第839話◆閑話:赤いギルド長の秘密――参

 ハンブルク達には、あの半面男には関わるなと強く伝えた。

 そこに暮らす者の暮らしを守ることを役目とする者がそれで納得するわけがないということも理解している故、あの半面男の正体を少しだけ伝えて。


 あんな存在が人の町をウロウロとしているなんて現実味がないだろうが、偉大な古代竜の俺だってごく普通のリザードマンに化けて人間社会に溶け込んでいるのだ、元神の一柱や二柱くらい人の社会に紛れ込んでいてもおかしくない。

 ヴァンパイアの小娘の祖父にあたるヴァンパイアの始祖の爺も、元は位の高い神だったがかの神に反発をして神を止め人の中で暮らしている。

 神をやめたことで一度は神捨て場に堕とされもしたが、飄々と戻ってきてヴァンパイアの始祖となり、神話の時代より現在まで人に寄り添い生き続けている。

 今は何をやっていたかな……そうそう、バルダーナの実家のあるあたりで古物商をしていたなぁ。


 神を討つなど人間には到底無理な話で、あの半面野郎はできそこないの元神々の中でも上から数えた方がはやい強さだ。

 悔しいことだが、俺よりもずっと強い。元とはいえど神だった存在だから。

 故に奴が人間の領域をウロウロしていても、人間達にできることは奴が飽きてどこかにいくのを待つことしかないのだ。


 まぁ、どこかのタイミングで奴に会うことができたら、それとなく説得をしておくつもりだ。

 奴のチョロいところは、リリトならこうするのを望むんじゃないかなぁ~と言っておけば、だいたいそうするから。数百年くらいは。

 そうやって誤魔化して凌いでも、しばらくするとまた新しい何かを思い付いて暗躍を始めるから困った元神である。

 そのしばらくが神感覚のしばらくなので、一度誤魔化すと数百年から千年くらいは大人しくなってくれるのが幸いだ。


 今ならリリトの転生先もわからぬし、適当に誤魔化しておけば何とかなるだろう。

 妙なことを始める前に、そんなことをするとリリトが目覚めた時に口をきいてもらえなくなるぞ、とでも言って誤魔化しておこう。

 というわけで、あの面倒くさい半面野郎は俺が対処しておくので触らないでくれ。

 ハンブルクよ、頼むからアレにだけは手を出さないでくれ。冗談抜きで世界の平和に関わるかもしれないから、アレだけは触らないでくれ。

 いいか? 偉大なシュペルノーヴァ様との約束だぞ!


 バルダーナ、頼んだぞ。ハンブルクの手綱をしっかり握っておいてくれ。

 何? 耳を塞いでいて何も聞いていなかった?

 ははは、そうやって耳を塞いで聞いていないふりをしていても、指の間に隙間を作ってこっそり聞いているのは知っているぞ。

 お前のそういう自分の力と立場をわきまえて、手に余ることには関わらないようにするところは嫌いじゃないぞ。

 だが俺の正体を知っている時点でもう手遅れだ、俺を信じて安心して巻き込まれろ。


 王都に呼び出された理由は予想外だったが、人の手に負えぬ事案の処理は古代竜の役目の一つでもある。

 そもそも古代竜とは神が世界を管理する補佐をするために作られた種族なのだ。故に地上の生物とは桁違いの力を持っており、その力は神にも匹敵する。

 創世の時代が終わり、世界が安定してくると世界は創世の神の手を離れ、世界を任せられた神々とそれを補佐する存在で回されるようになる。

 更に安定してくると世界は勝手に回るようになり、神々やそれに準ずる存在の役割はほとんどなくなってくる。故に暇すぎて人の中に紛れる者も増え始めるのだ。

 だが小さき者の手に負えぬ事案が発生した際には、役割を果たさねばならぬのだ。


 あの半面野郎の件も、当然小さき者の手には負えぬ事案である。

 ま、奴の件は俺が何とかしておこう。

 というわけで半面野郎の件は終わり! この集まりは解散!

 なんか真面目な話し合いで疲れたから少し体を動かそう! よし、手合わせだ!

 ハンブルク、バルダーナいくぞ!! なんだ、小娘もくるか?

 いいだろう、手合わせのメンバーは多い方がいい。

 ん? バルダーナは腹が痛い? そうか、残念だがそれなら救護室で休んでいるがいい。




 こうして一仕事終えた後はハンブルク達と手合わせをして、ついでに夕食も共にしてすっかり夜遅くなってしまい、王都に一泊することになった。

 ブルク達と手合わせをしながら、グラン達がダンジョンから戻ってくるのではないかと時々竜の眼で覗いていたのだが――ああ、アルコイーリスの城に向かう塔から、アルコイーリスのねぐらまで迷い込んでしまったか……。


