第886話◆閑話:青い亀と緑の葉っぱ
「キ……キエエエエッ! キエッ! キエッ! キエエエエッ!!」
うるさい。
何か変な草が鳴いているような声が聞こえるが、俺様は今気持ちよくスヤスヤしているのだ、邪魔をしないでくれないか。
「キーッ!!」
あ? 古代竜なら夜だからといって寝る必要はないだろうって?
俺様が夜寝ているのは、赤毛が俺様用のベッドを作ってくれたから、使ってやらないと可哀想だからだ。
そりゃ寝るなら海の中が一番だが、俺様は事情があって超長い間何もない海でダラダラしていたからな、今は海以外を満喫するのだ。
深い海の底ほどではないが、このふかふかのベッドも案外寝心地がいいぞぉ。
どうだ、羨ましいだろぉ? というわけで俺様を起こすなスヤァ……。
「キェッ! キエエエッ!!」
しつこい草だな。
草語なんてわからないが、察しのいい俺様にはなんとなく何をいっているかわかるぞ。
赤毛に隠れて箱庭で遊ぼうというのだな?
それは赤毛が寝た後に酒を飲みながら話し合って、しばらくあの箱庭を弄るのはやめようということになったじゃないか。
赤毛が不機嫌になるとめんどくさいし、飯が草だらけになる。
まぁ赤毛の料理した草なら草でもおい……おい……おいおいお……それなりに食うことができるからな。
おっおっおっ美味しいなんて思っていないぞ!! 俺様は果物と肉と魚が好きなのだ!!
というわけで、良い子の俺様は赤毛に怒られないようにスヤァと寝るのだ。
テムペストよ、お前も早く変エルフの所に戻って寝るがよい。
赤毛に付き合って赤毛と同じ生活サイクルをしてみているだけだが、それはそれで楽しいぞ。
果てしなく長い竜生、小さき者の生活を覗いてみるのも後に何かの役に立つだろう。
というわけで俺様は今、小さき者の性格を学ぶため寝るのに忙しいのだ。
俺様専用ふかふかベッド最高、これは俺様専用だから貸して欲しいといっても絶対に貸してやらないぞぉ、スヤァ。
「キ、キエエエエエエエエッ!!」
「カメッ!?」
キーキーとやかましい草など無視をして、甲羅の中に頭も手足も尻尾も収めて寝直そうとしたら、突然ガシッと掴まれた感覚がした。
こんの草野郎、俺様が起きないからといってヒトの姿に化けて掴んで連れて行く気だな!?
甲羅の中に一度引っ込めた首をヒョコッと出してみれば、光の届かぬ深海の闇の中ですら視界に困ることのない俺様の偉大な目に、草みたいな色の髪の毛をしたヒョロヒョロ男の姿が映った。
人間よりもやや長く尖った耳に切れ長の目。
髪の色が光沢のある草っぽい色であること以外は、だいたいハイエルフのような見た目である。
我ら古代竜は万能故に何にでも化けることができる。
化けた姿で違和感なく過ごすために身近な存在に化けることが多い。俺様の場合、亀だったり海エルフだったり。
テムペストが葉っぱの塊だったりハイエルフだったり、おっさんがサラマンダーだったりリザードマンだったりするのもそのためだ。
おっさんは年寄りだから他の種族のふりをするのに慣れているようであまり違和感はないのだが、テムペストの葉っぱの塊みたいなのは何だ? 陸地にはそんな生きものがいるのか?
マグネティモスも腹にポケットのある何かよくわからない獣に化けているな……うむ、俺様が地上には詳しくないから地上にはそういう生きものがいるのだろう。
何を思ったかテムペストが葉っぱ姿からハイエルフのような姿になって、子亀の姿をしている俺様を掴みあげていた。
馬鹿野郎、そんなことをしたら俺様達が偉大な存在だと赤毛にバレてしまうだろう!!
あいつは基本的に鈍感だが気配にだけは敏感なんだ! 人間の目が利かない暗闇の中でも気配で気付くかもしれないだろ!!
もし俺様達の正体に気付いたら、ちっぽけな赤毛がビビリ散らして変に遠慮をされるとつまらないから、絶対にバレるわけにはいかないのだ!!
変エルフはお前の正体を知っているから、俺様達の正体にも気付いているかもしれないが空気を読んでいるではないか!
