第843話◆想い出のベーコン

「へっへっへ~、どうだー、すごいだろー? これだけ並んでると気持ちがいいだろー?」


「カッ!? カメーッ!?」


「びっくりした? 俺もここまで増えるとは思ってなかったよ。でも大型の魔物を倒す機会が多かったからこうなって当然だよなぁ。それにしても、やっぱこんだけ並んでると超気持ちいい! 落ち着く! 心が癒やされる!!」


「カメー!?」


「ははは、カメ語はわからないけどカメ君もこの光景が気に入ったのかい? だろーだろー? さすが話と芸術のわかるカメ君!!」


「カッ!? カ、カカカカメェ……カメェ……」 



 昼寝から目覚めた俺がカメ君と一緒にやって来たのは、母屋に隣接する倉庫の二階の冷蔵室。

 夕飯の食材の物色と、倉庫に保存しているものの見回りが目的だ。

 入ってすぐの所に掛けてある上着を羽織り、カメ君には大きめのスカーフをマントのように巻いてあげる。

 入り口横の壁に掛けてある浄化用の魔道具のレバーを引いて、全身に浄化効果を浴びた後冷蔵室の奥へと入った所で、倉庫の中身をカメ君に自慢していた。


 この冷蔵室は氷の魔石を利用した温度管理をしており、薄着で入ると一瞬で体の芯まで冷えそうなほどの低温に保たれている。

 しかも風の魔石を使い倉庫内の空気を循環させているため、倉庫内の体感温度は真冬のようだ。


 冷蔵室に入るとまず目に付くのは、ブランブランと吊されているハムや生ハムやベーコン、ソーセージといった加工肉達。それら全て、俺が精魂込めて仕込んだ肉達だ。

 吊して保管している大きな塊の肉の他に、小さめに切り分けている肉は棚に綺麗に並べて保管してあり、奥の方には解体が終わり熟成中の肉もブランブランと吊してある。


 見ているだけで心が洗われるような光景。

 氷の魔石がやや高めなので維持費はかかるのだが、広さのある冷蔵倉庫に熟成に時間がかかるものを、思う存分並べてみたかった。

 最初のうちは少なかったのだがだんだんと種類も数も増え、今では肉屋の保管庫のようになっていて見ているだけでニコニコとしてしまう。

 ここに越してきて最初に作ったのはグレートボアの生ハムだったかな。それはもう全て食べ尽くして、今ぶら下がっているのはその後に仕込んだもの。


 グレートボアの生ハムはあまり癖のない生ハムらしい生ハムで、パンやサラダに添えるもよし、酒のつまみにするもよしで、爆速で消費されていく。

 そのため、在庫が尽きないように定期的に仕込んで倉庫に吊しているのだ。

 収納スキルの時間加速を使えば短時間で作ることも長期の保存もできるし、合成スキルを駆使すれば熟成もできなくもない。

 自分のスキルを使い倒せば維持費も管理の手間のかかる倉庫はいらないのだが、こうやって加工済みの肉が並んでいるのを見るのも、それらがじわじわを出来上がっていくのを待つのも楽しくて好きだ。

 それに作っているうちに俺の肉加工の腕前もどんどんと上がって、回数を重ねる毎に見た目も良くなり、仕上がりも自分好みのものが作れるようになってきているのも楽しいし、やっぱ時間を掛けて作ったものには愛着が湧くし、何だか美味しさも増して感じる。


 そしてやはり自宅に大型冷蔵倉庫と、そこに詰め込まれた肉の塊は男の浪漫。

 いや、男女関係なく人間というものは、だいたい肉の塊が好きな生き物なのだ。多分。



「何か気に入った肉はあるかい?」

「カ……カメェ?」

 カメ君が気に入った肉があれば夕飯に使おうかと思って尋ねると、困惑気味に首を傾げるカメ君。

 迷っているのか、しばらくキョロキョロと倉庫内を見回した後、カメ君が前足で指し示したのは――。


「これは生ハムの原木だよ、すごくかっこいいだろう? いいかい、カメ君。人間の男っていうのは、生ハムの原木が大好きなんだ。そう、生ハムの原木は男……いや、全人類の浪漫なんだ」

 原木と言ったが、もちろん生ハムは肉であり木ではない。

 切り分ける前の塊の見た目が木の幹のようで、木の幹もびっくりなほど硬いから、そう呼ばれることもあるのだ。

 いや~、生ハム塊――原木の状態って浪漫を感じるんだよなぁ。ホント、かっこいい。


「カ、カメェ……?」

 ははは、そんな困惑しなくても大丈夫だよ。

 木のように見えるけれど、切れば中身はいつも食卓に並んでいる綺麗な赤の生ハムだよ。

「そろそろ今切り分けている原木も食べ尽くしそうだし、新しい生ハムの原木を一つ持っていくか。他に何か気になる肉はあるかい?」

 とりあえずグレートボアの生ハムの原木を一本収納へポイッ。

 今夜はサラダに生ハムを添えて、粉チーズをたっぷり散らそうか。それから酒のつまみも生ハムにしような。


「カッ!? カメメメメメッ!!」

「お? それは鹿肉のソーセージだな。カメ君はソーセージが好きだもんな、じゃあ今夜はソーセージも使おう。王都で買ってきたマルゴスのソーセージ程ではないと思うけど、中々上手く仕上がってると思うんだ」

