第890話◆徹夜の後は

「ふおっ!?」


 べったりと張り付くような暑さ、そして窓から差し込むギラギラと眩しい光に真っ暗な意識の底から眩しい現実に意識が戻り、気怠さを覚えながらも体を起こした。


 えぇと、朝食の席でラト達に箱庭のことを話した後、緊張の糸が切れてそのままベッドにダイブしたんだっけ?

 朝食の後片付けは三姉妹やチビッ子達がやってくれると言ってくれたのに任せて。

 ベッドに倒れ込んだ直後からもう全く記憶がないや。


 ギラギラとした光で時計を見なくとも今が午後だというのは察した。この日差しは日暮れにはまだ遠い時間、おそらく二時か三時くらいだろう。

 昨夜はいつもより少し早めにベッドに入りはしたが、深夜に目が覚めてそのまま箱の中を駆けずり回ってすっかり夜が明けてからの帰還で実質徹夜状態。

 体力に自信はあるのだが、やはり疲れていたのだろう。体だけではなく心も。

 昼飯時くらいには起きるつもりだったが、思ったよりも長く寝てしまい一日が半分以上過ぎてしまった。

 ま、今日はとくに予定がない日だからいいか。


 アベル達は王都でドリー達と仕事の予定だったらしいが、少し顔だけ出してすぐ帰ってきて休むと言っていた。

 そりゃそうだなぁ、過酷な条件下で活動することも多く休息もままならないこともよくある冒険者だが、休むことが可能なら無理をする必要はない。

 ドリーはその辺の理解があるリーダーなので、アベル達が徹夜明けで体力も魔力も消耗してコンディションが良くないと知れば帰って休むように言うだろう。

 集中して気配を探れば、隣の部屋からアベルが爆睡している気配がする。


 そしてベッド脇のチェストの上に置いてある小さな籠状のベッドの中では、カメ君が仰向けになってピーピーと鼻を鳴らして眠っている。

 昨夜は俺達を待ってリビング前の廊下で眠っていたみたいだし、よく眠れなかったのだろう。

 カレンダーには亀マークが描かれていたが、朝ご飯を作るだけで手いっぱいで弁当を作ってあげられなかった。

 しかし今日は出かけるのをやめることにしたらしく、カメ君も俺の部屋でスヤァ。

 心配して朝まで待っていてくれてありがとう。それから、無理に箱庭に突撃しないでくれてありがとう。

 俺達ならちゃんと帰ってくると信じてくれていたのかな?


 チェストの上に置いてある時計で時間を確認すると、やはり予想通りのそろそろおやつが欲しくなるくらいの時間。

 まだまだダルさは残っているが、暑さで目が覚めてしまったため寝直すのは無理だろう。

 それにこれだけ暑い時にベッドでゴロゴロしていると、シーツが汗でドロドロになってしまいそう――って、もう手遅れかもしれないな。

 観念してそろそろ起きることにするか。


 出かけるにはすでに遅い時間、外で作業をするには暑い時間、かといって夕飯の支度をするには早い時間。

 とりあえず起きて、次に箱庭にいくための準備をするかな。



 あの別荘内部の間取りやインテリアは俺の家とよく似ており、箱庭の外に戻ることができる"仮の扉"はリビングの壁に設置されていた。

 それは位置も形も俺の家のリビングに出現した謎の扉にそっくりで、初めての場所にもかかわらず自分の家にいるような気分になった。


 その扉をくぐるとすぐに俺の家のリビングに出され、そのタイミングで俺の手の中には仮の扉の鍵と、森をスゴロクから解放した報酬の五つ目の鍵がいつのまにか握られていた。

 仮の鍵は一日一回仮の扉を俺の家側から開くことのできる鍵なのだが、帰ってきてすぐにまた扉を開いて箱庭に入る元気はなく一度ゆっくりと休み体調と装備を調えてから扉を開こうということになった。

 箱庭観光のしおりに書かれていたことによれば、鍵が七つ集まったら仮の鍵ではなく本物の鍵が貰えるらしく、その鍵があればいつでも好きな時に箱庭に入れるらしい。


 つまりリビングから扉を開ければダンジョン!!

 ちょっぴり恐いような気もするけれど、自宅から一分かからずいける場所にプチダンジョンってワクワクするよな!?

 しかも別荘も多機能で楽しそうだし、好きにしていいっていう花壇と畑と果樹園があるなんて最高すぎる。

 今は不安定な状況だが、本物の鍵が手に入る頃にはきっと箱庭も平和になっているはずだ。いや、俺が箱庭世界を平和にしてみせる。

 自宅から徒歩一分の別荘付きプライベートダンジョンのために!!



