第855話◆不安な留守番達
その晩俺は考えた、キノコ君の世界を守る方法を――。
「いいか、これは振りじゃないからな! 絶対に、絶対に触るなよ!? 絶対だぞ!? 代わりにさっき渡したゲームで遊んでくれ、あれならいくら魔改造してもいいから。遊び方はさっき説明した通りで、細かいことはこのメモに書いてあるけど好きに魔改造して楽しんでくれ。頼むから今日はこのボードゲームで遊んでてくれ、帰ったら俺も一緒にやるから」
「グランー、そろそろ出発しないと遅れるよー」
「お、おう。わかってる、もういく! いいか、今日はそのスゴロクってゲームで遊んでいてくれ! あー、俺が留守の間にどんな魔改造をしてくれるか楽しみだなー! じゃ、いってくる!」
翌朝、めちゃくちゃ慌ただしく玄関へと向かいながらラトと三姉妹にしつこいくらいに釘を刺しまくる俺。
釘を刺している対象は三姉妹だけではなく、うちで留守番をしてくれるチビッ子達も対象である。
カメ君は今日はお出かけ、サラマ君も朝食の後帰っていったので、今日の要注意は苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんだな。
昨夜キノコ君の世界を守る方法を考え、そのためのアイテムを作り上げた俺はかなり寝不足だ。
昨日、夕涼みをしならがキノコ君の世界の危機を感じた俺は、日が完全に暮れる頃に自分の部屋に引き上げキノコ君の世界を守るべく行動を開始した。
そして俺がキノコ君の世界を守るために作り上げたアイテムとは――。
エルダーエンシェントトレントの板にスライムインクでたくさんのマスを連ねて描き、そのマスの中には様々な行動指示や状況。
そのマスをスタート地点からサイコロを振って出た数だけ進みながらゴールを目指すゲーム、ス・ゴ・ロ・ク!!
時間がなくてスゴロク板とスゴロク板の上を進むためのコマ、それからサイコロだけを大急ぎで作った。
スゴロク板にはラトと三姉妹、そしてチビッ子が遊びながら好き勝手付与できるようにエルダーエンシェントトレントの板を使い、コマとサイコロはブラックドラゴンの骨を削って作った。
よし! これなら今日一日、俺が家を空けている間の時間稼ぎになるだろう。
俺が作ったものならどんな魔改造をしてもいいから、キノコ君の箱庭だけは触らないでくれよおおおおお!!
「今日はジュストも一緒かー、上級貴族様の家だけど俺とアベルの真似をしとけばだいたい大丈夫だから安心しろ」
「は、はい!」
「ま、俺がいるから相当変なことをしなければ大丈夫だよ。セレのスパーリング相手は俺達より、年も近いしジュストの方がいいと思うんだ」
「が、がんばります!!」
「それから、向こうではグランのことはアドベンチャラー・レッド先生って呼んであげて。いいね? アドベンチャラー・レッド先生だよ?」
「はい! アドベンチャラー・レッド先生ですね! アドベンチャラー・レッド先生! 覚えやすくて忘れません!! それから、いつもと違う雰囲気のグランさんも面白いです!!」
「その名前をここで連呼するなああああああ!! それとその名前は夏休みが終わったら忘れていいぞおおおおお!! って面白いってなんだ、面白いってえええええ!!」
今日は週に一回のリリーさん宅で家庭教師の日。
今はその出発の時。
キノコ君の箱庭が危機なのだが、今日はリリーさんの実家にいくためどうしても家を空けなければならない。
留守番組が箱庭を弄らないようにしっかりと言い聞かせて玄関に向かっていると、すでに玄関にいるアベル達の話し声が聞こえてきた。
こらああああああああ!! その名をここで連呼するんじゃねええええええええ!!!
あーーーーーー!! ラト達にも聞こえてしまったじゃないかーーーー!!
やめろ、素でよくわからないものを見る目でこっちを見るんじゃねぇ!!
そしてこの恰好は面白いからやってるんじゃなくて、上級貴族様の家で家庭教師をするためのレッド先生スタイルなの!! 決して面白い恰好ではないの!!
ジュストだって今日は訓練施設の制服じゃないか!! スーツがないから正装代わりに制服!!
そう、俺の恰好もただの正装だからきにしない!! このロン毛ウィッグも眼鏡も先生っぽく見せるためにリリーさんに貰ったもので、別にレッド先生は関係ないから!!
たくさん言い訳をしたいところだが、朝からスゴロクの説明をしていたせいでもう時間がない。
くそぉ、言い訳は帰ってからいっぱいしてやるから、覚悟して待ってろよーーーー!!
というわけでいってきます!! 箱庭は絶対に弄らないでください!!
