第884話◆キノコの別荘へ、ようこそ

 "ようこそ、キノコの別荘へ"


 森が開いてできた道を赤い屋根の見える方へと歩くと、丸っこい可愛い文字でそう書かれたキノコ型の看板があった。

 俺達を歓迎してくれている風だが、今日の俺達は看板というものに少々トラウマがある。


 赤い屋根に白い壁の可愛らしい家、大きさは俺の家と同じくらい。

 家の周りには花壇や畑があり、花壇には花が咲いており、畑は何も植えられていないがご自由にご利用下さいの看板が立っている。更に畑の脇には果物の木らしきものが数本。


 別荘の敷地の入り口に立てられたキノコ型看板のところからそれらが見えた。

 敷地の周りを囲む木の柵は、俺の家の柵と同様にトレント系の木材を使用した魔物避け効果のある柵のようだ。


 看板に軽いトラウマがあるのだが、こういうのを見せられるとワクワクするだろおおおおおお!!

 というか家! もしかしてキッチンとかある? 買い物もできるみたいだから、食材も買える? 飯を作って腹一杯食って、ゆっくり休める?


 まだスゴロクの影響が残っていて、これが罠かもしれないという不安はあるが、とにかく今は休みたい。

 休んで体力が回復すれば冷静になって頭も回るようになる。そうしたら家に戻る手段の発見に至る気付きがあるかもしれない。

 そう、今は休憩! とにかく休憩をするんだーーーー!!


 箱庭の外と中で時間の流れがシンクロしているなら、そろそろラト達が起きて異変に気付いているだろう。

 もしかすると箱庭に入れなかった苔玉ちゃんが、ラト達に知らせているかもしれない。

 そうしたら外は大騒ぎになっていそうだし、大騒ぎついでに箱庭を攻撃しそうなので箱庭の平和のためにも早く家に帰りたい。


「他に進むところもわからないし、とりあえず別荘で休憩させてもらうか」

「いくの? 変な感じはしないただの家っぽいけど、油断はできないよ」

 看板の前で一度足を止めたが少し考えて歩き出すと、少し不安そうなアベルがすぐに俺に続いた。

「ま、休まねーとどうにもならないくらいに疲れていることには変わりないから、無理して進んでもいい結果にはならなさそうだし、だったらここで休めることに賭けようぜ」

 カリュオンの危機センサーに引っかかっていないなら多分大丈夫だと思うけれど、ついさっき調子に乗りすぎてやっべー森林火災を起こした後なので、あまりカリュオンの危機センサーを信じすぎてはいけない。

「そうですね、買い物もできるみたいですし装備を調えられたらいいなぁ。でもお金がないから物々交換でいけるのかなぁ。うう、偽物のグランさん達に貰った装備がそろそろ消えちゃいそう」

 あー、金。そういえば金がない。

 森で拾ったものを売ってなんとかなるか?

 ジュストに言われて、自分達が文無しだということを思い出した。そもそも人間の通貨が箱庭の中で使えるかも不明である。

 そしてもう一つジュストに言われて気付いたこと。


「ああ、俺の手袋もボロボロになってきているな」

 本物のアベルの持ち物ならそう簡単にボロボロにならないのだろうが、今俺が身に付けているのは偽物のアベルから貰った偽物の手袋。

 使い込んでボロボロになったというよりも時間経過で朽ち始めたような感じで端っこから綻び始めており、気になってそこを触れるとボロリと崩れた。


 偽物のアベルも長時間は持たないと言っていたな。

 色々なものを掴んだり殴ったりしたりした手袋の手のひら部分や手の甲、指の辺りはまだ形をしっかり留めていても、何かが刺さった跡や強くこすれた跡が残っている。

 手袋がなかったらこれは俺の手に付いていた傷だ。

 ここまで一緒に戦って、俺を守ってくれてありがとう。

 偽のアベルを思い出しながら両方の手のひらを組み合わせると、手袋はポロポロと崩れて地面に落ち具現化を解かれて元の魔力へと還っていった。


「あ、俺の靴も! やばい、裸足になる前にあの建物までいこう!」

「俺が貰ったのは飯だけだったから、身に付けてるものは平気だな。ジュスト、偽グランに貰ったマジックバッグの中身、消える前に出しとけよー。まだ残ってる食い物があるなら今すぐ俺が食ってやる」

「食べ物はもう残ってません。あまり長持ちしないって偽グランさんが言っていたので、拾ったものも入れてません。あ、何かで使うかもって渡されたお酒がまだ残ってまし――あっ!!」

