第846話◆飲みすぎた翌日は
「くああ……昨夜は飲みすぎたぁ……ああ~、二日酔いの体にキンキンに冷えたトレント茶が染み渡るぅ~」
コーヒーを手に入れて以来、朝はコーヒーを飲むことが多かったのだが今日は二日酔いによく効くトレント茶。
朝食に手を付ける前に冷たいトレント茶をいっきに飲み干すと、二日酔いで重たい頭とモヤモヤとする胃がスッキリとした気がした。
朝起きてから何杯目のトレント茶だろうか、かなり胃もスッキリして頭も体もシャキッとしてきた。
昨夜は夕食の後テラスに出て酒を飲んでいたけれど、強い酒を飲みすぎたみたいで途中から記憶がないんだよなぁ。
えぇと、ダンジョンの戦利品を換金してうちの改装費用に充てるため、俺の取り分の中から何を売るかアベルに相談していたんだよなぁ。アベルに頼んで、王都で換金してきてもらうために。
それで改装業者の話になって、ラトが森の民を紹介してくれるって言うから物々交換になりそうだなぁ、俺の手持ちで足りるかなぁって思っていたあたりから記憶がない。
トマトジュースで割っていたとはいっても、やはり妖精の酒はかなり強かったのだろう。
ああ、そうだ……アベルに高そうなウイスキーをロックで勧められて、そこら辺から全く覚えていないや。
気付いた時は自分の部屋のベッドの上、早朝のいつも目が覚める時間だった。
量はそこまで飲んでいないはずなのに、強い酒というのは恐ろしい。
前世に比べ随分酒に強い体だと思っていたのだが、飲む量だけではなく強さにも気を付けなければいけないな。
うっかり酔い潰れたのが自宅でよかった。
すっかり体に染みついた生活サイクルのおかげで、自然といつもの時間に目が覚めたのでそのままベッドから出て朝の日課。
酔いは覚めているはずなのだが、強い酒を飲んだせいか体が非常に気怠かったので、今日は鍛錬は緩めで畑仕事もフローラちゃんに手伝ってもらった。
ワンダーラプター達との朝のじゃれ合いも今日はほどほどに。代わりに気持ちのいいところをたくさん撫でてやるからそれで許してくれ。
そんな二日酔いで気怠い朝なので、朝食も採れたて野菜が多めの爽やか系になる。
野菜が多すぎるとアベルが拗ねるので、サラダには生ハムを添えてついでにたっぷりとチーズを削ってかけておく。
スープも、疲れた胃に優しい冷たいトマトスープ。それからパンとベーコンエッグ。
卵の焼き加減の好みがみんな違うので、目玉焼きを作るのが地味にめんどくさい。
しっかり焼くタイプがアベルとウル、やや半熟がカリュオンとジュストとヴェルとカメ君、トロトロ半熟が俺とクル、ラトは拘りがなくてカメ君以外のチビッ子の好みはよくわからない。
人数も多いのでハムエッグを作るだけでも大忙しである。
「そうだった……グランを酔い潰すと翌日が野菜だらけになるんだった……」
「ん? 何か言ったか?」
やはり器に山盛りのサラダが不満なのか、アベルが椅子を引きながらブツブツと言っている。
「え? ううん、やー飲みすぎた翌日は野菜もいいよねー、って? あ、俺も冷たいトレント茶が欲しいなぁ~」
無駄にキラキラした笑顔で返事が返ってきた。
なんだアベルも二日酔いか。飲みすぎた翌日は肉々しいものは重くてきついからな。
「アベルが野菜もいいとか言うなんて、もしかしてそんなに調子が悪いのか? 二日酔いに効く薬草かポーションはいるか?」
野菜嫌いのアベルが野菜でもいいなんて言うとか、どこか悪いのではと思ってしまう。
「だ、大丈夫! 心配してくれてありがとう! あ~、トレント茶は美味しいなぁ~! やっぱり二日酔いにはトレント茶がよく効くよ~! しかも冷やすと喉が気持ち良くて、二日酔いじゃなくても飲みたくなっちゃう~!」
ゴクゴクとトレント茶を呷るアベル。
たしかにトレント茶は二日酔いを和らげくれるし、腹の調子も整えてくれる薬用茶みたいなものだが、トレントの根っこからお茶を煮出す前にしっかりと煎っているので香ばしさが強く、冷やして飲むと思ったよりも飲みやすくゴクゴクといける。
トレントの根なので土の香りを連想するような癖があり、その癖を打ち消すためにしっかり煎っているのでかなり香ばしさが強くそこまで麦茶に似ているというわけではないのだが、多少味は違っても冷やして飲むとなんとなく麦茶を思い出し懐かしく感じる味である。
エンシェントトレント系の根っこの在庫はたくさんあるし、種を問わなければ近くの森にもトレントはいるので根っこは比較的手に入りやすい。
夏の間は多めに作っていつでも飲めるようにしておくかー。
「あ、僕もトレント茶が欲しいです! 味は全然違うのになんとなく麦茶を思い出しますね!」
ジュストーーーー!! 俺も同じことを思っていたが、ポロリどころかド直球になっているぞおおおおおおお!!
