第858話◆楽しい模擬戦
ほのぼのとした昼食の後は、プルミリエ家の訓練場の一角を借りてセレちゃんの授業。
全く手の内を知らない相手であるジュストに対して勝利もしくは善戦ができたら、スパーリングの後に冒険者ギルドへいって少し実戦的な依頼をやることにしている。
訓練場に響く高い声が二つ――セレちゃんの上品な声とジュストの声変わり前少年の声。
自分も故郷の村にいた頃や冒険者になったばかりの頃、よく実力の近い同年代の奴とこうやって剣の練習をしていたな。
自分より圧倒的に強い人に稽古をつけてもらうのは、教えてもらいながら実戦を効率良く学ぶことができるが、実力の近い者同士で訓練では教えてもらって知るのではなく自らが気付いてそれが自分の力となる場面が多々ある。
教えてもらっただけでは忘れがちなこともあるが、自分で気付いたこと、自分が何度も繰り返して覚えた対処はごく自然に自分のものになっている。
実力が近い者同士での訓練でしか学べないこともたくさんあるので、今日はセレちゃんにたくさんのことを気付いて学んでもらいたい。
いつもの黒いローブになったジュストと、白を基調としたパンツルックの金髪のセレちゃんは対称的な色味なのだが、それがまた対になっているようにも見えてくる。
二人の色が真逆なおかげで、スパーリング用に借りたスペースをチョコマカと動き回る姿はどっちがどっちかとても見分けやすい。
「トォーッ!」
「そんな振り上げてると胴体がガラ空きですよ」
「テイヤーッ」
「あぶなっ! でも、まだ脇が甘いですよ。ついでに足元がお留守です」
「もーっ! ジュストさん、剣は持ってるけど剣の柄で小突いたり、剣を持ってない方の手で押したり、足をかけたりで全然剣を振るってないではありませんか! それはズルくないですか?」
「え? でも剣はちゃんと握ってますよ? 僕の戦い方は殺すための戦い方じゃなくて戦闘力を削ぐための戦い方なので、剣を持つとこうなっちゃうんですよね? それに小突いたり、押したり、足をかけたりはグランさんがいつもやってます! それに冒険者の戦いは勝たなければ死なのです。勝つためにはなんでもするのが冒険者で、冒険者の戦い方にズルいもくそもないのです――ってグランさんが言ってました! なので……うわっ!」
「そうでしたわね! ズルいもくそもないですわね! おっほほほほほほほ! では砂をくらいなさい!!」
「いきなり足で砂をかけるなんてグランさん――レッド先生みたいなことを……」
「おほほほほほほ、これはレッド先生直伝の技ですわ! ていうか、何度もくらいましたし!」
ジュストの方が実戦経験が多い分、手数が多くて少し有利かなー。
でもセレちゃんも剣術の基礎はしっかりできているから、やっているうちに冒険者的な小細工にも慣れてくるかなぁ~。
実戦慣れしていないセレちゃんのわかりやすい攻撃をヒョイヒョイと躱して、スキを狙って攻撃を入れているジュスト、だんだん楽しくなってきたのか口数が増えてきている。
そしてそれはジュストの隙にも繋がる。
セレちゃんの攻撃を捌いてちょこちょこ反撃しながら調子に乗っているジュストに向かって、地面の砂を顔に目がけて足で蹴ってかけた。
うむうむ、それは俺がよくやる目潰し技だ。
俺が何度もセレちゃんにやって、その度にアベルから無言の圧がかかっていたやつ。
しかしやりすぎて身内には効かないというか、これは冒険者なら誰だってやる基本中の基本のお手軽小細工なのだ。
しかし砂なので目に入ると普通に視界を奪えるし、立ち直ろうとすると浄化魔法をかけないといけないので大きな隙になるし、俺のように浄化魔法が使えない者だと視界を戻すのに時間はかかり致命的である。
ま、ゴーグルをつけていればいいだけの話なのだが、スパーリングでゴーグルをつけることはまずないし、実戦でも砂埃の酷い場所以外あまりつけない。
本当は平時から装備していた方がいいのだが、視界も気になるし場所によっては曇るしでゴーグルを常に装備している冒険者はあまりいない。
俺もゴーグルは必要な時以外は収納に突っ込んでいる。
「ジュストはどんどんグランに似てきてるねぇ、戦い方も詰めが甘いとこも。セレまで似すぎると困るんだけど、グランがよくやるセコい小細工は護身的にもありだから複雑な気分だよ」
「まぁいいじゃないか、グランの使うセコい小技は実際隙のできやすい箇所を突いてるしな。やりすぎるとバレバレで逆に隙になっちまうけど、初見の奴や油断してる奴にはだいたい効くからな」
「うるせー、セコくて悪かったな。俺は圧倒的な火力や圧倒的な防御力があるわけじゃないから、攻撃を躱しながら相手の隙を作ってチマチマ削らないといけないんだよ。それにこういう小細工は、武器がなくてもできるから女の子の護身にはちょうどいいだろう?」
セレちゃんが本格的に冒険者をやることはないだろう。だけど知っておけばいざという時に役に立つかもしれない。
実戦の授業ではそんな護身にも役に立ちそうな小細工を中心に教えていた。
そして俺がやったことを真似て、自分で使っているのを見るのは何だか嬉しいな。
ははは、ジュストと手合わせをしているうちにセレちゃんがだんだん剣を振る以外の行動をするようになったぞ。
いいぞ! もっと足を出してやれ!
