第856話◆スライムは学習する
ジュストの役目は午後のセレちゃんの授業からなので、午前中はフォールカルテの町で自由に過ごしていてもよかったのだが、ジュストを一人で慣れない町に放置するのはすごく不安なので、午前中はジュストに俺の助手を頼むことにした。
謎の小動物焦げ茶ちゃんを大貴族のお宅につれていくのはまずいかと思い、焦げ茶ちゃんは俺の家で留守番してもらっているのでジュストのお守り役がおらず、ジュストを一人でフォールカルテの町に解き放つと何かすごく不運な事件に巻き込まれる気がしてならなかったのだ。
この町にはトラブルを呼ぶフラワードラゴンもウロウロしているしな、ジュスト一人では心配すぎる。
そんなわけでジュストは午前中は俺の助手として、リオ君の授業に参加することになった。
俺と一緒なら何が起こってもだいたいフォローしてやれるから安心だ、っていうか俺の助手をしているだけでそんな不幸な事故なんか起こらないだろー!
ま、不幸な事故が起こっても、異世界と冒険者の大先輩である俺が何とかしてやるぞー!
と、張り切って始めた午前の授業だったのだが、すぐにジュストの不幸体質を舐めていたことを自覚するハメになった。
何故か発生するジュスト起点の不幸な偶然によるトラブル。これで何回目だろうか、いつもなら起こらないような不幸な事故が起こっていた。
ジュストは一回大きな神殿へいって神様にお祈りをしてみるのもいいんじゃないかな!?
「ぬおっ!? ジュスト!? って、こっちかよ!? ンヒィーッ!」
「うわっ! スライム君がグランさん――アドベンチャラー・レッド先生の方に!! やっぱりスライムも自分を好きな人がわかるんですね!!」
「ひぇっ! そんなことってある!?」
「いいかい、リオ。スライムだって魔物なんだ、だからこういった予想外の行動をすることもあるってことを絶対に忘れてはいけないよ。慣れてきたとしても決して油断してはいけないよ。それと世間の非常識は時としてグランの中ではよくあることで、よぉく気を付けておかないととんでもないトラブルに巻き込まれることになるんだ。これはグランと付き合う上で絶対に忘れてはいけないことだよ。あ、今はグランじゃなくてアドベンチャラー・レッド先生だったね、ごめんごめん」
「今日のグ……アドベンチャラー・レッド先生はついてないなぁ。ま、生きていればこのくらいのついてない日くらいあるもんだぞぉ。青いだけで無害っぽいスライムでよかったじゃないか」
「というかもうリオ君は俺の本名を知っているし、そもそもアベルにバレた時点でその名前で呼ばれる必要もないし、いつまでレッド先生呼びを続けるつもりああああああああ……ダメ、スライムちゃん! そこはダメ! お願い、瓶の中に戻って!! 服の中に入っちゃらめえええええ!!」
「なんという幸運な出来ご……いえ、不幸な事故。ああ、このままでは授業中のお風紀がお乱れになってしまいますわ!」
いつもなら瓶の中で大人しくゼリーを採取させてくれるラピスラズリのスライム君、それが今日はゼリーを採取した後ジュストに蓋を閉めておくように頼んで瓶を渡した直後、ポーション瓶の中は飽きたのか、明るい部屋が落ち着かなかったのか、スライム君が瓶に蓋がされる直前に隙間をスルリと抜けて脱走。
それは瓶を持つジュストの左手を伝って服の中に――は入らず何故か俺の方へピョーーーーーンとして白いシャツの胸元辺りにピト。
ああ~~、スライム君スライム君~~~~おやめ下さい~~~~!!
君はインクスライムだから、服に色が付いてしまいます~~~~!!
授業中はスライムを弄る作業が多いため、上着を脱いで白いシャツ姿。
その白いシャツにラピスラズリスライム君がピトッ!!
ああ~、白いシャツに広がるウルトラマリンブル~!!
そうだよ、リオ君!
危険の少ない性質のスライムに育ったとしても、スライムはやはり生きものであり魔物なのだ。
どんなに飼い主に慣れていて大人しいスライムでも、人間の予想を超える行動をすることもあるから決して油断してはならないのだ!!