そんなカジュアルにド直球ポロリをしていて、日頃の生活は大丈夫なのか? 学校の友達に不思議君だと思われていないか!?
「麦茶? 麦のお茶のこと? ジュストの故郷にはそんなお茶があるの? トレント茶に似た感じなの? 製造方法とかわかる?」
ほぉら、アベルが食いついたー!
ユーラティア王国で飲まれているお茶は紅茶や薬草茶が中心である。
金持ちの飲む高級な紅茶のことはよく知らないが、庶民の俺が口にするような茶は薬草っぽい苦みとか渋みが強いものが多く、俺の好みに合うお茶に出会うことはなかなかない。
トレント茶も癖は強いのだが、それでも苦みやえぐみが少ないため俺の中では比較的飲みやすい部類のお茶である。
「え? 麦茶ですか!? え? えええええっと、そうです! 僕の故郷で夏になると飲まれていた大人気のお茶です! 作り方は――グランさん、知ってますか!?」
ふおおおおおおおお!? ジュストオオオオオ!! そこで、俺に振るのかよおおおおおおお!!
「ええーと、読書好きで博識な俺の知識ではー、どこかの国に麦の実から作る茶があった気がするなぁ。麦は麦でも大麦の類いの実で、おそらくそれを炒って煮出したものじゃないかなぁ? いやー、本でチラッと見ただけだから詳しくは知らないけど、大麦だからユーラティアよりシランドルで多く栽培されてそうだなぁ? まぁ、よく知らないけど」
ジュストは俺を見習って、もう少し異世界渡世スキルを身に付けるんだ!
「へぇ~、そうなんだ調べてみよっと。もしかするとそのお茶が飲まれている地域を調べてると、ジュストの故郷が見つかるかもしれないね。その麦のお茶も興味あるから、それを調べるついでにジュストの故郷っぽいところがないか調べておいてあげる。ついでだからね、ついで」
ああ~、納得したと思ったら別の方面に飛び火した~!!
しかもアベルお得意の謎のツンデレが発動したーーーー!!
アベルってツンツンしているわりには、一度気に入ると何だかんだで世話を焼くタイプだからな。
ジュストが本人の望まぬ形で知らない地に飛ばされたことを、それなりに気にしているのだろう。
だけどその故郷はきっとそう簡単には戻れる場所じゃないんだ!!
アベルのツンデレ善意に申し訳ないが、そのまま見つからないままうやむやにしておいてくれ!!
でも麦茶で小金が稼げそうな話だったら俺も一枚噛ませてくれ!!
「俺もトレント茶を貰おうかなぁ。ハイエルフは薬草茶ばっか飲んでるから薬草っぽい茶は見るだけでも嫌だが、トレント茶はだいたい木だから薬草っぽくなくて悪くないよなぁ」
なんだ、カリュオンも二日酔いか?