「じゃあいくよ、レッド先生」
「だからその名前をここで――」
玄関までいくと意地の悪い表情のアベルが待っていて、俺の恥ずかしいペンネームを呼ぶ。
文句を言い返してやろうと思ったら、視界がヒュンッと流れてカラフルな街並みの代わり海風が俺の頬を撫でた。
もー、どうせ転移魔法で移動するんだから一分前でも間に合うだろー。五分前出発なんて早すぎるだろー、アベルはせっかちすぎるんだよー。
今日はアベルの提案によりジュストも一緒。もちろんリリーさん側の許可も先週の授業の時に取っている。
何故ジュストが同行することになったかというと、セレちゃんの冒険者講習のためだ。
冒険者活動について教えるのは俺達でも十分なのだが、実技になると俺達とセレちゃんでは実力と経験の差がありすぎて、どうしても手加減をしまくった状態でのスパーリングになってしまい緊張感に欠けてしまうのだ。
そこでちょうど夏休みで帰省したジュストを巻き込もうとアベルが言い出したのだ。
確かにジュストは能力は高いが経験は少なく、冒険者初心者にありがちなミスも自然とやらかす。
もう俺達がすっかり忘れてしまった初心者ならではのミス。俺達ではもう気付けないミス。
そういうのをジュストとなら気付くだろうという狙いだ。
それにセレちゃんは剣術を騎士であるカシューさんや、カシューさんの部下の騎士さんに習ったらしく、型にはまりすぎた綺麗な剣捌きなのだ。
綺麗すぎて冒険者にはあまり向いていない。
そして冒険者と騎士の剣は違う。
魔物を狩るための剣と、主をそして民を守るための剣。
同じ剣でも違うのだ。
セレちゃんの剣が綺麗すぎるのは、きっとセレちゃんに剣を教えたカシューさんの想いもあるのだろう。
危険な場所で剣を振るうことがあってほしくない。剣の扱いを知っていても使うことはあってほしくない。
いざという時のために剣の振り方を知っているのは賛成だが、そんな時はない方がいい。
だから教本のような綺麗な剣。まるで演舞のような綺麗な振り方。
一方俺の剣は基礎は同じだとしても、騎士達のようなお上品で綺麗な剣ではない。
いや、剣で戦うというよりは戦いの一部に剣があるというだけだ。
剣はただの手段。楽に効率良く勝つためなら剣以外も使うし、勝負という視点では汚いと評される行為も平気でする。
相手のことなんか全く考えない効率を重視した狩るための剣――それが冒険者の、俺の戦い方なのだ。
故にお上品な剣のセレちゃんは俺の戦術に対処できず、俺がセレちゃんの戦い方に合わせると、手加減をしまくってセレちゃんの攻撃を捌くばかりになりスパーリングとしての意味がなくなってしまうのだ。
あと可愛い女の子だと俺がつい遠慮して攻撃ができない。
ついでにやりすぎるとアベルの視線が恐い。
厳しくしていいよと口では言うくせに、俺が汚い攻撃をしようとしたり、俺の攻撃がセレちゃんに当たりそうになったりすると刺すような鋭い視線が飛んでくる。
俺が視線に敏感なことを知っていて、厳しくなりすぎないようにわざと圧をかけているよな?
そういうのはやりにくいからやめろよ、澄ました顔のシスコン野郎め!
俺だとこんな感じですごくやりにくいのだが、ジュストが相手ならジュストの戦い方は殺さない戦い方。
俺達より模擬戦に向いたスタイルのうえに、俺達よりずっとセレちゃんと実力が近い。
ジュストも剣を基礎から学び直しているところなので俺よりもずっと丁寧で、そこに実践的な小細工がくっ付いている感じなのでセレちゃんの良い手本になるはずだ。
ジュストの方がセレちゃんよりも強いのは間違いないだろうが、きっとその辺はジュストが適度に手加減してついでに、ジュスト特有の不運が上手く仕事をしてくれるんじゃなかろうか。
それに同い年くらいの相手の方が、お互い負けず嫌いが発動してちょうど良いはずだ。
問題はジュストの不運がジュストにも俺達にもコントロールできないことなのだが。
いつものように、リリーさんがオーナーの宿屋の前に到着して中に入ると、宿屋の受け付けカウンターにいたリリーさんの姿が目に入った。
「やぁ、リリーさん。今日もよろしく」
「ふぇ……ふぇ……ふぇ……!? 冒険者三連星が四連星……ふぇぇぇぇ……四連星というかオリオンの外枠。数多の星の中、どうやっても目に付く四つの星! 予想はしておりましたが朝から高カロリーがすぎますわ」
え? なんて? ものすごく早口で聞き取れなかったけれどなんつった? 朝から高カロリー? 朝飯の話か?
「しししし失礼致しました。少々取り乱しておりましちゃ。本日もよろしくお願い致しましゅ」
「ああ、よろしく」
今日もリリーさんの謎の早口とカミカミは絶好調のようだ。
※お騒がせしました。昨日辺りから長時間椅子に座る体勢も平気になってきました。
布団と椅子往復しながら気分転換に短編を書いたので良かったら覗いていってください。
8000字程度の話ですが、掲示板形式なので実質5000字程度の内容です。
なお恋愛要素は皆無。
初夜にお前を愛することはないと言った夫が今さら機嫌を取りにきて超うざい
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