第869話◆俺の創ったスゴロク

 開幕に一回休み、少し進んでふりだしに戻るを踏むことになった俺だが、ふりだしに戻されたのがまだ序盤でよかったと思考を切り替え再スタート。

 スタート地点は先ほど出発したばかりの森の入り口、そこから少し前に進んだばかりの道が続いている。

 入り口の薬草は毟り獲られてなくなっており、近くにはスタートと書かれた看板が立っているのが見えた。


 薬草を採り尽くしたせいか、それとももう俺が薬草には釣られないせいか、先ほどの場所で”一回休み”になることはない。

 スゴロクを元にした場所ではあるが、完全にスゴロクというルールに縛られているわけでないようだ。


 スタートと書かれた看板の所まで歩いていきそれに触れると、予想通り看板がサイコロとなって数字を示し、俺がそれを確認すると光となって進むべき道を照らした。

 サイコロの示した数は”四”。

 んんんんんん? そこのマスってさっきのふりだしに戻るの場所じゃねーか!!

 ちくしょう、どうせふりだしに戻されるなら、さっさと踏んでさっさと戻されてやり直しだ!!


「あれ?」

 戻されるならさっさと戻されてしまおうと、先ほどふりだしに戻された場所まで走ったのが今回は何も起きない。

 そういえば、マスを踏んで起こるイベントは毎回変わるようにしたって三姉妹達がいっていたな。


 ということは、ふりだしに戻されずにすんだ! やったー!!

 じゃねーよ!!

 ということは、どこでふりだしに戻るが再び出てくるかわからないうえに、戻された後もこの先で何が起こるかさっぱりわからない状況で進まないといけないってことじゃないか。


 それじゃあ、今回は落とし穴ではなく別の何かが起こるということで何が起こるんだ?

 その疑問が生まれた時にはすでに体が動いてその場からピョンと後ろに回避していたのは、さすが熟練冒険者の俺だと思う。


 ふりだしに戻る空間魔法が発動する気配の代わりに感じたのは、足元からの沌属性の魔力。

 この感じ――アンデッドか!?

 俺が後方に回避した直後、俺が元いた場所の土が盛り上がりボコリと白いもの――骨の手が生えてきて、それに続いて、その全身がボコボコと土の中から這い出してきた。


「ふりだしに戻されてついてないと思ったがこれはついているな」

 這い出してきたのは、手に錆びた剣を持った人型のスケルトンが四体。

 四匹と数は多いが殴って粉砕できるスケルトンならチョロいぜええええええ!!

 というわけでその錆びた剣を俺によこせええええええ!!


 スケルトン達が剣を構えるより早く、奴らに殴りかかった。


 そして当然、四体いようがスケルトンを素手で殴り倒すくらいAランクの俺にとって超余裕の余裕であった。


 俺は錆びた剣を手に入れた!!

 四本持っていきたいところだが、持てないので右手に一本、もう一本は予備としてシャツ風呂敷君の中に入れておいた。


 よぉし、この調子でサクサクとスゴロクを進めていくぞおおおお!!






 俺の作ったスゴロクは、前世の記憶の感覚でいうと”ファンタジー風のロールプレイングゲーム”を意識したものだった。

 最初は着ている服だけで始まり、コマを進めながら拾ったり、敵がドロップしたりでどんどん装備や物資が調って金が貯まっていくという流れ。

 スタートの辺りは敵が弱く、進むにつれ敵が強くなるがそれに比例して強い装備が手に入りやすくなり、手に入る金も多くなる。


 道中には消耗品や装備を売ってくれる店も用意してあり、拾った金を使ってそこで装備を調えることもできるし、いらないものを売って金に替えることもできるようにしていた。

 時には仲間ができるマスもあれば、その仲間に裏切られるマスも用意していた。

 また他のプレーヤーと同じマスに止まれば共闘して強い敵を倒すことになったり、またプレーヤー同士で戦うことになったり。

 仲間を犠牲にしなければ進めないマスもあったな。


 装備や金を拾いたいのは当たり前だが、戦闘を楽にするために仲間は欲しい。

 だが仲間はマスの指示次第で仲間と戦わなければいけなくなる。

 作った時には面白いかなーって思ったのだが、今となっては深夜テンションでそんなマスを作ってしまった昨夜の俺を恨む。





 スケルトン四匹を倒した後から順調だった。

 装備はいまいち手に入りづらいが、武器を手に入れたのでスライム系や虫に困ることはなくなった。

 ゴブリンやスケルトンを倒し靴や服も手に入れる機会はあったのだが、なんとなくそれを身に着けるのは嫌で相変わらずズボンとスリッパ姿の俺。

 しかしゴブリンを倒して奪ったベルトのおかげで、そこにシャツ風呂敷を括り付けることができるようになり両手が空いて快適になった。

 後はどっかで清潔な服か防具が手に入れば、と思っていた矢先だった。


「もー、なんなのこれ! あっ、グラン! いいとこにきた、助けて! 変な穴に落ちちゃってさ、抜け出したくても中が底なし沼みたいになってて抜け出せないんだ」


 サイコロに導かれるまま道を歩いていると前方の地面にナニカが見え、そこから聞き慣れた声が聞こえてきた。


「アベル? 何やってんだ、こんなとこで? ていうか、お前もあの扉にひっぱり込まれたのか」


 暗い森の中での違和感中の違和感。

 何やってんだこんなとこで、としかいいようのない光景。

 俺の前方の地面に、胸から上を出して地面に肘をついた体勢で美形が埋まっている。

 何やってんだ、こんなとこで?


