第857話◆平和で優雅なランチタイム

「君、僕の一つ上なんだ? それにしては小さいね、犬とか狼系の獣人ってもっと大きいもんじゃないの? ちゃんと食べてる? 遠慮しないでもっともらいなよ、どうせ僕達だけだしマナーは気にしなくていいよ。っていうか、カトラリーだってちゃんと使えてるじゃん」


「これでも身長はこの数ヶ月でけっこう伸びたんですよ。貴族様のでっかい家はドリーさんの家以外だと初めてなので、緊張しない方が無理ですよ。でもお昼ご飯は美味しいのでたくさん食べます! テーブルマナーは修学旅行で習ったのとだいたい同じなのでなんとかなりました!」


「ドリーってドリアングルム? オルタ辺境伯のとこの? アベ兄の知り合いならドリアングルムと知り合いでもおかしくないか」


「はい、普段はドリーさんのご実家が運営されてる訓練校で勉強してます」


「なるほど、そういうことね。ふふ、そしたら将来また別の場所で会うことがあるかもね、その時はよろしく」


「え、はい! その時までにはもっと大きくなっている予定なので、よろしくお願いします!」 



 はー、なんだこのほのぼのした平和な食事風景は。ジュストとリオ君がすっかり打ち解けていて微笑ましいなぁ。

 午前中の授業が終わり、お屋敷の庭園がよく見えるサロンに移動してランチタイム。

 うんうん、こちらの世界にジュストが馴染んで上手くやっているのを見ると、俺も嬉しくなってくるよ。


 今日の授業はやたら予想外のハプニングが多かったが――いや、ハプニングが多かったからか、ジュストとリオ君はすっかり打ち解けている。

 上位の貴族様の屋敷だからジュストの方はまだまだ緊張しているみたいだが、朝到着した時ほどカチカチではない。

 ま、リリーさんは付き合いやすい貴族様だけれど、ここが超上位貴族様のお屋敷であることには変わりないので、緊張が緩みすぎてやらかすより、少し緊張して気が引き締まっているくらいがちょうど良いだろう。

 でもやっぱり相変わらずポロリしているぞ。ジュストのポロリは緊張感は関係なさそうだけどなー。


 ジュストとリオ君は一つ違いのようで、獣人は基本的に人間よりも成長が早いのでジュストの方がリオ君より体格が良くてもおかしくないのだが、二人の身長はジュストが少しだけ高い程度。

 年のわりにジュストが小さく見えるのは、見た目は獣人でも本来は日本人だからなんだよな。

 俺達ユーラティア人は日本人より体格が良く、背丈が一八〇センチを少し超える俺も日本人なら長身といわれる部類だが、ユーラティア人の成人男性なら平均より少し高いくらいである。

 しかも冒険者ならば体格のいい一般人より体格の良い者が多く、俺くらいの身長だと普通か低いくらいになってしまう。


 ドリーはデカすぎるから別枠として、アベルもカリュオンも俺より背が高いし、ハンブルクギルド長もバルダーナギルド長も俺より背が高い。ベテルギウスギルド長はリザードマンなのでノーカン。

 こうして考えると、俺の知っている同世代かそれ以上の冒険者やギルド職員はだいたい俺より背が高い。


 ……ジュストはこのまま俺より低いくらいでいてくれたらいいな。

 ……日本人だから俺より伸びることはないかな?

 ……成長期真っ最中みたいで見る度に身長が伸びているけれど、まだ俺の方が高いからな。


 リオ君もアベルの弟ならきっとこれからグッと伸びるのだろう。

 アベルのお兄さんのカシューさんも俺より背が高かったし、きっとあと数年すればリオ君も……べ、別に悔しくなんかないんだからね!!


 アベルも出会った頃は小っこくて、見た目だけなら女の子と間違えそうなくらい可愛い系だったんだよなぁ。

 まぁ最初から態度が最悪すぎて、可愛いなんて初見の頃から一ミリも思ったことはないけど。

 最初はアベルの方が俺より背が低かったのになぁ、いつの間にか抜かされていたんだよなぁ。アベルが十五で俺が十三くらいの時かぁ?

