第867話◆冒険者の嗜み
「ぬわっ! くそぉ……キノコ君も妖精だったのをすっかり忘れて油断していたな」
もうすっかり慣れたこの感覚――妖精の地図を開くと出てくる扉の中に引き込まれる感覚。
今回はうちの壁に現れた謎の扉なのだが……。
ちくしょう、鍵が揃っていないのに開くとか反則だろ!
鍵が揃っていないのに開くなら鍵なんか揃えなくていいだろ!!
もしかしてキノコ君なら扉を開け閉めできるけれど、俺達から開けようとすると鍵が必要ってことか!?
ようするに扉を開ける鍵は、俺達に箱庭の環境を整えさせるための釣り餌か!?
開けたからって何があるかわからないけれど、そこに扉があると開けたくなるものだしな!!
ま、環境を整えるどころかやっべーことになってんだけど。
それより今の状況を把握しないと。
扉に引き込まれたということはおそらくここは妖精の地図のような場所だろう。
箱庭に関係あるようだから、その類いのものだとは薄々感じていたが、まさか鍵が揃っていないのに扉が開いて引き込まれるとは思わなかった。
箱庭に吸い込まれたスゴロク、その箱庭に住むキノコ君が開いたと思われる扉、扉が開く直前に扉の表面にサイコロが描かれたことを思い返すと、おそらくここはスゴロクに影響を受けた場所の可能性が高い。
まずは周囲の確認。
周囲を見回す――までもなく、自分のいる周辺の光景はすでに目に入っている。
森。真っ暗な夜の森。
俺の目の前には、暗いを通り越して黒い夜の森が広がっており、俺が立っているのはその森の中へと続く道の上。
非常に深そうな森に見えるが、道は人工的に整えられたように綺麗で歩きやすそうな道。
そして後ろを振り返れば背の低い植物が生える平原ような場所で、その中を道がずっと続いているのが見える。
空を見上げれば月のない暗い夜空に小さな星々が瞬いており、その僅かな光だけが地上を照らしている。
耳を澄まさなくても聞こえてくるのは、虫の声と夜鳥の鳴き声と、風に揺れる木々のざわめき。
吹き抜ける風はややひんやりとして心地がよいが周囲の空気は生温く、おそらく今の季節は扉の外と同じ時期なのだろうと推測された。
もちろん、ここに出た時に周囲の生きものの気配は確認した。当然その警戒は今も緩めてはいない。
しかし今のところ感じるのは小さな生きものの気配ばかりで、今のこちらに襲いかかってきそうな存在を確認することはできない。
それで、ここで俺にどうしろというのだ。
今までの妖精の地図は小さなダンジョンのような仕様で、ボスらしき存在を倒せば外に出ることができた。
ここは妖精地図ではないが、妖精の地図と同じように扉の中に引き込まれた。
今わかることだけでは正確な状況は把握しきれないが、とりあえず妖精の地図と似たような場所だと思って行動することにしよう。
だとすると、どこかにボスがいてそれを倒せば元の場所に戻ることができるはずだ。
それに最終的に魔改造をされてしまっていたが俺の作ったスゴロクを元にしているのなら、出てくる敵を倒しながら進み、最後のボスを倒せば宝物を手に入れてクリアになるルールを参考にしている可能性がある。
つまりいつものダンジョン探索と大して変わらず、最後には約束された宝がある。
俺の作ったスゴロクだと、最後は金銀財宝を手に入れてハッピーエンドだった。
うおおおおおおおおお!! なんだかテンションがあがってきたぞおおおおおお!!
って、ちょっと待ったあああああああ!!
ベッドから出たままの姿だから、薄手の半袖シャツとズボンで足元はスリッパという姿で、いつもの冒険者装備は部屋に全て置いてきてしまった。
もちろんナナシもベルトにくっ付いたまま、装備品入れの中。
これでどうしろっていうんだあああああああ!!
となるところだが、俺には収納スキルという心強い味方がいる。
あってよかった収納スキル。マジで神スキル。
収納スキルの中には予備の装備品がいっぱい! さすが俺、備えまくって憂いは全くなし!!
俺の作ったスゴロクは布の服一枚の状態からコマを進めながら装備を手に入れ強い敵に挑んでいく仕組みにしていたが、俺には収納スキルという強い味方があり、その中には強い装備も詰め込まれている。
ふははははははは!! これが俗にいう強くてニューゲームというやつだ!!
見たかスゴロクよ! これが収納スキルの理不尽だ!!
今日もまた収納スキルと溜め込んでいるアイテムに助けられ――ん?
あれ?
ちょっと? 収納スキル君?
ねぇ、収納スキル君!? 返事は!? 返事をしてよ!!
うおおおおおお!? 収納スキルーーーー、どうしてうんともすんともいわないんだーーーー!!
収納スキルの中から適当な装備を取り出そうとする俺。
しかし全く反応しない収納スキル。
そこにいるのは収納スキルを使おうとして、手をかざして立ち尽くしているだけの俺。
知らない人が見たら変な人扱いされそうな光景。
よかったここにいるのが俺だけで……いやいやいやいやいやいや、よくない!! 全然よくねーだろ!!
