第883話◆森の夜明け

 明るくなり始めた空から舞い降りてきた小さな光は、綿毛のようにフワフワと宙を舞いながらゆっくりと地面へと降り注ぐ。

 それはケサランパサラト君が現れた時の綿毛を思い出せるが、今回は正真正銘の光の粒。


 森が燃え真っ黒になった地面に落ちた光の粒はパァンと弾けて光の粉となって周囲に散らばり、黒を白へと塗り替える。

 そして白へと塗り替えられた地面から小さな緑が芽吹き、その上に更に光の粒が降り注ぎ粉となって散らばれば、緑はモコモコ草や木となり溢れるように横へ上へと広がって黒く焼けた森を黒から白へ、白から緑へ塗り替えていく。



「ケッ!」

 その様子を宙に浮いた状態で見ていたチュペルノーヴァが短く息を吐いた後、クルリと空中で一回転して炎の竜からサラマンダーの幼体に羽が生えたような姿となり俺の左肩にちょこんと乗った。

 あの日初めて会った時のあの姿。サラマ君となんとなく似ているけれど、ちょいぽちゃなサラマ君より一回り小さくてほっそりしていて、よく見るとサラマ君より目つきが悪い気がする。

 似ていると思っていたけれど全然違うな。


「ありがとう、チュペ……君? いや、君は失礼か? チュペルノーヴァ様? あちっ!」

「ケーッ! ケッ!」

 お礼を言ったものの何て呼んでいいかわからなくて非常に困り、素直に尋ねてみるとボッ小さな炎をぶつけられた。

「ごめん、ごめんて。でも、名付けちまったからその名前で呼んだ方が力になるだろ? そもそも、シュペルノーヴァと君は違う存在なんだから」

「ケ……ケー……」


 たとえシュペルノーヴァを模倣して作り出された存在だとしても、シュペルノーヴァとは違う。

 はっきりと自我を持ち、自分という存在を認識しているなら尚更。

 生物的に同じだとしても、心は別物なのだ。同じだけど同じではない。


 そして個としての認識を強くする名には大きな力がある。

 とくに名がない者が名を授かると、己を強く認識し持てる力を引き出す効率が上がるとされている。

 それは名を呼ばれる度に、名が心に馴染む度に、潜在的な力が解放されやすくなるという。


 うっかり俺が噛んでしまいチュペルノーヴァになってしまった、元シュペルノーヴァの模擬体。

 シュペルノーヴァの偽物からチュペルノーヴァという本物に。

 小さな体で飛びだして森を燃やす炎を取り込み大きな竜の姿に戻ったのは、彼自身が元々持っていた力を取り戻しただけなのか、それとも名を付けられたことで力を得たのか。その両方か。


 シュペルノーヴァとは違う存在だと言えば、チュペルノーヴァは一瞬驚いた表情になった後、戸惑いのためか金色の瞳がユラユラと揺れた。

 そうだよな、模擬体だとしても偉大なシュペルノーヴァであることにやっぱ誇りがあったよな。

 それでもチュペはもうはっきりと自我を持った個体、シュペルノーヴァでありながらシュペルノーヴァではない、個として確立をされた存在になっているように見える。

 俺が噛んだせいで、それにチュペルノーヴァが返事をしたせいで、ちょっぴり気の抜けた名前になっちまったけど、シュペルノーヴァであってシュペルノーヴァではない存在に名前が付いてしまった。


 竜巻を粉砕したチュペの姿を見て、模擬体だとしても、一度力を失ったとしても、やはりシュペルノーヴァを模したものだと改めて確信した。

 妙な名前になってしまったが、そんな存在を気安くチュペとかチュペ君とか呼んでもいいのだろうか?

