第887話◆閑話:長い長い一瞬
心配症のテムペストがしつこすぎるので箱庭の置いてある部屋まで渋々一緒にいってやることにした。
奴が言っていた通り部屋の扉は閉ざされており、ノブに触れようとするとパァンと手が弾かれた。
相当強力な空間魔法で外部からの干渉を拒否しているようで、赤毛につけておいた耳飾りにすら力が届かない。
ふむ、その気になれば突破はできそうだが箱庭や家への影響を考えるとやめた方がよさそうだというのは、常識的な俺様はわかっているぞ。
「赤毛の耳につけておいた耳飾りに力が届かないな。奴らに渡している目印の宝石もだめか。思ったより強力な空間魔法で隔離されているな……キノコ自身の力というよりも、俺様達が力を与え続けた箱庭の力か?」
「ああ、おそらくそうだろう。キノコはなにかしらその箱庭の力を制御する術を持っていると思われる。それもまた箱庭の力か、箱庭がその中に住む者に与えた力なのか……賢くて物知りの僕はそう推測する。森の奴らや僕達の力を取り込んだ箱庭の力で僕達を拒否しているのだろう、だから、古代竜である僕達ですら弾かれる。何なのだこの箱庭は、明らかに普通の箱庭じゃないな」
あの箱庭が普通ではないことは今更だと思うが?
百歩譲って玩具の箱庭にキノコの妖精が住み着くことくらいならあるだろう。まぁ、その妖精と良い関係を築くことができれば、彼らは恩に対し礼を返してくることもあるだろう。
むしろそういう遊びをするための箱庭だったのだろう。赤毛もダンジョンの素みたいな地図を貰っていたしな。
妖精には小さなダンジョンを封印した地図を作ることができる者がいる。あのキノコもその種の妖精だと思えば、キノコが箱庭の主導権を持つようになったとしてもおかしくはない。
箱庭が妖精を飼うための小型のダンジョンだったのだと考えれば、外部から弄って箱庭内を発展させることもできるのも不自然ではない。
ただそれを白い奴や女神が相当弄くったのであろう、俺様がこの家にくるようになってあれを見た時にはすでにあの樹をとりまく森のミニチュアのようになっていた。
まぁ、その後俺様やお前達が加わって弄くったのがダメ押しだったのだろうな。
陣取りゲーム感覚で遊んでいたら、古代竜が偉大すぎる故に自然が溢れる箱庭になっていたわ。
ちょっと弄っただけだったのになぁ、おっかしいなぁ。俺様達が偉大すぎるから仕方ないといえば仕方ないなぁ。
運の悪いワンコロとマグネティモスが箱庭に引き込まれた辺りからかなり怪しいなーとは思っていたんだよ。あれはワンコロの運の悪さも一枚噛んでるだろうなぁ。
だがいくら偉大な俺様達が弄ったところで、まるで世界の縮図のようなものにはならないと常識的な俺は思うぞ。
きっとあれは元からそういう素質を備えた箱庭だったのだ。なんでそんなものが赤毛の家にあるかは知らないが俺様達は悪くない。
ま、なっちまったものは仕方ない。偉大な俺様は細かいことは気にしない主義だ。
心も体も大きな古代竜の俺様は細かいことは気にしない主義なのだが、テムペストは体はでかいくせに意外と小心者である。
「ただのダンジョンくらいなら視界は悪くとも覗き見くらいはできるのに、完全に僕達を拒否する力を持つほどの箱庭の中にカリュオンがなんの準備もなく引き込まれたなんて……いや、本気を出せばこんな空間魔法くらい破壊できるのだが、強引に破壊して中にいるカリュオンに何かあったら困る。くそ、せめて何かあった時にすぐ助けられるようにここにいよう、クーランマランだって赤毛のことが心配だろ?」
「カメッ!?」
ベラベラと喋り続けるテムペストの話を聞き流していたら、最後の言葉にびっくりしてついカメ語になってしまった。
「おっおっおっおっ俺様のような偉大な古代竜が小さき者を心配するわけがなかろう。おっおっおっお前とは違うぞ! 小さき者とは俺様は馴れ合いなどせぬ孤高の古代竜だ。赤毛や銀髪は俺様の子分だからちょっぴり面倒を見てやっているだけだだだだだだだだ。あいつらは俺の優秀な子分だから、ダンジョン化した箱庭くらい自力で抜け出してくるはずだ。俺様は優秀な子分達の力を信じている、お前も自分の弟子を信じてやれ」
そうだ、俺様の子分達は優秀だから、こんな箱庭くらいすぐに抜け出して帰ってくる。
今日帰ってこなくても明日まで待てばいい、明日帰ってこなかったら明後日。
古代竜の俺様達には無限の時間があるから、無限に奴らを待つことができる。
非常識なところは心配だが、小さき者にしては実力は確かなので心配せずともきっと帰ってくる。
俺様が待ってやっているのだから、帰ってくるに決まっている。
だから心配なんかしてねーぞ!!
