第880話◆自分に都合のいい言い訳
風に煽られて燃え上がった炎が、周囲の空気を吸い込み竜巻状態になり、更に燃え上がり炎が広がっていく。
そしてその竜巻は、速度を上げながら俺達の方に近付いてきている。
竜巻の中には燃えさかる森の木々も巻き上げられており、あんなものに巻き込まれたらアダマンタイト級エルフのカリュオンですら無事ではすまないだろう。
もちろん半裸の俺がこの中で最も大ダメージを受けそうだ。
これはもう逃げるのが一番だろう。
しかし火炎竜巻をどうにかしなければ、俺達も危ないし、スゴロク化した森以外にも被害が広がるかもしれない。
じゃあ、どうにかしてあれを消す?
アベルとカリュオンは森を燃やすのに魔力を大きく消費した後、ケサランパサラト君の消火でも更に消費している。
ジュストは多少余裕はありそうだが、それでも森から空へと伸びる大火炎竜巻をジュスト一人でどうにかするのは厳しいだろう。
それでもこの三人ならどうにかしてしまいそう、無理やりでもどうにかしそうではある。
無理やりにどうにかしてしまいそうではあるが、どうにかした後はきっと魔力が枯渇して回復するまで何もできなくなってしまい、そうなるとその後に何かあった時に更なる危険が予測される。
こんな状況に陥っても俺自身にできることがなく、悔しい気持ちが込み上げてきて無意識に奥歯が軋む。
過ぎたる力に頼りすぎたくはないけれど。
左耳に当てた指先に、ほんのりと熱を感じる。
俺の近くに舞い下りてきた火の粉は、フラフラと俺の左耳の方へ流れているのが見える。
ソウルオブクリムゾン、この状況を見ているのか?
ソウルオブクリムゾンはシュペルノーヴァに貰った特別なものだから、もしかすると空間魔法が制限されたこの空間でも使えるのかもしれない。
いつもより控えめなのはやはり、制限された空間魔法の影響か?
しかし完全に無効化されているわけではないようだ。
全てでなくても、俺達で何とかできる範囲まで火を弱めることができるのなら。
強大な力に頼るのは恐い。
いつしかそれが当たり前になり、当たり前になりすぎてそれに自分が飲まれてしまいそうだから。
その巨大な力を自分の力と勘違いして、それがなければできないこともできて当たり前だと思うようになるから。
そしてそれがないと何もできなくなるから。
収納スキルを封じられた今の俺のように。
大きな力に飲まれるのは恐い、その力に都合よく頼る人間になるのは恐い、今回だけと言いながら何度も頼るようになるのが恐い。
だけど使えるものを使わないで仲間が危険に晒されるのはもっと恐い。
ソウルオブクリムゾンにはつい先日も助けられた。その前は荒野でも助けられた。
どうせならナナシのように代償がある方が気兼ねしないんだけどな。
気前が良すぎるぜ、シュペルノーヴァ。
そんなんだから、また頼っちまうじゃねーか。
みんなで家に帰るためなら、俺はどんな力だって使う。
いくらでも自分に都合の良い言い訳をする人間になる。
「あれを消すのは今残ってる魔力だと少しキツそうだから、とりあえず一度退避して魔力を回復させながら対処を考えよ。あんまり広がりすぎると森以外にも被害が出そうだけど、自分達の安全が優先だよ。元は俺の火魔法だし、いざとなったら安全なとこから俺が何とかするよ。それと綿毛は燃えてるのを助けてあげたんだから、それで納得してよね」
自分達の安全を最優先にするのは俺も賛成。だがその後がダメだ。
アベル一人で何とかできたとしても、その後魔力枯渇でアベル自身がぶっ倒れるかもしれない、倒れなくても魔力枯渇で苦しむことになることが目に見えている。
だからアベルも、何とかした後のことには触れていない。
まぁた、こいつはそうやってこっそり一人で何とかしようとしてぇ。
これは帰ったらピーマンとニンジンマシマシの刑かな。雑な放火分も含めてスピッチョも追加かな。
「いいや、これはソウルオブクリムゾンで何とかできそうだ」
正確には俺じゃなくて、ソウルオブクリムゾンに任せろーーーー!!