って、アベル! まともな助言をしているかと思ったら途中からさりげなく俺の悪口を言ってないか!?
というかその名前で言い直す必要ある!? アベルだけじゃなくて、ジュストもカリュオンも!!
ああ~、それより早くスライムを瓶に戻さないとシャツがウルトラでマリンなカラーになってしまう~。
俺の真っ白なシャツを鮮やかな青に染めるラピスラズリスライム君を掴んで瓶に戻そうとしたら、二つ目のボタンまで空けている襟元からシャツの中に逃げ込もうとしたのかニュッとスライムゼリーが伸びて俺の肌にピト。
くそっ! 暑い季節にひんやりプルプルスライムゼリーは微妙に気持ちい……いやいやいやいやいや、そうじゃない!
男相手にそんなエロ同人誌みたいな展開やめろ!! 誰も得しないスライムトラップなんてやめろ!!
は? エロ同人誌って何だ!? 夏と冬のでっかいイベントなんか知らないし、薄い本なんかも知らない! 転生開花は余計なことをするんじゃねえ!!
スライム君を服の中に入れさせないためにグッと掴むとやはりそこはスライム、ニュルッと滑って俺の手をすり抜けて再び開いている襟元にピト。
馬鹿野郎! 服だけじゃなくて肌まで青くなってるじゃないか!
しかし強い毒性はないようでラピスラズリスライム君が肌に直接張り付いてピリピリするような感じはしない。
不幸な偶然ではあるが、ラピスラズリスライムゼリーは肌に付着してもすぐに洗い流せば問題がなさそうだということが証明された!
や、それよりも今はラピスラズリスライム君を捕獲して瓶に戻さないと!!
ダメ! 服の中はダメ!!
暗くて狭いところが好きなのはスライムの本能なのはわかるから、狭い瓶の中に戻って遮光用の布をかけてもらお?
瓶に飽きたのならリリーさんに頼んで可愛い水槽を用意してもらお?
ンヒー、だから服の中に入ろうとしないでー!!
ちょっとリリーさん! 俺は風紀なんて乱していないから、手で顔を覆って見ないふりをしないで!!
でも指にちょっぴり隙間があって、そこからしっかり見ているのは気付いているよ!!
「もー、グランはスライムごときに何やってるの。しょうがないなぁ、俺が空間魔法でスライムを瓶に転移――ぎゃっ!? っちょ、こっちにきたっ!! あーもう、手に張り付いて魔法の邪魔をするなんて何なのそのスライム!? 何か変な餌でもやったんじゃないの!? うぎゃっ!? 服の中に入ろうとするな!!」
ああ~、見かねてアベルが指パッチンでスライムを瓶に転移させようとしたらその気配を察知したのか、ラピスラズリスライム君が俺の服の中に入るのをやめてアベルの左手に跳んでいって指パッチンを封印したぞおおおお!!
このスライム、なかなかやりおる。
そしてやはり明るいところより暗いところを好むスライムの本能なのか、アベルの指パッチンを封じたラピスラズリスライム君が服の袖口の方へとニュッと伸びた。
袖口を狙うラピスラズリスライム君を振り落とそうとアベルがブンブンと手を振ると、スポンとアベルの手からスライム君が抜けて今度はカリュオンの方へ。
「うぉっと、危ない。今日はスーツだからなぁ、汚れたくないから避けるぜぇ」
いつもはクソ重そうな全身鎧でもっさりとした動きのカリュオンだが、実は鎧を着ていない時は猿のように身軽である。
その猿のような身軽さでスライムをヒョイっと躱し、ラピスラズリスライム君はその先へ。
「ああ、お部屋のお風紀がっ! お風紀がお乱れになって――ヒッ!?」
その先にはリリーさんだー!!
