第877話◆森林の放火魔

「つまりここが箱庭というダンジョンの中で、その中では箱庭に溢れる魔力と追加されたスゴロクの魔力が影響し合って、スゴロクの影響を受けたダンジョンが発生しようとしている状態だね。となると、偽物のグランがジュストにだした指示は正解みたいだね」


 ジュストの話を一通り聞き終わり、キノコ君が俺達を箱庭に引き込んだ目的がはっきりしたところで、アベルが少し考えた後口を開いた。

 バクバクとカツサンドを食べて元気になったのか、金色の目が魔力で満たされたようにギラギラと輝いている。


 ただダンジョンを破壊する程度ではダンジョンを形成する魔力を消耗させるのは難しいはずで、それはダンジョンではなくともダンジョンと似たような場所であるこの箱庭も同じだと思うのだが、偽物の俺が言った森林大破壊が正解?

 

 ダンジョンは何らかの要因で非常に濃い魔力が大量に溜まっている場所に形成されるといわれている。

 あまりにも濃く、あまりにも大量の魔力が具現化し、巨大な空間を形成したものがダンジョンなのだが、その成り立ちやその膨大な魔力の発生源などについて詳しくは解明されていないとされている。

 俺の持っているダンジョンの知識も、冒険者ならだいたい誰でも知っているようなものだけであまり詳しいことは知らない。


 なのだが、ジュストが出会った俺の偽物はどうやら、俺の知らないこの箱庭について、もしくはダンジョンについてのことを知っていたらしい。

 超ご長寿なラト達ならば、ダンジョンのできかたくらい知っていても不思議ではないので、スゴロクを魔改造した誰かの知識の影響を受けていると考えるのが自然だ。

 ちくしょー、本物より偽物の方が物知りだっていうのはめちゃくちゃ悔しいなぁ!?

 帰ったら聞いてみようかなぁ。いや、矮小な人間が知らない方がいいことはこの世にたくさんありそうだから、やっぱ聞かないでおこう。


「ダンジョンはすでに完成して安定しているものが内部を壊されて再生する時より、初めて形成される時の方が圧倒的に消費する魔力が多くて、形成されたばかりで不安定な時に破壊されると、再構築に大量の魔力を消費するらしい。小規模なダンジョンの生成初期に何らか要因でダンジョンが大きなダメージを受けると、ダンジョンが完成する前に消失することもあるんだって――って話をダンジョン研究家の論文で読んだことがあるよ。だからこの辺りの森破壊すると、すでに空間として完成して安定している箱庭の魔力を削ぐのは限界があったとしても、スゴロクの方の魔力は大きく削げるはずだよ。ま、ラト達が弄くり回して魔力が濃くなりすぎてる世界だから、俺達が少々やりすぎてもたぶんきっとおそらく大丈夫のはずだよ」


 アベルの話は続く。さっすが物知りアベル、ギルドの講習で習わないようなことも知っている。

 しかし小難しい話なので、アベルの言葉は耳の中を右から左に抜けていってしまった。

 俺達がやりすぎても大丈夫だけはしっかり理解したから、大丈夫大丈夫、すごく大丈夫。


「んあ、できかけのダンジョンは不安定だから、あまり暴れると崩壊することもあるって苔玉が言っていたのはそういう理由か。さすがアベル、物知りだな。それでジュストはさっきのあの闇魔法か……ま、暴れて壊すなら思ったより楽そうだなぁ」


 そうだなー、もう何も考えずに暴れるのが楽でいいよなぁ。

 ジュストの話を纏めた結果、その答えが正解っぽいもんなー。



 ジュストがキノコ君や偽物の俺達から聞いた話を纏めると、ここはキノコ箱庭の中の森。

 近くにはスゴロクが吸い込まれた割れ目があり、吸い込まれたスゴロクの影響でダンジョン化しつつある状態。

 ラト達が弄くり回してすでにキャパオーバー寸前の箱庭にスゴロクが投下され、スゴロクは爆発寸前!!

 中略。

 箱庭世界と俺の家の平和のために、スゴロクの影響を受けた森をぶち壊せ。


 で、その情報を持ってきたジュストは、箱庭に入ってからスタート付近でひたすらふりだしに戻されているうちに、何度も俺達の偽物に遭遇して世話を焼かれまくって、便利なものも貰いまくって物資が充実。

 でも偽物と何度も出会って別れてしているうちにだんだん辛くなってきて、俺達の偽物が森を大破壊しちゃえって言ったので理不尽な別れの繰り返しで溜まった悲しみを晴らすのも兼ねて素直に全力闇魔法を使っちゃった、ピエン。


 そのジュストと偶然にもほぼ同じタイミングで雑な範囲魔法を使おうとしたアベルが、離れた場所にいるジュストの存在に気付いて、ジュストの使った闇魔法を自分が使おうとした雑な範囲魔法で相殺、森がすっかり風通しがよくなってジュストと合流して、しかもジュストが偽物の俺に食糧入りのマジックバッグを貰ってきていて結果すごくよし!!

 偽物のくせに気が利きすぎてなんだか悔しすぎるけれど、俺が偽物に嫉妬しているだけなので結果よし!!


