第847話◆妖精という存在
「改装を引き受けてくれそうなのは、ペッホ族という森の奥地に棲む妖精だ」
「ペッホ族? 聞いたことがないな。アベルは知ってるか?」
「ペッホ族……ペッホ族……ううん、俺の記憶にはないな。カリュオンは知ってる?」
「ああ、知ってるぞ。森の奥に住む、青い肌に赤い髪の毛で普段は背の低い奴らだな。妖精といっても、比較的亜人種に近いタイプの奴らだから、グランの家に勝手に出入りしているちっこい妖精どもともは少し毛色が違うな。縄張り意識は強いが話はわかる連中で、妖精の中では付き合いやすい部類の奴らだな。あいつらは建物を弄るのが大好きで、大きな城を一日で完成させたとかっていう伝承もあるんだぜ」
「キッ! キッキッキッ!」
朝食を食べながら、うちの改装のためにラトが紹介してくれるという森の民の詳細を聞いていた。
妖精といわれると真っ先に想像するのが、トンボ羽君みたいな自由きままなピクシー。
自分の思うがままに行動し、それは人間にとって利になることもあれば、害になることもある。
ピクシーはとくにそういう傾向が強いが、ピクシー以外の妖精も基本的に自分本位で自分が楽しいからという理由が行動の根本にある。
そして何より気まぐれで、何が発端で怒り始めて何をやらかすかわからない存在故に、たまに人間に利のあることがあったとしても、妖精には関わりすぎない方がいいというのが俺の考えだ。
触らぬ妖精に祟りなし――そんなことわざが存在するということが、妖精というものの本質をわかりやすく示している。
そんなちょっぴり恐い面もある妖精だが、好きなことはとことん好きという性格故に、好きなことに関しては恐ろしく長けた能力を持っている。
妖精の時間は人間よりずっと長い、長い故に人間を遥かに超える技術を身に着けていても何ら不思議ではないのだ。
きっとペッホ族というのも建物弄りが好きすぎた結果、人間の想像を遥かに超える技術を身に付け、それを受け継ぎ続けている種族なのだろう。
そのペッホ族という妖精、俺は初めて聞く名前で博識なアベルでさえ知らないようだったが、この森に隣接する森にあるというハイエルフの里が故郷のカリュオンはそのペッホ族なる種族を知っているらしく、カリュオンの話を聞く限りでは見た目が少し個性的なようだが比較的付き合いやすい妖精なら安心だ。
苔玉ちゃんもカリュオンの横で、その話を肯定するように短い前足で腕組みをしてウンウンと頷いている。
ただ大きな城を一日で建てたという伝承が少し気になる。
妖精には人間の常識は通じない。その性質も能力も。
中には人間の常識では考えられないような能力を持ち、未知の魔法を使ったり未知の物を作り出したりする者も少なくない。
そう、妖精の地図や妖精の箱庭のような。
建物弄りが好きな妖精の建築技術はおそらく信用できるものだろうが、それは本当に人間が住む家として大丈夫なのか不安でもある。
「一日で城を建てたという伝承は、昔の出来事が少し誇張されているだけだな」
だよなー、さすがに城が一日は大袈裟だよなぁ。
きっと人間の手で行うよりずっとはやく終わったことが、大袈裟に後世に伝えられただけだろう。
ラトの言葉を聞いて少しホッとした。
人知を超える大きな力というものはどこか怖さがあり、身の程を超える力に頼るのは躊躇してしまう。
世の中美味い話ばかりではないのだ、大きな力にはきっとその裏側がある。
妖精や精霊、そして神格を持つ存在のほぼ全ては、力を借りると相応の代償を求められ、その力には裏表があるものなのだ。
大きな力ほど人間に都合が良いだけのものではなく、その裏には大きな落とし穴が隠されているものなのだ。
だから妖精に何かをお願いする時は身の程をわきまえ、決して欲に流されてはいけない。美味しい話に釣られてはいけない。
「ペッホ族の建てたお城の話なら、わたくしも覚えていますわ。ラグナロックがお父様と大喧嘩をした際に崩壊した城を月の満ち欠けが一回りする間に新しいものに建て直し、更には被害を受けた周囲の町まで復旧したと聞きましたわ」
なんか伝説の古代竜の名前が出てきたぞ。
城が崩壊するレベルの古代竜の親子喧嘩こわっ!
