第881話◆チュペルノーヴァ
「チュペルノーヴァ? え? 何それ? 耳飾りから出てきたらように見えたけど、何それ? その炎のトカゲの名前がチュペルノーヴァって見えるけど、シュペルノーヴァじゃなくて? チビのくせに詳細までは見えないんだけど、どういうこと? シュペルノーヴァに貰った耳飾りだし、名前からしてシュペルノーヴァの眷属? でもこれだけはわかるよ、俺の知らないところでそのトカゲを誑し込んだんだね?」
「え? これはその……えっと……色々あってちょっとした顔見知りみたいなもの? って、名前がチュペルノーヴァ? シュペルノーヴァじゃなくて? もしかして俺が噛んじゃったのに返事して出てきたら、命名されちゃった? そんな馬鹿な!? うげ、やめろ! 俺に火を吹くな! 噛んだのは不幸な事故であって俺は悪くないし、返事をしたお前も悪い!! アチッ!! アチチチチチッ!!」
「ケッ!? ケーーーーーーーーッ!!」
「なんかよくわかんねーけど、グランが俺達の知らない間に何かを誑し込んでたのは理解した。なんとなぁくシュペルノーヴァっぽいような……そうでもないような……古代竜のちっこく化けたやつと似てるけど少し違うような……おっと、何でもない何でもない」
「よくわかりませんが、グランさんにすごく懐いてるように見えますね」
「ピエェ?」
ソウルオブクリムゾンから飛びだしてきた赤トカゲ君に反応したのは、俺よりアベルの方が先だった。
いつもの究理眼、何でもかんでも覗き見をするのは危険もあるというのに赤トカゲ君の正体を覗いてしまったようだ。
あのダンジョンのボスであるレッドドラゴン、その正体はおそらく――なのだが、ソウルオブクリムゾンから飛びだしてきたおかげで、アベルがいい感じに勘違いをしてくれたようだ。
火属性の魔力を吸収するソウルオブクリムゾンに吸い込まれて消えたと思った赤トカゲ君。
吸い込まれたというか、もしかしてそこを住み処にしてた?
そうだよなぁ、ソウルオブクリムゾンはシュペルノーヴァに貰ったものだから、赤トカゲ君とは相性が良さそうだしなぁ。
何がどうなってそうなったかはわからないが、万の時を生きる古代竜がくれたもの、その力が宿ったもの、そしてその力を持つ者を模倣した者。
こんな小さな炎のトカゲだとしても、人間の理解が及ばぬ力と知恵と持っているのだろう。
というわけで、考えることは秒で放棄した。
って、チュペルノーヴァ!?
本物のシュペルノーヴァはルチャルトラにちゃんといて、コイツは模倣したものであっても別の存在。
名とは個を示すもの。
すでに別のものになってしまったコイツは、元は同じ名であっても違う存在。
俺が噛んじゃったチュペルノーヴァ呼びに思いっきり返事をして出てきたから、名付けが成立しちゃった?
しかも俺に呼ばれるのを待っていたみたいにうずうずしている感じが伝わってきていたし、もしかして俺のこと結構好き?
ま、古代竜のことも古代竜がくれたソウルオブクリムゾンのことも人間には理解できないことかもしれないから考えるのはやめよ。
それにシュペルノーヴァだと紛らわしいから、ちょうどよかったかもしれないな。
おいこら、いきなり俺に向かってボッて火を吹くんじゃない、ただでさえ森林火災で熱いんだからやめなさい!
それとカリュオンとジュストは、少しくらいこの謎の炎のトカゲを怪しめ! 俺がどっかで誑し込んだで納得するな!
綿毛君も微笑ましいものを見るような表情で体をクネクネするんじゃない!!
で、なんで赤トカゲ君改めチュペルノーヴァ君が出てきちゃったんだ?
というかどちらかというと、出てくるより炎を吸い込んでほしかったんだけど……アチッ! おいこら、やめろ! 今は半裸なんだから俺に向かって火を吹くのはやめろ! 半裸じゃなくても俺に火を吹くな!!
「もしかして、そのチビトカゲが火事を何とかするっていうの? シュペルノーヴァの眷属みたいだけど、そんなチビの力を借りるより俺に任せ……うわっ! いきなり火を吹くなこのチビ! 魔力に余裕があれば水をぶっかけてやるのに! ぎゃ、また火を吹いた! ちょっと、グラン! 誑し込んだなら、ちゃんと躾けて!! 頭を狙って火を吹くのはやめて! 髪の毛がチリチリになるからやめて!!」
さっそくアベルがチュペルノーヴァを煽り始めて、ボッと小さな炎を吐き出されている。
ちっこいけれどシュペルノーヴァを模倣した存在でそれなりに強いと思うから、あんま煽っていると髪の毛をチリチリにされるぞぉ。
模擬体だから本物のシュペルノーヴァには及ばないとしても、あのダンジョンのボスはドリー達がフルパーティーでコンディションがいい時でも勝てるか怪しい強さだしな。
でもあの時にソウルオブクリムゾンに魔力を吸われてすっかりちっこくなってしまっているから、今はそれほど力を持っていないかもしれないけれど。
それでも今この状況では心強い助っ人である。
助っ人だよな? 名前を呼んだら出てきたんだから、助っ人だよな?
