第841話◆帰ってきたよ

 シュッシュッシュッシュッシュッッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッッシュッシュッシュッ。


「貴方、何だか臭うわ」

「ダンジョンに作られたアルコイーリスに会ったみたいですけど……それ以外にも何か臭うような気がしますわ」

「アルコイーリスさんは忙しい方なのでぇ、お空のお家から出てくることはないと思いますけどぉ、念のために念入りにぃ」

「うむ……巧妙に隠蔽しているようだが、私の目と鼻は誤魔化せないぞ」

「ホホォ……」


 ダンジョンから自宅に帰ってくるなり、出迎えてくれた三姉妹達に玄関でめちゃくちゃ浄化魔法をかけられている俺。

 それにラトまでそれに参加しているし、毛玉ちゃんはカメ君が乗っている左肩とは反対の右肩に乗ってグリグリと頭を擦り付けた後、プイッとそっぽを向いてしまった。

 え? 俺ってば、そんなに臭う?

 確かに一泊二日が二泊三日になって、その間風呂には入っていないけれどアベル達にたくさん浄化してもらったからピカピカのはずなのに。

 って、アルコイーリス? アルコイーリスのにおいがするの?

 ええ? アルコイーリスのすぐ傍までいったけれどそんなに臭くなかったと思うけど?


「カメェ……」

「キエェ……」

「モゴォ……」


 チビッ子達も浄化魔法の構えを始めたぞ!? 俺ってそんなに臭い!?

 確かに昨夜は見張りの交代前にトラブルに巻き込まれて、くっそ暑い三十階層にも行ったり、三十階層のボスに炎を吹かれたりで汗はかいたかもしれないけどさ、朝食の時もめちゃくちゃ浄化してたじゃん。

 もうすごく綺麗だよ! そんなに浄化しなくても綺麗だよ!! というか家に帰ってきたので風呂に入るから!!


「いいよ、もっとやって。ちょっと目を離した隙に、また何か変なものを引っかけてたかもしれないからしっかり浄化魔法をかけて」

「ははは、グランは浄化魔法をかけられるのが好きだなぁ」

「浄化魔法をかけられすぎて防具がピカピカになってますね」


 いいよ、もっとやって。じゃない!! 変なものなんか引っかけてない!!

 あのダンジョンの作り出したアルコイーリスと三十階層のボスが化けていたと思われる赤トカゲ君に会ってどちらも少し切ない別れ方だったけれど、後腐れなく別れたよ!!

 それに浄化をされるのはそんな好きじゃない!! でも防具がピカピカになるのは、手入れの手間が省けて嬉しい!!


「ん?」

「ガメッ!? カッ!? カカカカ!?」

 左耳のあたりで一瞬だけパチッとした熱を感じたのとほぼ同時に、俺の肩の上で浄化魔法を使おうとしていたカメ君が変な声を上げたのでそちらを見ると、頭の後ろを前足でさすりながらキョロキョロと周囲を見回していた。

「どうしたんだい? 何かあったのかい?」

「カメーッ! カメーッ!!」

 振り向いた俺に気付いて身振り手振りで何かを伝えようとしているが、カメ語もカメジェスチャーも人間の俺にはわからないカメよ。

「ケッ!!」

「いたッ!」

 カメ語を理解すること諦め生温い笑顔を向けたら、頬を前足でペチッとされてしまった。


「ほら、玄関で遊んでないで早く中に入ってよ。はー、ダンジョンも楽しいけど、やっぱうちはいいよね。今日はもうゆっくり休もっと」

 消毒されまくったり、カメ君にペチッとされたりで玄関で止まってしまっていたため、後ろにいたアベルに背中を小突かれた。

 うちって、ここは俺の家だろ!?

「やっぱうちが落ち着くよなぁ」

「これが実家の安心感ってやつですね」

 カリュオンまで!?

 ジュストはうちを実家だと思っていいぞ!!