そもそもテムペストは心配症すぎる。
あのカリュオンとかいう変エルフの装備、明らかにおかしい。
あいつが身に付けている鎧も盾も、古の魔法がかかった伝説級のものではないか。
ただでさえおかしな才能でカッチカチの変エルフが、伝説級のカッチカチになっているぞ。
「うむ……僕が鍛えたカリュオンならあの程度の変わり種ダンジョンくらい平気だと思うのだが、カリュオンのギフトには弱点もあるし、カリュオンは自分がどんなに辛くても厳しい状況でも他人の前では平気な顔をして笑っているんだ。どんな時も笑う癖がついてしまってるから、無理をしすぎないか心配なんだ」
「お前は過保護な奴だな。だがそれをいうと赤毛も目を離すとすぐに無理をするからな、銀髪も。小さくて弱いくせに、自分のためじゃなくて他人のために無茶なことをする。この間ダンジョンに行った時もそうだ、自分のものでもないオルゴールのためだけにアルコイーリスの偽物に突っ込んでいくバカだ。どうせダンジョンの作った偽物なのに、アルコイーリスなんてあいつには無関係な存在なのに、お節介がすぎてすぐに自分を粗末に扱う大馬鹿野郎だからな」
まったく、しょうがねー奴らだな。
「あのワンコロも運が悪すぎて何を巻き起こすかわからなくて心配だから、やはり僕がちゃんと見ておかないと」
「カー、しょうがねぇな。とりあえず何かあった時にすぐに助けられるように近くにいてやるか」
といっても部屋には入れないし、箱庭への影響を考えて強行突破は最終手段だし、そうなると待つしかない。
何か中で異変があれば、その時は赤毛の家が吹き飛ぼうがどうしようが奴らの安全を最優先で行動すればいい。
だから早く帰ってこい。じゃないと待ちきれなくなって、俺様達が箱庭も家も壊してしまいそうだ。
赤毛達がいきなり帰ってきた時に海エルフの姿を見られては困るので、いつもの子亀の姿になって部屋の扉の前に座る。
テムペストも草の姿に戻り俺様の横に座った。
信じて待っていてやるから早く帰ってこい。
しかし何故だろう。
一晩なんて古代竜の時間にとって瞬き以下の一瞬なのに、何故今日は一晩がこんなに長く感じるのだろう。
気付けばテムペストと共に箱庭の部屋の前に座り込んでウトウトしていた。
夜明け時、白い奴が部屋の前の廊下を通りかかり部屋の異変と俺様達に気付き無理矢理扉を開けようとしたので、テムペストと共にそれを止めて箱庭は我が見ておくからと毎朝の森の見回りに行かせた。
箱庭に大きな変化はないが、俺様達がここにいたおかげで白い酔っ払いが余計なことをするのを阻止できてよかった。
夜が明けすっかり明るくなった頃、マグネティモスがワンコロが部屋にいないと大騒ぎしながらやってきて、事情を話すと更に大騒ぎして部屋に突っ込みそうになったのでテムペストが蔦でグルグル巻きにして俺様が水をかけて落ち着かせた。
偉大な古代竜のくせに落ち着きのない奴である。部屋の前で大人しく待っている俺様やテムペストを見倣え。
そうだ俺様達を見倣って、赤毛達が帰ってくるのをここで待つがいい。
夜が明けて少しずつ日差しが強くなり少しずつ気温が上がり始める頃、女神三姉妹も起きてきて白い奴も戻ってきた。
そして我らと同じように箱庭の部屋の前に座り込む。
今のところ我らにできるのは、赤毛達が帰ってくることを信じて待つだけ。
いつもなら赤毛がキッチンで朝飯を作っていて、その匂いで目が覚める時間。
