第866話◆別に機嫌が悪いわけではない

「グランー、今日の夕飯スピッチョが多くない? 俺は今日怪我をしてたくさん血が出たから、たくさん肉を食べて体力回復を図らないといけないのー!」


「そう思って、スピッチョとベーコンのバター炒めの他にも、サラマンダーのレバーの生姜炒めもたくさん作っておいたぞー」


「え……肉だけどレバーは血のにおいが苦手だからちょっと……普通の肉がいい、普通の肉! ていうか、レバーと一緒にピーマンまで入ってるー!!」


「ところで今日の食前酒は……」


「ラトはすでに足元がおぼつかないくらい飲んでいたみたいだから、今日の食前酒はなし! 食後の酒もなし! 今日は休肝日に決定!! 健康的にトマトジュース!!」


「ゲッ!?」


「ごめんね、サラマ君。今日はアベルも怪我したし、ラトはすでに飲み過ぎてるみたいだから、お酒はなしにして他の飲み物にしようねー」


「キッ!!」


「苔玉ちゃんはシュワシュワする飲み物が好きだったね。でもあれはシュワシュワでお腹がいっぱいになるから食後にね」


「カ……」


「モ……」


「知らない、俺は何も知らない! 今は飯の時間! 飯に集中するんだー! ほら、これはバハムートのフライだよ。フライが大好きなカメ君には多めに取り分けてあげるね」


「またそうやってチビカメばっかり贔屓するー! 俺もバハムートのフライ増量して!」


「アベルは諦めて今日は野菜とレバーを食え。お前の行動の意図はわかるが、あれはグランの機嫌が悪くなるのは仕方ないなー」


「別に機嫌は悪くないけど今日は野菜とレバーの気分だったしぃ。バハムートのフライはデザートみたいなもんだよ。ていうかレバーはおろし生姜と砂糖醤油で炒めると結構美味いんだよ。下処理もしっかりしたからそれほど血生臭くないはずだ」


「あの……大丈夫なんですか……その……箱に……」


「ジュスト、シィーッ! 今はそのことは忘れてご飯を食べるのよ。この世には運命っていうものがあるの、スゴロクってやつはそういう運命だったのよ」


「そう、あれはきっと運命という現象ですから過ぎてしまったことはしょうがないですわ。でもラトはたまにはお酒を抜いた方がよろしいかと思いますわ」


「箱庭はたぶんきっと大丈夫ですよぉ。たぶんきっとなんとなるはずですよぉ。たぶんきっとたぶん……そういう運命なのですぅ」




 楽しい楽しい夕食の時間。

 料理はいい――作っている時も食べている時も心を穏やかにしてくれる。

 心が乱れそうな時はやはり料理。美味しいものを作って食べるに限る。

 今日の俺はもう何も考えない。


 セレちゃんの授業中に起こった出来事が心に引っかかっているが、アベルだってちゃんと考えて自分が盾になることを選んだのだから、俺がとやかくいうことではない。 

 しかし太ももは怪我をした箇所によっては大量出血の危険もある。

 きっとアベルのことだからちゃんともしもの時の対処まで考えていたはずだろうが、やはり出血量はそれなりに多かった。


 というか大事には至っていないし、セレちゃんにとっても魔物と対峙する時の覚悟について考える切っ掛けになったはずなので結果良し。

 だから大事な妹のために体を張って怪我をしたアベルのために、体力の回復に繋がりそうなメニューにしただけだ。


 それからスゴロクがキノコ君の箱庭に吸い込まれたのも不幸な事故だったんだ。

 箱庭にスゴロクが吸い込まれた後、箱庭には変化はなく静かなままで、家の中に引き籠もっているキノコ君も姿を見せない。

 もしかするとわざとではなくて不幸な事故だったので、スゴロクが箱庭に吸い込まれたことはノーカンなのかもしれない。


 そう、スゴロクは箱庭に吸い込まれる運命だったし、箱庭に突如スゴロクが降ってくるのも運命だったのだ。

 だから今は箱庭のことは考えない。


 だけどラトは毎日毎日すごい量の酒を飲んでいるので、いくら森の守護者だといっても体が心配である。

 守護者なら体は大切にしなければいけないはずだ。

 つまり健康第一!! よって今日は臨時の休肝日!!

