第879話◆燃える森

 燃えさかる森の中を、まだ炎が燃え広がっていない方向へと向かって走る。

 これだけ燃えているというのに逃げる生きものの姿が見えないのは、ここ森がスゴロクの影響にある場所故かもしれない。

 マスを踏まなければ何も起こらない場所。マスの場所以外はただのハリボテの背景。

 そして炎はそのマスのある森を飲み込み、出来上がりかけていたスゴロク世界は灰へ変わろうとしている。

 さぁ、焼き払われ、そして再び作り出し、箱庭を崩壊させそうな程に溢れた魔力を消費するんだ。




「ピッ!? ピエエエッ!? ピエッ! ピエッ!!」


 ふわふわの綿毛が燃え始め困惑したような声を上げながら跳ねるようにこちらに飛んでくるケサランパサラト。

 非常によく燃えそうな綿毛をしているのだが、そのことを考慮しても火の粉から引火して燃え上がるまでが早かったのは酒臭いことの原因がありそうな予感がしてならない。


 燃え上がってしまったケサランパサラト君だが、そこはやはりラトの作ったガーディアン。それなりに耐性はあるようで火の粉から引火した炎の大きさのわりに、綿毛はまだまだはっきりと形をのこしており、すぐに燃え尽きてしまうということはなさそうだ。

 でも熱そうだし、このままだとふわふわの綿毛がチリチリになってしまいそうではある。


 それに真っ赤な目を潤ませながら非常に困った顔でこちらに向かってくる炎上中のケサランパサラト君が、まるで助けを求めてこちらに向かってきているようで可哀想に思えてきた。

 だが綿毛の隙間から覗く鋭い牙の口は、相変わらずド迫力だ。

 しかも綿毛に着火した炎はだんだんと燃え広がりつつあり、その状態でこっちに寄ってこられると思わず逃げたくなる。


 助けにいって攻撃をされないとも限らないし、炎に巻き込まれないとも限らないのでこのまま逃げたくはあるのだが、ガーディアンがこのまま燃えていなくなってしまうと魔力が不安定になるみたいだし、箱庭大爆発から俺の家を守りたかったらこのピエピエケサランパサラトを助けてやらないといけないんだよなぁ。

 はー、しょうがねーなー。


「ほらよっ!」


 まずは様子見。

 道中で手に入れた小さな水の魔石をポケットから取り出して後ろを振り返り、ケサランパサラト目がけて投げつけてみた。

 俺の投げた水の魔石は放物線を描いて火の着いた綿毛の中に吸い込まれ、ジュッと音を立ててそこから白い水蒸気が上がって、その部分だけ炎が弱まった。


「ピエッ!? ピエッ! ピエッ!」


 俺の投げた水の魔石に驚いたようだが、すぐにその意図に気付いたのか、水を催促するように潤んだ赤い目を輝かせながら、ピョーンと跳んで俺との距離をいっきに詰めた。


「グラン、危ない!」

「ちょっと熱いけど大丈夫だ。アベルとカリュオン達はこいつに水をぶっかけて消火してやってくれ。火傷もしているかもしれないから、ジュストは回復魔法を。光属性っぽいから、光属性の回復魔法で」


 俺の方に大きく跳んだケサランパサラトに対しアベルが攻撃魔法を使うの気配を見せたので、それを手で制してアベルとカリュオンに消火を、ジュストに回復魔法でケサランパサラトを助けるように指示を出した。


 俺の手持ちで消火に使えそうなものは道中で手に入れた小さな水の魔石ばかりで、それらを使うよりアベル達の魔法に任せた方が明らかに早そうだ。

 ちくしょう、こんな時に収納スキルがあればメイルシュトロックで一発解決なのに。ここでも俺は活躍できないのか。


「もー、グランは自分が危なくても、すぐそうやって自分以外を助けようとするんだから」

「わりぃな。でもこれは俺の家を守ることにも繋がるし、アベル達ならきっと俺を援護してくれるって信じてるから」

「やるだけやってみるが、もしグランが攻撃されるようなら綿毛を攻撃するぞぉ」

「はい、綿毛さんの回復もしますけど、先にグランさんに防御魔法をかけますよ!」


 まったく、頼もしい仲間達である。

 アベル達が対応できる範囲なら、俺が少しくらい無茶をしてもきっと援護してくれるって信じているから。

 自分の手の届く範囲にいるものは助けたい。


 そりゃ、俺だって仲間と知らない奴を天秤にかけたらもちろん仲間を選ぶ。

 じゃあ、自分と仲間だったら?

