第861話◆お嬢様流スライムの倒し方

 スライムの弱点は、スライムの体であるゼリーの中にある魔石。これがスライムの核であり命の源である。

 その魔石を破壊するかスライムゼリーの中から取り出してしまえば、スライムの生命は終わる。


 クレージーアンヘルを食べて育ったスライムは、当然のようにクレージーアンヘルの毒性を持っていると思われる。

 透き通っていない濁った緑色のスライムゼリーは、このスライムが強い毒性を持っていることを示している。

 おそらくそのゼリーに触れれば麻痺し、うっかりゼリーが口に入れば呼吸困難や幻覚症状を引き起こすことになるだろう。


 クレージーアンヘルは口にしなければその毒に当たることはないが、クレージーアンヘルの毒を持ったスライムは何かの拍子に人に触れて毒の被害が発生する危険がある。

 身近な場所に生える毒性のある植物はそのものだけではなく、それを糧として育ったスライムという別の危険も生み出すのだ。

 そしてそういう危険なスライムを見つけて駆除するのも冒険者の仕事、とくに駆け出しの冒険者の定番の仕事の一つだ。

 大きくなる前なら簡単に倒せて、魔石も手に入りお小遣いになって、周囲の安全にも繋がるって、お金と達成感でモチベが上がりやすい仕事なのだ。


 俺も駆け出しの頃どころか、故郷にいる頃からスライムをたくさん倒していたなぁ。

 セレちゃんはスライムを上手く倒せるかなぁ?

 倒すだけなら剣でゼリーの中にある魔石を突き刺すだけでいいけれど、それだと魔石が砕けて儲けにはならないからなぁ。

 討伐をするという目的は果たせても、素材という収入がなくなってしまうからなー。

 冒険者は倒すだけではなく、倒したことで発生する利益も考えないといけない。とくにランクの低い依頼は報酬が少ないので、依頼中に手に入る素材は貴重な収入源なのだ。

 お貴族様の金銭感覚なら、そんな小さい魔石なんて砂の粒みたいなものかもしれないけれど、セレちゃんはどうかな?


「スライムなら町の中での依頼で見かけて駆除をしたこともありますし、ロンブスブルクのおし……し……し……おし……オシリスが手入れしている庭園でお茶会をしている時に、植え込みからニュルッとでてきたのをフォークで刺して倒してお母様に猛烈に怒れたこともありますわ」

 まぁスライムは身近にいるからなー。小さいのがニュルッと飛びだしてきたら、咄嗟に手に持っているもので突き刺して魔石を壊して倒すっていうのは、冒険者でなくとも日常生活でもあるな。

 しかしお茶会中のフォークというのがお嬢様らしいというか、お母様に猛烈に怒られたというのもすごく想像できる。

 ていうかオシリスって誰!? 何かすごく偉大な名前っぽいって転生開花が反応しているけれど、もちろん無関係の人だよね!?

 ご本神だったらどうしよう!? ていうか、ご本神だったらセレちゃんって何者!? ってなるし、そのセレちゃんの兄であるアベルって何者!? ともなる。


「っちょ、セレ!?!? おし……って!? オシリスって誰!?!?」

 アベルお兄ちゃんも知らない人らしく、ものすごく困惑した表情になっている。

 名前的に男性っぽいけれど、まさかセレちゃんの秘密の恋人!?


「えっ!? オシリスはオシリスですわ!! お母様の庭園の手入れをしている庭師の名前ですわ!! おほほほほほほ、オシリス。そう庭師のオシリスの手入れしている庭園での出来事ですの」

「そっかー、あの庭師ってそんな名前だったんだー。あーもー、びっくりしたよ……ホントびっくり。庭師のオシリスね、覚えたよ。それより、騒いでると毒スライムが逃げちゃうよ。ちゃんと倒せるか早く見せて?」

 なーんだ、庭師さんの名前かー。なるほどー、すごく穀物を育てるのが得意そうな名前だなー。

 って、転生開花ー! よけいなことを思い出させるなー!


「おほほほほほ、そうでしたわ。スライムでしたわ。リオがスライム好きなので何となくスライムには親近感があって可哀想な気もしますが、人に危険な個体ならそうも言っていられませんわね。さぁ、ご覧になって下さいまし、わたくしのスライム駆逐術――イリュージョン・フィストォォォォ!!」


 はい?


 セレちゃん、今フィストって言った? ねぇ、フィストって拳のことだよね?

 セレちゃんって剣士じゃなかったの? もしかして剣士に拳士も含まれる?

 そうだね、武器を持っていても殴る蹴るは冒険者では常識だからね。


 で、拳が光に包まれているけれど、その拳でスライムを倒すのかなぁ?

 スライムはゼリーが衝撃を吸収するから、殴打系の攻撃に対しては結構強いんだ。

 しかもグローブを付けていても手でスライムを触るのは危ないぞぉ?