 急にアベルの背が伸びて抜かされたんだよなぁ。メチャクチャ悔しかったのを覚えているし、アベルより俺のが年下でまだ伸びる可能性はあるから、もしかすると一年後には抜かし返しているかもしれない希望は捨てていない。


 身長を伸ばすために沢山食べよ。

 ていうか、上級貴族様の家の料理美味っ! 報酬もいいのに美味い昼飯付きで最高!!




「あらあら、ジュストさん、そんなにたくさん召し上がっては午後からのわたくしとの手合わせに支障が出てしまいませんこと?」


「えっ? だっ大丈夫です、日頃からたくさん食べているので! 冒険者は体が基本、戦えば魔力を使いますし、魔力を使えばお腹も空きますから食べられる時にたくさん食べるのです。僕の故郷には腹が減っては戦はできぬってことわざがあるんです、セレさんも冒険者活動をするならしっかり食べましょう!」


「え、でも食べ過ぎるとドレスのサイズが……剣を習い始めて筋肉が付いてサイズを直したというのに、あまり食べ過ぎて太ってしまっては……」


「ええ~、セレさんは剣を握っても大丈夫なのか心配なくらい細いですよ。もうちょっと食べてお肉を付けた方が、剣を持った時にかっこよく見えて魅力が増すと思いますし、セレさんは美人なのでかっこいいだけじゃなくて綺麗だと思います!!」


「かっこいいだけじゃなくて綺麗……ですか……。なるほど、確かにオルタ辺境伯家の女性の皆様は、パーティーでも食事コーナーにいらっしゃるのをよく見かけますわね。それであの体型であの強さとかっこよさそして美しさ…………素敵ですわね」


「セレ~、確かにセレはもっと食べた方がいいと思うけど、ちゃんと体を動かさなきゃダメだからね~。戦いに備えてしっかり食べて、しっかり体を動かして、魔力もたくさん使う、これが冒険者だからね。食べるだけだと、フェニクックみたいな首も足も胴体に埋もれた体型になっちゃうかもしれないよ~」


「この後ちゃんと動くからフェニクックにはなりませんわ!!」


 昼食にはセレちゃんも同席しており、ジュストとリオ君がすでに打ち解けていたからか、セレちゃんもジュストと自然に会話をしている。

 午後から手合わせをする予定になっているので、気が強そうなセレちゃんの方がジュストを少し煽ったようだが、ジュストはどうやら煽られたことにすら気付いていない。

 しかもものすごく天然でかっこいいとか美人とか綺麗とか言っている。

 あ~あ、そんなストレートに褒め言葉を並べるから、セレちゃんが考え込んじゃった。


 セレちゃんは冒険者活動をするしない関係なしに、もう少し肉を付けていいと思うなぁ。

 王都時代に冒険者の仕事で貴族女性に会うことがよくあったが、若い貴族女性は見ている方が不安になるくらい細い人だらけだ。

 痩せている方が魅力的だと思ってしまうのは、前世も今世も同じようだ。

 俺は少しぽっちゃりの方が健康的で好きだなぁ。

 それにご飯を美味しそうに食べる女の子は、強烈な魅力があるんだよなぁ。

 

 俺達を気にしながらお上品に少しずつ食べていたセレちゃんがせっかく食べる気になったというのに、デリカシーのないアベルが余計なことを言うからセレちゃんがアベルからプイッと顔をそむけちゃったじゃないか。

 フェニクックとは、前世にいたペンギンという飛べない鳥を更にぽっちゃりと丸く太らせたような体型をしたフェニックスの亜種である。

 ペンギンのような体型で空を飛ぶことはなくヨチヨチと二足歩行をするやつで、ぶっちゃけかなり可愛い。

 大群で突っ込んでくることがなければ、ちょいぽちゃの可愛い魔物である。


 可愛いと思うが、女の子にいう言葉ではないな。

 うっかり、フェニクックは可愛いだろうと言いそうになったが、デリカシーの塊の俺はそんなことは思っても言わない。


 うんうん、デリカシーのないアベルの言葉なんて気にしないで、しっかり食べてしっかり体を動かせばいい。



 ランチタイムが終われば少しお腹を休めて午後の授業。

 午前中のような微妙に不幸なハプニングが起こらないことを願おう。


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