第871話◆魚をパリッと

「へっへっへっ、スゴロクの中でも俺の勝ちだな! 武器がしょぼくて一発で角を折れなかったが、最後は正義が勝つのだ。おっと、逃げる前に尻尾の毛を寄こせ!! ははは、身体強化を最大まで使って蹴られる前に尻尾の毛を抜かせてもらうぜ!! ブチブチブチーーーーー!!」


「ンギョヒーッ!!」


「やったー、さすがグラン! 物欲が絡むと安定した強さ!! 変態馬はざまあみろー!!」


 根元から折れて地面に転がる白い色の長い角、俺の手の中には光沢のある長い毛が数本。

 目の前には情けない顔の白馬こと、角を失ったユニコーン。

 俺の背後では、応援専門と化したハラペコアベルが大騒ぎしている。

 ま、ユニコーンは強力な光属性と聖属性を持っていて回復や防御魔法が得意でなおかつ魔法耐性も高いので、魔法使いで相手をするより脳筋で角を叩き折って無力化する方が楽である。


 日頃から森でユニコーンの角を折りまくっているおかげで、すっかりユニコーンの角折り職人の俺。

 武器がしょっぼくて一発で折れなかったどころか、せっかく拾った青銅の剣が一本折れてしまったが、変態ロリコン馬のユニコーンには難なく勝利でドヤ顔。

 角のついでに尻尾の毛も数本貰おうと後ろ蹴りを警戒しながら尻尾の毛を引き抜いたら、ただの白馬になってしまった角なしユニコーン君が奇妙な声を上げて森の中へと逃げていった。

 ははは、今日は収納が使えないから倒しても肉を持って帰れないから見逃してやろう。 



「ほら、アベルもこれを服のポケットに入れとけ」

 逃げていったユニコーンの姿が見えなくなった後、尻尾の毛をズボンのポケットにねじ込みながら地面に置いている角を拾い上げ、その先端から二センチ程度の箇所で折ってこれもズボンのポケットに突っ込み、同じように残った角の二センチくらいとこで角を折ってアベルに渡した。


 ユニコーンの角には解毒作用をはじめ、強い状態異常解除効果とそれらに対する耐性がある。

 ユニコーンはBランクの魔物で、角の一部を身に付けているだけでもユニコーンより弱い魔物の毒や状態異常はほぼ防ぐことができるはずだ。

 ありがとう、変態ロリコン馬ユニコーン!!


 残りの角はもしもの時に分解スキルで粉にして飲めば、身に付けているだけよりも高い効果を得ることができる。

 しかし粉を入れる瓶も包む紙もないので、必要な時まで角の状態で持ち歩くしかないな。

 これはシャツ風呂敷君に突っ込んでおくか。

 もうかなりボロボロだけれど、君のおかげで拾ったものを思ったよりたくさん持ち歩けたよ。

 ありがとう、思ったより優秀シャツ風呂敷君。


 さて、邪魔者のユニコーンもいなくなったことだし、湖で魚を捕まえて腹の中に入ってもらうことにするか。




 俺達が到着した湖は、湖というには小さく泉というには大きいという程度の広さで、俺達のいる場所から全貌を見渡すことができた。

 湖の周囲を確認すると森の奥の方角から湖に流れ込む川、流れ込む方向とは別の方向へと流れ出す川が見える。


 何となく既視感のあるこの湖と、湖から感じられる水属性の魔力に入り交じる心地のよい聖属性と光属性の魔力。

 そしてユニコーン。

 はて……俺はこの湖を知っているような気がする。


 そうだ、思い出した。

 俺がラトと出会った、森の中の湖に何となく似ているんだ。

 ラトが姿を現す直前にユニコーンを倒したんだよな。あの時はちゃんとした武器だったから一発で角が切り落とせたんだよなぁ。


 あれからユニコーンに森で遭うたびに生えてきた角を叩き折ってやっているが、今日の苦戦っぷりで、改めてユニコーンがBランクの魔物であることと武器の大切さを体感した。

 俺自身の体も随分鍛えて、武器がなくとも何とでもなると思っていたが、いざ収納を封じられ装備も物資もままならない状態で戦うことになり、不便さと無力さを痛感することになった。

 俺が強くなったと思っていた部分は、便利な装備や道具、そしてそれらを持ち歩きいつでも取り出して使うことができる収納スキルのおかげだったのだと理解した。


 もっと強くならないといけないな……俺自身が。

 また収納が使えず、装備や物資も足りていない場面に遭遇した時のために。

 そんな時でも自分の身と仲間を守れるように。そんな場面も切り抜けられるように。

 もっともっと、俺自身の体を鍛えて強くならないといけないな。


 と強く誓いながら、道中で拾った雷属性の小さな魔石をズボンのポケットから取り出して湖へ向かって放り投げた。


 俺の誓いよりも今は腹ごしらえ。

 釣り竿なんてないから、雷属性の魔石君に頑張ってもらうのだ。

 小さな雷属性のスライムから手に入れた、小さな雷属性の魔石だが、魚さんにちょおおっと痺れてもらって、プカーッと浮いてもらうにはちょうどよい大きさである。

 ものがなければあるもので対応する。

 冒険者どころか生活の常識である。


 バリバリバリバリバリーーーーッ!!

