第892話◆準備はしっかりと
今日のおやつはプルプルリュネ酒ゼリー。
飲み物は起きてきていたアベルが紅茶を用意してくれていた。
紅茶を淹れることに関しては俺よりアベルの方がずっと上手いので、いつもアベル任せだ。
アベルに任せると熱い紅茶になるのだが、空調でヒエヒエの部屋で冷たいゼリーなので、飲み物が温かいのは何となく贅沢な気がしてそれはそれでいい。
というか、実際贅沢な値段の紅茶だと思われる。
暑い夏の日、薄着だと肌寒いくらいに冷えた部屋で冷たいおやつを食べながら温かいお茶を飲む。
ちょっぴり贅沢な気分になれる午後のおやつタイムだ。
ゼリーの部分にはちょっぴり酒の風味が残っているが、それはゼリーを大人の味わいにしてくれる程度。
一方中に入っているリュネの実は一年以上浸かっていた酒が染みこみ、リュネの実の形をしたリュネ酒の塊と化している。
取り出した時は香りだけでクラリときそうだったが、今はゼリーの中に閉じ込められ冷やされた影響で実が吸い込んでいるリュネ酒の酒精もそれほど気にならなくなっている。
お酒に弱すぎる者ならこれだけでも酔っ払ってしまいそうだが、大きさもさほどでもないしこのくらいならジュストでも大丈夫だろう。
この国は日本と違い酒の年齢制限がないので、ジュストくらいの年頃の男の子でもすでに酒を嗜む者もいる。
俺も日本の基準だと未成年だが酒を飲むことは当たり前になってしまっている。
ジュストもこれを機に大人の階段に一歩足を掛けても悪くないと思う。
まずは手始めにリュネ酒ゼリーの中に沈めたリュネの実だ。
と思ったのだが。
「あー、ジュストは寝ちゃったみたいだね。この実だけで酔っ払って寝ちゃうなんて、ジュストはまだまだ子供だね~」
「寝てない……まだ、寝てないですよ。ちょっと……なんか……体はポカポカしてるのにぃ……クーラーで部屋が涼しいのが気持ちよくてフワフワした眠気がぁ……」
ああ~、むにゃむにゃ言っていて聞き取りにくいが、しっかりポロリをしているぞぉ~。
ジュストにはお酒はまだまだ早そうだな。
もしかすると元から酒に弱い体質なのかもしれないので、あまり飲まない方がいいかもしれない。ジュストが起きたら外ではあまり酒を飲まないように言っておこう。
そして酒に弱かったのはジュストだけではなかった。
「……モ」
「おお、モグラよ。この程度で酔っ払ってしまうとは、なんと不甲斐ない」
ゼリーを食べ終わり最後にリュネの実をカリカリしていた焦げ茶ちゃんだが、実を食べ終わってすぐに仰向けに倒れてしまい、それをラトが煽っている。
モグラとは少し違う気がするんだよなぁ……なんか前世の世界にいた動物に似ているのだよなぁ。俺が住んでいた国から遠く離れた国の生きもので、写真でしか見たことなかったけど。
なんだっけか、ウォ……ウォ……ウォ……よく思い出せないけれど、お腹にポケットのある種のやつだったような。
二人ほど寝落ち者を出してしまったひんやりおやつタイムの後は、次回の箱庭探索に向けての準備。
箱庭から戻る時に貰った仮の鍵は一日に一回使えるとのことで、箱庭の平和を一日でも早く取り戻したいのなら今日のうちに一度使っておきたいところ。
ということで夕食の後に一休みしてから鍵を使って箱庭に入り、日付が変わるくらいまでには戻ってきて休む予定だ。
しおりによれば箱庭内は俺が思っていた以上に広く、場所によっては強い魔物が生み出されている可能性もあるので、探索は急がず焦らず慎重に安全第一でいいとのことだった。
あの大火事からの森の再生で箱庭は魔力を大きく消費したので、外部から大きな干渉がなければゆっくりと安定へと向かっていく可能性が高いらしい。
ただし割れ目に入り込んだスゴロクだけはどうなるかわからないし、スゴロクの魔力の影響で再び森がスゴロク化する危険もあり、その刺激でまた箱庭内が不安定な方向に向かうかもしれない。
そうなる前にスゴロクをどうにかしてほしいとのことだが、そうなるまでの時間の猶予はまだあるので安全第一で無理をしない程度でいいとしおりには書かれていた。
外部からの干渉がなければという、念を押すような言葉と共に。
そういうわけだから、お留守番組は俺達を信じてもうしばらく大人しくしておいてくれよ。
いいか、絶対だぞ? 絶対触るなよ? 酒を飲んだ勢いでも絶対だめだからな!?
触った奴は育ちすぎて白い汁の出るようになった苦いレタスを使ったサラダの刑だ!!