 安全を考えた止めたほうがいいのかと思ったが、アベルが止めに入らないことと回復魔法持ちのジュストが控えていることを考えて、俺は手出しをせずにセレちゃんを見守ることにした。


「そうだよね、セレに剣を教えたのはカシュー兄さんだもんね。拳も教えてるし、兄さんの得意な光系の魔法も教えてるよね。にしてもスライムに拳はさすがに頭の中まで筋肉すぎるよ」

 アベルがため息をつきながら額に手を当て、天を仰いだ。

 ああ、そういえばカシューさんも以前共闘した怪しい酒場での乱闘の時に拳が光って破落戸を殴っていたな。

 なるほど、セレちゃんの拳が光っているのはカシューさん直伝の光属性の魔法かな。


 スライムゼリーの水分が蒸発してしまうとゼリーがカラカラになってスライムは死んでしまうため、熱に強い耐性を持った個体以外はだいたい熱に弱い。

 なるほど、光属性の魔力による高熱を纏った拳で、ゼリーに含まれる水分を蒸発させて倒すつもりか。それなら魔石も傷つくことなく回収できるな。

 すごいぞ、セレちゃん! 満点のスライム駆除法方法だ――え?


「えいっ!!」


 え?

 光魔法の熱攻撃でスライムゼリーを蒸発ーーーー!!

 って思ったら、セレちゃんが光を纏った拳を勢いよくスライムゼリーの中に突っ込んだーーーー!!

 そしてその勢いのまま、核である魔石を掴んでゼリーから引っこ抜いたーーーー!!


「できました!!」


 そしてこの笑顔である。


「お、おう。すごい。強い」

 メンタル的な意味で。


 魔石を抜かれ絶命したスライムがベシャリと音を立てて地面に落ちた音を聞きながら、素直な感想を口にした。

 生きたスライムの体内に迷いなく手を突っ込むことのできる強メンタルご令嬢なんて、きっと滅多にいないはずだ。

 ほら、その光景を見ていたリリーさんの表情が引き攣っているぞ。


 手で掴んで魔石を抜いたのだから、魔石はもちろん無傷、スライム駆除も完了して結果はほぼほぼ満点である。

 ほぼほぼというのは、グローブをしていたとしても毒スライムゼリーの中に直接手を突っ込むという行為が安全とはいいがたいので、満点ではなくほぼほぼ満点という評価だ。

 スライムの中には皮のグローブくらい一瞬で溶かしてしまうような奴もいるのだ。


「その拳を覆っている光の魔力は、カシュー兄さんがよく使ってる光の障壁で攻撃を遮断する防御魔法の応用だね。スライムのゼリーの中に手を突っ込むために手を包むようにその魔法をかけて、ゼリーに触れないようにした技術はすごく褒めるとこだけど、使い方が力技すぎて素直に褒めにくいよ」

 ああ、拳が光っていたのはゼリーが手に触れないように光属性の防御魔法を使っていたのか。


 うーん……その技術はきっとすごい。アベルも褒めているので間違いなくすごい。

 しかし今回は弱いスライムだったから問題ないけれど、やはりスライムとは見た目だけではわからない能力を持っていることもあるので、防御魔法を使っていたとしてもゼリーに直接手を突っ込むのは危ないから、ほぼほぼ満点!!


「ええ、汚いものや家族以外の男性に触れなければいけない時はこれを使うようにと、貴族とのお茶会に参加し始めた頃にカシュー兄様が教えて下さったの」

「そんな前から……それで妙に使い慣れた感じだったのか。でも、カシュー兄さんにしては珍しくまともなことを言ってるね。今回の使い方はびっくりしたけど、汚いものや、家族以外の男に触れられそうになったらその魔法を使うんだよ。それと、スライムは見た目だけではわからない能力を持っている奴もいるから、防御魔法があっても安易に手で触るのはダメ。セレは剣が使えるんだから剣を使って倒そうね」

 汚いものと家族以外の男性が同列の扱いである。

 そして俺が言いたいことはアベルが言ってくれたので俺の出番はなし。


「ま、ちっこいスライムくらいなら問題なく倒せるみたいだし、もう少しでかい奴にも挑戦して、どのくらいまでなら平気か今日のうちに試しておくといいぞぉ」

「そうだな。時間の許す限り、スライム以外の駆除にも挑戦しよう」

 アベルが言葉を切ったところで、後ろからカリュオンの提案が聞こえた。


 そうだな、まだ時間はあるのでスライム以外の駆除も体験できればやっておくのがいいだろう。


 きっと小さなスライムでは気付かなかったことに気付けるはずだから。











※コミカライズ版グラン&グルメの三話(後半)がカドコミ様にて公開されてます。

グランがかっこよく戦っているので、よろしかったら覗いてみてください。

ニコニコも早くなおるといいなぁ……。

アベル登場で「来ちゃった☆」弾幕をするのが夢なのでニコニコ様の復旧を全力で応援したい。

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