「うん、気付いたらこの森にいて、歩いていたら変な穴に嵌まって動けなくなって困ってたんだ」

 そういえば三姉妹が落とし穴を作ったとかいっていたような。

「ああ、今助けてやるよ」

 ふてくされて、そして困った表情で俺を見上げるアベルに近付き迷わずに手を差し出した。


「ねぇ、グラン?」

 その手をすぐに取らず、地面に埋まったままの体勢でアベルが俺の方をまっすぐ見ながら尋ねた。

「俺が偽物だとは思わなかったの? このダンジョンのような空間が作り出した偽物だとは思わなかったの? ここは何が起こるかわからない空間だから、警戒しなきゃダメじゃないか。ホント、グランは困ってる人がいると、疑わずにそうやって助けちゃうんだから」

 アベルの金色の目が暗い森の中でやたら明るく輝く。

 それはアベルが魔法を使う時に、魔力の影響でより鮮やかに見える金色の瞳。


 だが、そんなことは気にせず答える。

「疑わないさ。ここが俺が作ったスゴロクを元にした場所で、そこが作り出したアベルなら、偽物だとしても俺の知っているアベルだから。そして俺の知っているアベルだから、俺を犠牲にしようなんてしないはずなんだ。そうだろ、偽物のアベル。だから手を取るんだ、スゴロクのルールになんか縛られなくていい。一緒にこのマスを抜けるぞ」

「ふふ、君は間違いなく本物のグランだね。ありがと、お礼に手袋をあげるよ。偽物だから長持ちはしないけどね。それと、服はちゃんと着た方がいいよ」

「うるせー、偽物のくせに本物みたいなことをいってんじゃねー」

 俺が差し出した手の上に、俺が偽物と断定したアベルが自分のグローブ外してポンと置いてすぐに手を引いた。


「グランが作り出した偽物の俺の望みはね、グランがちゃんと本物の所に帰ることだから、俺はここでお役御免だよ」

「バーカ、お前なんかに気を使われなくてもちゃんと帰ってやるよ。それとお前のそういう自己犠牲精神は矯正しないといけないから、明日の夕飯も野菜マシマシの刑だ!」


 俺の長い悪態が終わる頃には、偽物のアベルがサァッと光の粒になりそこには何もない地面と”誰かを沈めなければ抜けられない沼”と書かれた看板だけが残った。


 元はサイコロで負けた方が一回休みになった、勝った方が先に進むマス。

 本物のアベルなら、本物のアベルをよく知っている俺の記憶を元にしたアベルなら、俺を嵌めてまで自分が先に進もうなんてしない。

 あいつは馬鹿だから、自分を犠牲にしてでも俺に先にいけっていうし、危険な場所は自分が引き受けようとする。


 馬鹿だな、一緒にいけばいいのに。

 スゴロクを元にした場所かもしれないが、それに縛られる必要なんてないのに。

 ま、この空間が作り出した存在だから役割を果たしただけかもしれないけれど。


「そもそも、うちで寝ているはずのアベルがフル装備で来てるわけがないつーの。いるとするなら俺と同じ部屋着姿だよ。でも偽物がフル装備だったおかげで手袋が貰えたからな。ありがとな、偽物のアベル。かーーーー、贅沢をいえば靴か、あのクソ強そうなマントがよかったんだけどなーーーー!!」


 そう、埋まっていたアベルは冒険者活動中のフル装備だった。

 いくら準備のいいアベルだって、夜中に家の中を冒険者活動用のフル装備で歩き回っているはずがない。

 そして俺の収納が使えないように、アベルの空間魔法の収納が使えない可能性も高い。

 よって偽物だとすぐわかった。

 いや、それがなくてもきっとすぐ偽物だとわかったと思う。


 偽物だとわかっていても光になって溶けていく友達を見るのは気持ちのいいものではない。

 気分を紛らわすように大きな声で独り言を吐きながら、受け取った手袋を嵌めて胸くその悪い看板に触れた。

 看板がサイコロとなり、俺はそのサイコロの示す道を進み始めた。


 早く家に帰って、アベルに野菜を食わせたい。






 その後も順調。

 相変わらず清潔そうな上着も靴も手に入らなくて、上半身裸のスリッパ姿。

 武器はスケルトンの錆びた剣からゴブリンのブロンズの剣にランクアップしていた。


 そんな俺が進む先に見えたのは――。


「もー、空間魔法系がさっぱり使えないのに、落とし穴とかホントサイテー!! でも俺にそんな穴が利くわけないでしょ。足をかけるとこがなければ浮けばいいんだから。って、グラン! グランだ!! そのサルか人間かわからないみたいに汚いのに無駄に効率を重視してる恰好! 間違いなくグランでしょ!! 何で、森の中で半裸スリッパでウロウロしてるの!?」


 これだよ、これこれ。

 俺を見るなり、俺にものすごく失礼な反応をしてくるこいつこそ本物のアベルだよ!!







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