それで準備というのが、箱庭では収納スキルや外部から持ち込んだマジックバッグの類いが使えないので持ち物の厳選。
それからもしもの時に役に立ちそうなものの準備と、あの沌属性溢れる割れ目対策の話し合い。
「それは持っていかなくていい、収納にしまっておいて!! というかグランの作った爆発物は収納スキルありきの調整だから衝撃で爆発するものばかりで収納スキルなしで持ち運ぶ時に困るでしょ! あ、収納スキルじゃない、おもしろマジックバッグ!!」
「そうだなー、収納スキルじゃなくて公式的にはおもしろマジックバッグだなー。ま、一応そういうことになっているからそういうことにしていたが、昔から誤魔化しきれてなかったと思うぞぉ。グランは興が乗りすぎた時や必死な時は危機管理が雑になるからなぁ」
「は? 爆発物だから衝撃で爆発するのは当たり前だろ! それで、このまろやか仕様のインフェルノハイポーションからまろやかさを抜いたインフェルノエクストラポーションなら、森林火災が必要になった時に役に立つぞ。おっと出しっぱなしにしておくと危ないから収納にしまっておかないと。炎だけじゃなくてメイルシュシュライムゼリーから作った、津波ポーションことメイルシュトロームポーションもあるぞ。それからまだ開発中であまり強くないけど瓶が割れると雪が大量に溢れてくるアヴァランチポーションもあるぞ。それと収納スキルは公式にはマジックバッグだからセーフ!!」
「アーッ! 収納って言っちゃった!! って、次々に変なポーションを出してこないで! 次々と変なポーションを開発しないで! 変なのは収納スキルだけにしておいて!! どうしてもそれを使うなら過疎いダンジョンでドリーにばれないように使って! カリュオンもグランが変なことしても半分くらいドリーに報告しないで!」
「まぁ、アベルとグランが何か怪しいことをしていたら報告するようには言われてるけど、怪しすぎることしかしてなくて報告できねぇことばっかんだよなぁ。それよりさ、あそこから持ち帰ってきたラグナ・ロックの加工をするなら、今のうちに主様達や苔玉達に手伝ってもらってやった方がいいんじゃないのか?」
「え……そんなに怪しいことなんてしてる? そうだ、ラグナ・ロックの加工はラト達に手伝ってもらおうと思ってたんだ。やべー石だから取り出す前にどう使うか決めてからにしないとだけど」
何が起こるかわからない箱庭の探索で役に立ちそうなものを厳選し、マジックバッグではないバッグやポーチに詰め込んでいく。
リュネ酒ゼリーを食べた後寝てしまったジュストの分も準備しておいてやらないとないな。
食糧、水のための魔石、ポーション類、装備品の予備、投擲武器、どんな敵がいるかわからないのでもしもの時のための属性耐性特化用の装飾品、何かと便利そうな魔道具等々。
いつもならあまり使うことのないポーションホルダーが今回は役に立ちそうだ。
ポーションホルダーに強力な衝撃吸収効果を付与すれば爆弾系のポーションも持ち歩けそうだなと思って、各種爆弾ポーションも箱庭に持ち込むものリストに加えていたのだがアベルに猛反対をされてしまった。
ま、アベルがキーキーうるさいからいったんしまっておくか。それによくよく考えたらやっつけで作ったポーションホルダーに爆発物を収めて身に付けるのは恐いから、ポーションホルダーの安全性をしっかり確認してからだな。
ポーションホルダーの中でうっかり爆発して自分が吹き飛ぶのは嫌すぎる。
その辺を含めてどこか安全なダンジョンでドリーにばれないように実験をしたいところだな。
頼むぜ、カリュオン。肉マシマシメニューにするから、どっかのダンジョンで爆弾を投げまくってもドリーにチクらないでくれ。
そうだ、ラグナ・ロック!
爆弾ポーションの選別も重要だが、先にこいつをどう加工してどう使うか考えなければいけない。
金色に輝く美しくそして産出も少ない珍しい宝石のくせに、癖が強すぎる効果のため扱いづらすぎていまいち人気がなく市場にもほとんど出てくることがないラグナ・ロック。
その癖の強すぎる効果とは――。
周囲の魔力を吸収して蓄積し、限界まで溜め込んだら別の属性に変換して爆発的に放出するという。
しかもその変換する別属性というのが完全にランダムなのである
吸収して変換して放出――つまり周りの魔力を塗り替えてしまうやっべー宝石なのだ。
それはラグナ・ロックの質や大きさに比例し、俺が箱庭の別荘で買ってきたのは俺の拳サイズくらい。
実物を見るのは俺も初めてなのでどれくらいの効果なのかわからないが、これをうちで出して放置するとうちにある魔道具が片っ端から壊れる予感しかしないくらいの力を秘めているのは確実だ。
だが魔力を塗り替えるというその特性は、あのやっべー裂け目で使える気がするんだ。
でもこれ、どうやって加工しよう。
助けて、ご長寿の皆様!
ついでにこのサイズでどのくらいの効果があるかわかったら教えて!
亀の甲より年の功、頼むよ皆様!
つべたっ!
ごめん!
カメ君の亀の甲も年の功はすごいから、鋭い勘で何かを察して俺に水鉄砲を撃つのはやめて!!
つべたっ!
※どうもいい設定をポロリしますけど、焦げ茶ちゃんは有袋類系なのでお腹にポケットがある(きっと作中で深く語られることはない)
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