第十一章
第842話◆夏の日のスローなライフ
王都のダンジョンから戻ってきて一週間ほどが過ぎ、ダンジョンでの疲れも取れ平穏な日々を過ごしていた。
アベルとカリュオンは今日から王都通いの冒険者稼業に戻り、ジュストはうちで夏休みを満喫している。
俺はといえばパッセロ商店に納品にいったり、リオ君の家庭教師にいったり、何も予定のない日はダンジョンでの戦利品の解体や仕分けをして換金の準備をしたり、手に入れた素材を弄くったり。
ヴェルヴェットに作ってもらった少しキモカワな漆黒のヒヨコゴーレムのおかげで、キノコ君からの依頼されたガーディアンも無事に達成され次のお題も依頼された。
次のお題は――おっと、それに取りかかる前にダンジョンの疲れを癒やして、山のような戦利品を整理するのが先だ。
ダンジョンから持ち帰ったものには大型の魔物も多かったため、アベル達に手伝ってもらっても解体作業は数日がかりとなり、解体作業の度にピエモンの冒険者ギルドの解体作業場を借りたためバルダーナに冷やかされながらの作業となった。
ダンジョンから帰ってきてのんびり過ごすつもりが、何だかんだでバタバタと忙しく気がつけば一週間が過ぎていた。
季節はすっかり真夏となり、ジリジリと暑い毎日。
畑には夏野菜がたわわに実り、日々の食卓にはカラフルな野菜が並び、野菜嫌いのアベルの珍妙な愚痴のレパートリーが食事の度に増え続けている。
すっかり暑い季節になったので畑仕事は早朝と夕方にして、昼間は室内でできる作業をすることにしている。
しかし暑いといっても、自然溢れる森の目の前のせいか前世の夏のように茹だる程の暑さではなく、暑くはあるが吹き抜ける風が心地良く体感温度を下げてくれる。
室温を調整する魔道具を取り付けてはいるのだが、窓を開けていると吹き込んでくる風が気持ち良くて魔道具を使うことはあまりない。
そしてその吹き込んでくる風があまりにも気持ち良くて、昼ご飯の後はリビングの窓を全開にして昼寝をするのがすっかり日課となっていた。
アベルとカリュオンは王都で冒険者活動中。俺は家でゴロゴロ。
あぁ~~~~、他人が働いている時にダラダラするのって、何故こんなに心を癒やしてくれるのだろう。
これだよ、これこれ。これぞ理想のスローライフ!!
俺はクッションを枕にして床にそのままゴロン、ジュストは一人掛けのソファーの上で夏休みの宿題をやりながらウトウトし始めている。
三姉妹達も長いソファーの上ですでに爆睡している。その傍らでは毛玉ちゃんも毛玉のようになって爆睡中。
俺のすぐ横では先ほどまでフワフワ浮くクッションで遊んでいたカメ君が床に降りてクッションの上でスヤスヤ。
苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんは窓際。風でカーテンが揺れる度、それに体を撫でられて耳をピクピクさせている。
気になるなら移動すればいいのに、ああやってたまにフワッと当たるカーテンって何故か気持ち良く感じるんだよな。
平和だ、びっくりするほど平和すぎるぞ!!
昼ご飯は、一口サイズにカットしたセファラポッドの足、干しミミック肉を水で戻したものやバハムート肉のオイル漬け、カットトマトとキュウリもたっぷり、ついでにバジルも散らしてすっかり具だくさんでカラフルになった冷製パスタ。
それからパタイモの冷たいポタージュスープ。
デザートにはフルーツをたくさんトッピングしたアイス。
真夏の暑い日のひんやり系ランチはついつい食べ過ぎてしまう。
それでもデザートは別腹という気分でデザートもしっかり腹に詰め込まれ、食べ終った後にやってくる満腹感。
良くないと思いつつもその腹一杯の状態で転がるともう動きたくなくなって、窓から吹き込んでくる心地の良い風が眠気を誘う。
それに抗うことはせず、睡眠欲に身を任せ昼寝をしているのがここ数日の俺達。
今日もその満腹感と心地の良い風が誘う眠りに身を任せ微睡み始めていた。
暑い日に爽やかな風に吹かれて微睡む感覚――なんだか懐かしい。
そうそう、故郷にいた頃こうやって兄弟達と床で昼寝をしていたな。
山に囲まれた村だから夏でも比較的涼しく、山から吹き下ろしてくる風は冷たく心地がいい。
だが、それよりもっと前のように感じる懐かしさ。
前世の子供の頃かな?
