第893話◆扱いが難しい宝石

 箱庭の別荘で買った拳サイズのラグナ・ロック。

 アベルの話によると、ラグナ・ロック自体の流通が少ないのもありこのサイズのものは非常に珍しいらしい。

 それが千百キノーだった。


 報酬は千キノー残りの百キノーは道中で採取した薬草や魔物から手に入れた魔石や牙や爪なんかを売って用立てた。

 キノーの価値がどのくらいのものだかよくわからないが、この初回限定特別価格でこの大きさのラグナ・ロックが手に入るなら買ってもいいのではないかとアベルも賛成してくれ、カリュオンも迷うくらいなら買った方がいいと言うので、有り金と手持ちの物資を全部突っ込んで買うことにした。

 実物を見るのは初めてなのでこの大きさでどのくらいの効果があるのかはわからないが、ランダムで属性を塗り替える効果はあの沌まみれの割れ目で使えるのではないかと思ったのだ。


 自動売買機能でラグナ・ロックは、周囲との魔力干渉を遮断する袋に入れられた状態でアイテムお預かり棚の中にポロンと出てきたのだが、周囲の魔力を吸収するという特性上袋から出して加工するのは難しい気もする。

 魔力を吸収する。それは周囲のあらゆるものから。

 空気中に漂うもの、近くにおいてある魔道具、俺達が身に付けている装備品、そして動植物、もちろん俺達からも。

 そんなやっべー宝石だから、どんなに稀少で美しくても保存も加工も困難で世にほとんど出回っていないのだ。


 扱いは困難であるが魔力を吸収し変換するという効果が活躍する場面もあり、偏った魔力を整えるのに利用されたり特殊なものの加工に使われたり、人体に影響するほど魔力が偏った人の治療に使う薬の原料となったりもするらしいが、一般人の俺にその加工方法はわからないし、わかったとしてもそれができる技術があるかも怪しい。

 また人の魔力も吸うという性質のため、偶然手に入れただの見た目の綺麗な宝石だと思いアクセサリーとして使用して、使用者が魔力を吸い上げられ体調を崩すという事件の記録をギルドの図書室で見たことがある。


 少し袋を開けてのぞいてみただけではわからなかったが袋に添えられていた手紙には、袋から出した状態で長時間放置すると魔道具や作物に影響が出るので保存は必ず袋に入れてと書かれていた。

 ついでに別荘やキノコ君の家の周辺以外なら、好きに使って好きに魔力を放出させていいと書かれていた。

 キノコ君、自分に被害がなければ案外大雑把だな!?


 魔力を吸収し別の魔力に変換するラグナ・ロック。

 相手の魔法を吸収して別属性で反射する防具や、斬り付けた相手の魔力を吸収して別属性の攻撃を繰り出せる剣、活動しづらいほど偏った魔力環境から身を守るアクセサリー、強力な属性系の状態異常攻撃を解除するポーション。

 使い道は多く思い浮かぶのだが、それを作るために試行錯誤している時間はなさそうなのとラグナ・ロックがこれだけしかないこと、そして魔力を吸収した後爆発的に放出するという性質のため加工するための準備にも時間必要だし、うっかりうちで魔力を大放出されるのはすごく恐い。


 とりあえず周囲から魔力を吸収させないためにアベルの空間魔法で空間を遮断してもらうか?

 いや、それは魔力消費半端なくて魔力オバケのアベルでもヘロヘロになりそうだな。

 だとしたらラト達に協力を仰ぐのが最善策かもしれない。長寿な彼らならラグナ・ロックの加工方法や適切な使い方を知っているかもしれない。

 それでだめなら加工するのは諦めて、このままあの裂け目にぶん投げて属性が変わることをお祈りするのがいいのかな!?




「む、ラグナ・ロックか……これは確かに扱いが難しい石ころだな。石に詳しいモグラは寝てしまったし、モグラの力を借りず加工をするならモール達に頼むが無難であろう。そんな時間もないのならば私が良い使い道を思い付――」


 袋に入ったままラグナ・ロックをラトに渡すとしばらく考えた後、その視線が箱庭の方へ動いた。

 いや、それはだめだろう。


「ラト、これをそのまま箱庭に投げ込んだら箱庭の魔力を吸い上げて、運が良ければ程よく魔力が変換されるのではないかなんて考えたらだめですわよ」

「ラトならやりかねないわね。きっとそれはだめだと私でもわかるわ」

「そんなことをするとぉ、箱庭の魔力を吸い込んで別属性に変換して放出して箱庭内の環境が全く別のものになってしまいますらからねぇ。しかものその場合属性が偏ると思うのでぇ、砂漠の世界になるか海の世界になるか地中の世界になるか……どちらにせよ今より悪くなりますからねぇ」