トレントの根っこってだけで、根本は薬草茶とあまり変わらないと思うのだが? そもそも、二日酔いとか胃もたれ用のお茶だしな。
「じゃあ、私もトレントのお茶を貰うわ!」
「私もですぅ」
「ではわたくしも」
日没後はすぐに寝る健康的な生活のうえに酒を飲まない三姉妹までトレント茶をご所望だ。
ま、トレント茶は胃腸の調子を整えてくれるので、健康にも美容にもいいかもしれない。かもしれない。
カメ君に苔玉ちゃんにサラマ君に焦げ茶もトレント茶がいいのかい?
サラマ君は昨夜はお泊まりだったんだ。うんうん、朝ご飯もゆっくり食べていくといいよ。
「では、私も」
ラトよ、お前もか。
ま、ラトはいつも飲みすぎているからな。健康を考えて毎日トレント茶を飲みまくるといいぞ。
「ところでグランよ、昨夜話していた屋敷の改装の件、今朝ちょうど建築を得意とする森の民に遭遇したので話をしておいたぞ、対価はこの森で手に入らぬものがいいらしい。こちらの都合のよい時に詳しい話を聞きにくるそうだ、都合のよい日が決まれば、私が伝えておこう」
いつもの席に座り、トレント茶をいっきに飲み干したラト。
そういえばラトは毎朝、俺よりも早く起きて森の見回りへ行っている。
遅くまで酒を飲んでいるのに、恐ろしい体力と精神力である。さす森主。
って、昨夜の今朝でもう話が通ったの!? さす森主様!?
でも、対価がどのくらいかかるかわからないし、みんなの希望もできれば聞きたいし、俺の収納の中身でホントに足りる?
やっぱもう少し稼いで……。
「ふふ、昨夜ちゃんと話し合って、俺達も改装費用を出すってことでグランも納得したよね。だからきっと改装の対価は足りると思うよ。俺達だって換金しないで素材のまま残しているものはあるからね」
え!? そんな話し合いしたっけ!? アベル達に費用を出してもらうことに俺が納得したって!?
やべー! 全く覚えてない!!
「そうだぞー、昨夜ちゃんと話あって決めたよなぁー? グランもちゃんと納得してたよなぁ? ジュストも聞いてたよなぁ?」
え? カリュオンがそう言うならやっぱ俺がそれで納得したってこと?
くそぉ、暑苦しいカリュオンのくせに爽やかに流し目でウインクなんかしやがって。
「え? あ、はい! そうですね! 僕も少し出すってことで話が纏まりましたよ!」
ほらー、カリュオンは変なことをしなければハイエルフ系の綺麗な顔なのだから、流し目でウインクなんかするとジュストが困惑しているじゃないか。
でもジュストも昨夜の話し合いを聞いていたみたいだし、やっぱみんなに少しずつ出してもらうことで、俺は納得したんだろうなぁ。
やべー、大事な話の記憶が飛んでいるなんてやべー。強い酒には気を付けるようにしよ。
「ラトに改装の話は聞きましたわ」
「もちろん私達もお世話になっているから、必要なものやできることがあれば力を貸すわよ」
「建物のことと言えばあの妖精さんですねぇ」
え? 妖精!?
妖精に頼んで大丈夫? 価値観違いすぎて芸術が爆発するような家にならない!?
ていうか三姉妹まで協力してくれるの!?
「カメッ!」
「キッ!」
「ゲコッ!」
「モッ!」
ああー、カメ君達までやる気に満ちた表情でこちらを見ている~。
「そういうことだ。皆の好意はありがたく受け取って、改装の計画を練るがよい」
最後にラトがニヤリと意味ありげに笑った。
「……そうだな、じゃあみんなに少しずつ協力をお願いしようかな。それで、みんなの希望も聞いて改装計画を立てよう。ありがとう」
俺の家だから俺だけで何とかしたいと思っていたが、こんなにも皆が協力を申し出てくれるとは思わなかった。
そしてそれが、俺の家を居心地いいと気に入ってくれている証拠のように思えて、心の底から嬉しくなって自然と顔が緩んだ。
記憶が飛んでいるうちに話し合いが完結していたのは気になるが、せっかくなのでみんなの好意はありがたく受け取ることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます