第896話◆夜の箱庭でサクッと

「え? ちょっと待って? すっごく魔力が回復してるというか過剰になってるし、疲労感も全くなくなってるんだけど何? え? 今食べたドラゴンフロウとリュウノコシカケのクッキー? 素材が素材だからそれなりに魔力や体力の回復効果はあると思ってたけど、さすがにこの回復効果の高さはおかしくない?」


「おー、すっげーな。水のドラゴンフロウはカメッ子の関係かな? 火のリュウノコシカケはこの間のシュペルノーヴァのやつだよな? だったらこのくらいは~なんてことはさすがにないと思うから、グランが何かやったかぁ~? ちょっと回復効果あるだけのクッキーだ思ってボリボリいっちまったのはもったいなかったか? でも美味かったから食わないとクッキーに失礼だよなぁ? ま、今回はポーションもあるから大丈夫か」


 クッキーを食べ終わったアベルとカリュオンが怪訝な表情で首を捻りながら俺の方を見ている。

 いきなり俺を疑うなんて失礼だな~。ま、その疑惑は正解なんだけど。

 どうだ~、クッキーは中々すごいだろ~?


「クッキーの生地を捏ねる時に、ポーションを作る時と同じように魔力を込めながら捏ねたよ。だってドラゴンフロウとかリュウノコシカケの乾燥粉末を混ぜ込んでるから、そのまま練り込むだけだともったいないかなって? でもやっぱただのクッキー生地に練り込んでるだけだからポーションにするほどの効果にはならなかったよ。そうだなぁ、クッキー生地をもっと魔力を相性のいいものにすれば変わるかなぁ……うーんうーん。グミ化させたポーションなら試作品を持って来たんだけど、ポーションのクッキー化か……面白そうではあるけど難しいなぁ。うーんうーん……シルエットの知恵を借りるといけるかぁ?」


 ポーションほどの効果でなくても、できるだけ効果を引き出したい一心だった。

 ポーションは飲み物であるためどうしてもかさばってしまうし、飲み過ぎるとトイレも近くなる。

 以前作った飴状にキューブ化したポーションは小さくて固さもありポケットに入れて持ち運べるのだが、ストックにあったのが下位のポーション素材を使ったものばかりで効果はあまり高くない。


 このクッキーもあの飴ポーションと同じようなノリで作ったものなのだが、今回は高級素材を使ったせいでもったいない病が発病してしまい、どうせならできるだけ素材の効果を引き出したいとクッキー生地を捏ねる時になんとなくポーション作りと同じ要領で魔力を注ぎながら捏ねくり回したのだ。

 そしてこの結果である。


 もちろんできあがって味見というか毒味もしたし鑑定もした。

 ただ料理をしただけではそれほど疲れていないし魔力も消費していないので、クッキーを一つ食べて少し気怠さが減ったかなという感じだった。

 ま、効果が高いのはだいたい素材のせい。俺は素材が能力を発揮できる手助けをしただけ。そしてできるだけ美味しいクッキーにしただけ。


「まぁた、そうやって~。素材をポーション化してその効果をどれだけ引き出せるかは、ポーションを調合する人の技術にかかっている。どんなにいい素材だって加工する人の技術が足らなければ、その効果はちゃんと発揮されない。しかも上位の素材、つまり魔力を多く含んだ素材ほど他の素材と調合は難しく、魔力差の大きい素材と混ぜてしまうと効果がほとんど発揮できない。だから料理にポーションになる素材を使っても効果はそれほど強く発揮されないでしょ? 小麦粉やバターと混ぜてドラゴンフロウやリュウノコシカケが効果がポーションなみに発揮されてるって、グランの非常識にすごい技術のおかげだからね? ちゃんと自覚して? もー、調合のことは俺より詳しいはずなのに、こういう基本的なところがすっぽ抜けてるのがホントにグランだよ。それとシルエットはだめ、シルエットはグランも薬草も大好きだから、面白そうな研究をシルエットに相談したらシルエットが無限にグランを独占しちゃうからだめ」


 うおおおお……アベルから怒濤のようなお小言が~。怒濤すぎて最後の方は耳の中を右から左へとすり抜けていったぜ。

 調合はちょっぴり自信があるから、ポーションを作る時と同じ要領で素材と生地を混ぜて作ったこのクッキーに、ドラゴンフロウやリュウノコシカケの効果が少し残ったのは俺の技術もあるかなぁってちょっぴりくらいは思ってたんだ。


 アベルの言うように魔力を多く含んだ素材ほど取り扱いは難しく、ポーションに加工する際にその魔力を消失しやすい。

 それの原因は一緒に調合する材料との相性だったり、調合技術そのものだったり。

 だから調合に使えばポーションになるものを食材として料理に使っても、できあがった料理にはその効果はほとんど残っていないか、残っていたとしてもポーションにした時の効果には遠く及ばない。