「ちょっとグラン!? その耳飾りを使ってこの間倒れたじゃない!? え? ここは現在特殊な力で外部とは完全に隔離された状態だから、シュペルノーヴァの力さえも届かないからその耳飾りは使えないって――俺は思うんだけど! 空間魔法が制限されてるのもそのせいっぽいし! だからその耳飾りで何とかするのは無理だから、とりあえず安全を確保できる場所まで退避して後は俺に任せて!」
おう、荒野で使った時は調子に乗ってぶっ倒れて悪かったな。
そういえば、怒られそうで言っていなかったけれど、先日のダンジョンでも使って平気だったから今回も平気だよ。多分。
だから俺がソウルオブクリムゾンで何とかするから、アベルには何とかさせないもんねー!
「大丈夫だ、おそらくいける。いつもほどではないがソウルオブクリムゾンは、火属性の魔力を吸収している。そして、はっきりと感じるんだ――」
あの熱く荒々しく、そして力強いシュペルノーヴァの魔力を。
荒野で暴走させた時や先日のダンジョンで助けてもらった時よりはかなり弱いのは、アベルの言うようにここが隔離された場所だからだろう。
そうだとしても、それすら貫いてしまうのが偉大な古代竜シュペルノーヴァなのだろう。
すごいぜ、シュペルノーヴァ!!
それに少し弱まっているくらいの方が、俺がシュペルノーヴァの強すぎる魔力に当てられて魔力酔いをする心配もなくなる。
よって、今回は俺がやる!!
俺に、ソウルオブクリムゾンに任せろーーーーーー!!
「え? どういうこと? 待ってグラン、それホントにソウルオブクリムゾンの――」
「心配するな、いつもよりも弱いけどちゃんとソウルオブクリムゾンな感じだ。やばかったらすぐに引くからその時は頼むぜ!」
「ま、やばそうなら俺がグランを担いで逃げるから、ここはグランに任せるか」
「念のため防御魔法をかけておきますね!!」
「ピエッ!」
心配症アベルに構っていると火炎竜巻がどんどん近付いてくるので、とりあえずやってやるぜ!
やばかったらカリュオンが担いで逃げてくれるって言っているから、大丈夫、大丈夫。
ジュストも防御魔法をかけてくれているし、なんかわからないけれどケサランパサラト君も応援してくれているみたいだからいけるいける!
だからやるぞ!
周囲の火の粉を少しずつ吸い込みほんのりと熱を持っているソウルオブクリムゾンの魔力が、まるで生きものの心臓が脈打つように自己主張を始めている。
それは出番を待っているよう。俺に呼ばれるのを待っているよう。
だから今回もその気前の良さに甘えさせてもらって、その名を呼ぶよ。
「あの炎の竜巻を吸い込め、ソウルオブクリムゾン! 頼む、力を貸してくれ! チュペルノーヴァッ!!」
あ……噛んだ……。
人間、何でもない時に噛むことだってある。
えっと……でもだいたいわかるよな?
ははは、言葉はついでで心を伝えたいだけだし。
そう、言葉より心! 気持ちが届いて、意味がわかればそれでよし!!
きっと偉大で賢いシュペルノーヴァなら、少し噛んだくらいでもわかってくれる!!
そして噛んだけどやっぱりわかってくれたようで、左耳が急激に熱くなり周囲を舞う火の粉が吸い込まれるようにそこに集まって――。
「ケーーーーーーッ!」
一つの形となった炎として俺の前に飛び出して。
そう、まさに飛び出してきたのだ、左耳のソウルオブクリムゾンから。
「え?」
「ケ?」
小さなトカゲの形をした炎が、小さな翼をパタパタと忙しなく動かして俺の顔の前に浮きながら首を傾げた。
ええと、君は……こないだダンジョンで出会って別れた赤トカゲ君のような気がするんだけど気のせいかな?
そしてそちらを振り返らなくても気配でなんとなく察した、スッと目を細めて俺の方を見ているアベルの表情を。
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