが、それが根に届く前にヒュッと闇が集まり炎が根に届きそうな場所だけをガードする。
最小限の魔力とそれを咄嗟にできる技術と判断力、これはアベルの影響か?
チュペがいる分俺の方がズルイかなって思ったけれど、俺は収納スキルが封じられているしガーディアンが魔法持ちならそれくらいのハンデがあってもいいよなぁ?
炎をガードされたチュペは鼻息を荒くして不機嫌そうだけど。
「ケーッ!! ケッケッケッケッ!!」
あーあ、炎をガードされたチュペがむきになっちゃった。ガーディアン君も蔓をチョイチョイってやってチュペを煽っているから、更にチュペがエキサイトして火の粉を撒き散らし始めた。
おいおい、ガーディアンを燃やさないようにちゃんと手加減をしろよ? これはもう戦いじゃなくてじゃれ合いなんだ。
って、チュペの撒き散らした火の粉を小さな闇の針で全部撃ち落としたぞ。
こいつ、なかなかやるな。
だったらチュペの攻撃に気を取られているうちに俺もいくぞ! ナナシは引き続き蔓の相手を頼む!
俺が踏み込もうとすると蔓が牽制をしてくる、それの処理をナナシに任せガーディアンの幹を狙い剣を振るうと、俺が狙った場所を的確に闇を纏わせ的確にカードをする。
当初は蔓だけを刈り取る予定だったが、こいつがあまりに反応良くガードをするので楽しくなってつい。
こいつなら俺の攻撃をきっとガードする。その確信と共に次々と際どい攻撃を繰り出していく。
俺もこいつも際どい攻撃を繰り出すが殺意は全くない。
ガードされることを、回避されることを想定した、そうされるためのリズミカルな攻撃。
俺とこいつの周囲を取り巻くようにナナシと蔓がぶつかり合う音も、チュペの炎とこいつの闇がぶつかり打ち消し合う破裂音も、全て俺とこいつとの戦いのリズムの一部のよう。
楽しい。
そして何故かわかる。
こいつの攻撃が、こいつの避け方が。
まるで慣れ親しんだ相手のスパーリングのように相性良く感じる。
こんなことしてる場合ではないかもだけれど、もう少し……もう少しだけこの気持ちのいい楽しさに浸っていたい。
もうアベル達のことなんか全く気に留めず、ガーディアンとのじゃれ合いに夢中になっていた。
時間の感覚がおかしくなりそうな程に。
思ったより長く打ち合っていたような感覚と、楽しい時間が一瞬で流れていったような感覚。
実際はそう長くはない時間。
そしてもうその楽しい時間も終わりとわかる時、俺とガーディアンは真正面から剣と蹴りをぶつけ合った。
まったく、ミスリル製の剣の攻撃を受け止めてしまうなんてとんでもない植物だよ。
全力でぶつかり合い、その心地の良い衝撃を手にしっかりと感じて弾けるように後ろに下がった時、終わりの合図が聞こえた。
名残惜しい気持ちでそいつの頭部を見ると、白い花の蕾がピロリと外側の花びらを揺らし、俺もそれに応えるように口の端を上げた。
「グラン! ちょっと本気になりすぎ!! ガーディアンを倒したらダメなんでしょ!? 浄化魔法がもういけるから沌を聖に塗り替えて終わり!! って、なんかもう沌の魔力をガーディアンからほとんど感じないけどー!?」
「なぁんかもう浄化魔法はいらなさそうだけど一応撃っとくかぁ。変な残りカスが付いてまた蔓オバケになっても困るしなぁ」
「ひょえー、僕達が魔法を失敗している間にグランさんが片付けちゃったみたいですねー」
アベル達の声が聞こえ、規模の大きな聖属性の浄化魔法が発動をする気配がした。
聖属性の浄化魔法で消されるのは不浄なものだけなので、生きているものにはダメージはない。
沌の属性があれば中和されるが、それももはやナナシによって無属性にされた後。
もう浄化魔法なんていらないけれど念のためで降ってくる聖属性の浄化魔法。
それが楽しい時間の終わりの合図。
またね、闇のガーディアン君。
箱庭が平和になったらまた遊ぼ。
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