「ピエッ!!」


 俺の手袋が消えたことで自分も靴も間もなく消えそうなことに気付いたアベルが、別荘へ向かう足を速める。

 カリュオンは自前の装備だから平気だけれど、ジュストの持っている俺の偽物に貰ったマジックバッグの中身を気にしている。

 食い物が残っているなら俺も協力するぞ、と思ったが食い物は残っておらず酒が出てきた。

 見覚えのある瓶にはっているそれはリュネ酒。

 ジュストがそれをマジックバッグから取り出すと同時に、マジックバッグは魔力が尽きたようでパァンと弾けて魔力の光となって消え、それにジュストが気を取られていると酒に気付いたケサランパサラトがシュッと綿毛を伸ばしてジュストの手からリュネ酒を奪った。


「おいこらー! 俺達は今酒が飲める状況じゃないから酒をくれてやるのは構わないが、酒を飲みすぎるとまた酒臭くなって燃えやすくなるぞ。ていうか、勝手に酒をもっていった分ガーディアンの仕事をしろよ! キノコ君が箱庭の魔力が膨れ上がりすぎて困ってるみたいだから、上手く調整してやってくれ」

「ピエ? ピエエ!」

 酒を奪ってすぐに飲み干したケサランパサラト君に呆れながら言うと、酒を飲んで上機嫌になったのかふわふわもこもこな綿毛を揺らしながら返事が返ってきた。

 その返事はっきり聞いたからな! しっかり仕事しろよ!! 仕事をしっかりしたらたまに酒を届けてやるから、よろしく頼むぞ!! 箱庭と俺の家の平和のために!!


 ご機嫌に返事をしたケサランパサラト君が、酒瓶をキュッと抱きしめるように綿毛の中に抱え込んでふわりと後ろに跳んで俺達から距離を取った。

 森が再生して俺達を別荘まで案内したので、森に帰るつもりかな?

「ん? 森に帰るのか? そっか、森を大火事にしたの悪かったな。ま、おかげでスゴロクの影響は減ったみたいだし、森の平和と安定は任せたよ」

「ピエンッ!!」

 声を掛けて手を振るとケサランパサラト君はピョーンと跳ねて森に帰っていった。


「あれー? あの綿毛は森に帰っちゃったんだ。ま、いいや、早く建物の方にいって本当に安全に休憩できるか確認しよ。ゆ、油断してるわけじゃないからね! グラン、はやくはやく! 入り口の罠を確認するのはグランの役目だよー!」

 俺を抜かして先に別荘の方へ向かっていうアベルがこちらを振り返り手招きをする。


「ケッ」

 アベルの方へ急ごうとしたら、左肩でチュペの小さなため息が聞こえた。

「賑やかだろ? でもさ、こんなボロボロで先の見えない状況でも、こいつらといると絶望しなくて済むんだ。良い仲間だろ? チュペもこれから一緒にいるなら仲間だな!」

 誰とも合流できなかったら途中で心が折れていたかもしれないし、ここまで辿りついても先のことを考える余裕も希望を持つ余裕もなかったかもしれない。

 これからはその仲間にチュペも加わることになるかな。

「ケーッ!!」

 左肩のチュペだけに聞こえるように小声で言うと、チュペは突然ペチンと俺の頬を叩いて炎の竜の姿に戻ってソウルオブクリムゾンの中に入ってしまった。

 偉大でプライドの高い古代竜に仲間とか言ったのは失礼だったかもしれないな。

 でっかい姿が威圧感があってかっこいいけれど、ちっこいとどうしても親近感が湧いちゃってつい気軽に話しかけちゃうんだよな。

 また出てきてくれた時には気を付けよう。


 おっと、こうしている間にカリュオンとジュストも玄関前だ。

 待ってーーーー! 俺も別荘で休憩するーーーー!!

 慌てて追いかけると、まだ誰も触っていない玄関の扉が、俺達を迎え入れるようにひとりでに開いた。






「へぇ、思ったより綺麗な内装じゃない。外観も悪くなかったし、ここまでは中々気に入ったよ。あとは奥がどうなってるかな、それとベッドやソファーなんか家具も。はー、ふかふかのベッドでゆっくり休みたい~」

 警戒していたわりに楽しそうなアベル。

 俺が追いついて入り口付近に罠がないことを確認し終わると、さっさと中に入り玄関周辺を物色している。

「罠はないみたいだな。ん? 何だこの本」

 アベルに続いて玄関に入ると、玄関脇の棚の上に一冊の本が置いてあった。

「妖精の箱庭観光のしおり? なんだぁ?」

 俺に続いて入ってきたカリュオンもその本に気付いた。

「修学旅行のしおりみたいなものですかね」

 カリュオンの後ろからヒョコッと顔を出すジュスト。

 それは微妙に違うと思うぞ、というかまたポロリしてるぞ。


 名前的に箱庭世界にきた俺達のためのガイドブックかなぁ。

 

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