子供の頃はまだ緑が多く残る田舎に住んでいて、風通しのない座敷でよくこんな感じで寝ていたなぁ。
今ここにはないのだが、その感覚をはっきりと思い出しすぎて風と共に畳の香りが鼻をくすぐっているように錯覚する。
普段なら転生開花が余計な記憶を引っ張り出してくる前に押し込めるのだが、思い出した懐かしい香りに遠い過去に思いを馳せていた。
こうやって床でゴロゴロしていると婆ちゃんがタオルケットを掛けてくれて、三時くらいになるとスイカを持って起こしにくるんだ。
ああ、スイカ……来年はスイカっぽいものを植えよう。スイカも瓜もカボチャも農業初心者には難しいけれど上手くできるかな?
スイカが上手くできたら、縁側にみんなで並んで囓るんだ。縁側はないからテラスになるけど。
だったら、花火も作りたいな――花火なんて俺に作れるかな。作っても自宅で爆発したら嫌だから、試し撃ちをどっかのダンジョンで試さないとな。
よし、夏のうちに転生開花に教えてもらって花火を作って、庭でプチ花火大会をしよう。
しかしあんま転生開花を使うと前世の俺を思い出して、平和ぼけで今の生活に支障が出てきそうだからほどほどにしないとな。
でも今は少しだけ、懐かしい昔の夏の記憶に浸らせて?
ああ、前世では大人になってからは仕事のために都会に引っ越したから、こんな穏やかな夏を過ごすことはなくなったな。
とにかく暑くて毎日エアコンの効いた部屋で――エアコンって何だっけ!?
って、やめろ!! その酷暑の記憶は前世にお帰りになって!!
気持ち良くウトウトしていたのに、酷い暑さの記憶で少し意識が浮上してしまったぜ。
しかしすぐ横で聞こえるカメ君のピーピーという寝息が、再び俺を眠りへと誘う。
何だろうなぁ、すごく懐かしくて心が穏やかになる。
懐かしい……懐かしい……。
懐かしい……。
そんなことを思いながら眠りに落ちたせいか、不思議な夢を見た気がする。
ある時は夏の草原に寝っ転がり、どこまでも青い空を見ながら吹き抜ける風に身を任せ微睡んでいる。
耳元でピーピーと寝息が聞こえている気がするのは、きっとカメ君の寝息が夢の中まで聞こえてきているだけ。
その辺りからほんのりとした熱を感じる気がするのは、耳に付いているソウルオブクリムゾンのせいかな?
ある時は大きな樹にもたれかかり、ナナシのような黒い剣を抱えてウトウトとしている。
ん? 誰かに話しかけられた?
少しだけ目を開けるとラベンダー色の髪の毛が並んでいるのが見えた。
ああ、三姉妹かな? もう少し、もう少しだけ眠らせて?
あれ? でも三姉妹はソファーで爆睡していたし、幼女ではなく大人の女性のようにも見える。
だったら夢か。なんだ、じゃあやっぱりもう少し寝よう。
ある時はゴトゴトと揺れる馬車の荷台の上。
その揺れが心地良くて、旅に疲れた体を眠りへと引きずり込む。
荷物に寄りかかりウトウトとし始め、ガクンと倒れそうになり隣の誰かにぶつからないようにしなきゃと必死に起きようとするが、睡魔には勝てずまたガクンとなって隣の誰かにぶつかった。
すみません、ごめんなさい。
あ、でも俺は今、床で寝転がって寝ているからこれは夢。
馬車の荷台で座ったまま居眠りをして隣の誰かにもたれかかり、その誰かにものすごく面倒くさそうにため息をつかれている俺なんていない。
これは夢だからこのままスヤァ……。
――起きろ、ヴァル! 敵襲だ!
って、完全に眠りに落ちようとしたら、敵が襲ってきたとすぐ横から聞き慣れた声がした気がして飛び起きた。
夢の中の俺も、現実の俺も。
ガバッと飛び起きて、キョロキョロと周囲を見回すと俺がウトウトし始めた時の光景のまま。
あれ? 何で飛び起きたんだっけ?
なんか危険が迫っていたような感覚で飛び起きたけれど、アベルやラトがしっかりと守りを固めてくれている家の中でそんなことがあるはずがない。
まぁ、ウトウトしている時の妙な夢を見て飛び起きたのに覚えていないなんてよくある話。
でも飛び起きてしまって目が冴えてしまったので昼寝は終了して家のことをやろう。
体を起こすと横で寝ていたカメ君も目を覚まし、俺が動き出す気配を感じたのかピョンと肩に乗ってきた。
もう少し昼寝をしていてもいいのに手伝ってくれるのかい?
そっか、それじゃあ始めようかスローなライフの日常を。
※カドコミ様とニコニコ漫画様にてコミカライズ版グラン&グルメ第二話(後半)が公開されてます!!
グランのあんなシーンが!!!
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