第870話◆ルールに縛られない存在

「お前だってひっでー恰好じゃん。でも靴が拾えたのか、羨ましいな。って、ここにいるってことはアベルも箱庭の横の扉に引き込まれたのか?」

 俺のことをサルか人間かわからないとか汚いとかいうアベルも、身に付けている丈の長いシャツとズボンがドロドロに汚れているし、頭は起きた時のままなのか大爆発状態である。

 ただ足元だけはかなりガッツリとしたブーツ……あれ? そのブーツは……。


「うん。トイレに起きたらリビングに明かりが点いているから、誰かいるのかと思って覗いたら誰もいなくて、箱庭の横の扉が開いているのに気付いた直後に扉から光が伸びてきて吸い込まれたんだ。それで森の前に出されて変な看板の指示通りに進んでたら、何度も酷い目に遭ったよ。しかもグランの偽物にも会うし……もう、何なのこの場所! 早く帰りたい! あれ? グランのそのグローブって……」

 やっぱりそうか。


 アベルの履いているブーツは、見慣れすぎている俺のブーツ。

 俺が会ったということは、アベルも同じように会っていても何もおかしくない。

 そして俺が創ったスゴロクの世界が作り出した俺は、間違いなく俺らしく動くはずだ。


 俺ならそうする。

 アベルがスリッパで森を徘徊していて、何か一つ自分の装備を渡すとしたらきっと靴を渡す。

 武器を使わないアベルなら、グローブは後回しでもいいから。

 武器を使うことに加え、素材に釣られてつい何でも触ってしまう俺に、偽物のアベルがグローブを渡したように。

 かれこれ六年以上一緒に行動をしていると、行動パターンが似てくるのかもしれないな。


「ああ、途中でアベルの偽物に会った。本物と同じでどんくさくて、落とし穴に嵌まってたよ。別れ際にそいつに貰ったんだ、偽物だったけど本物よりだいぶ感じがよかったぜ」

 ま、スゴロクの制作者である俺の理想や思い込みが混ざった偽物は、本物のアベルよりずっと性格的に綺麗なアベルだったけれど。

 俺と同じで家にいる時に引き込まれたのならあり得ない装備だったこともあるが、偽物のアベルの俺に対する態度が綺麗すぎたため、身に付けているものは関係なしに偽物だと確信したのだ。


「まるで俺が感じ悪いようにいわないでよね。俺があったグランだって、森の中をウロウロしているのに汚れてないし、臭くなってないし、すぐに偽物ってわかったよ。うっかり変な罠に嵌まっているとこはすごくグランっぽかったけど。しかもそれを助けてあげようとしたのに、空間魔法が使えないのに無理すんなってブーツをくれて消え……あー、なんかムカついてきた、マジでムカつく。偽物になってまで再現しちゃうグランのそういうとこがムカつくんだよね。ていうか本物の俺はどんくさくないから落とし穴に嵌まってないでしょ!!」

「いたっ! 本物の俺には関係ないんだから、氷をぶつけんな! つか、俺は臭くないしうっかり変な罠にも嵌まらない!!」 


 突然アベルの機嫌が悪くなって小さな氷がパラパラと飛んできた。

 はー、マジ本物のアベル。


 相手の性格をよく知っていて、その記憶を元に解像度の高い偽物が作り出されたとしても、やはり本物には及ばない。

 綺麗な面だけではなく、汚い面やダメな面もあって、理想や予想を違える部分もあるからこそ本物。

 そしてその部分も全て含めて、信頼できる友人だと思っているから間違えない。


「もー、変な罠を作動させるのはいつものことだからいいけどさ、絶対に俺だけ先にいけとか、自分が犠牲になろうとかしないでよね。絶対に一緒に進むよ」

 眉間に皺をよせて険しい顔のアベル。

 きっとアベルにも、俺が偽物のアベルに会った時と同じようなことが起こったのだろう。

「ああ、もちろんだ。一緒に進んで、一緒に帰るぞ。変に自己犠牲精神とか出したら、また野菜マシマシメニューだからな」


 周囲を見渡すと"落とし穴に嵌まっているプレーヤーがいる。 ①助けて謝礼を貰う ②身ぐるみを剥ぐ ③無視する"と書かれた看板があった。


「バーカ、仲間を助けるのは当たり前のことだっつーの」

 足の裏で押し倒すように看板を蹴り倒すと、看板は光となって消えサイコロが転がった。 

「そもそも俺は落とし穴に嵌まってないし、失礼な看板だね」

 そう、俺達は看板に書かれたこと以外の行動もできる生身の存在なのだ。


 ここがスゴロクのルールを元にした場所だとしても、生身の存在である俺達がそのルールに縛られる必要はない。

 俺達が自ら考えて動ける存在であり、提示された選択肢以外も選べるのだ。

 本物だからルールに縛られた偽物にはできないことができるのだ。


 だからこの先で何があっても俺はアベルを裏切らないし、犠牲にもしない。

 そしてそれはアベルも同じだと信じている。

 どちらかだけ進むのじゃなくて、一緒に進んで一緒に家に帰るんだ。




 

