第874話◆雑な大魔法

 ドラゴンペアーはちょうど夏が旬のツル系植物で、環境に適応しやすい植物で温暖な地域から寒冷な地域まで、魔力が豊富な森林や山で広く自生している。

 魔タタビ系の植物の仲間で、果実は人間の拳ほどの大きさで、見た目はキウイフルーツの皮をツルツルにしたような感じで皮ごと食べることもでき、甘酸っぱい味をしており山育ちの子供のつまみ食いの定番果実である。

 また、魔タタビ系の植物の中にはドラゴンペアー以外にもモンキーペアーやグリフォンペアー、ジャイアントペアーなどといった種もあり、だいたい名前を冠している種の魔物が食べると酔っ払うといわれており、それ以外の種には全く影響がないとされている。


 俺が渡したドラゴンペアーを右手に持って囓りながら、魔法を放つ方向を定めるように左手を前に突き出すアベル。

 大きな魔法を使うための大量の魔力に反応して、アベルの金色の瞳がギラギラと濃い金色に輝いている。

 お家に帰りたいあまりに機嫌が悪くなってきたのか、目も据わっている。


 いやいやいやいやいや、どうしたんだお前!?

 普段から非常識だけれど、いきなり森の風通しを良くしようって雑に大魔法をぶっぱするようなタイプじゃないよな?

 ……いや、わりと雑だったかな?


「あー、もうだんだん面倒くさくなってきた! 風通しを良くすると、ジュストも見つけやすくなるかもしれないしー、出口も見つかるかもしれないしー、ボスも出てくるかもしれないからやっちゃおー!!」


 やっちゃおー、じゃねーぞ!!

 でもジュストや出口がサクッと見つかるのは、ありっちゃありなのか?

 どうせダンジョンみたいな場所だし、いつものように思いっきりやってもいいかな?

 ドラゴンペアーも沢山あるから、いっかいくらい魔力を大量消費しても大丈夫か?

 とりあえず、アベルが何をやってもいいように、近くにあるドラゴンペアーをできるだけ捥いでキープしておこう。


 いやいやいやいや、やっぱねーな!

 魔法を撃った先にジュストがいたら危ないし、今の貧相な装備の状態でボスが出てきたら苦戦するかもしれない。

 ちゃんと手順を踏んで、装備と物資を揃えてスゴロクのルールを守って進もう!!

 やかましくて雑なカリュオンだって、さすがに雑な大魔法ぶっぱは止めるんじゃないかなー?


「うぉ~い、アベル~、やるならジュストを巻き込んでも問題ない威力にしとけよぉ~」

 いやいやいやいやいや、巻き込むな! 止めるならちゃんと止めろ!!

 というかアンラッキーボーイのジュストなら、アベルの範囲攻撃にうっかり巻き込まれて新たな不運な連鎖を巻き起こしそうだからやっぱやめろ!!


 やっぱ、やめさせよう。よっし、止めよう。

 ストップ・ザ・森林破壊! ストップ・ザ・環境破壊!!

 って、アベルはなんで急にそんな雑な思考になったんだ?


「うん、大丈夫だよ~ジュストは巻き込まないように適当に手加減するよ~。グラン、大きな魔法を使うからドラゴンペアーをもう一個ちょうだい!」

 適当にじゃなくて、ちゃんと巻き込まないようにしろっていうか、雑に範囲魔法をばら撒くのはやめろ!


 果物は飽きたと言いつつ、持っていた分を食べ終わるとドラゴンペアーのおかわりを要求するアベル。

 その顔がほんのりと赤くなっているのは気のせいだろうか?

 夏の夜の暑さ故なのかもしれないが、不機嫌そうに目が据わっているせいで、まるで酒を飲んでほろ酔い状態になっているように見える。


 ドラゴンペアーは竜種ならば大量に食べると酔っ払うといわれている果物だが、人間であるアベルならいくら食べても影響はないはずだよなぁ?

 他に何か変な果物でもあったかぁ?