お前が空気を読まなくてどうする!? ん?
あれ? 赤毛? 赤毛がいない? 赤毛ドコ!?
「カリュオンがあの怪しい箱庭に連れ込まれたんだ。カリュオンの直前に、不運な犬コロも吸い込まれていた。もしやと思ってきてみたが赤毛もか…………銀髪も部屋にいないな。屋敷の近くにはいないということはやはり箱庭に連れ込まれたと考えるのがよさそうだ」
テムペストの体からシュルシュルと植物の蔓が何本も伸びて、窓の外へと這い出していき、伸びた先でいくつもの花が咲き、それがすぐに散って綿毛となり、風に乗って四方八方へと飛び広がっていった。
あの綿毛の一つ一つがテムペストの目となり耳となる種子。
テムペストはその綿毛で奴らが近くにいないか探したようだ。
って、ああ!? 吸い込まれた!? 箱庭に!?
変エルフとワンコロが? で、赤毛と銀髪がいないなら、奴らも箱庭の可能性が高いな。
まったく、行く先々どころか自宅でもトラブルに巻き込まれやがって、目に見えない変な呪いにかかっていないかどこかで念入りに見てもらったほうがいいんじゃないかな?
俺様の偉大な竜の目で見た感じ変な呪いにはかかっていなさそうだったが、赤毛に関してはうっかりと非常識が魂に染みついている気がする。
箱庭かー、箱庭なー、だいたいダンジョンみたいなもんだから奴らなら問題なかろ。
ん? 赤毛が普段身に付けている装備品や変な魔剣が部屋に置きっぱなしだな。
ま、赤毛には非常識の代名詞みたいな収納スキルがあるから丸腰でも何とかなるだろ。
それに銀髪が一緒なら、いざとなったら銀髪の中身が何とかするだろー。
というわけで、俺様は朝までスヤァするから籠の中に戻しておいてくれ、スヤァ。
もし心配なら俺様ではなくて付き合いのいいマグネティモスを誘って箱庭見学をしてくれ、スヤァ。
だがマグネティモスの奴はめちゃくちゃ寝起きが悪いから頑張って起こしてくれ、スヤァ。
「んな!? 寝るな! 寝るんじゃない! マグネティモスを起こすのめんどくさくて嫌だからお前が起きろ!! キエエエエエエッ!!」
「ガメッ!?」
「起きないなら無理矢理連れていくまでよ。こういう時は何だかんだで頼りになりそうなシュペルノーヴァのおっさんは帰ってしまったし、マグネティモスはマジで寝起きが悪いし、白いのは酒を飲んで寝ると朝まで起きないし、むしろあれで何故朝ちゃんと起きられるのか不思議なくらいなのだが……今日は月が細いので女神も朝まで起きないだろう。とりあえず僕とクーランマランでどうにかするしかない。あの箱庭、箱庭のくせに僕を弾くなんて絶対普通の箱庭じゃない」
テムペストの野郎が俺様の体を蔓でグルッと巻いて吊り上げ赤毛の部屋から連れ出しやがった。
蔓で吊してブランブランはやめろ。
「てめっ! 馬鹿野郎、何すんだ! 俺様は眠いんだ! 赤毛達なら俺様達が介入しなくてもきっと大丈夫だ!」
蔓をスルッと抜け出して、落下しながら空中で一回転して体勢を立て直しながらポンッと海エルフの姿にと化けて華麗に着地。
まったく、テムペストは心配症すぎる。
「大丈夫だと思うのだが、やはりあの箱庭は怪しい。何かあった時にすぐに助けられるように、傍に我々が控えておくのがいいだろう。というわけで、他の奴らはあてにならないし、やはり頼りになるのはクーランマランしかいない。だから少し付き合ってくれ」
まぁ確かにこんな時に頼りになりそうな赤いおっさんは明日もギルドの仕事があるからって帰っちまったし、白い酔っ払いはどう考えても箱庭の異変の元凶みたいなもんだし、女神とマグネティモスは起きない。
はー、マジでテムペストのいう通り俺様しか頼れる奴がいないじゃないかー。
カーーッ! しゃあねーなー、起きちまったから少しだけ付き合ってやるか。
赤毛達のことは別に心配していないし、ちょっとだけ! ちょっとだけだぞ!!
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