 そういえば王都の冒険者ギルド付属の食堂ガストリ・マルゴスで食事をした時に、グルグルソーセージの虜になっていたな。


 俺の作ったソーセージは太くて短くて少し不格好で味もまだまだ洗練されておらず、プロ料理人のマルゴスの作ったソーセージに見た目も味も及ばないと思うのだが、そこは素人の趣味で作ったものだと思って大目に見てくれ。

 そうだな、太さのあるソーセージなので輪切りにしてほうれん草……スピッチョと一緒にバターで炒めるか。

 というわけで鹿肉のソーセージも収納にポイッ!


 ちなみにこの鹿肉は去年東の隣国シランドルを旅した時に狩った鹿の肉だな。

 ものすごくたくさん狩ってギルドにもかなり買い取ってもらったのだが、鹿が大発生していたせいで買い取り価格も安くてもったいないから、結局かなりの量を自分で引き取って持って帰ってきたんだよな。

 そしてそれがソーセージやらハムやらになってうちの倉庫に吊されているし、まだまだ収納にも肉が残っている。


「他に何か気になる肉はあるかな? あと一つくらい何か持って戻ろう」

「カカカァ……………………カメッ!!」

 三つ目ともなると肉選びに慣れてきたのか、落ち着いた様子でカメ君が倉庫内の加工肉に視線を巡らせる。

 だが俺があと一つと宣言をしたので、その表情は真剣そのもの。


 真剣故に無言で倉庫内を見回したカメ君が指差したのは――。


「さっすがカメ君! お目が高い! それはレッドドレイクのバラ肉のベーコンだよ。そういえばこいつはカメ君と出会ったダンジョンで倒したやつなんだ」

 ああ……あのレッドドレイク狩りからのレッサーレッドドラゴンとの遭遇がなければ、レッサーレッドドラゴンの巣を漁りに行くこともなかったし、そこで釣り竿や法螺貝を手に入れることもなかった。

 あれがなかったら、カメ君とも出会えなかったかもしれないし、出会えたとしてもカメ君と一緒に戻れなかった、もしくは俺達もあそこに閉じ込められることになっていたかもな。

 そう思うと実に感慨深いベーコンである。


 そんな想い出のレッドドレイク肉のバラ肉から作ったベーコン。

 竜種の肉故に味は確実に良く、バラ肉故に脂も乗っている。

 今は塊の状態で外側しか見えないが、切れば間違いなく赤身と脂身の層が綺麗に重なっているはずだ。

 そしてバラ肉のベーコン故にどんな調理方法とも相性が良く、煮て良し焼いて良し。

 ベーコンパタイモパイ、アスパラベーコン、ベーコンと玉ねぎのスープ、ベーコンエッグ、次々と作りたいものが思い付くな。


 さすがカメ君、良いチョイスだ。

 最後の一個はレッドドレイクのバラ肉ベーコンで決まりだ。


「カメェ?」

 レッドドレイクのベーコンを収納に突っ込んでいると、倉庫の奥に吊されているものにカメ君が気付いたようだ。

「ああ、あれはこの間いったダンジョンで倒したブラックドラゴンの肉だよ。食べようと思えば食べられるけど、もう少しじっくり熟成させた方が美味しくなるかな。どうしても食べたかったら合成スキルで頑張ってみるけど、失敗するかもしれないね」

「カァ……カッ!」

「うんうん、待ってくれるかい? じゃあブラックドラゴンの肉はまた今度にしようね」

 あのブラックドラゴンも解体して、肉の一部は倉庫で熟成中。

 あの大きさなので量も多いし、みんなで山分けにして換金する予定なので、ここに吊されているのは俺の取り分だ。

 といっても、アベルとカリュオンは自分の取り分の肉を、食費代わりに俺に押しつけてきそうだな。


 あのブラックドラゴンは解体して素材を換金する予定なのだが、さすがに高級素材すぎてピエモンの冒険者ギルドで全て引き取るのは手にあまるとバルダーナが言うので、少しだけピエモンで換金した後は大きな町の冒険者ギルドに持ち込む予定だ。

 こいつを換金すればうちの改装がグンと近付くことになる。

 ……問題はブラックドラゴンの素材なんて中々手に入らないので、自分の取り分を手放したくないということだ。


「カッ」

「あ、ごめんごめん。そろそろ寒くなってきたし、おやつの時間だね。三階に氷菓子を取りにいって、おやつにしようか」

 現金と素材の狭間で心を揺らしていたら、カメ君にペチリとされて我に返った。


 そうだ、そろそろおやつにしよう。

 きっとそろそろ三姉妹達も昼寝から目覚める頃だ。


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