第838話◆閑話:赤いギルド長の秘密――弐

 グラン達があのダンジョンに向かった日、俺はいつものようにルチャルトラの冒険者ギルドでギルド長の仕事に励んでいた。

 書類にポコポコとハンコを押す仕事など、偉大な古代竜である俺にはチョロイ仕事なので適当にポンポンとハンコを押しながら時折竜の眼でグラン達の様子を覗いていた。


 さすがに仕事中故にそう頻繁には覗けないのだが、チラリと覗いた時はヴァンパイアの始祖の子が支配していた町を再現した階層にいるようだった。

 あの始祖の子はいけ好かない奴だったよなぁ。

 不幸な奴だとは思うが、憎しみと悲しみに捕らわれすぎ残された最も大切なものを見失ってしまったのは自業自得でもある。


 と、当時は思っていた。

 その後、リリトと離れ長い時を過ごすうちに少しだけ奴の気持ちはわかった。

 かの神の理不尽な決断を恨み、リリトの運命を悲しんだ。

 リリトの「必ず帰ってくる」という言葉がなければ、俺も奴のように大切なものを見失い暴走していただろう。

 あの穏やかだった時間を俺から奪った奴を憎み、あの時間を取り戻そうと躍起になっていただろう。

 いや、実際俺も過去に安直な考えを起こし暴走しかけたことは何度もあるな。

 その度にソウルオブクリムゾンを見てリリトを思い出し、本当に大切なことを思い出した。


 本当に大切なこと――リリトに幸せな生を送って欲しい。たとえその記憶の中に俺がいなかったとしても。



 そういえば、グラン達の様子を覗いた時にチラリとヴァンパイアの小娘が見えたな。

 始祖の孫で、あの階層の主であるアスモダイの娘。

 リリトとリリスと共に世界を巡っていた頃に起こったヴァンパイア達の勢力争いの渦中で出会ったのが、ヴァンパイアの始祖の孫ヴェルヴェットだ。

 初めて見た時は心も体も弱っちくて、これがあのヴァンパイアの始祖の孫なのかと疑って思わずおちょくり回していたな。

 始祖とその息子の親子喧嘩に巻き込まれるうちに少々性格が変わってしまって、あれから長い時を超えとんだ曲者に成長してしまった。

 随分逞しく成長したもののあのダンジョンの作り出したアスモダイが苦手で、あそこの階層は避けていたはずなのだが何か心境の変化でもあったのだろうか。


 寿命に終わりがない者は成熟し体の成長が止まると、心の成長も緩やかになりがちだ。それは長く生きれば生きるほど緩やかになっていく。

 だが緩やかながら成長はしている。

 いや、心の成長を止めなかった者こそが長い時を超えて生き続けるのだ。


 俺も長い時を超え、リリトと別れた頃から成長していると確信している。

 だがそれでも、あの想い出を再現した場所に入るには勇気がいる。

 かの神にリリトの本体が見つからないように、俺はあそこに近付かない方がいいと言い聞かせ、不自然にならない程度にしか近付いていない。

 そういう理由を付けて、想い出に近付かないようにしている。


 だって、一度浸ってしまうと永遠にその中で過ごしたくなるから。

 そして記憶にある世界に俺しかいないことに気付くのが恐いから。 


 だが竜の眼でチラリと覗いた光景の中に、あの町のあの屋敷のあの庭園で赤毛達と楽しそうにランチタイムを過ごす小娘が見え、何故かとても羨ましく思えた。

 俺も、あんな風に想い出の場所で楽しめたら。

 そこにいるのが想い出の中の者と違う者だとしても。

 あの場所でまた新しい想い出を作ることができるようになれば、俺の心は少しだけ成長したということになるのだろうか。


 乗り越えたい、だが乗り越えずに浸っていたい。

 相反する想いを抱えながら、妙に楽しそうな赤毛達のランチタイムから目を逸らした。






 そんな光景を覗いた翌日、ハンブルクに呼び出されバルダーナを巻き込んで王都までいくと、密談用の部屋に連れ込まれそこにはあのヴァンパイアの小娘もいた。


 む? もしかして手合わせではなく普通に仕事だったか?

 ふむ……ルチャルトラのギルド長としてではなく、偉大な古代竜シュペルノーヴァとしての意見が聞きたいから呼び出した?


