第876話◆キノコ君の目的は

「はい、キノコさんのお願いはとにかくこの空間――箱庭を形成している魔力を消耗させてほしいということで、魔物をたくさん倒したり、森に生えているものをたくさん採取したりすればいいそうです。それで森で採取している途中で出会った偽物のグランさんが、スゴロク化しつつある森を破壊すれば箱庭の魔力をいっきに消耗させることができるって教えてくれて……それで偽グランさんも一緒に森林破壊を手伝ってくれて……自分はスゴロクが作った不安定な存在だからって、魔力を使い切ると消えていくんです。そして何回もふりだしに戻るを引いて、その時に偽のアベルさんと偽のカリュオンさんに会っても同じように……ふえぇ……ドラゴンペアーおかわりくださいぃ~ふえぇ……」


「ちょっと、グラン!? の偽物は、ジュストになんてことを教えてるの!? それでさっきの闇魔法は偽グランの言うことを真に受けてやっちゃったわけ? って、でも偽グランが食糧がたくさん入ったマジックバッグをジュストに渡したなんて、さすがグランの偽物だよ。はー、ハムカツサンド最高!! グランのご飯があるならドラゴンペアーはもういらないよ!!」


「え? 俺? 悪いのは俺じゃなくて偽物だろ!? ま、肉系の食糧をジュストに渡すなんてさすが俺の偽物だな!! って、怒るか褒めるかどっちかにしろ!! いや、偽物を褒められても嬉しくない、っていうか悔しいから俺を褒めろ!! 理由なんかいらないから、とりあえず偽物じゃなくて俺を褒めろ!! というか俺が作ったのじゃない! 俺の偽物が作った……いや、作ったかどうかもわからない謎の飯だよ!!」


「おう、いつもグランにはマジで助けられてるからなぁ。やー、偽物だったとしてもグランのありがたみが身に染みるぜぇ。偽物でもハムカツサンドは美味いぞぉ」


「キエエエエエエエ!! 偽物に貰ったマジックバッグから出したハムカツサンドを食いながら感謝されても、ものすごく微妙な気分だぜ!! ちくしょうー、偽物のくせに料理なんか持ち歩きやがってー!! くそ、このハムカツサンドは間違いなく俺の味っ!! うまっ!!」


「ふええええええ……グランさんだけじゃなくて偽のアベルさんもここは完全に隔離された場所だから僕の呪いも多分きっとおそらく大丈夫だからやっちゃえ~ってアドバイスしてくれたから。偽のカリュオンさんも派手なことをすればきっと本物が気付いて迎えにきてくれるからって……本物なら多少巻き込んでも大丈夫だからって……それで闇属性の範囲魔法を使いました。ふええええええ……なんとなく闇な気分だったからぁ……そしたら思ったより威力が高くて、ふえええ……」


「ふええええええ!? それは絶対偽物! 間違いなく偽物!! 常識的な俺はそんなことを言わないよ!! ジュストも俺達の偽物だからって、言われたことを鵜呑みにしないで、常識的に考えて疑って!! それから感情が乱れている時は魔力のコントロールが甘くなりやすいから、感情に任せてでっかい魔法を使ったらダメ!」


「この非常識さ、忠実に本物を再現した偽物だなぁ。それにアベルだってよく気分のまま雑に大規模魔法を使って……いてっ! 氷を飛ばすな! 魔力の無駄使い反対!! 感情任せで魔法を使うの反対!!」



 すっかり風通しも見通しもよくなってしまった元森で、大泣きモードに入ってしまったジュストが落ち着くまでしばしの休憩。

 アベルも大きな魔法を使って魔力を消耗しているはずだし、相変わらず頬が赤く暑さに当てられたような表情になっているので少し休ませたほうがいい。

 ほら、二人とも水の魔石から水を出して飲んで落ち着こうか。


 ひとしきり泣いて感情を吐き出したら落ち着いたようで、この空間からの出来事と手に入れた情報をジュストが話し始めた。

 ジュストが偽物の俺に貰ったというマジックバッグの中から出してきた、ハムカツサンドを食べながら。

 やはりジュストは俺の予想通り入り口付近で、ふりだしに戻る罠にはまりまくってひたすらループをしていたようだ。

 そこで偽物の俺達に何度も遭遇し、物資も装備もどんどん調っていったらしい。

 運がいいのか悪いのかわからないな!?


 ちくしょー、偽物の俺のくせにさすが俺らしくお気遣い紳士だぜ。

 本物の俺は収納もなければいつもの装備もなくて、そのまま食べられるものを採取するか、原始的な料理しかできないというのに。

 ちくしょうめ! 偽物のくせに俺の味をちゃんと再現しやがって!

 くそぉ……みんなが美味そうに食っているのを見ると偽物に嫉妬しそうになるぞおおおお!!


 しかも偽物の俺はジュストに何ってことを教えているんだ!

 俺の偽物だけじゃない、アベルとカリュオンの偽物も本物に似て常識が足りていない!!


 しかしここがダンジョンに似たような場所で空間に魔力を使わせないといけないなら、破壊活動が正解なのか?

 いや、ダンジョンで破壊活動をしたところで、俺達が放出した魔力も破壊したダンジョンの構成物もダンジョンに吸収されてしまえば、ダンジョンの養分つまりダンジョンを形成する魔力になると聞いている。


 通常のダンジョンならただ破壊するだけでは意味はなさそうだが、偽物の俺はどうしてジュストに森を破壊しろと言ったんだ?