 ラトが何を考えているか察したのは俺だけではなく三姉妹もだったようで、三姉妹達が渋い表情になりながらラグナ・ロックの入った袋を持つラトの服の袖を引っ張った。


 ラトに相談したのは間違いだったな。三姉妹が止めなければ、今日が箱庭の終焉の日になっていたかもしれない。

 箱庭の中で手に入れたものだから中で使うのは平気かもしれないが、外から投げ込むのは間違いなくアウトだ。

 しかし、あそこでこれを売っていたということはきっと何か意味があるはずだと俺は思うんだ。


「カメッ! カッ!?」

「クサッ! クサッ! クサッ!」

 カメ君が何か思い付いたようだが、それを苔玉ちゃんが横からペチッとして身振り手振りで説明を始めた。

 ま、草語はわかんないんだけどね。

 よろしく、アベル翻訳機!!


「それはそのまま割れ目にぶん投げればいいカメ~。すぐに使う予定でなければモグラに預けて加工させるがいいクサ。モグラだけだとどんくさくて不安だからモールを監視役に付けるクサ。どうせ割れ目に辿り着くまで時間がかかるはずだからその間に加工させるといいクサ。なるほどね、確かに何があるかわからない箱庭の中だから慎重に進むことになるだろうし、今日のうちに割れ目までいけても無理しないで一度引き返すことになるかもしれないからね」

 ありがとう、アベル翻訳機!!

 カメ君は俺と同じことを考えていたようだが、苔玉ちゃんのペチはこれにたいするペチか。


 確かに何が起こるかも、割れ目までの道もわからない状況の中を手探りで進むことになるため、割れ目に辿り着くまで時間がかかり俺達も消耗してそこで引き返すことになる可能性が高い。

 状況と道を把握した二回目以降はスムーズになるはずだから、裂け目に突入するならそれ以降だな。

 そうなると苔玉ちゃんの提案を採用するのがいいだろう。

 当の焦げ茶ちゃんは寝てしまっているが、焦げ茶ちゃんの好きそうなものをたくさん作ってお願いしよう。

 で、ラグナ・ロックの加工は俺も参加したいな!!


「ま、そうなりそうだから今日のところは割れ目に辿り付けることを目標にして準備をするか。ということだから、爆発物は今回はなしでいいぞぉ」

「ふぇ!? 俺の貴重な範囲攻撃がー……」

 爆発物は俺の貴重な範囲攻撃なので、なんとかして持っていきたい。箱庭でもらったキノコポシェットに一つ、二つ、三つ……十個くらい入れておいてもいいだろぉ?


「ふむ……そういうことなら、我々も箱庭探索の準備に協力しよう。グランは念入りに夕食の支度でもするがよい」

「そうですわね。箱庭に力を与えすぎたのはわたくし達ですし、グラン達がそれを解決してくれるならわたくし達も協力するべきですわね」

「私達は中には入れないけど、持ち込むものの手伝いはできるわ。ふふ、樹から離れているからほどほどにしかならないけど、女神の本気を見せてあげるわ」

「そうですねぇ、グラン達のためにお守りとお薬をたくさん作りましょう。だからグランは夕飯の支度を頑張ってくださぁい」


 ラトや三姉妹達が箱庭に持ち込むものの準備を手伝ってくれるのは心強いな。張り切りすぎてやりすぎ性能になる予感しかしないが。

 いや、収納や空間魔法が制限されてしまう場所なので、心強い物資があるにこしたことはない。

 しかし彼らが何かするなら一般的な人間の俺にできることはないし、少し早いが夕飯の支度に取りかかるか。


「そうだね、じゃあグランは夕飯の支度をお願い。箱庭の準備は俺とカリュオンがラト達と相談しながらやっておくよ。それとキッチンは暑いと思うから、涼しくなるように氷系の強化魔法をかけておくね。チビカメも一緒に水系の魔法をかけてあげて」

「カッ!」

 アベルが珍しく俺に優しい。

 アベルとカメ君が氷と水の魔法をかけてくれたので、空調の効いた部屋では少し寒いくらいになってしまった。


「ありがとう。じゃあ、箱庭へいく準備任せて俺は夕飯の支度をしてくるよ」


 こうして俺が飯を作っている間に、ラト達が俺達の箱庭探索のためにお守りという名のアクセサリーやポーションを色々用意してくれたのだが、予想通りびっくりやりすぎ性能だった。

 ま、箱庭を直接いじるわけではなく、俺達の助けになるものを用意してくれただけだからキノコ君に迷惑がかかることはないさ。

 むしろそれらの物資のおかげで箱庭の平和がスムーズに取り戻せるはずだ。



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