男にスライムが張り付くのは問題ないが、リリーさんに張り付くのはお風紀がお乱れになってしまいますわ~~。
それに高そうなワンピースがラピスラズリスライム君の真っ青なゼリーで汚れるのは、庶民的には心が痛すぎるのでそれは避けたい。
というわけで、スライムアルケミストなアドベンチャラー・レッド先生の本気のスライム捌きを見せてやろう。
スライムを倒して止めるのは簡単だが、せっかく綺麗な青色に育ったラピスラズリスライム君を殺すのはもったいないし、飼い主のリオ君の前でそんなことはしたくない。
だからここは俺がかっこ良くラピスラズリスライム君を捕獲してやろう。
「スライムってのは暗くて狭くてジメっとしたとこが好きで、基本的にそういう場所でジッとしている。しかし成長したスライムは意外と動きが素速く、獲物の裏をかき奇襲をする程度の知能もある。これはスライムの育った環境の影響だといわれてるんだ。だけどやっぱり所詮はスライム、知性より本能に従い行動しがちである。スライムの本能――それは捕食本能。そして成長したスライムは成長過程に食べたものを好んで食べる傾向がある。さ、スライム君こっちにおいで、君がいつも食べているラピスラズリと暗くてしっとりとした袋だよ」
自分の行動の理由をわかりやすく説明しながら、収納からスッとスライム捕獲用の袋とラピスラズリを取り出して、リリーさんの方にピョーンしたラピスラズリスライム君の気を引くようにひらひらとかざす。
すると僅かな魔力が一瞬だけ動くのを感じた後、ラピスラズリスライム君が空中を蹴ったように向きを変えて俺の方へと跳んできた。
空中を蹴ったように見えたのは、空中に一瞬だけ聖属性の光の壁を作ったから。魔力が動くのを感じた原因もそれ。
リヴィダスやジュストが使う聖属性の障壁系防御魔法と同質のものである。
それを足場にして向きを変えピョーンと俺の方に跳躍したラピスラズリスライム君に、右手で持ったラピスラズリを見せびらかしながらスライム捕獲袋の中にポイッ!
ラピスラズリスライム君がそれを追いかけて袋の中にゴールをしたのを見て、袋の口をキュッと締めて捕獲完了。
どうだ、俺の素晴らしいスライム捌きを見てくれたかな?
「ラピスラズリは質の良い魔力を多く含んだ鉱石だ。スライムは魔力の影響を非常に受けやすく、質がよく強い魔力はスライムをより強力なスライムに成長させる。そういったスライムは知能が高い傾向があり、知能が高ければ周囲の情報から色々なことを学習し魔法すら習得することがある。それはスライムのすごい点であり面白い点でもあるが、危険な一面でもあるんだ。このスライムはリオ君が丁寧に育てた結果、優秀なスライムに育ったのかもしれないね。大きさ的にも性質的にも害は少ないスライムだけど、取り扱いには十分に注意をするんだよ。ラピスラズリスライム君は賢く育ったみたいだから安全を考えて、瓶はやめて脱走防止機能が付いた水槽にしようか」
このラピスラズリスライム君がここまで元気なスライムになった理由を説明しながら、ラピスラズリスライム君の入った捕獲用袋をリオ君に手渡す。
袋は獣系の魔物の革でできており外からの光を通さず、中はややしっとりとしていてスライムには心地の良い場所である。
ラピスラズリスライム君もそこが気に入ったようで袋の中で大人しくなった。
「レッド先生、すごい」
呆気に取られたような表情でリオ君がスライム袋を受け取る。
うむうむ、今の俺はすごくかっこ良かっただろ?
「うん、すごい」
アベルまでポカーンとした顔で俺を見ている。
いいぞ、もっと褒めてくれ。
そして、アベルが続けた。
「動きもすごかったけど、あの数秒でものすごく早口で噛まずに話してたのものすごくすごい。何を言っているか全くわかんなかったけど、多分大事な話っぽいからもう一度ゆっくりリオに話してあげて。いや、紙に綺麗に清書してあげて。それとスライムゼリーが付着したとこが青くなってるから、完全には綺麗にならないと思うけど浄化魔法をかけてあげるよ」
「へ?」
アベルの言っている意味わからなくて首を傾げた。
俺の完璧な説明が何だって?
「うん。スライムを捕まえながらの早口すごい! でも早口すぎてちゃんと聞き取れなかったのでもう一度ゆっくりお願い!! 話のメモは自分で取るので大丈夫!!」
あ、はい。ゆっくり、話します。
でもその前によってたかって浄化魔法でシュッシュッとされた。
シャツには青いゼリーの跡が残ったけれど、俺はすごく綺麗になった。
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