 そうだな、無茶をしてでも仲間を助けるよ。無茶をしてでも助けたいのが仲間だから。

 でも俺が無茶なことをしたら、フォローしてくれると信じている仲間だから。

 助けて、助けられて、きっと結果は上手くいくと信じて。


 だから俺は仲間を信じて行動する。


「止まれ!」

 足を止め、距離を詰めてきたケサランパサラトの方を振り返り、そちらに腕を突き出しながら止まるように促す。

 燃える綿毛の熱をすぐ目の前に感じながら。

 しかしジュストの防御魔法のおかげで、半裸の状態でその距離からの熱は思ったよりも熱くない。

 左耳がほんのり温かく感じるのは、ソウルオブクリムゾンも助けてくれているのだろうか。


「ビエッ!? ピギャッ!?」

 俺の言葉に従ってか、それとも俺が止まって振り返ったことに釣られてなのか、燃えさかるケサランパサラトが俺のすぐ目の前でピタリと止まった。


 ザッバッ!!


 直後、そこにバシャーッと水の塊が二つ降ってきて目の前で燃えさかっていた炎が消え、元はふわふわコモコモだった綿毛が水で濡れてペッタリとなってなんとも残念な姿になってしまった。

 毛の長い生きものが水を被った時のアレ状態。

 乾かしてジュストに回復魔法をかけてもらったら、元のふわふわモコモコに戻るんじゃないかな?


「無事に消えたか? いやー、よかったよかったこれにて一見落……ぶほっ!?」

 アベルとカリュオンにダブルで水を浴びせられたケサランパサラト君がバサバサと体を揺らしたので、近くにいた俺に撒き散らされた水飛沫が直撃。

「ビエッ!! ビエッ! ビエエエエッ!!」

 ケサランパサラト君を無事消火して一件落着だと思ったら、先ほどまで半泣きだった赤い目がキリッときつくなり、俺の目の前まで近付いてきてものすごい勢いで抗議をするような鳴き声を上げた。


「え? 一件落着じゃない? もしかしてこの大火災? ちょっと綿毛語はわかんないな! というか、綿毛に引火した炎を消したから、それで森林火災はチャラにして! 消したのは俺じゃなくてアベルとカリュオンで、これから回復魔法をかけるのはジュストだけど!! ついでにこいつが何を言ってるか通訳も頼む!」

 俺は何もしていないけどな! ついでに放火をしたのも俺じゃないけどな!! あと抗議をされても綿毛語はわからない!!

「ええと、ごめんなさい! 鳴き声は言語じゃないので何を言っているのかわかりません!! とりあえず光属性の回復魔法をぶっかけておきますね!!」

 というわけで、すまない綿毛君! 君の抗議は俺には届かない!!


「綿毛の火は消えたけど一件落着ではねーんじゃねーかなぁ。というかそっちのがやばそうだなぁ。綿毛が抗議してるのも……いや、抗議じゃなくて警告してくれてんのかぁ?」

「うっわ、思ったより燃え広がってるね。森林破壊っていってもこれはちょっとやりすぎじゃないの? やっばぁ……炎が竜巻になっちゃってるよ」

 え? 警告?

 放火魔二人に言われて改めて周囲を確認すると、森に燃え広がった炎は更に大きくなり巨大な火炎竜巻を作り出しこちらへと迫ってきていた。


「ピエッ!!」

 どうやら抗議ではなく警告だったようで、カリュオンの言葉にケサランパサラト君がうんうんと満足げに頷いている。

 言いたいことが伝わってすごく満足げに頷いているけれど、そもそもこの惨事の始まりはこの二人だからな。 


 で、この大火災どうしようか。

 森林破壊が箱庭を救う近道かもしれないが、その前に俺達が火に巻かれてこんがりしてしまっては意味がない。


 どうにかなるか?

 ほんのりと熱を感じる左耳に手を当てながら、こちらに迫って来ている赤い竜巻を見上げた。


 何にせよ、あの竜巻をどうにかしないことにはお家には帰れなさそうだ。



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