「カァー……?」

「あ、起こしちゃったかな? 昨夜はずっと俺達のことを待ってくれていて、ちゃんと寝てないんだろ? ゆっくり寝てていいよ」

「カメェ……」


 俺が起き上がったタイミングでカメ君も目を覚まし、仰向けの体勢からピョコッと起き上がって前足で目の辺りを擦りながら籠ベッドから顔を出した。

 まだ眠そうに見えるがカメ君も俺同様に暑くて寝直す気にはならなかったのか、寝起きの深呼吸をしながら額の汗を拭うような仕草をした後ベッドの中からピョンと跳んで俺の肩の上に乗った。


「カメ君も起きるんだ。じゃあ、そろそろ三時のおやつの時間だし、涼しくなるおやつをパパッと作っちゃうか」

「カッ!? カメッ!」

 うんうん、暑さで目が覚めたせいで気怠いし喉も渇いているからシャキーンと涼しくなりそうなおやつでも作るか。


 シャキーンとするおやつを食べたら、箱庭探索の準備をしようかな。

 何とかしてくれと指示されたあの割れ目、めちゃくちゃ沌の魔力が吹き出しているので、沌属性と最高に相性の悪い俺にとっては過酷な場所になる予感しかない。

 なので少しでも沌耐性を仕込んでいかなければ箱庭の平和を取り戻すどころの騒ぎではない。

 ま、上手くやればあの別荘にあった自動売買機能で色々装備を調えられそうなので、案外あの割れ目もなんとかなりそうな予感はしている。


 そう、あの自動売買機能。

 帰って来る前に当然のようにしおりには目を通した。


 キノコ君のお願いを叶えつつ、キノコ君が提供してくれるものを利用させてもらう。

 それは妖精との取り引きで、しおりはその取り引きの内容を示したもの。

 キノコ君は俺達に気を遣ってくれる良い妖精に見えるが、やはり妖精であることには変わりない。

 どんなに友好的であっても、人間とは価値観の違う存在。妖精の善意を信じすぎてはいけない。それは彼らにとってもメリットのある善意であり、その裏には何が隠されているかわからないから。

 このしおりを途中で読むのをやめて最後に重要なことが書いてあったとしたら、読んでいなかったでは済まされないから。

 これは妖精に限ったことではないく、人間同士のやりとりもそうだな。


 それでしっかりしおりを最後まで読んで、キノコ君との取り引きに落とし穴のような内容がないかしっかり確認して、最後に気になって気になって仕方のなかった自動売買機能を確認した。

 というかそれが見たくて、疲れて早く家に帰りたいところを我慢してしおりを読んだ。


 そしてお楽しみの自動売買機能、とくに商品のラインナップは――微妙だった。

 身近で採取できるような素材や、それらを使ったポーションや装飾品に初心者向けの武器や防具。

 しかも報酬で貰ったキノーを使うには、少し戸惑うくらいの値段。


 ですよねー! まだまだ、箱庭を救う戦いの序盤、森を開放しただけ!

 ゲームでいうなら最初の最初! お店のラインナップが初期段階で自分達の所持金が少ないのは当然!!


 薄々はそんな気はしていたのだがスゴロクの影響は若干残っているようだ。

 ただそれは、スゴロクに浸食されたというよりスゴロクの一部を箱庭が取り込んだという感じだ。

 この自動売買機能を含めたこの別荘そのものが、俺がスゴロクに設定していた回復と補給用のマスである。

 だとしたらきっとこの先、キノコ君のお願いを叶えているうちに自動売買機能の商品もランクアップしてくるはずだ。


 それを期待しつつ今回は無駄遣いをせずに……なんてことはなかった。

 商品リストの一番下にあったものをついポチってしまった。

 微妙にキノーが足りなかったので、道中で集めた薬草や魔石を全部売り払って。


 そして手に入れた――ラグナ・ロック。


 古代竜の中でも最強だと語られる半面、その詳細については謎に包まれた伝説の古代竜ラグナロック。

 そのラグナロックの名を思い出させるそれは、ロックという名ではあっても岩石ではなく、黄昏時のような赤味のある黄金の輝きを放ち美しく透き通った宝石。

 とくにラグナロックに関係があるわけでないらしいが、それを連想させる名を冠している。一説ではその金色がラグナロックの瞳の色に似ているからだとかなんとか。


 だって初回限定特別価格ってなってたんだもーん。

 これがあればあの沌まみれの割れ目もなんとかならないかなーって?

 おかげで所持金が限りなくゼロになったけど。


 ちょーーーーっと癖のあるこの珍しい宝石、きっと役に立つかなってアベルとカリュオンも購入に賛成してくれた。

 特定のダンジョンでしか手に入らない珍しい宝石で、俺も図鑑で見たことあるだけなんだよねー。

 癖がありすぎるので、箱庭から持ち出してくるなりすぐに収納に突っ込んでおいたけれどきっと役に立つんだ。

 えへへ、箱庭攻略に向けてこのラグナ・ロックですっごい秘密兵器を作っちゃうもんね。


 そのラグナ・ロックの効果とは――。



「カメェ?」

 おっと、ラグナ・ロックのことを考えてついニヤニヤしてしまってカメ君に首を傾げられてしまったぞ。


「ごめんごめん、ちょっと素材のことを考えてたら楽しくなっちゃって。うんうん、シャキーンとするおやつを作って食べようね」




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