 思ったより大きな音が静かな夜の森に響き、水面に腹ごしらえするには十分な数の魚がプカプカと浮いてきた。

 魚を焼くために木の枝や葉っぱを集めていたアベルが背後で何か叫んでいるが、バリバリという雷の音で掻き消されてよく聞こえなかった。

 魔物の気配もないし、大丈夫大丈夫。


 魚はいい……肉と比べて少ない手間ですぐに食べることができる。

 雷が収まるのを確認して水面に魚を手早く回収し終わる頃にはアベルが集めた木の枝と葉を積み上げて火を熾してくれていた。

 火の番はアベルに任せておけば、湿気た木でも火魔法で簡単に乾燥させて燃えやすくしてくれる。


 懐かしいな――。

 王都で冒険者登録をしてしばらくした頃にアベルと仲良くなって二人で行動することが多くなって、自然とそういう役割分担になったんだよな。

 収納スキルはあの頃からあったけれど、今ほど素材や食材を溜め込んでいなかったし、収納に隠し持っている料理も少なかったので、よくこうして水のあるところで魚を獲ってその場で焼いて食べていた。

 俺が魚を獲って下ごしらえをする役、アベルが火の準備をする役と魚を刺すための木の枝を浄化魔法で綺麗にしておく役。

 最近では収納スキルの便利に頼りっぱなしだったから、こういうことはあまりしなくなっていたな。


 回収した魚は、道中で拾った鉄の小刀で腹を割いてはらわたを取り出し、ヒレや鱗も取っておく。

 収納がないので調味料が塩すらない。

 代わりに道中で採取した薬草を小さく千切って臭味取りのハーブ代わりに、木の実を分解スキルで粒状にしてスパイス代わりに。

 

 下ごしらえが済んだものをアベルが綺麗にしてくれた木の枝に刺して、火を囲むように地面に刺していく。

 二人で食べるには多い気もするが、この先再び魔力を消耗すれば腹が減ってしまうので食べられるうちに食べられるだけ食べておくのだ。


 火のそばでジワジワと焼けて表面の皮がパリパリになり、香ばしい匂いを漂わせ始める魚達。

 アベルの腹がキュルキュルと鳴ったのが聞こえて、それを茶化そうとした矢先に俺の腹も鳴ってしまい茶化しそびれた。

 どうしようもなく不便で先の見えない空間だというのに、今だけはすごく穏やかな時間だった。


 穏やかな時間、もうすぐ魚が焼き上がる頃、パキンという地面に落ちる木の枝が何者かに踏まれて折れる音と、ガサガサという落ち葉を踏みしめる音が森の中から風に乗って聞こえてきたのと、その気配が迷いなくこちらに近付いて来ていることに気付いたのはほぼ同時だった。


 だが俺はそれに注意だけ向けて警戒はすることはなく、焼き上がった魚の串を地面から引き抜いた。

 もしかすると、魚が足りなくなるのではないかという不安と共に。



「うおおおおおおお、やっぱいた!! 扉に吸い込まれたと思ったら変な看板に進む方向を指示されるし、怪しいから逆に進んだら真っ暗になるし何故か元の場所に戻されるし、しょーがねーから指示に従って進んだらグランの偽物が出てきて食い物を持たせてくれたけど、全部食っちまってどうしようかと思ってたところで、何か香ばしい匂いがしてきて看板はそっちを指してるから釣られることにしたら、本物のグラン達と合流できたぜ! こんなところで半裸で魚焼いてる奴なんて間違いなく本物のグランだし、それを疑いもせず一緒にいるのは本物のアベルに間違いない。はー……合流できてよかったぜ、ってお前らもあの変な扉に吸い込まれた口かぁ」

 

 俺が警戒することのなかった気配――カリュオンが茂みをガサガサと揺らしながら森の中から姿を現した。


 その折りにふと湖の近くを見ると"パーティー募集"と書かれた看板が立っていた。


 くそみたいなスゴロクの世界かと思ったが、少しくらいはいいところがあるじゃないか。

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