 ラトだけ休肝日は可哀想だから、全員休肝日!!


 サラマ君が残念そうな顔をしようが、苔玉ちゃんが体にすごくすごく良さそうな薬草を出してこようが、カメ君が酒のつまみになりそうな貝を出してこようが今日は休肝日!!

 焦げ茶ちゃんは酒を飲むとすぐ寝てしまうタイプだから休肝日はあんまり関係ないね!!

 今日はノンアルコールなカクテルで、体に優しくする日に決定!!

 ノンアルコールなカクテルでもおつまみは美味しい!!




 夕食の後、魔改造されたスゴロクで遊びたかったのだがスゴロクは箱庭に吸い込まれてなくなってしまったため、何をするわけでもなくリビングでダラダラ。

 しかし今日は休肝日と決めたので酒はなしなので、テンションはやや低め。

 というか、みんな箱庭が気になるのか、チラチラとそちらを見ている。


【妖精の箱庭:Lv2】

レアリティ:SSS

品質:マスターグレード

素材:???

属性:聖/光/土/水/風/火/闇/沌

状態:良好

扉開放準備期間:鍵(4/7)

耐久:8/15

用途:ままごと

アミダモゼニデヒカル

ヒント:スギタルハナオオヨバザルガゴトシ


 箱庭の耐久は半分より少しマシなくらいまでに減ってしまっている。

 しかしこれはスゴロクのせいではなく、ガーディアンが揃った時点ですでにこうなっていた。

 スゴロクの影響でこの耐久がどうなるのか気になって、そわそわとして落ち着かない。

 しかしスゴロクを吸い込んでしまった箱庭は未だに変化はなく沈黙を保っており、その沈黙が逆に嵐の前の静けさのような不気味さを醸し出している。


 夕食後、しばらく箱庭の様子を見ていたが全く変化がなく、スゴロクもなくなってしまいとくにやることもないので、三姉妹達は完全に日が落ちる前に寝室へ。

 昼間の負傷で出血が多かったアベルも気怠そうだし、昨夜スゴロクを作るために夜更かしをした俺も眠くなってきた。


 少し早いがこんな日はもう寝よう。

 早く寝ることのできる時に寝るのも、体調管理で重要なことなのだ。


 というわけで解散!! 俺は寝るけれど、この後休肝日をやめて酒を飲むならほどほどにだぞ!!