知らない場所にひとりぼっち、装備も道具もなし。
どうすりゃいいんだああああああああ!!!
ブ~~~~~~ン!!
いつも当たり前のように使っているものが使えず、しかしそのことが信じがたく何度も何かの間違いではないかと収納スキルを使おうと試みて、夜の森で珍妙なポーズをとり続ける俺の耳に不快な羽音が聞こえてきた。
その羽音がだんだんとはっきり聞こえてくるようになり、羽音の主がこちらに近付いてきていると確信する。
そりゃ、森の目の前だから虫くらいいるよなぁ。
冒険者たる者、夜目くらい利いて当たり前だ。すでに暗闇に慣れた目は星の光程度の明るさがあれば、周囲の様子を十分見ることができる。
それでも見づらいそいつは、黒光りする虫。大きさは手のひらサイズくらいだろうか。
種類は違う奴かもしれないが、元日本人的にはなんとなく生理的嫌悪というものを感じてしまうアイツ。
しかも前世の記憶にあるアイツより微妙にでかい故に嫌悪感が更に増す。
それが平原の方から一直線に俺の方に向かって飛んできている。
気配に敏感な俺はなんとなく感じ取っているぞ。
貴様、俺に向かって突撃してきてるな? 小さな虫のくせにこの人間様に向かって!!
ああそうだよな! お前らは前世からそういう奴らだよな!!
いいぜ、叩き潰してや……はっ!! 武器がない!!
ならば素手で叩き潰して……いや、虫を素手で潰すのはちょっと嫌だな。
というわけで、ヒョイッ。
体をずらして避けると、黒いアイツは俺の横を通り過ぎ森の木にピト。
どうせお前らは急には軌道を変えられないんだろ? チョロすぎるぜ!
ブッ!
ギェエエエエエエ!! 避けたと思ったらまたこっちに飛んで来たーーーー!!
こいつ、何が何でも俺を狙うというのか!?
あ、口がめっちゃ鋭い牙。すごく肉食そう。見た目は黒いアイツっぽいが、こいつはアイツよりやばいかもしれない。
この野郎! 虫のくせに人間様を食い物判定しやがって!
わからせてやる! わからせてやるぞおおおおお!!
だけど素手は嫌なので、スリッパを履いている右足を軽くそして素速く蹴り上げた。
それは虫を狙わず足元で空振りをしただけ。
だがその勢いで足からスリッパがスルリと抜けて、ポーンと弧を描いて俺の右手の中に収まった。
その動作をしながら飛んできているアイツをヒラリと躱し、アイツが俺の横を通り過ぎる時にはすでに手の中に収まったスリッパで――。
パァンッ!!
力一杯はたき落とした。
武器がなければその辺の身近なものを武器に戦えばいいのだ。
冒険者たる者、その場で臨機応変な対応ができる程度の判断力くらい身に付けているものなのだ。
スリッパで力一杯叩かれた黒いアイツがバラバラに砕けて地面に落ちるのを確認しながら、手に持っていたスリッパを地面に投げるように落とし、スリッパを武器にしたために素足のまま地面を踏んでいた右足の土を軽く払いスリッパの中に戻した。
今回は俺の機転で凌いだが、この先強い魔物が出てくると素手やスリッパではどうにもならなくなってきそうだ。
装備と収納スキルのありがたみを改めて感じながらも、まだそこまで焦ってはいなかった。
いざとなったらその辺の木を一本無理矢理なぎ倒して武器にすればいい。
武器はなくとも鍛えられた肉体はあるのだ。
ま、スゴロクを元にした場所なら途中で何かしらクリアに有用なものは手に入るだろう。
俺が作ったスゴロクはそういうものだったし。
今倒した黒いアイツは小さすぎて何もくれなかったが、もう少し大きい奴なら何か武器代わりになるものをくれるかもしれない。
と、バラバラになって地面に落ちた黒いアイツへと視線をやると、黒い破片が黒い霧となり形を作り始めた。
一瞬新たな敵かと身構えたが、黒い霧が変化してできたものは敵ではなく道しるべのような矢印型の木の看板だった。
なるほど、スゴロクだから一つ何かを終えると次に進む先を教えてくれるのか。
スゴロクの仕様であれば、その矢印通りに進めばゴールまで辿り付ける可能性が高い。
さすが元は俺が作ったスゴロク、親切設計!!
看板には「スタート」と描かれており、矢印は森の方を指していた。
その矢印の先を見ると――。
薬草だーーーー!! 薬草が沢山生えているぞーーーー!!
とりあえず採取しとこ。
看板の指した方向に生えている薬草のとこまで進み、プチプチと薬草を採取。
収納が使えないこの状況、これから備え始めるしかないのだ。
夢中で薬草を採取している俺の後ろに「薬草採取で一回休み」とかいうムカつく看板が立っていたことに気付くのはもうしばらく後のことだった。
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