どれほどの大きさの城かわからないが、城と呼ばれるものを崩壊した状態から建て直し、更には周囲の町の復旧を含め一月で済ますとは恐ろしい速さである。
なるほど古代竜のような長寿の生きものからすれば、一月など人間にとっての一日にも満たない時間だったのかもしれない。
ウルの話を聞いて、勝手に答えに辿り着いて納得をする。
「その喧嘩の様子を水鏡で見たような気もするけど、昔のことすぎて当時のことは私はあまり覚えていないわね。でもペッホ族が作った城ならもしかしたら今でも残っているかもしれないわね。修繕を重ねられて形は変わっているかもしれないけど、彼らが本気で作った建物はそれくらい頑丈で長持ちをするのよ」
ラグナロックって、千年以上前にこの大陸で栄えていたズィムリア魔法国後期の王だったって、食材ダンジョンで出会ったメイドちゃんが言っていたよな。
ひえええええ……やっぱ、頑丈のレベルが妖精感覚ーーーー!! そんな妖精さんに改装を頼んで大丈夫!?
って、そんな昔の城が今でも残ってるって? そんな古い城なんてこの国にあったっけかなぁ?
ははは、ヴェルの言葉はあくまで”かも”だし、さすがにそんな古い城は残っているわけがないだろう。きっと。
「そうですねぇ、そんな長持ちするのはペッホ族さんの本気の本気の本気のものだけですからぁ、そのレベルになると対価も多く求められますよぉ。だからグランのお家はとりあえず百年くらい頑張れる程度でいいのではぁ? それでまた百年後に修繕や改装をお願いすればいいのですよぉ」
いやいやいやいや、俺は後百年も生きないから! 人間の寿命は百年もないから!
でも、もし俺が結婚して奥さんとこの家でずっと暮らすなら、子供がここを受け継いでもいいように長持ちする家にこしたことはないな。
そして百年後、また妖精に修理をしてもらってこの家が更に後へと続いていく――ずっと、ずっと。
その光景の中にはもう俺はいないだろうけれど、ラトや三姉妹、毛玉ちゃんやカメ君達がまだいてくれたら、それほどまでにここを気に入ってくれたら。
それを想像すると、この家のことがもっと好きになり、もっと大切にしてもっと住み心地のいい家にしたいと強く思った。
「じゃあ、そのペッホ族っていう妖精と改装について話し合いたい。そうだな……今日の昼はアベル達も仕事だし俺もピエモンに行く日だから今夜ゆっくり改装について話し合って、明日以降ペッホ族と話し合いの場を設けて欲しいな。パッセロ商店に納品に行く日とかリオ君の家庭教師の日もあるから、それはカレンダーに書いてあるからそれ以外の日で」
やる気になったら、やる気のあるうちに行動する。
先延ばしにすると、面倒くさくなって更に先延ばしにしがちなのが俺の悪いところだから。
善は急げの精神でいこう。
「ふむ……では明日が空いているようだから、明日にも来るように伝えておこう」
え? マジで明日!? はやっ!! 明日以降って言ったのは俺だけどさ、はやっ! 確かに明日は何も予定がないけどさ!
ま、せっかく俺のやる気がピョンピョンしているので善は急ぎまくろう。
ということで、今日の夜は皆で我が家の改装計画を話し合うので、全員”俺の考えた最強の改装計画”を考えておくように~~~~!!
で、今日一日ずっと我が家改装計画を考えまくって何も手に付かなかった。
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