 模擬体であっても、古代竜であることには変わりない。


「やっぱ人間と格が違う古代竜だから、チュペルノーヴァ様って呼ぶ方が……あちち、突然火を吹くのはやめろ!」

「ケッ!」

 チュペルノーヴァ様と呼ぼうとしたら、気に入らないらしくボッと小さな火を吹かれた。

「何だよ、噛んだのが気に入らないのか? じゃあノーヴァ様? アチ、これも違うのか? じゃあペル? これもダメか……じゃあチュペ君? え? 惜しい? じゃあチュペ? え? それでいいの? 噛んだのはダメじゃなかったの? あちっ! 何だよ、よくわかんないチュペだな!! もうチュペでいいか、じゃあチュペで決定!! 後で怒っても変えねーからな!!」  

 思い付いた名前で呼んでみるが、その度に着火用魔道具みたいにボッと火を吹かれてイヤイヤとされ、結局納得したのはチュペといいう呼び方。

 噛んじゃった名前は嫌じゃなかったの?

 まぁ、チュペが納得しているならそれでいいや。チュペは意外と可愛い名前が好きなんだな。あちっ! だから火を吹くのはやめろって!


「あーあ、愛称まで付けちゃって、そうやってすぐに誑し込んじゃうんだから。で、その竜は何者なの? 耳飾りから出てきたことから考えるとシュペルノーヴァに縁がある者だよね? 耳飾りの中にいたの? すごい"物"には意思や生命が宿るっていうけどその類い? 今日が初対面じゃなさそうだし、やっぱり俺の知らないところで誑し込んでぇ~。誑し込んじゃったものは仕方ないから、新参者は新参者らしくグランの親友の俺をちゃんと敬っ……こら! 俺に向かって火を吹くな!!」

 ダンジョンでのことはアベル達には全く話していなかったから何て説明しようかと思っていたけれど、何かアベルが勝手に納得したからそれでいいか。


 ダンジョンボスがついてきていたとか、実はそれがシュペルノーヴァの模擬体だったとか、それだけじゃなくてリリトのことまで話さないといけなくなるかもしれないから、とりあえずアベルの推測通りソウルオブクリムゾンに宿る生命ということにしておこう。

 チュペもそれで誤魔化すつもりなのかウンウンと俺の肩の上で頷いていたのに、一言も二言も多いアベルがチュペを煽るからボッと火を吹かれていた。


「なるほどー、ソウルオブクリムゾンに宿った存在かー。まぁシュペルノーヴァに縁がある者ってことには間違いなさそうだなぁ。おっと、あぶねぇ」

 カリュオンが人差し指をチュペの顔の前で円を描くようにクルクル回すと、チュペがそれを目で追って頭まで一緒に動く。可愛いなと思って見ていたのだが、すぐにボッとカリュオンに向かって火を吹いた。

 ははは、カリュオンは同じことをカメ君にもやって怒られていたな。もしかして苔玉ちゃんにもやったことがあるのだろうか。


「グランさんの新しいお友達ですか? 炎の竜なんて初めて見ました! 大きくなったり小さくなったり、すごい! 映画やアニメや漫画に出てくるドラゴンみたい!!」

 うおおおおおおい、ジュストーーーー!! ポロリが過ぎるぞおおおおおおお!!