 ジュストが偽物達から貰ったものは、不安定な空間が作り出したものなのであまり長持ちはしないと偽物に言われたらしいが、それでもほぼ着の身着のままで物資が不足しまくっている俺達にとっては非常にありがたい。

 偽物のくれたマジックバッグは、収納系のスキルも魔法も使えないこの場所でも機能しているが、マジックバッグという性質上非常に魔力の消耗が大きい魔道具なので、おそらく使っているとそのうち消えてしまうだろう。

 ジュストを助けて、魔力が切れて消えていった俺達の偽物のように。

 マジックバッグのおかげで俺のシャツ風呂敷はお役御免になるかと思ったのだが、どうやらもうしばらくシャツ風呂敷との旅は続くようだ。

 

 ここに引き込まれた理由も、キノコ君のお願いも、箱庭の状況も、そしてその解決策もわかった。

 あとはこのくそったれなスゴロクの森をぶち壊すだけだ。




 というわけで、一休みが終わって全力の森林破壊が始まる。









「森林破壊っていったら、やっぱ放火だよねええええええ!!」


「風で伐採も悪くないぜえええええ!!」


「火魔法を使う機会がないので練習しようかと思ったのですが……ヒエエエエエ……これやばくないですか? 恐いので僕は防御魔法に専念しますね」


「ああ、やばい。冒険者ギルドでも嫌というほど習ったよな? 森で火魔法を使うと自分達も巻き込まれるから、いくら植物系の魔物が火に弱くても森では火を使うなと。しかも火魔法の横で風魔法を使う馬鹿は実在したんだなぁ。いいか、ジュストアレは絶対に真似をしてはいけない例だ。絶対にあんな大人になるんじゃないぞ? アレは脳みそ筋肉だ、ゴリラだ、そしてダメな大人だ。常識的な俺はアレには参加しないぞ。魔法が使えないし使えるアイテムもないから参加していないのではなくて、常識的な俺だから参加しないだけだ。だからまだ燃えていない果物やキノコや薬草を集めるぞ!」


 いやさ、確かにキノコ君からのお願いはスゴロクに影響されてダンジョン化しつつある森を破壊かもしれないけどさ、もう少し考えながらやろうよ。

 そりゃさ、普段やったらいけないことをやりたくなるのはわかるけどさ、やったらいけないのはやったらいけない理由があるのだよ!


 そーだよ、森に放火したらいけないのは自分達が火に巻き込まれて危険だからだよ!!

 風に煽られて燃え広がったら制御ができなくなるからだよ!!

 なのに放火魔の横で風魔法を使って木を伐採している馬鹿がいるぞおおおおおおお!!


 ああ~、カツサンドを食ってすっかり元気になったアベルがノリノリで放火した炎が、カリュオンの風魔法でどんどん燃え広がっていく~。

 燃え広がりすぎて俺達も飲み込まれる危険が出てきたぞ~。あと、普通に熱にやられそう。


 燃える森の中に例の木の看板の姿も見えたが、その文字を俺達が読むことはなく火の中に消えていった。

 ははは、読まなければスゴロクの指示なんてしらねーし、スゴロクに影響されている森をぶち壊せばスゴロクイベントが発生しないのは、先ほどジュストに合流した時に確認済みだ!

 だから森を燃やせば俺達はスゴロクに縛られることはなく、スゴロクに縛られた存在も俺達の前に現れることはない。


 スゴロクというルールに縛られた世界、だが俺達は何にも縛れることのない生身の存在。


 そのルールをぶち壊して自由に行動できる――のだがこれはちょっと……。


 俺達は今、箱庭を崩壊から救うため森を燃やしている。そして燃やしすぎて炎に巻かれそうになっている。

 ジュストが光魔法で炎が俺達の方へくるのは防いでくれているが、撤退のタイミングを見誤ると俺達も炎に飲み込まれてしまいそうだ。


 こんな時にカメ君がいたら!!

 しかしカメ君に貰ったイヤーカフスは何も変化がない。

 ここが完全に隔離された空間だということなのか、カメ君は出禁だといういうことなのか……。


 いつもなら火属性の気配を察知するとハッスルをするソウルオブクリムゾンも、今のところ控えめな温かさを感じるだけだ。

 いや、半裸姿でこれだけの炎に囲まれているのに、まだ余裕を持って動き回れているのはソウルオブクリムゾンのおかげか?

 よく見ると俺の近くで舞っている火の粉は、半裸の俺の体に降りかかることはなく左耳のソウルオブクリムゾンの方へと流れていっている。

 ソウルオブクリムゾンの力は制限されているようだが、完全に無力化をされているわけではないようだ。


 ま、今の状況は魔法の使えない俺はやることはねーから、諦めてもしもの時の逃げ道を探しながらまだ燃えていない素材の採取をしておこう。



 燃え上がる炎が月のない夜空を赤く照らし、舞い上がった火の粉の光が降り注ぐ光景が妙に綺麗で、赤い火の粉の中に白い光の粉が混ざっていることにすぐには気付かなかった。

 俺達の周囲で炎と風の魔力が渦巻き、ジュストの光魔法で包まれていたため、極々自然に近付いてきたその気配に気付いた時にはもうそれは俺達のすぐ傍まできていた。


 火の粉に混ざった光の粉が降り注ぐ雪のような密度になって、ようやく俺達は異変に気付いた。

 

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