第865話◆とりあえず夕食の準備を
「ただいまー、ホント今日は最悪だよ。っていうか、最後がとくに最悪だよ。ズボンはドロドロになるし、その後ギルドまで走って汗ダクになるし、とりあえずシャワーだよシャワー……って、うっわ……うっわ……どうしたの、これ……うっわ……」
「俺より先に俺ん家に入ってただいま-とか抜かしてんじゃねーぞー。ていうか何だよ、いきなり立ち止まりやがって。早く進め……うっわ……これまマジでうっわ……どうしたんだこれ……うっわ……」
フォールカルテでの仕事を終えて帰ってきて、うっわ……。これはマジでうっわ……。
セレちゃんとの授業の最後はマラソン。
もともと護衛さん達もいるので転移魔法を使わず徒歩の予定で、セレちゃんが疲れているようならもしもに備えて同行している馬車で帰ることになっていた。
しかしセレちゃんはまだまだ元気そうだし、目の前でアベルが怪我をするというショッキングなこともあったので、気分転換と体力作りを兼ねてマラソンをするのがいいと唐突に思い付いたのだ。
ポーションをジャバジャバかけてお漏らししたみたいになったアベルから俺が逃げるためではなく、セレちゃんの心と体の健康のためである。
やー、護衛さん達すみませんねぇ、暑いのに走らせちゃって。
ああ、目に見えているところにいる騎士風の護衛さん達以外にも、こっそり潜んでいる護衛さんもついてきたぞ~。そりゃそうか~。
慌てて追いかけてきているから、超バレバレになっているけれど大丈夫? せっかくだから手を振っておくか~、やっほ~!!
最も暑い時間は過ぎたとは言え、時は南国の夏の夕方。そんな中を走れば当然汗だくになる。
冒険者ギルドに到着して報告を終わらせ、プルミリエ邸までセレちゃんを送り終わった後、アベルに汗臭いと文句をいわれながら浄化魔法をかけられたが、やっぱ少し汗臭いままの帰宅となった。
俺を追いかけて走ったアベルも当然汗臭いし、その後ついて走ってきたカリュオンも汗臭い。ジュストは毛皮のせいでめちゃくちゃ暑そうだが、汗臭くならない代わりにハッハッと息を荒くしている。
つまりジュスト以外汗臭いし、走った後なのでめちゃくちゃ暑い。
アベルの転移魔法で我が家の玄関前に到着すると、魔道具により快適な室温に保たれている室内へとなだれ込む。
俺の家だというのにアベルが先頭で。
アベルがリビングのドアを開けると、その隙間から快適な温度に調整されたリビングから流れ出してきた空気が、暑い屋外から帰ってきた俺の肌を撫でた。
このまま涼しいリビングに突入して体を冷やすぞーと思ったら、先頭のアベルがリビングに入ったところで立ち止まった。
いったいどうしたっていうのだと、アベルとの横から室内を覗いてうっわ……マジでうっわ……。
「うぉ~い、どうしたぁ? って、確かにこれはうっわだな……てか、想像以上に派手にやったなぁ」
俺の後ろにいたカリュオンが俺の横から部屋を覗き込んでこの反応。
「うひゃ~、冷たい空気が気持ちいい~。あれ? どうかしたんですか? うっわぁ……」
一番後ろにいたジュストも俺達の隙間からリビングの中の状況に気付いてこれである。
そう、マジうっわ……。
「好きに魔改造していいとはいったが、これはすごいな……」
リビングに入ってすぐに目の前に広がる――まさに広げられた状態のスゴロクは、俺が作ったものから超絶進化していた。
いやもう、超絶進化しすぎて素直にすごいという感想が出てきた。
俺が作ったのは五〇センチ四方くらいの板にスタートからゴールまでマスをグネグネと連ねて描いただけの小さくて単純なスゴロクだったのに、リビングのソファーとテーブルを部屋の隅っこまで寄せ、空いたスペースいっぱいに広げられているそれはスゴロクというより自然豊かな森の大型ジオラマ。
ジオラマというかほぼ本物の森のミニチュアな気がしないでもないが。
ミニチュアの森の中をウネウネと道が走り、それが枝分かれをしたり、その先で合流したりと迷路のようになってゴールへと続いている。
その道にはマスは見えないが、きっと何かマスの代わりになる仕掛けがあるのだろう。
そしてコマ。
俺が作ったのは三角錐のコマだったのが、現在スゴロクの中に見えるのは白い毛玉と藤色の毛玉が三つ、金色の石に葉っぱの塊、それから青いカメ宝石のと赤い宝石のトカゲ。
うんうん、どれが誰のコマかすぐわかるね!!!
そのコマの何がすごいって、サイコロを振ったらその歩数だけ勝手に動いて、その止まった場所で何かが起こる。
なるほど、コマをゴーレム化してサイコロの数だけ自動で進むようにしたのか。そしてマスは踏むまで何が起こるかわからないと。
急いで作ったので時間がなくて、各自メモを取りながらやるようにしていたゲーム内通貨やアイテムも用意されている。
あのさ……アイテムは幻影魔法っぽいけれど、その通貨宝石じゃない????