 あいつんちは、かの神の御座す場所のすぐ下なんだよなぁ。

 そんな場所に城を貰える程にあの神に気に入られ、あの神に従順な古代竜がアルコイーリスだ。

 もちろんあそこにいるのはダンジョンの作り出したアルコイーリスで、あそこにあるリリトの体もダンジョンの作り出したものである。


 あれは俺とリリトの想い出ではなく、アルコイーリスとリリトとの想い出。

 しかもリリト自身ではなく、リリトの体の記憶なのだろう。長すぎる時をずっと空っぽのまま過ごした体の記憶。

 そしてその体が見ていたのは、かの神よりリリトの体を任せられたアルコイーリスの姿。

 時期的には半面野郎がリリトの体を盗み出す直前くらいだろうか。


 自分の役割を忠実にこなす働き者で休眠期の少ないアルコイーリスだったが、リリトの魂がこの世界にはいないと知ってからは長い休眠期に入った。

 かの神からリリトの体を任されていた故に、その傍で。

 半面野郎がリリトの体を盗み出せたのも、アルコイーリスが休眠期で深い眠りに就いていたからだ。

 そろそろ起きたかなぁ……起きてリリトの体がなかったら半狂乱で探し回りそうだなぁ……こっちもどうにかしないとなぁ。


 アルコイーリスは過去に一度ラグナロックの若造に負けてはいるが、古代竜の中では俺と並んで最も力を持つ者の一隻である。

 そうだな……俺とアルコイーリスとラグナロックが古代竜で最も強い部類だな。

 そういえばリーベルタースもそこそこ強いのだが、あいつはマジで放浪癖があって全く行方がわからないな。

 古代竜のくせに沌属性を持っているから非常にやりにくいという意味で強いってだけで、それがなかったらあんな奴ボボボボボーって簡単に倒せるからな。

 マジ、理を歪めるレベルの沌属性は面倒くさい。


 グラン達が戻ってくれば挨拶でもしておくかと思ったのだが、あの塔で時間を食ってしまったらしくダンジョンにもう一泊するようだった。

 竜の眼で覗いたら楽しそうに揚げ物をしていたので、俺も揚げ物が食いたくなって夕食は俺のリクエストで揚げ物多めとなった。

 おお、バルダーナよ、この程度の揚げ物で胸焼けとは何と不甲斐ない。




 グランには会うことは叶わなかったが、それなりに王都で楽しんでほろ酔い気分で宿に入ったのはすでに日付が変わった頃だった。

 寝る前に少しグランの様子を見てみるか……どうせ寝ていると思うのだが。


 と、覗いてみたらくすんだ赤毛が何やら草むらの前でしゃがみ込んでいる。

 何をして……赤いトカゲ!? そいつは!!

 あざとい小動物には非常にチョロくなるグランが、すごく見覚えのある赤いトカゲに話しかけている光景が見えて、いっきに酔いが覚め体温が急激に下がった感覚になった。


 馬鹿野郎! そいつはただのトカゲじゃない!!

 そいつは俺だ!! 大昔の愚かで浅はかで、何をしでかすかわからなかった頃の俺だ!!


 そう思った時には、グランが空間魔法に引き込まれるのが見えた。

 その光景が目に入った瞬間、考える間もなくあのダンジョンの前まで転移し中に踏み込んでいた。

 自分で思う以上に必死だったのだろう、あれほど苦手だった場所に自分でも意外なほど何も感じることなくそこに踏み込んでいた。

 いや、当然だな。かつての愚かな自分の手によって、気に入っている者を失うわけにはいかない。


 奴の目的は、奴を見た瞬間にわかった。

 まだ若く浅はかだった頃の俺が、リリトを失えば何をするか。

 何故ならかつての俺も、リリトがいなくなった後それを試みたことがあるからだ。


 中身のないリリトの体に、転生したリリトの魂を入れたらリリトが蘇るのではないかと。

 もし勘違いで別人だった場合は申し訳ない――いや、あの頃の俺は人の命に今ほど重みを感じていなかったな。

 人違いならば神の体から拒否するだろうと、転生後のリリトだと目星を付けた奴を燃やそうとしたことがあったな。

 燃やそうとしたのだが、俺の炎に照らされたそいつがあまりにもリリトそっくりで結局できなかった。

 その後、俺ができなかったことをあの半面野郎が躊躇なくやろうとして、それを止めに入るうちに結局その方法を実行する気が失せてしまった。

 そして気付けば人の友ができ、人の命の重みと儚さに気付かされた。


 しかしあのダンジョンにいるのは、そうなる前の俺。

 小さき者の命に重みなんて感じていない頃の俺。

 リリトの体が隠されている場所への扉を開くこともできる。

 その状況で、あの頃の俺がソウルオブクリムゾンを付けている赤毛を見れば、グランをリリトの生まれ代わりだと勘違いして、あの方法を思い付かないわけがない。


 大慌てで飛んでった。リリトの魔力由来のダンジョンであるため、ダンジョンの階層をぶち抜いて深い所まで行くのに時間がかかっているうちに、グランがソウルオブクリムゾンを使って解決してしまい、せっかく名前を呼ばれたのに俺の出番はなかった。

 名前を呼んでくれたのでソウルオブクリムゾンとの繋がりが一時的に強くなり、偽物の俺から力を吸い取ったり、その力を使ってグランを元の場所に戻す手伝いをしたりはできたのだが。

 グランの姿が見える場所まで到着した時には全てが終わった後。

 無事に仲間の下に戻るグランの背中を見送るだけになってしまった。


 なんだかなー、なんか悔しいよなぁー、偽物の俺はよくわからないうちにグランと和解してたみたいだし、なーんか俺は走り回っただけみたいな。

 納得いかねーなーって思いつつも、夜が明ければバルダーナを山奥の冒険者ギルドに届けて、自分もルチャルトラの冒険者ギルドに出勤しなければいけないので、赤毛が無事仲間と合流をするのを見届けて宿へと戻った。


 なーんか、納得できなかったのだが寝るしかないので寝るとしよう。

 寝ればきっとスッキリする――と部屋にピューッと転移魔法で戻ってくると、部屋が妙に眩しかった。


「やぁ、シュペルノーヴァ、おかえり。久しぶりに会いに来ちゃった」


 メチャクチャ眩しい金髪が俺の部屋のソファーに座り、仮面で隠れていない左目を三日月型に細めながら微笑んだ。




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