第898話◆攻撃力より機動力

 俺が自分の仕事を満足にできない理由。それは機動力の低下。

 どんなに攻撃力を上げても四方八方から変則的にくる攻撃を避けられなければ何もできない。

 普通にナナシを起動して斬りかかっても、無数に伸ばされた蔓にすぐ捕まってしまうだろう。

 アベルとジュストが捕まってしまったため、彼らを狙っていた蔓は次に俺を狙っている。

 相変わらず最前線のカリュオンはほどほどにしか狙われておらず、フルアーマーのため動きの遅いカリュオンはそれで足止めをされている状態だ。


 倒すだけならおそらくここまで苦戦しなかっただろう。向かってくる蔓を切り落としながら焼き払えばいいだけだから。

 しかし倒すのではなく浄化することを目的としている現在、戦略的に攻撃を避けられないというのは致命的だった。

 倒すことより、倒さず助ける方が難しいという典型的な状況だ。


 ただ突っ込むだけではなダメだ。

 突っ込めば攻撃する前に絡み取られる。強引に攻撃に至ればその隙に攻撃をされる。

 ナナシを使えば反動で俺にも隙ができるため、アスモダイノナリソコナの時のようになってしまう。

 だから今欲しいのは大きな攻撃力ではなく機動力と防御力。


 攻撃力は蔓を斬る程度で十分だ。いや、むしろガーディアンを倒してしまわないために攻撃力は高すぎてはならない。

 ナナシでばっさりと斬れば沌の魔力は振り払えそうだが、ガーディアンに大きなダメージを負わせることになり、ダメージが大きければ植物のガーディアンなら枯れてしまうかもしれない。

 だから本体ではなく多少切り落としても再生する蔓を斬り、その数を減らしつつ少しずつ沌の魔力を振り払うのだ。そうすればスゴロクの影響も薄れ大人しくなる可能性がある。

 それにそうしているうちにアベルとジュストが拘束から抜け出し、俺が蔓の数を減らしているうちに聖属性の浄化魔法を完成させてガーディアンが纏っている沌の魔力を浄化してくれるはずだ。


「ナナシ、出番だ」


 カタッ!


 名を呼ぶと待ってましたとばかりに震え、俺の魔力を吸い上げるナナシ。

 俺の魔力を吸い上げ、黒い剣が色付く前に命令を出す。


「リュックに取り憑け! 今日のお前はリュックだ!!」


 カタタッ!?


 ものすごく不満そうにナナシが揺れた。


 リュックにはたくさんのポケットが付いており、ポケットを閉じるための紐やベルトがポケットの数だけある。

 なぁ、その紐やベルトをビヨンビヨン伸ばして操ることくらいできるだろ? 以前俺のズボンの紐をワイヤー武器として使った時のように。

 それで蔓の攻撃を防ぎつつ、必要なら蔓を刈り取ってもいい。

 それに背負うタイプの攻防一体型自立武器なんてかっこいいじゃないか。

 お? 納得したか? そうか、じゃあ今日のお前は超有能なリュックの紐だ!

 頼むぜ、ヒモシ。あのウネウネしている蔓から俺を守ってくれ!


 これで防御面は問題なし。そして機動面も。

 物資が詰まり重かったリュックが、ナナシがリュックに取り憑いたことにより俺の行動を阻害しない程度の重さになった。


 ナナシを使う時はいつもそう。

 ナナシが取り憑いたものは、重すぎず軽すぎず俺が使うに困らない重さとなる。

 その代償は、俺から急激に吸い上げられる魔力。

 何にでも取り憑くナナシだが、本来の姿以外の使い方をすると魔力の消耗が非常に激しい。

 ナナシをリュックに取り憑かせ防御と機動力を確保できたが、これは俺の魔力が尽きるまでがリミットだ。 


 それから俺の肩の上でやる気を出している好戦的なチュペ。

「植物系の生きものは炎に弱いからな、チュペが頑張るとガーディアンが燃えてしまうかもしれないから、チュペは張り切りすぎない程度で蔓を牽制してくれ。ああ、チュペは強いから今はまだ本気を出さなくても大丈夫だ。そう、チュペはとっておきだ」

 不満そうにしてもダメだ。お前は強すぎるだろ?