 手合わせかと思って、その後飲みにでもいこうかとバルダーナを無理矢理連れてきてしまった。

 部屋に入りソファーに腰掛けると、隣に座ったバルダーナにめちゃくちゃ小突かれた。

 すまない、何やら大事な話なのですぐにあの山奥まで送るのは難しそうなので、何だか面倒くさそうなこの話にお前も巻き込まれてくれ。

 ははは、お前の大好きな表には出ない情報が手に入るやもしれぬぞ。


 俺がギルド長ではなく、古代竜として呼ばれる時はだいたい面倒くさい案件というか、人間の手には負えぬ案件のことがほとんどだ。

 俺の正体を知っているのは冒険者ギルドでも上層部の一部と、この国の上層部の一部くらいだ。

 そういえばルチャルトラ島が書類上ではハンブルクの実家の領地になっているので、あそこの当主家門の奴らはだいたい知っているな。


 それでもやはり俺の正体を知る者は少なく、知っていたとしても人間の理解を遥かに超える存在の力に安易に頼ることは危険と感じる者がほとんどだ。

 むしろそういう相手にしか正体を明かしてはいないのだが。

 そのため人の手に負えない事案が俺の耳に入るのが遅くなることも少なくない。

 そういうのはもっと気軽に頼ってくれてもいいのだが、強大な力に頼ることに慎重になる者達が施政者だからこそ良き隣人として、この国の傍で長年平和に過ごすことができているのだ。


 で、今回はシュペルノーヴァとしての俺を望まれる事案だ。

 うむ、ギルド長としてならば仕事の一環なのだが、シュペルノーヴァとしてならば代償を頂くぞ。たとえ建前だとしても、強大な力を頼ることに代償を設けなければ示しがつかぬというものだ。

 もちろんその代償は大きいのだがそれでもシュペルノーヴァとしての俺を望むというのは、そこにいるヴァンパイアの小娘の提案だろう。

 はて、前日は楽しそうにあの階層で食事をしていたのを覗き見たのだが何かあったのか?

 仕事中だったので全てまでは見ていなかったのたが、あの様子だとあそこの主であるアスモダイは問題なく討ったと思っていたのだが。

 そういえばグランが怪我していたような様子も見えたな。


 それで、人間がシュペルノーヴァに力を借りたいという事案とは何だ。

 え? 金髪半面野郎がいた?

 お、おう……あいつか……あいつな……知っている、というか知り合い。

 おい、小娘! こちらを睨むな! お前も知っているだろう!? あいつはやっかいな奴すぎて、偉大なシュペルノーヴァ様でも面倒くさい奴なのだ!

 強さもやっかいだが、性格がやっかいすぎるのだよ!!


 そいつがあのダンジョンにいたと……ああ、あそこは多分あいつのお気に入りの場所だからな。

 え? 冒険者をヴァンパイアにしてダンジョンからどこかに連れていっている様子がある?

 アスモダイも何かをされてアスモダイノナリソコナイという異質な生命体にされていた?

 先日王都で発生したリュウノナリソコナイと繋がりがある気がする?

 最初にリュウノナイソコナイが発生したオークション会場でも金髪半面男の目撃がある?

 目撃者はどちらもグランだけだが、グランが嘘をつく理由もないし、グランはそういう嘘をつくタイプではない?

 ハンブルク、お前は魔道具音痴のくせにそういう勘だけは鋭いな。


 以前オークション会場に現れたリュウノナリソコナイと、そこで目撃された怪しい金髪半面男の話は、あの事件後に聞いていた。

 すぐにそれが俺の知っている金髪半面野郎だと察して、あれは人の手に負える存在ではないから深追いをするなとシュペルノーヴァとして助言をした。


 どうせ飽きればまたどこかへいく。あいつは人間などに一抹の興味すらないのだから。

 奴の行動の全ては、奴の価値を証明してくれたと、奴が勝手に思い込んでいるリリトのためだけにある。

 生命を弄ぶような存在であるリュウノナイソコナイも、かつてこの大陸で未曾有の災厄として広まることとなった寄生生物ソウルイーターも、全てリリトを蘇らせるために奴があらゆる手段を試した結果だ。


 そんなあいつが数百年前リリトの体をかの神の下から盗み出した時、満面の笑みでそのことを俺に自慢しにきて、ついでにあそこに隠す手伝いをさせられ共犯者となった。

 その後は今度は中身を探すからとしばらく大人しくなっていたが、ここ最近奴が暗躍している痕跡が目に付き始めていた。

 リリトの中身は遠い世界にいったというのに……本来なら帰ってくるはずはないのに……万が一帰ってきてかの神に見つかると今度はどうなるかわからないから帰ってこない方がいいはずなのに……。


 俺がグランにリリトを重ねソウルオブクリムゾンを渡してしまったのは、リリトがもう戻って来ないと思うと終わりのない命が疎ましく思え、誰かを身代わりにすることにより一時の安堵を得たかったから。


 その俺の身勝手な気休めと自己満足のせいでグランを巻き込んでしまうなんて――。






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