 いや、でも俺もカリュオンも平気だし、アベルだけが影響を受けるわけがないかー。

 つまりこれはいつもの非常識か。


「ドラゴンペアーはいくらでもあるから食うのは構わないが少し落ち着――あっ!」

 食い物を食べさせておけば大人しくなるかと思ってドラゴンペアーを差し出すと、アベルはそれを俺から奪うように取って軽く浄化魔法をかけた後皮ごと囓り始めた。

 攻撃魔法の準備をしながら同時に浄化魔法を使うなんて無駄に高等技術である。

 その無駄な高等技術に気を取られた一瞬だった。


「もう、ホント嫌! 肉は食べられないし、偽物のグランは勝手にお節介だし、お節介をして消えちゃうし――………………残される方の気持ちも考えろって思う。残されるのは嫌だよね、仕方ないって思っても悲しい気持ちになるのは当たり前だよね。それを何度も何度も繰り返して――あ……これ、俺じゃないけど、君が思い出してイライラしているなら仕方ないね。そう、全部仕方ないことだけど、わざわざそれを見せるこの場所は嫌い。だから吹き飛ばして、さっさとここを出よう」 


 ドラゴンペアーを囓りながらブツブツと独り言を漏らしまくっているアベルが、前方に突き出した左手の人差し指で魔法で狙うつもりらしき方向を指差していてマジ挙動不審だし、最後に全部吹き飛ばすとか聞こえて物騒すぎる。

 大丈夫か? やっぱ酔っ払ってる? ドラゴンペアーはアベルペアーだったか!? それとも非常識ペアーだったか!?


「おい待て、落ち着けっ!」

「ま、チマチマ進むの飽きてきたし、ちょっとくらいならいいんじゃね?」


 ちょっと? ちょっとか、この魔力!?

 ああ~、俺が尊敬するタンク様が非常識側にいっちゃったよぉ~。

 あ、カリュオンは元々非常識側か~。

 そうなったらもう俺は諦めるしかないな。


 その気になればこの一瞬の間で止めることも、止められなくともアベルの手を掴んで魔法の軌道を変えることもできたのだがもう諦めることにした。

 俺の中でも、チマチマに飽きてきたのでちょっとズルをしたいという気持ちがあったから。

 その引き金を引いたのがアベルだっただけだ。


 キュイイイインという耳鳴りのような高い音と共に魔力がアベルの指先に収束するのが感じられ、それが金色の帯となって前方へまっすぐと放たれ――るのとほぼ同時に、アベルが指先を向けている方向に強い闇の魔力を感じた。

 その魔力にハッとなり、もう遅いと理解しながらもやはりアベルを止めた方がよかったと手を伸ばそうとして、アベルの表情を見てその手を止めた。


 ギラギラと光る金色の瞳。

 先ほどと変わらず、目の据わった不機嫌そうな表情。

 だがその目は強い意志を宿して、遥か遠くの何かを見据えているように見えた。


 その何かが見えているのなら、俺が手を出す必要はないと伸ばした手を下げた。


「何だ、ただの酔っ払いが中で騒いでるだけかと思ったら、君の瞳には森の向こうの光景が見えてたんだね。ありがと、でもやっぱりちょっと酔っ払ってるでしょ? え? 酔ってるのは俺? 血筋のせいだからほどほどにしとけ? 俺は全然酔ってないよぉ~」


 直後、夜の森に響き渡った魔法のぶつかり合う爆音にアベルの声が掻き消され、何を言っているのか全く聞き取れなかった。


 アベルの指先から金色の帯状の光魔法が放たれるのとほぼ同時に、その軌道上に強力な闇の魔力で発動した魔法が周囲に広がっていく気配を感じた。

 バリバリという、おそらくそれは魔法の爆発がドーム状に広がりながら森の木々をなぎ倒している音が聞こえるも、それもすぐに魔法がぶつかり合う音も飲み込まれた。


 アベルが放った魔法の光が軌道上の木々を溶かしながら進み、高速で視界が広がっていく。

 魔法がぶつかり合う轟音が響いたのは、その森の木々が消え広がった視界の先に黒い闇魔法のドームが見えた瞬間。

 アベルの光魔法とドーム状の闇魔法がぶつかり合う轟音が響き渡り、アベルの放った光魔法が広がりつつあった闇魔法を粉砕し、砕け散った闇すらアベルの魔法の光に照らされて消えるのが見えた。

 


「ふふ、強力な魔法を使えるようにはなったみたいだけど、ちゃんと制御できるようにならないとダメだし、偽物に惑わされないように心も鍛えないとダメだね」



 耳が痛くなるような音と、二つの魔力の衝突により発生した爆風が収まる頃、すっかりと風通しの良くなった森の向こうに先ほどの広大な闇の魔力の主の姿が小さく見え、すぐ横でアベルの声がしてかざした手を下ろす気配がした。


 

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