 チュペが本気を出してしまうとガーディアンを焼き払ってしまいそうなので、チュペには援護だけを任せよう。

 闇のガーディアンは植物なのでおそらく炎に弱く、チュペが炎で牽制してくれれば攻撃が緩くなるはずだ。

 そっそ、元は偉大なシュペルノーヴァだからな、王者は最後に出てきて活躍するものなんだ。


「それじゃ、いくぞ。剪定の時間だ!」

 手に握るミスリルのロングソードで、まずは正面から俺に向かってくる蔓をバサリと切り払った。



 箱庭に設置された時は、根や茎の枝分かれの仕方とてっぺんに咲いた白い大きな花のせいで人の形を連想するフォルムの植物系ゴーレムだった。

 遭遇した時も多少蔓がウネウネとしていたが、それでもまだまだその原形がわかる程度でアベルの鑑定を待つまでもなく闇のガーディアンだとわかった。


 それが戦っているうちにどんどん蔓が生え、その量と長さで元の人の形を覆い隠してしまい、まるで蔓植物に乗っ取られた木のようになっている。

 いや、実際乗っ取られているのかもしれない。蔓ではなくスゴロクに。

 混沌として境目を曖昧にする沌の魔力の影響でスゴロクの魔力と混ざり合いスゴロクに乗っ取られ、スゴロクルールに従いの森のボスとして俺達に攻撃をしているのだろう。そのエリアを支配するボスとして。


 だが、おそらく完全に乗っ取られているわけではない。

 なぜならこいつの攻撃には殺意があまり感じられないのだ。

 時々危険な攻撃はくるものの、ほとんどの攻撃は少し痛いくらいの威力でこちらの行動を阻害するだけのものばかりだ。

 それはどこか迷いのある攻撃のようにも思える。


 その証拠に蔓に捕まってしまったアベルとジュストは拘束されて蔦でペチペチコチョコチョされているくらいで、大きなダメージを負うような追い打ちの攻撃はされていない。

 殺意が低めなだけで避けるだけで精一杯だし、危険な攻撃も混ざっているので決して油断はできない。


 俺だけなら避けるだけで精一杯だが、ナナシとチュペが背後や死角からの攻撃を防いでくれるならいける。

 そのモッサモサに伸びて増えた蔓は、可愛いフローラちゃんや毛玉ちゃんの作った可愛い闇のガーディアンには似合わないから剪定してやるぜ。

 少し痛いかもしれないが許してくれ。


 シュンシュンと高速で動き回る蔓の隙間を縫うよりに動き、大きなダメージにならない程度に蔓を切り払う。

 やりすぎれば枯れてしまうかもしれない、庭木の剪定でもするかのような気分。


 蔓を刈り始めたためガーディアンの意識が先ほどよりも強く俺に向く。

 そうだ、こっちを見ろ。さっきまでアベルやジュストを狙っていたのも全部俺を狙え。

 未だ拘束から抜け出せていないアベルやジュストよりも俺を見ろ。できるだけたくさんの蔓で俺を捕らえてみろ。

 じゃないとどんどん蔓を刈っていくぜ?


 俺の腕は二本、剣は一本。それに対し蔓の数は数え切れないほど、そしてリーチも圧倒的に長く、その一つが自在に動き回る。

 俺だけだったらこんなに強気で攻められなかった。

 視界に入る蔓を俺が捌いている間に死角から迫ってきている蔓は、リュックに取り憑いたナナシがリュックの紐やベルトをシュルリと何本も同時に伸ばし、そのそれぞれを鞭のように動かし弾くようにガードをしてくれる。

 それでもしつこく俺を捕まえようとする蔓は、チュペが火の粉を撒き散らし追い払ってくれる。


 それらはまるで俺の心を読んでいるかのように、俺の動きの癖を知っているかのように、俺が動きやすいように、俺の足りないところを補うように、気持ちのいいサポートをしてくれる。


 リュックなんかに取り憑かせたせいで拗ねているかと思ったナナシも、随分とノリノリで動き回り俺に向かって来る蔓とピシピシとやり合っている。


 サポートに回ってくれているチュペも案外楽しそうに火の粉を散らしている。


 ああ、俺も楽しい。


 不思議なくらい息があって楽しいな。


 その感覚に浸りながら、切り落としてもしばらくすれば再生する蔓を優先的に切り落とす。

 再生するやつは大きなダメージにはならないはずだが、切り落とす度にガーディアンの魔力を消耗させだんだんと再生速度は遅くなるだろう。


 そうして再生する蔓を次々と切り落とせば少しずつ蔓の数は減っていき、ガーディアンは少しずつ元の人を連想する姿に戻り始めた。

 ナナシがガードをしながらワイヤー武器のように蔓を切り裂くためその度に耳鳴りがするのだが、それを繰り返しているうちに闇のガーディアンが纏う沌の魔力の気配があきらかに薄れていた。

 この感じならアベルとジュストが拘束を抜け出して浄化魔法を完成させる前に、俺が片を付けることができるかもしれない。


 蔓の数が減れば、ナナシを剣に戻して一気に決める。


 そこまであと一息。




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