 今回こんなに効果が出たのは俺の技術もちょっぴりあるかもしれないけれど、元の素材がすごすぎるから効果が残ったのはそのおかげもあるかなぁって思っていた。


 でもブチブチ言いながらも褒められているような気もするので、ドラゴンフロウやリュウノコシカケほどの素材ではなくても、ちょっぴりポーションみたいな効果のあるクッキーの作成にはチャレンジしてみたいな。

 その時はシルエットにも相談して。

 俺もシルエットも薬草や調合が大好きだから、その手の話になると盛り上がるんだよね。

 これはシルエットが俺のことを特別好きってわけではなく、ただの薬草と調合オタクの早口トークなだけから、アベルが勘違いしているようなことはない。


「ま、相変わらずグランの作る料理やポーションはすごかったってことでいいじゃないか。思い込みに縛られず思い付いたことをすぐやっちまう、やっちまえるだけの能力があるけど驕ることもないのがグランのいいとこだからさ。驕ることはないけど、調子に乗ることは多いけどな。それより腹も膨れて体力も魔力も回復したから、そろそろ片付けて進むとするか」

 いやぁ、憧れの先輩からそんなに褒められると嬉しいし照れるなぁ。って、褒めた後に落とされた!?


 っと、そろそろ出発しないと日付が変わるまでに帰られなくなっちまうな。

 アベル達は一身上の都合とかいって一週間ほど仕事を休むことにしたらしいので多少帰りが遅くなっても平気なようだが、生活リズムは大きく崩したくない。

 夜型の生活になってしまうと、昼型に戻すのは大変なんだよぉ。

 夏休み中のジュストもいるし、やっぱ通り日付が変わる前に家に帰って気持ち良くスヤァするのだ。


 というわけで、サクッとしたクッキーを食べた後はサクッと予定の割れ目まで進んじゃいますか!


 サクッと!






 いつもなら背負うことないリュックや、いつもより多く腰周りに取り付けているポーチ。ポーションやスロウナイフのホルダーの数もいつもより多い。

 こんなに荷物の重さを感じるのはいつぶりだろうか?


 冒険者になった頃は収納スキルの稀少性を知らなくてバッグを持たずに行動することが多く、アベルやドリーに指摘されダミーのバッグやポーチ、ホルダーを持つようになった。

 戦力として中途半端なため、多少戦えるポーター兼雑用係としてドリー達のパーティーやそれ以外のパーティーに参加することがあった。

 アベルにダミー用のマジックバッグを貰うまでは、よく大きなリュックをダミーで担いでたなー。収納を人前に使わないようにそれなりに物資を詰め込んで。


 久しぶりに大きなリュックを背負うと何だか昔を思い出して懐かしい。

 火力特化のアベル、防御特化だけれど俺より火力の高いカリュオン、そして回復役のジュスト。

 このメンバーでも俺が荷物持ちを担当することになる。

 数時間分の物資だし、普段から鍛えているのでこの程度の重さはなんということもないのだが、かさばって動きにくいという点では面倒くさい。


 かさばって動きにくいということは、俺の機動力重視の戦闘スタイルにちょっぴり影響があるんだよなぁ。

 ま、そのちょっぴりが影響するほど動き回らないといけない相手が出て来なければ問題ないかー!!




 休憩を終え暗い夜空の下、夜の闇より暗い闇が見える場所を目指して進む。


 焼け落ち砂に埋まった森は、ケサランパサラト君の活躍によりスゴロク影響されていない森として再生しつつあった。

 森が再生する頃には燻っていた金属火災の赤い光も新たな森に飲まれて消え、残っていた炎を吸収していたチュペは俺の所に戻ってきて左肩の上にちょこんと乗った。

 そしてケサランパサラト君も、森を再生しながらピョンピョンと俺達の後ろをついてきた。



 進むにつれ少し体が重く感じ始めたのは、いつもは持っていない荷物の重さや大きさのせいだろうか。

 いや、違う。

 体の重さの原因は荷物の重さや大きさのせいだけではない。

 そこへ近付くほど強く感じ始めた俺の苦手な魔力、沌属性の魔力。だいたいこいつのせいだ。


 それはだんだんと濃くなり、夏だというのに肌寒さのようなゾワゾワした感じが空気に触れた肌から、吸い込んだ空気から体全体へと広がっていく。

 重苦しく、ねっとりと、そしてひんやりと。まるで空気の流れのない汚れた井戸の底にでもいるような気分。

 だがこの程度ならまだ活動に大きな支障はないレベルだ。

 きっとそれはラト達に渡されたお守りを身に付けているから。


 この沌の魔力の不快さと、かさばった荷物による動きにくさが影響するほどの敵に遭遇しなければ問題ない。


 そう思っていた矢先、そいつと遭遇することになった――。




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