 酒が足りなくてじっとりとした表情になっているラトの視線を感じながら、箱庭に何か変化があったら起こしてくれと言い残して寝室へ。


 夏の日没後、外は真っ暗になったがまだまだ暑さは残っている。

 いつならまだまだ起きて酒を飲んだり、物作りをしたりしている時間だが、昼間に暑い中でスパーリングをしたりマラソンをしたりしたのもあったって体は程よく疲れている。

 睡眠不足と暑さによる疲労が眠気を加速し、部屋に戻ってベッドに潜るとすぐに眠りに堕ちた。






 夢すら見ないほどに気絶するように眠ったというのはこういう感覚だろう。

 ベッドに入った直後にプツリと記憶が途切れて意識が黒塗りにされたような感覚から目覚めたのは真っ黒な真夜中。

 新月が近い時期、まだ月は空になく星の光だけの暗い夜。

 あまりの暗さにまだ途切れた意識の中にいるようなフワフワとした感覚だったが、開けたままだった窓から吹き込んでくる夜の涼しい風と僅かな星の光で意識がクリアになった。


 何時だろう。

 ベッド脇のチェストの上にあるカメ君用の籠ベッドからは、ピーピーというカメ君の寝息が聞こえる。

 俺が部屋に戻る時はまだリビングに残っていたから、その後ベッドに戻ってきたのだろう。

 カメ君の寝ている籠に手が当たらないように注意を払いながら、チェストの上に置いてあるはずの懐中時計を手探りで探し出して手に取り、指の感覚だけでその蓋を開ける。

 少しずつ暗闇に慣れてきた目で時計の文字盤を見るとすでに日付が変わった後、もう少しすれば前世では丑三つ時と呼ばれる時間になる頃だった。


 不意に窓から吹き込んできた冷たい風にブルリと身震いをすると急にトイレにいきたくなった。

 昼間はあんなに暑いのに、半袖シャツに薄手のズボンという姿では森から吹き込んでくる深夜の風で妙に肌寒い。

 一度トイレにいきたいと思ってしまうと漏れそうと思うまでは一瞬で、すぐに我慢できなくなってベッドから這い出して一階のトイレへと向かった。


 トイレでスッキリした後は喉の渇きが気になり、キッチンに寄ってトレント茶を一杯。

 そのまま部屋に戻って二度寝――の前に、気になってリビングを覗いてみることにした。


 俺が部屋に戻ったのと同じタイミングでアベルとカリュオンとジュストも部屋に戻ったが、ラトとチビッコ達はまだリビングに残ってノンアルコールのカクテルを啜りながらおつまみを食べていた。

 あの様子だときっと俺が寝た後に酒を持ち出していそうな雰囲気だった。

 ラト達のことは信じたいが、何をしでかすかわからないのが酔っ払いである。

 すでにしでかした後ならどうしようもないのだが、それでもやはり気になるものは気になって箱庭をチラ見にいくことにした。


 リビングに入って明かりをつけると、お開きになった後ちゃんと片付けはしてくれたようで食器類などは残っていなかった。

 しかし明らかに浄化魔法を使っただろうと思われる魔力の痕跡と僅かだが酒のにおいが残っている。

 しかし食器はキッチンにも置かれていなかったし、お開きになった時点で綺麗に片付けてくれたようなので、その気遣いは嬉しい。

 

 そして箱庭は……リビングの入り口から感じ取れる範囲では変な魔力の気配もなく平和なままのように見える。

 念のため中を確認してから寝よう。


 近付いて中を覗いてみたが、箱庭の中は相変わらず静か。

 変化があるとしたら、俺が沌の魔石を埋めた近くにナナシで突き刺してできた割れ目から吹き出している沌属性の靄が心持ち薄れているような……。

 そうだよなぁ……スゴロクを弄ったのがラト達なのだから、あのスゴロクは聖属性。

 それが割れ目に吸い込まれたとなると、割れ目の沌属性が中和されていてもおかしくない。


 もしかして箱庭にスゴロクが吸い込まれてやっべーと思ったが、実はいい感じに属性のバランスが取れたとか?

 相変わらず、ラト達が弄り回した影響で箱庭の魔力は、箱庭の中で膨れ上がってパンパンになっているような印象を受けるが、時間をおけば箱庭に馴染んで落ち着くかもしれない。

 そうかもしれない。きっとかもしれない。

 ”かもしれない”を信じよう。


 信じればきっと箱庭の未来は明るい!

 そう自分で納得して箱庭から離れようとした時――。


 バンッ!!



 突然、キノコ君の家の二階の窓が開いた。

 その窓から顔を出したのは、ナイトキャップを頭に乗せてすごく眠そう、そして眠い故にか不機嫌そうなキノコ君だった。


 眠そうなキノコ君にはもうしわけないが、キノコ君がちゃんと生活をしている姿を見ることができたのは嬉しい。




 と、思ったのも一瞬。




 窓から顔を出したキノコ君と目が合った直後、その目が赤くペカーッと光った。

 その赤い光にすごく嫌な予感がして無意識に箱庭から離れるように後ずさりしたのだが、箱庭を置いている棚のすぐ横の壁にある日突然現れた謎の扉、キノコ君のお願いを聞いて鍵を七つ集めると開くと思われる扉、その扉の周囲をなぞるように走った後扉の表面にナニカを描いた。


 そのナニカがサイコロであることに気付いたあたりで、俺のすごく嫌な予感が現実になろうとしていることをほぼ確信していた。


 そしてその勘は外れることはなく、バタンと音を立てて扉が開き強い力でその中に引きずり込まれた。


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