……そうだよね、人間とものの価値観が違うよね。
宝石やコマが散らからないように、遊び終わったら入れておく箱を用意した方がいいかな。
って、そのサイズのスゴロクをどこに納めておくんだ!! リビングの半分弱を占拠する大きさになっているぞ!!
本気出しすぎーーーーー!!
そしてそのスゴロクを囲みながら俺達の方を振り返る、お留守番組と俺達より先に帰宅したカメ君と今日もやってきたサラマ君。
そのドヤ顔たるや、留守番中に悪戯という大仕事を成し遂げて超満足なネコ様を思い出す表情。
だが今日はスゴロク君が魔改造のターゲットになってくれたおかげで、キノコ君の箱庭は定位置から動かされた気配がない。
つまり誰も触っていない。
作戦成功! 計画通り! キノコ君の世界の平和は守れた!!
このまましばらくスゴロクに夢中になっていてくれ。
それにしても、ここまでくるとびっくりを通り越して俺もやってみたくなる。
こんなに大きく、そして本格的に進化したスゴロクが楽しくないわけがないじゃないか!
すでに俺はワクワクしてきているのだが、とりあえずご飯が先かな。それに風呂にも入りたい。
「なんかすっごいことになってて面白そうだけど、ご飯が先だからね。というかご飯までに、それは一旦片付けた方がいいんじゃない? すごく魔改造したみたいだけど片付けることも考えてる?」
出たー!! アベルのド正論口撃だーーーー!!
でもマジでこれはどうやって片付けて、どこに置いておくつもりだ!?
これはペッホ族に早急に連絡してスゴロク部屋を増築してもらわないといけないやつか?
魔物の骨ならまだまだあるぜ!!
「む? 片付けならば空間魔法を使えば簡単だぞ」
おぉっと!? アベルのド正論口撃はラトには全く効いていないようだー!
ラトがスゴロクの方へ指を向けチョイチョイと動かすと、スゴロクがフワッと浮いてパタンパタンと折り畳まれ始めた。
「モッ!」
その様子を見て焦げ茶ちゃんが後ろ足で立ち上がりバンザイポーズをすると、何もない空間から小物入れサイズの宝箱が現れて、スゴロクで使われていたコマや通貨の宝石をシューッと吸い込んだ。
その宝石、一粒くらいしまい忘れて床に落としていってもいいのよ?
って思ったけれど、使っていた小物は全て綺麗に宝箱の中に吸い込まれ、その宝箱も折り畳まれていっているスゴロク本体に吸い込まれていて、リビングを占拠していた魔改造版スゴロクは一瞬で手のひらサイズの板になりラトの手の中に収まった。
何その、すごくて超便利なお片付け機能!
その機能、誰でも使えるようにしておいて!! 俺でも使えるようにしておいて!!
「ふむ、片付けたこれはどこに置いておけばいい?」
「お、おう。箱庭が置いてある棚の隙間にでも差し込んでおいてくれ」
すっかりコンパクトな板になってしまったスゴロク君。どこに置いていても邪魔にならないのだが、とりあえずうっかり落としたり踏んだり蹴飛ばしたりしない場所に置いておこう。
箱庭もスゴロクも似たようなものだし、スゴロク君は今の状態なら場所を取らないから、箱庭の隣に置いておけばいいかな。
「わかった。では箱庭の横に立てかけておこ……おっと」
「カー……ギャメッ!?」
コンパクトに折り畳まれたスゴロクを手に立ち上がるラト。
その足はややふらついており、足元には空になった酒瓶と僅かに酒が残っているグラスが。
さてはこの酒カス番人、昼間から酒を飲んでいたな。
立ち上がった拍子にラトの足がグラスに当たり、グラスが倒れるーーーー!!
この酔っ払いがーーーー!!
っと思ったら、ラトの隣にいたカメ君がため息をつきながら滑り込んでグラスをキャッチ。
さすが俺達のヒーローカメ君だぜ!!
なんて安心した直後、足元の覚束ない酔っ払いが滑り込んできたカメ君に躓いた。
「あ……」
その直後に起こった出来事が一瞬すぎて、ポカーンと見送るしかなかった。
カメ君に躓いたラトの手から、スゴロクがするりと抜けて空中で見事な放物線を描いた。
そしてその放物線の行き先は――。
箱庭の中だーーーーーーーーーーーー!!
あまりに流れるような展開で世界がスローモーションのように感じたが、誰もそれに反応をすることができなかった。
シュポン。
コンパクトサイズに収納されたスゴロクが、まるで吸い込まれるように箱庭の森の中にある黒い裂け目――俺がナナシを突き刺してできた亀裂の中にスポッとはまり、そのままシューッと吸い込まれてしまった。
…………………………。
………………………………………………。
と、とりあえず夕飯の準備をしようか!!
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