 ま、でもうちで暮らしている奴らが居心地いいと思ってくれているなら、それはそれで俺も嬉しい。

 そして俺もやっぱりうちが落ち着く。

 帰るところがあるというのはいいことだ。






 ちょっとトイレに行っただけなのに何故か変なチビトカゲに未知の階層に拉致されて、そこにシュペルノーヴァのオルゴールで見たリリトと呼ばれていた青年の体が入った棺があって、実は赤トカゲ君の正体はダンジョンの三十階層のボスで、いきなりそいつに燃やされかけたけれどソウルオブクリムゾンのおかげで助かって、一度は俺に火を吹いた赤トカゲ君が俺を元の場所に戻してくれて、そして……消えた。

 殺されかけたというのにその別れは何だか寂しくて、テントの場所に戻るまで熱くなった目頭を元に戻すのに苦労することとなった。


 野営場所に戻りジュストと見張りを交代した後は、いつものように装備の点検をして朝食の支度をしているうちに気がつけば朝になって、ぽつりぽつりとパーティーメンバーが起き出してきた。

 そして朝食をテーブルに並べていると何故かチビッ子達に囲まれて、ボディーチェックでもするかのようにものすごくシゲシゲと見られて、においを嗅がれ、ペタペタと触られた。

 え? 何? 何か気になることでもある? 食べるものは何も隠していないよ? 朝食は準備しているやつで全部だよ?

 って思っていたら、その直後に怒濤のように浄化魔法を浴びせられた。

 ナンデーーーー!?


 朝一で浄化されまくりもしたが、朝食の後は塔の外周に張り付いている階段を登って二十四階層へ直通。

 大きな岩がゴロゴロと転がる岩山エリアの二十四階層を抜け、洞窟エリアの二十五階層のボス前にあるセーフティーエリアからダンジョンを脱出。


 ちなみに二十五階層のボスはゴーゴンという鉄の牛の群である。

 ここのボスはあまり大型で強力なボスではなく、群の主が少し強い以外は取り巻きの数でゴリ押ししてくるタイプのため、一度殲滅しても再発生は速く翌日にはゴーゴンの群が復活している。

 ゴーゴンは表皮の鉄も中身の肉も金になる魔物のため、ダンジョン脱出前にボス部屋を覗いてみたら健在だったので、サクッと殲滅してから帰ってきた。

 前にドリー達と来た時は、俺だけ微妙に火力が足りなくて一人だけ殲滅ペースが遅くて内心へこんでいたが、あの頃よりも装備が良くなったおかげか、それとも俺自身が強くなったのか、前よりもサクサクと取り巻きのゴーゴンを倒すことができて心の中でガッツポーズをしていた。


 それで王都の冒険者ギルドに戻って来たのが昼過ぎ。

 ギルド付きの食堂で昼飯を済ませた後は、冒険者ギルドの受付に寄って、すぐ売れる素材を売却したり二十三階層の追加エリアの報告をしたり。

 途中でハンブルクギルド長が出てきて少し話したが、二十二階層で遭遇したアスモダイノナリソコナイの件はヴェルヴェットがすでに報告して報告書も作成済みなので、俺達はこの件にはもう関わらなくていいといわれた。

 何だかわからないけど、報告書も出さなくて良かったしラッキー。

 きっとヴェルヴェットが全部やってくれたんだな。ありがとう、ロリババア!


 ダンジョンからヴァンパイアが持ち出された形跡を見てしまったので、追加で何か厄介な仕事を押しつけられたらどうしようと思っていたのだが、あの件はヴェルヴェットと協力して調査を進めるらしく俺達に任せることは今のところないらしい。

 そうだよねぇ! ヴェルヴェットみたいなすごいロリババアがいるなら、俺達の出番はないよねー!!




 というわけで、ギルドで報告が終わって帰ってきた我が家。

 ただいまと玄関を入ると同時に、奥から走って出迎えにきてくれた三姉妹とそれにパタパタとついてきた毛玉ちゃん、その後ゆっくりやってきたラト。

 おかえりと出迎えられる喜びを噛みしめる間もなく浄化の嵐。

 もー、すぐにシャワーを浴びてくるからそのくらいにしておいてくれよ。

 しかし帰ってきてこうして出迎えられると、騒がしいけれど穏やかで平和な日常というものを実感する。


 リビングで装備を外しながら時間を確認すると、昼は過ぎているが、夕食にはまだまだある時間。

 シャワーを浴びたらおやつにしようかというと、あれがいいこれがいいで大騒ぎになったが、それがまた楽しい。



 これが俺の日常。



 ここが俺の居場所で、俺がいたい場所。



 ただいま、帰って来たよ。




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