第872話◆器用貧乏な勇者と万能なタンク
カリュオン――ドリーパーティーのタンクであり、パーティー内での最年長者で冒険者経験も最も長いハーフエルフ。
タンクという防御に特化したポジションだが、重い鎧を身に纏って動き回る故に非常にパワーがあり、それは攻撃にも活かされ物理火力は俺よりもずっと高い。
そのうえ、ハイエルフの血を引いている故に非常に魔力が豊富で、回復魔法、防御魔法、身体強化魔法、攻撃魔法と戦闘の役に立つ魔法を数多く使うことができる。
しかも普段着ている鎧を脱ぎ捨てればサルのように身軽になり、その素速さはスピード重視の戦闘スタイルである俺といい勝負になる。
それに加え年長者故の経験からくる冷静さ、そしてなんだかよくわからないけれどやたら当たる野生の勘に、パーティーの雰囲気を明るくする超陽気な性格。
つまり、ほぼ全ての面において俺と同じかそれ以上なのである。
盾であり、アタッカーであり、サポート役もこなせ、参謀役としても頼りになるムードメイカー。
器用貧乏な俺とは違う、正真正銘の万能。
器用貧乏な俺なんかよりずっと勇者らしい能力と性格。
それがカリュオンだ。
カリュオンと初めて同じパーティーになったのは、まだ俺がCランクになったばかりの頃か。
アベルとすっかり打ち解け、冒険者活動のほとんどをアベルと共にするようになった頃。
初めてドリーのパーティーに同行した時。
それまでにもギルドのロビーやダンジョンでカリュオンを見かけたことがあり、ドリーパーティーのメンバーだと知っていたので会釈くらいはしていた。
アベルとダンジョンにいって、敵がリンクしすぎて大トレインになった時に助けてもらったこともあったな。
もちろんカリュオンと一緒にドリーもいたので、大目玉をくらったけれど。
パーティーを組む前から感じていた、特徴的なバケツアーマーの奥から感じる重厚な魔力と強者の威圧感。
ドリーのように大きくて強面なわけではなく、バケツを取ればハイエルフ特有の中性的で神秘的な顔立ちだが、無愛想な者が多いハイエルフには珍しいニコニコと人当たりの良さそうな表情。
それなのに何故か、この人は俺の知っている大人の中でも最高クラスに逆らってはいけない相手だと本能的に感じた。
それはきっと畏怖という感覚だった。
初めてドリーのパーティーに同行し間近でカリュオンの戦いを見た時は圧倒された。
誰よりも先に敵の中に突っ込みその注意を引きつけ、やっべー強い防御スキルを展開して攻撃を全て受け止める豪快さに目を奪われ、その光景が心の奥底に焼き付いた。
防御の合間から隙を突いて繰り出される攻撃、それをやりながらもさりげなく他人のカバーにも入る。
前線にドリーと共に並び、ドリーが戦闘に夢中になっていればさりげなく引き際を提案するし、ドリーも自分だけでは見極めづらい戦況はカリュオンに相談する。
更に因果応砲というド派手な超必殺技。
この時はまだカリュオンの強さの裏にある大きな弱点や、計り知れない努力の積み重ねを知ることがなかった俺は、守りでも攻めでも、表でも裏でも、パーティーを支えるカリュオンのかっこよさに強烈な憧れを抱き、畏怖は即座に尊敬に変わった。
世の中には万能というものが存在するのだと本気で思い、自分も将来こんな冒険者になりたい、自分の器用貧乏もいつかカリュオンのようになるのではと期待でワクワクとしたのを覚えている。
しかし魔法は使えず、攻撃にも、防御にも、特化したギフトもユニークスキルも持たない俺は、カリュオンのような万能な存在ではなくギフト名の通りの器用貧乏にしかなれなかった。
追いつきたいと思いつつ自分のギフトの半端を実感すると、カリュオンへの尊敬が羨望に変わり、その羨望が嫉妬と劣等感に変わろうとしていた。
カリュオンが自分のギフトの欠点を教えてくれたのはその頃――俺がドリーのパーティーに同行する機会が増えそのパーティーメンバー達と打ち解けた頃だった。
ギフトの欠点を教えてくれて、俺がいると冒険者活動中にそのギフトの欠点に悩まされることが減ると感謝され、俺の料理のおかげで冒険者活動中の食事が義務から楽しみに変わったと言われた。
ド直球で感謝されたことでずっとチリチリとしていた自分の中の醜い感情は和らぎ、ギフトの欠点を教えるという冒険者が相手を信用した時にしか見せない行為に、嫉妬はくすぐったいような恥ずかしさと嬉しさに変わった。
その後カリュオンの強さはギフトやユニークスキルという天賦の才能だけではなく、それを使いこなすために努力を積み上げているのだということに気付くにはそう時間はかからなかった。
自分の中に芽生えた嫉妬が身勝手なものだと気付かされ、完敗だと勝手に納得した。
