第891話◆シャキーンとひんやりおやつ

 暑い日のおやつはやっぱり涼しげなものがいい。

 更に寝起きの俺にとってシャキーンとできるものならなおよし。



 生まれたばかりのスライムに飲用にできるくらいの綺麗な水だけを与え続けると、透明な水属性のスライムに育つ。

 水に含まれているもので品質や色に差が出るが、人が飲める程度の水ならほぼ問題ない。

 ただ油断すると水に含まれている物質で予想外なことになるのは、やはりスライムらしいといえばスライムらしい。


 スライムに水を与えるだけなので飼育は簡単で、スライムゼリーは乾かして粉末にすれば料理で大活躍するので一般的な家庭でも台所わきの瓶の中で飼われていることが多い。

 水だけを与えて育てるので、万が一水が汚染された場合にはその影響がスライムに現れるため、家庭の水の安全を測るのにも便利である。

 もちろんうちも水スライム君を飼っている。


 その水スライム君のゼリーを乾燥させて粉にすると粉ゼラチンのようなものになり、性質はほぼ粉ゼラチンなので水で戻すとゼリー状になる。

 ゼリー、つまり夏のおやつの定番。

 というわけで、今日のおやつはシャキーンとできそうな冷たいプルプルゼリーだ!!



 のろのろとベッドから出てとりあえずシャワーを浴びて汗を流そう思ったら、カメ君から霧のような水属性の浄化魔法をシュッシュッと何度も吹き付けられ、ひんやり気持ち良く汗臭さごと汗を浄化された。


 早くおやつを作れということか。仕方ないなぁ、食いしん坊のカメ君は~。

 あっ! つめたっ! 部屋の中だから浄化の水量を増やすのはやめて! つめたっ!

 もう綺麗だから! シャワーを浴びなくていいくらい綺麗になったから! そんなにシュッシュしなくていいよ! つめたっ!

 耳を狙うと耳に水が入ってゴロゴロして気になるから止めて!!


 そうやってカメ君にシュッシュッされたのでそのまま服を着替えると、ナナシがいつものようにシュルリとベルトに巻き付いてきた。

 はは、ナナシも心配してくれたのか?

 そうだな、昨夜は武器で苦労したから次はナナシも一緒にいくぞ。

 最終的な目的地は俺の苦手な沌属性の場所だから、きっとナナシの出番もあるはずだ。だが、反動はほどほどで頼むぞ。


 部屋を出てラトと三姉妹の気配のするリビングの扉を開けると、空調の魔道具で冷え切った室内から吹き出してきた気持ちのよい冷たさの風が、カメ君の浄化魔法でしっとりと濡れた肌から熱を奪っていった。

 三姉妹とラトがソファーに並んで座り、寄り添うようにもたれかかり合った体勢で本を広げウトウトとしていた。

 空調が効きすぎて肌寒いのか、膝の上には毛布がかけられている。


 チラリと箱庭を見ると棚の上の定位置で沈黙をしており、誰かが弄ったような気配や異変は感じられなかった。

 この様子からして、今日は大人しく本を読んで過ごしていたようだ。


 もしかして彼らも昨夜俺達のことを待っていってくれて寝不足なのかな?

 それとも暑い日に空調の冷やした部屋は気持ちがいいからかな?

 わかるぞ、暑い日に空調の効いて肌寒いくらい冷えた部屋で、毛布にくるまることからしか得られない幸せ。


 俺がリビングの扉を開けた音で目を覚ましたラトと三姉妹達に、これからおやつを作ることを告げてリビングへ。

 カメ君は涼しいリビングに残るのかと思ったら、俺の肩に乗ったまま一緒にキッチンへいくようだ。

 そうだな、今日のおやつはゼリーだからカメ君が手伝ってくれたら早くできあがりそうだ。


 うちで空調魔道具が取り付けられているのはリビングと食堂だけ。

 空調用の魔道具自体が高いのもあるが、夏場は氷の魔石を使い消耗もかなり速いため維持費が高いのだ。

 それに暑いといっても前世に住んでいた日本ほど湿度が高くなく、周囲が緑溢れる森のため暑さの質がかなり違い、空調がなくとも日常生活に支障が出るほどではない。


 キッチンは火を使うので室温が上がりやすいが、窓を全開にすれば森からの涼しい風が吹き込んできて体感温度を下げてくれる。

 キッチンのすぐ外は屋根付きの物置になっているため、直射日光が差し込んでこないのもよい。

 それでも複数のコンロやオーブンを同時に使うと暑くなるので、改装後はキッチンにも空調の魔道具を付けようかなと思っている。


 キッチンに入り窓を全部開けて風通しを良くしたら、おやつ作りの始まりだ。

 今日のおやつはキッチンの棚の一番下にしまってある瓶に入ったアイツを使う。


 アイツ――ラトや三姉妹達がうちにくるようになって間もない頃に漬けたリュネ酒だーーーー!!