すっかり馴染みになっていたその匂いも今日はしない。
毎朝赤毛を手伝っていた三姉妹も、部屋の前で並んで膝を抱えている。
白いのも獣の姿に戻り廊下でベッタリと寝そべっている。寝そべっているというか廊下のサイズに対して体がでかいから詰まっているように見える。
我ら古代竜も女神の末裔も古の神獣も、本来なら食など必要ない。
必要がないものなのだが、気付けば赤毛達と共に食事をすることが当たり前になっていた。
我らにとって無意味で無駄なことのはずなのに、それがないと何故かもの足りないような気分になっている。
いや、それだけあっても多分だめだ。
足りていないのは――いや、だめだ。足りていないものが何かわかっていても、それを認めてはならない。
それは俺の中を一瞬で通り過ぎて消えていく者だから、足りないものになってしまってはいけない。
それを認めてしまうと、この先この一瞬よりもずっとずっと長い時間を足りないままで生きないといけないから。
それはきっと、俺しかいないあの島ですごした気の遠くなる時よりもずっと辛いものになるだろうから。
俺様の時間の中で奴らの時間はほんの一瞬。
一瞬で通り過ぎてしまう存在だから、その時間を少しでも長く――だから早く戻ってこい。
いつもなら騒がしく赤毛達の帰りを待っているはずなのに、今日は皆無言。
無言で廊下に座り込む我ら。どこからともなく吹き込んでくる涼しい風が眠気を誘ってくる。
気付けばテムペストとマグネティモスが床に転がってピーピーと鼻を鳴らし眠っており、三姉妹達もお互いに寄りかかりあいスースー寝息を立てている。
廊下に寝そべっている白い奴もプープーと変ないびきをかきながら寝てしまっている。
はー、この程度の心地よさで居眠りをするとは頼りにならない奴らめ。
やっぱり俺様が赤毛達の面倒を見てやらないといけないではないか。
吹き込んでくる風が気持ち良くて眠気を誘うが、俺様が起きてちゃんと見張っていてやる。
何あったらすぐに助けてやるから、早く帰ってこい。
ふあぁ……じゃないと俺様まで待ちくたびれて眠くなってしまう。
どうしてかな。俺様にとっては一瞬のはずの時間なのに、誰かを待つ時間とはこんなに長く感じるものなのだろうか。
つい眠くなるのは誰かを待つことに慣れていないから。眠れば時間がすぐにすぎるから。
心地の良い風につい微睡んでいた意識が戻ったのは、箱庭のある部屋が急に騒がしくなったから。
確実に赤毛達の気配。ようやく、帰ってきたようだ。
出迎えると待っていたように思われるから、ここはのんびり目を擦りながら今起きたふりをしてやろう。
俺様はたまたまここで居眠りをしていただけのカメさんですよー。
「ふお!? みんなここで待ってたのか!? ごめんそしてただいま!! っていうか、俺はあんま悪くない気もするけど、心配してくれていたみたいでありがとう。朝飯はまだかな? 俺達も飯はまだだからすぐに作るよ」
ものすごく汚い恰好をした半裸の赤毛が、新鮮な加齢臭みたいな臭いをさせながら閉ざされていた扉を開けて顔を出した。
べ、別に待っていたわけでも心配をしたわけでもないが、朝飯はまだだから朝飯を食いながら何があったか詳しく聞いてやる!!
それから炎臭いから浄化もしてやる!!
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