 もしかするとラト達が弄り回したこの空間に作られた存在故にラト達から見た俺達が混じっていて、彼らの知識の影響を受け俺の知らないことも知っているのかもしれないな。

 ま、その辺はジュストの話を詳しく聞いてからだな。




 ジュストの話によると、ジュストはこの空間――キノコ君の箱庭の中には無理やり引き込まれたのではなく、自分の意思でやってきたそうだ。

 スゴロクは箱庭に取り込まれたのだから、ここはキノコ君と関係がある場所なのだろうと思っていたが、どうやらここは箱庭の中らしい。

 スゴロクの影響を強く受けている森ということは、おそらくスゴロクを取り込んだ裂け目のある森の中だろう。


 夜中にトイレに起きたジュストはリビングに明かりがついていたので誰か起きているのかと思って覗き、あの扉が開いていることに気付いて様子を見ようとしたら、箱庭の中からキノコ君に話しかけられたという。

 そうだった、ジュストは自動翻訳というチートスキルでキノコ語がわかるんだった。


 その話というのが現在の箱庭の状況と、キノコ君からのお願い。

 ラト達が弄り回したあげく超強力なガーディアンを設置しまくったため、急激に魔力が増加して魔力の坩堝のようになっておりこのままのペースでラト達が弄り続ければ、箱庭は成長する前に内部で増えすぎた魔力に耐えられず壊れてしまうかもしれない状態というのが、俺達に触らないでくれというお願いをした時の箱庭。


 外部からの干渉を遮断して箱庭が自らの強化のために増えすぎた魔力を取り込んで消費しそれが落ち着く頃には、設置されたガーディアン達も箱庭の環境を学習して匙加減を覚えるはずだと、その時がくるのを静かに待っていたところにあの魔改造スゴロクが降って来たらしい。

 ああ……うん……あれは本当に嫌な事件だったね。


 ただでさえ魔力過多で箱庭の耐久が怪しいところに降ってきて、沌属性の支配する割れ目に吸い込まれてしまった魔改造スゴロク。

 当たり前だがこいつもラト達に弄り回された魔力の塊、しかも空間魔法で圧縮されたものである。

 ギリギリのところでまだ耐える望みがあった箱庭だが、これで完全にキャパオーバー。


 キノコ君によると今はまだ箱庭が魔改造されたスゴロクを取り込んでいる途中で、取り込みながらスゴロクの魔力を消費してスゴロクの影響を受けた場所を作っているため今のところ静かな状態だが、スゴロクを完全に取り込んでしまえば箱庭の中にスゴロクの魔力が追加され、スゴロクの魔力が溢れ出して箱庭のキャパを超えて箱庭の崩壊が始まるだろうとのこと。


 スゴロクは空間魔法で折り畳まれていたため、それが展開されてしまえば崩壊なんて可愛いもので済まない可能性もある。

 空間魔法で圧縮されていた魔力が、箱庭がスゴロクを完全に取り込み終えると同時に爆発的に魔力が解放され、その勢いで箱庭が爆発してしまうかもしれない。


 ラト達に弄り回され魔力を詰め込まれた箱庭は、小さなダンジョンのようなもの。

 それが爆発したら、内部に詰め込まれていたものが溢れ出し周囲に大きな影響を与えるのは容易に想像できる。

 彼らの所業によりあの小さな箱庭の中にどれほどの魔力と謎技術が詰め込まれているかなんて、一般的な人間の俺にわかるはずがない。


 下手をしたら箱庭の爆発の影響で俺の家がダンジョン化するかもしれない。

 俺の家だけではなく俺の家の周囲も。


 やだ……ちょっと楽しそう……かも?


 いやいやいやいや、これから大改装を控えた自宅がダンジョン化はちょっと困る。すごく困る。

 俺は平穏なスローライフが送りたいだけなので、自宅がダンジョンじゃなくて、自宅の近所にダンジョンがあるくらいの平和さにしておいてほしい。


 いよいよ箱庭が壊れる時が来たらキノコ君達は退避する予定らしいが、爆発すれば俺の家にも影響はでるだろうと心配をしてくれていたそうだ。

 そしてなによりせっかく開拓した世界、崩壊はしてほしくないというのがキノコ君の願い。

 できれば俺達に箱庭世界の崩壊を止めてもらいたいらしい。ラト達はまったく信用ができないので、俺達だけで。


 もしも崩壊に巻き込まれたとしても、空間魔法が切れて箱庭から放り出されるだけだから、やれるだけやってほしい。

 放り出された後で箱庭の周辺がどうなるかまではわからないけど。

 おい!? それは、おい!?!?


 そのことを俺に伝えたかったが、言葉が通じないのでとりあえず引き込んだ。

 俺だけだと大変そうだから、俺の後にリビングに入ったアベルもついでに。

 続いて言葉の通じるジュストがやってきたので、ジュストに全て伝えて迎え入れた。

 カリュオンが飛び込んできたのは、ちょうどそのタイミングだったのだろう。

 苔玉ちゃんがカリュオンの肩から転がり落ちてキエエエエエッてなったのは、箱庭を弄り回したラト側だから。

 つまり出禁。苔玉ちゃんは箱庭出禁。


 やだ、箱庭爆発はすごく困る。

 それに俺もこの箱庭もキノコ君とのコミュニケーションも気に入っているから、たとえ俺の家に影響がないとしても食い止められるなら箱庭の崩壊や爆発を食い止めたい。

 いいぜ、できる限りのことはやってやろうじゃないか。



 そしてキノコ君がジュストに伝えた、この状況から箱庭の滅亡を食い止める方法とは――箱庭の中の魔力とスゴロクの魔力をとにかく消耗させることらしい。




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