 棚の下に保存していたこちらは、収納スキルを使わず自然に熟成させていたもの。

 漬けてから一年と少しが過ぎ、そろそろ中のリュネの実を取り出してもいい時期だ。

 もうしばらく実を漬けたままでもいいのだが、長く漬けすぎると実が崩れて果肉で酒が濁ったり、崩れた果肉が浮かび上がり空気に触れて傷むこともあるので自家製の梅酒の梅は一年を目安に引き上げた方がいいと前世の婆ちゃんが言っていた。


 これはリュネであって梅ではないのだが、梅と似ているから同じように実を引き上げてもいいだろう。

 一年と少々リュネの実が沈んでいたリュネ酒は綺麗な琥珀色となり、漬けたばかりの頃はサラサラだった酒もややドロリとした状態になっていた。

 その出来映えに満足をしながら、中に沈むリュネの実を一つずつ丁寧に取り出していく。

 引き上げたリュネの実から放たれる一年以上をかけて吸い込んだリュネ酒の圧縮された香りを吸い込んだだけで、一瞬だけ心地の良いほろ酔い気分のようになった。

 酒だけではなく実の方もいい感じに仕上がっているようだ。

 今日のゼリーにはこのリュネの実とリュネ酒を少々使う予定だ。


 リュネ酒はそのまま使うと酒精が強すぎて、シャキーンではなくダルダルになりそうなので水で割って使う。

 リュネ酒を水で薄めたものにレモン汁を少し加え、砂糖も少し足して沸騰しない程度まで温める。

 そこに水スライム君のスライムゼリーパウダーことゼラチンもどきを水でふやかして加え、泡立て器でしっかりとかき混ぜた後粗熱を取って耐熱性のガラス容器に小分けをする。

 その中に先ほどリュネ酒の中から引き上げたリュネの実を一つドボンと入れたら、冷蔵箱で冷やして固めるだけなのだが、ここはカメ君にお願いして冷やしてもらおうかな。


 やー、カメ君がいなかったらこれを冷やすのに時間がかかって、おやつじゃなくて夕食のデザートになるところだったかもなぁ。

 いっきに冷やすんじゃなくてじんわり自然に冷やしたいんだけどいける? 水のことなら大得意のカメ君なら余裕?

 さっすがカメ君、すごく助かったよ。


 え? こんなにたくさん作ってどうするかって?

 今家にいる面子で一個ずつ食べるには数が多いだろって?

 そうだな、これは毛玉ちゃんやフローラちゃんのだろ? こっちはサラマ君がきた時に渡すやつだろ?

 で、これは箱庭にいった時にキノコ君に差し入れ用。別荘を用意してもらっちゃったからね。

 まぁ、差し入れっていうより賄賂みたいなものだけど。

 それでもまだ多いって?

 うん、後はタルバとか諸々かなー。ほら、突然誰かをもてなすことになるかもしれないだろぉ。

 しかもまだたくさん引き上げたリュネの実が残っているから、これは明日にでもジャムにしてクッキーに載せたりお茶に入れたりしようか。


 じゃあ俺はキッチンをパパッと片付けるから、カメ君は冷やし終わったゼリーを配膳台に乗せてリビングまで運んでくれるかい?

 大丈夫? 配膳台をちゃんと押せる? 水を人の腕の形にして押すなんてさっすがー! 俺も片付けたらすぐにいくから任せたよー!


 たくさん作ったゼリーの中にはチュペ用もある。

 カメ君達にチュペのことはシュペルノーヴァの眷属っぽいのが耳飾りから力を貸してくれたとしか言っていないし、チュペもチュペで誰かがいると耳飾りから出てくる気はないらしい。


 カメ君にゼリーを運ぶのをお願いしてキッチンに俺だけになると、耳飾りからシュルッと炎が伸びて竜の上半身の形になり、作業机の上に置いてあったゼリーの入った容器とスプーンを前足で持ってカツカツと食べた後、空になった容器にリュネの実の種を残して耳飾りへと戻っていった。

 水属性のスライムゼリーだから嫌っていうなら他の誰かにやるつもりだったが、思ったより勢いよく食べていたところを見ると嫌いではなかったのかな?

 そうだね、また気が向いたら出ておいで。


 今はナナシも一緒にいるんだけど、ナナシは武器だから平気なのか?

 ま、同じ装備品仲間として仲良くしてくれ。

 痛っ! ナナシは謎の金具をぶつけんな!

 熱っ! チュペは発熱してんじゃねぇ!


 俺しかいないキッチンで躾のなっていない剣と耳飾りに、ペチペチジリジリされながら片付けを終わらせてリビングへ戻るとアベルとカリュオンとジュストも起きてきていた。カリュオンとジュストと一緒に寝ていたと思われる苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんも一緒に。

 おやつの準備が終わってリビングの掃き出し窓を開けて外にいるフローラちゃんに声をかけると、森の方から毛玉ちゃんが飛んできているのも見えた。


 ほぉら、たくさん作っておいて正解だ。


 じゃ、ひんやりプルプルなリュネ酒ゼリーを食べて、暑さで疲れた体をシャキーンとさせようか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る