一度芽生えた嫉妬や劣等感は消えることはなかったが、それは自分を奮い立たせる原動力となり、カリュオンへの憧れや尊敬の念が更に強くなった。
俺にとって憧れの先輩であり、困った時にさりげなく道を示してくれる頼れる兄貴分のような存在。
いつか追いつきたいと思っているが、常に先を走り続ける存在。
それが俺にとってのカリュオンである。
そんな頼りになるカリュオンと合流できて、何が起こるかわからない場所で張り詰めていた心がいっきに軽くなった。
「はーーーーーー、マジでグラン達と合流できてよかったぜ。このまま一人だったら絶対最後まで保たなかったし、マジでグランの飯で命が繋がった。でさ、グランはここはどうにかなりそうなのか? こういう場所は手数の多いグランが頼りになるからなぁ」
適当な大きさの石の上に腰を下ろし、焼き上がったばかりの魚をバリバリと食べるカリュオン。
魚の小骨など気にしないその豪快な食べっぷりに、カリュオンがいれば何が起ころうとも何とでもなるような気がしてきた。
アベルの究理眼により本物であることは断定されているが、カリュオンなら偽物だったとしても、きっと豪快に食べて陽気に俺達を励まして助けてくれるんだろうな。
そして偽物だったらスゴロクのルールにしたがって消えていく存在だったと思うと、俺達の前に現れたカリュオンが本当に本物でよかった。
本物じゃなくても仲間が消えていくのはもう見たくないから。
そんな頼りになるカリュオンに、俺が頼りになるなんて言われると勘違いしちまうじゃないか。
俺がカリュオンに追いついたかのように、俺がカリュオンの強さを支えているかのように――勘違いしちまうじゃないか。
だからそんな期待した顔でこっちを見ないでくれ。
でも期待をされると認められた気になるからもっと期待して欲しい。
だけど期待されると、期待に応えられなかった時に失望されそうで恐い。
俺の主力ともいえる収納スキルがない場所で、俺はカリュオンの期待に応えることができるだろうか。
……と、昔の俺なら気後れしていたかもしれない。
いや、今でも十分気後れしそうだ。
それでもカリュオンが自信満々で頼りにしてくれるから、横でアベルも頷いているから。
昔より少し強くなって、みんなの期待に応えられるくらいに成長したとちょっぴり自信のある今の俺なら、気後れしながらもやってやろうと自分を奮い立たせることができる。
「そうだね、グランがいるからなんとかなりそう。なんとかなる前に一回くらいは酷い目に遭いそうだけど」
うるせぇ! お前はいつも一言多いんだよ!
しかしその言葉で、一回くらいなら酷い目に遭っても許される気がしてくる。
「俺だけじゃどうにもならなかったかもしれないが、カリュオンとアベルと合流できたからなんとかなりそうだし。それにカリュオンは装備がまともだし、これならきっといける」
俺だけだときっとすごく時間をかけてやっとクリアできるくらい苦戦していたかもしれないが、アベルとカリュオンがいればきっといける。
戦力的に意味だけではなく、一人じゃないだけで心が強くなれる。
そして何より心強いのはカリュオンは寝間着姿でなく、全身鎧ではないもののいつも鎧の下に着ているアンダーウェア姿で、ブーツだけ金属プレートのブーツ。
手にはいつものモルゲンステルンに、背中には矢が数本入った矢筒。腰にショートボウも引っかかっている。
なんでカリュオンは……ははん、こいつ夜中に一人でコソ練をしていたな?
「そうだよ、なんでカリュオンはそんなまともな装備なの? 道中で拾ったの?」
アベルはカリュオンの深夜のコソ練ことを知らないのかな。
それを知らなかったから、深夜に扉に引き込まれたはずのカリュオンが森を徘徊するのに困らない装備をしている理由に辿り着かないだろう。
「ん? ああ、早く寝たら夜中に目が覚めて眠れなくなっちまって、少し外で体を動かして戻ってきたらリビングに明かりが点いてたから、誰か起きてきたのかなって窓から覗いたらジュストが怪しい扉に引き込まれるのが見えてさ、助けにいこうと掃き出し窓を解錠魔法で開けて飛び込んだら俺も吸い込まれちまって。窓を抜ける前まで苔玉も一緒だったはずなんだが、窓を抜けたところで勝手に肩から転がり落ちてキエエエエとかいってたな。それで俺が吸い込まれた後に怪しい扉が閉まるのが見えたから苔玉は多分ついてきてないな。で、中に入ったもののジュストはいなくて、看板の示すままに森を彷徨って今に至る」
え? ジュストも引き込まれたのか!?
あの不運の申し子のジュストが!?
少し進んでは"ふりだしに戻る"を踏んで永遠に前に進めないジュストの姿が、俺の中で容易に想像できた。
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