 ほら、チュペも謎の異世界ワードに首を傾げているぞぉ。しかし褒められたのはわかるみたいで、火を吹かずにジュストにはパラパラと火の粉を振りかけている。

 これは何かの加護かだろうか。

 まぁ気にしないでおこう。チュペはシュペルノーヴァを模したダンジョンボスではなくて、ただのソウルオブクリムゾンに住み着いた少し不思議な竜なだけだから。


 ツンツンしていてすぐに火を吹くし俺も一度燃やされかけたが、それでもあの時自分自身が力を消耗して消えそうになりながらも俺を元の場所に戻してくれた赤トカゲ。

 うっかり可愛い名前が付いてしまったけど、かっこ良く俺達のやらかした後始末をしてくれた。

 ちょっぴり恐い面があり行動も読めないチュペルノーヴァだが、どこか親しみやすさもある。

 その力は恐ろしく、人には決して理解できない偉大な存在、だが人の傍で暮らし近隣に住む者達からは崇められ親しまれ、古代竜の中で最も人に近い存在シュペルノーヴァ。

 元が同じだけあってやっぱりそっくりだな。

 クスッとなりそうなのを我慢する。クスッとしたらまたボッと火を吹かれそうだから。


「ありがとう、そして改めてよろしく」

「ケッ!」

 明るさを増す朝の光の中、肩の上にいるチュペに改めて礼を言うと予想通りプイッとそっぽを向かれてしまった。

 シュペルノーヴァを模した存在のチュペルノーヴァは、どうやらツンツン気質だけれど意外と親しみやすい竜らしい。



 俺達がチュペを構っている間にも、森はみるみる再生し夜明けの光を浴びてキラキラと輝き始めたように見えた。

 森が再生するにつれ焼けた森を覆っていた熱い火の魔力は、森の再生と共に緑を育む澄んだ光の魔力に塗り替えられ、焼け焦げたにおいは爽やかな朝の森の香りへ変わっていき、空からは完全に夜の色が消える頃には、キラキラと朝露が光る緑の森が俺達を囲んでいた。

 それでも光の粒はまだ森に降り注ぎ、気付けば鳥のさえずりが聞こえるようになり、生きものの気配も森の中に感じるようになっていた。


 それは俺達が彷徨ったスゴロクの森とは明らかに違う空気。

 夜の森と朝の森の違いというだけではなく、森の魔力そのものが全く違うことに気付き、スゴロク化した森が元の森に戻ったことを確信した。

 ダンジョンの内部のように濃密だった魔力も若干和らぎ、自然の森のような落ち着いた空気。

 この森だけ見れば、箱庭が崩壊しそうとは思えないほどに魔力は安定している。

 この様子なら、箱庭が崩壊から少しくらい遠のいたかもしれない。


 念のため森の再生を見守りながら周囲の気配を念入りに探ってみると遠くに強い沌の魔力を、更にその周辺にスゴロクの森と似たような魔力を僅かに感じ取った。

 ここが箱庭の中だというのなら、この沌の魔力は俺がナナシをブッ刺してつくった亀裂に沌の魔力を埋めた所かなぁ。

 スゴロクの森と似たような魔力を感じるのは、亀裂にスゴロクが吸い込まれたから。


 この辺りの森はスゴロクの影響から解放されたようだが、あの亀裂の中や亀裂周辺の森はまだまだスゴロクの影響が残っている可能性が高い。

 この森はスゴロクから解放されたようだが、放っておくとまた亀裂から漏れるスゴロクの魔力の影響を受け、森が再びスゴロク化してしまうかもしれない。

 そうすればまた箱庭内が不安定になってしまうだろう。

 やはり元凶である割れ目に吸い込まれたスゴロクをどうにかしないとダメなのか。


 だとしても今はとりあえず休みたい。

 森林火災が一段落したところで完全に緊張が途切れ、どっと疲れが出てきた。

 今まではあまり気にしていなかったが、半裸で森を走り回ったせいであちこち擦り傷だらけで、それが緊張が解けたせいでピリピリと気になり始めている。

 というかズボンもそろそろ破けそうなので、このままではパンツマンになってしまう。


 しかし俺達の周りは復活した森に囲まれ、ここからすぐに家に帰る術があるように見えない。

 当初はスゴロクのゴールまでいけばいいと思っていたが、そのスゴロクをぶち壊してしまったためそれもできない。

 この状況、どうすりゃいいんだ?


「ピエッ! ピエピエピエピエッ!!」


 実はやばい状況におかれているのではと思い始めたところに、ケサランパサラト君の鳴き声が響き渡り我に返った。 

 魔力が強く作用する気配を感じ、そちらに視線を移すと――。


 ザザザザザザザザッ!!


 森が大きくざわめき、突如森が割れて歩きやすそうな道ができあがった。

 それが続く先に赤い屋根の建物がチラリと見えた。


 そして気付くと俺達の横にあまりいい記憶のない木の看板が。


 "この先、きのこの別荘。ご休憩、お買い物はこちらでどうぞ"


 スゴロクの影響は完全に消えたわけではないのだろうか?

 それでも今は、休憩ができそうな場所が現れたのはありがたい。

 そしてお買い物? 物資の補充ができるのか!?


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