ジュストがセレちゃんに足元がお留守と言っていたが、ジュストも結構足元がお留守になりがちだからな。
ほら、セレちゃんが足技を出すようになってジュストのペースが乱れたぞ。
それにジュストは丈の長いローブだから、足回りの動きはあまり良くないんだ。
「うわっ!?」
おぉっと~、ここでジュストのアンラッキーの発動か~!?
ジュストが体勢を低くして前に踏み込んだ拍子に自分のローブの裾を踏んだぞ~。
しかも勢いがあるので、そのまま前につんのめりそうだ~。
「えっ!?」
その先にはセレちゃんだ~!!
この距離でこのタイミングはセレちゃんには反応できないかなぁ~? それとも、こけるジュストを受け止めちゃうか~?
これはジュストにラッキースケベ展開か~? それともラブでコメな展開か~? 夏だけど春が青いなぁ~!!
どっちに転んでもシスコンアベルが恐そうだけどな~。
助けにいくにもこの距離からは間に合わないから、アンラッキー君からの試練だと思って自分で解決しろ~。
いや、ラッキースケベ展開ならアンラッキー君からのボーナスか~?
「は~い、そこまで! ジュスト、そのローブの裾は踏まないようにどうにかしようか。訓練中でよかったけど、実戦だったら致命的だからね。セレの方はジュストがこけそうになったのを受け止めようとしたのかな? でもジュストは男の子だから自滅でこけそうになったのは助けなくていいよ」
ジュストが危なくセレちゃんを押し倒すような状況になるかー!? と思ったらアベルが指をパチンとして、ジュストとセレちゃんがスパーリング開始時の位置に戻った。
動いている対象を二つも一瞬で別々の位置に転移させるなんてことを、指パッチン一つでやってのけるなんてさすがアベル。
ジュストの夏休みラブコメもラッキースケベも始まることはなかった。青い春なんてなかった。
そう……冒険者に青い春なんて無縁なのだ、俺がそうだったように。
「そうですね、今までも何度か裾を踏んで危なかったことがあったので、踏まないように直すことにします」
何度もあったのに未だ直していないのは危ないじゃないか。
これは後でお説教ポイントだな。ついでに修理は俺がやって、新しい仕掛けも追加してやろう。
「え、ええ。まさか目の前でこけそうになられるとは思わなくて、受け止めるべきか迷いましたわ」
セレちゃん優しい~! アベルは厳しい~、というかシスコン~!
「ま、でも俺達が鍛えたジュスト相手にそれだけ立ち回れてるなら、少し休憩を挟んで町の外の依頼をやりにいこうか。町の外の危険も身を以て知っておくべきだしね」
「はい! いきますいきます!! 町の外の依頼は初めてなので楽しみですわ!!」
ランク的にも実力的にもセレちゃんは町の外に出るのはまだ早くはあるのだが、セレちゃんが冒険者活動をできる期間は限られているので、俺達が付き添いと護衛を兼ねてセレちゃんを町の外に少しだけ連れていこうという話はアベルが主導でしていた。
あまり制限しすぎるとセレちゃんの性格上、こっそり抜け出して町の外にいってしまうかもしれないというアベルの判断だ。
知らないからいきたくなる。知らないで踏み込んでしまうと、知っていれば回避できる危険が回避できず更に危険になる。
だから外へ興味が爆発する前に見せて、同時に町の外の危険も身を以て知ってもらおうという方針だ。
というわけでこの後は少しだけ楽しい楽しい野外授業!!
――でもその前に。
「おい、カリュオン。ジュストとセレちゃんが休憩している間に、俺達も少し体を動かしておこうぜ。リリーさん、ジュスト達が使ってた場所を少し借りてもいいかな?」
「お? やるかぁ? 他人のスパーリングを見てるとやりたくなるんだよなぁ? いいぜぇ、受けてやるぜぇ!」
「ちょっと、暴れすぎて侯爵家に迷惑をかけるのはダメだからね。程々ね、変なスキルは使用禁止ね」
「え? ええ? えええ? あ……はい! 模擬戦の話ですね! ぜひどうぞ! 怪我がない程度で、やりすぎない程度でどうぞ!!」
ちょっとだけ、ちょっとだけカリュオンと手合わせ。
他人のスパーリングを見ていると楽しそうで自分もやりたくなんだよおおおおお!!
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