 アベルが扉に引き込まれた時にリビングの明かりが点いていて、扉も開いていたといっていた。

 となると、おそらくはリビングの明かりを点けて俺が引き込まれた後だろう。

 アベルがあの場所まできたのは俺とは違うルートだったらしく、このことによりスタート地点やルートが複数ある可能性が出てきた。

 

 俺が作ったスゴロクはスタートもゴールも一箇所で、ルートも一本道でただスゴロクの指示通りに進めば時間がかかったとしてもいずれゴールに到着する仕様だった。

 ラト達が弄くり回してルートにたくさん分岐を作ったとかいっていたが、まさかスタート地点もいくつも作っていたのか!?

 ということはもしかしてゴールが複数という可能性もあるということでは……。


 うおおおおおおおい、ゲームとしてやるにはすごく楽しそうな魔改造だが、リアルでプレイさせられるとなるととんでもない難度だぞおおおおお!!

 というか、装備なしの収納スキル、空間魔法なし縛りもどうにかしてくれえええええ!!


 アベル曰く、この空間はおそらくこの空間に作用する空間魔法の影響で、空間に干渉する魔法やスキル――空間魔法全般や収納スキルが使えないのだろうということ。

 俺も収納スキルが使えないのがそうとうしんどいのだが、日頃の戦闘で攻撃防御回避において空間魔法に頼ることの多いアベルもそうとうしんどそうだ。

 ただでさえヒョロヒョロで、防御は防具と魔法頼り、行動もだいたい魔法頼りなので、空間魔法がなければヒョロヒョロモヤシが更に発育の悪い超ヒョロヒョロモヤシになってしまう。

 仕方ねーなー、俺が守ってやらねーとな。


 しかしアベルと共に戦えるようになって、戦闘面では随分楽になった。というか俺が短い剣を持って駆け出す前に、アベルが魔法でドンドン敵を倒していっている。

 おいおい、ポーションも飯もねーんだから、あんま魔力を使いすぎるなよ。

 と思っていた矢先に、やっぱこうなった。




「お、お腹が空いた……」


 サイコロの示す光に従い進み続け何回目だかわからない戦闘を終えたところで、アベルが足を止めて腹を押さえた。


 魔力を使えば腹が減る、魔力が回復するマナポーションを飲めば多少は緩和されるが、今はポーションを持ち合わせていない。

 薬草をポーションに加工する道具はないのだが、加工しなくてもそれなりに効果はある薬草を厳選しながら摘みながら進んでいるので、薬草は俺のシャツ風呂敷の中にたくさん詰まっている。

 だが魔力を回復する薬草はあまり採取できてないというか、そもそも魔力の回復効果のある薬草は採取しにくい場所に生えていることが多く、この森でもほとんど見かけていない。


「マナポーションがないんだから魔法は計画的に使った方がいいぞぉ、ってもう手遅れだな。とりあえずこれでも食ってしばらく我慢してろ。ちょうど光が示した方角から水の気配がするから、もしかすると魚がいるかもしれない。俺も腹が減ってきたし、水場に着いたら休憩しよう」

 シャツ風呂敷の中から疲労回復効果のある小さな木の実ブラッドナッツを取り出して、アベルへと手渡し光の指し示す方向に向かって歩き始めると、しっとりとした湿り気のある冷たい風が俺の髪の毛を揺らした。


 この感じ湖や泉だろうか。

 心地のいい水の魔力の気配に、スゴロクに縛られた場所での活動に磨り減りつつあった心が癒やされるような気分になる。


 一刻も早く家に帰りたいところだが、何が起こるか本当にわからない場所。

 少し休憩してでもコンディションを整えておいた方がよさそうだ。


 光に従い進むと突然森が開け、まだ月は昇っていないというのにどういうわけか明るく見える小さな湖が俺達の前に広がった。


 そしてその水辺に見えたのは白い馬――変態ロリコン馬のユニコーンだああああああああああ!!!


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