うっかり妙な名前になっちまったけど、呼ばれるのを待ってたから名前を少々間違っても呼んだらすぐに出てきたんだよな?
そんなジトーッとこっちを睨まないでくれないかな?
アチッ! だから、小さくても火の玉はダメ!!
「うぉ~い、遊んでるうちに竜巻が近付いてきたぞぉ~。逃げるかどうかにかするかしねーとそろそろやべーんじゃね?」
そーだよ、飛びだしてきたチュペルノーヴァ君と遊んでいる場合ではなかった。
カリュオンの指差した方向には、やっべー規模に膨れ上がった火炎竜巻がもうすぐそこまできており、熱い風がバサバサと俺達を殴りつけていた。
「げえええ! やっべー、もう目の前まできてるじゃん! ていうか思ったよりクソデカ! これは、一度下がって安全確保を優先しよう」
ソウルオブクリムゾンで炎の竜巻を吸い込むつもりだったが、何故か出てきたちっこいチュペルノーヴァ君。
俺が感じていた熱はシュペルノーヴァではなくチュペルノーヴァの火の魔力だったのかもしれない。
だからシュペルノーヴァのような魔力でも、いつもよりもずっと弱かった。先日魔力を吸われてすっかり小さくなってしまったばかりだから。
ということはつまり、アベルが言っていたようにここにシュペルノーヴァの力は届いていないと思われる。
もうすぐそこまできている炎の竜巻は思ったよりも巨大で、それはまるで炎の嵐。
その中には森の木々が燃えながら巻き上げられているのが見える。
炎竜巻と小さなチュペルノーヴァ君を見比べ、シュペルノーヴァの模擬体であったとしてもこれをどうにかするのは無理かもしれないという結論になり、素直に撤退を口にした。
あの棺の部屋で見せたダンジョンボスとしての姿なら何とでもなっていただろうが、今のチュペルノーヴァ君はソウルオブクリムゾンに魔力を吸われ消えかけた時の姿に近い。
少しだけ大きくなって姿もはっきりしているのは、ソウルオブクリムゾンの中から火の魔力を吸収していたからだろう。だから俺の周りの火の粉がチラチラと左耳へと流れていたのだ。
火の粉くらいなら吸収できるだろうが、あのやっべーサイズに成長した炎竜巻は逆にチュペルノーヴァ君が巻き込まれてバラバラになってしまいそうだ。
あんな一方的な別れ方をされて、消えたかと思ってちょっぴり悲しくなって、いきなり妙な再会をして色々問い詰めたいので、ここでまた消えられると確実に俺の中にたくさんモヤモヤが残ってしまう。
だからとりあえず一旦安全を確保して仕切り直そう。
「そうだね、思ったより大きな竜巻になってるから、チビトカゲじゃなくてやっぱり俺に任せて! ふふん、新参者のチビより俺の方が頼りになるんだからね! でもとりあえず先に安全なところまで退避するよ!」
竜巻がやっべー規模になっているのに、アベルがなんだか楽しそうな表情になっているぞ。
お前、危なくてもこういうお祭り騒ぎ好きだよなぁ。非常識な変人め。
結局アベルに負担を掛けることになりそうのは悔しいが、今は下がるしかない。
「チュペ君、出てきてもらったのに申し訳ないけど、炎竜巻が思ったよりやべーから一旦逃げよう。ほら、ソウルオブクリムゾンに戻るか、俺の肩の上に乗って――」
「ケーーーーーーッ!!」
「ぎゃっ!?」
「ぐぼぉ!?」
「うおっと!?」
「ひゃっ!?」
「ピエ!?」
チュペ君に退避を促した直後、まずはアベルに向かってチュペ君が突撃して頭突きをかました。
何か魔法でも使ったのだろうか、アベルが思ったよりも吹っ飛んで竜巻とは逆方向の地面にドサッと落ちた。
次は俺、同じように頭突きをくらってアベルの横に尻もち状態で着地。
カリュオンとジュストと綿毛ちゃんは頭突きをくらわず、魔法でフワリと俺達の横に移動させられた。
何だこの差は!?
「もう! いきなり痛いじゃないか! こんな凶暴なトカゲ、絶対に家に連れて帰らないでよ!!」
「おいこら、チュペ!! いきなり頭突きはやめろ!! って、おい! 何やってんだ!!」
「ケーーーーーッ!!」
尻もちの体勢から立ち上がり頭突きをくらう前にいた場所に視線を移すと、小さな炎の竜がパタパタと小さな翼を動かして巨大な竜巻へと飛んでいくのが見えた。
「おい、何やってんだチュペ!!」
「グラン、戻ったらダメだよ!」
名を呼び走り出そうとした時、アベルに強く手を掴まれた。
振り切ろうと思えば、アベルの手くらい振り切れる。
だが、俺はそれをしなかった。我に返り、俺がそこに戻ってもできることはないと気付いたから。
ただ炎竜巻の中に飛び込んでいくチュペルノーヴァを見送ることしかできないから。
また会ったと思ったらやっぱり身勝手なトカゲだな、シュペルノーヴァ――いいや、チュペルノーヴァ。
小さくて身勝手で乱暴なお前には、強大で義理堅くて気前のいいシュペルノーヴァの名はもったいないからチュペルノーヴァで十分だ。
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