第837話◆閑話:赤いギルド長の秘密――壱

「ゲ……ッ」


 おっと、あぶない。ため息をついたら無意識に声まで漏れてしまった。

 気が付かれたかと思ったが、グランは振り返ることなく帰っていったので、草むらの中に完璧に隠れて様子を窺っていた俺には気が付かなかったのだろう。

 それはそれで寂しいような気もするが、奴が無事に仲間の下に帰ることができただけでもよしとしよう。


 過去の俺を模した存在が勝手なことを始めたので慌てて飛んできたが、俺の出る幕はなかった。

 せっかく名を呼んでくれたのだから最高にかっこいい真の姿で仰々しく登場してピンチを救ってやろうと思ったのだが、ソウルオブクリムゾンが強すぎるのか、それとも偽物の俺が不甲斐ないのか、偽物の俺はソウルオブクリムゾンに魔力を吸収され無力化されてしまった。


 その後は観念してグランを元の場所へと帰して落とし前を付ける気になったのは、さすが俺を模して生まれてきた者だと納得して、ソウルオブクリムゾン越しに少し力を貸してやったがな。

 奴はソウルオブクリムゾンに魔力を吸われすぎて、あの場所の扉を開ける力も三十階層からグラン達が野営をしている階層を繋ぐ穴を空ける力も残っていなかったからな。


 グランに名を呼ばれた時点では、偽物の魔力を全部吸い取って消してやるつもりだったのだが、場所が悪かったせいかソウルオブクリムゾンと俺の繋がりが安定せず竜の眼の効果すら遮断され、魔力を吸い上げている途中で一度グランの様子が見えなくなってしまった。

 あそこは場所が悪い。

 全ての者の目を欺く魔法がかけられた場所故に、ソウルオブクリムゾンの力でなんとかギリギリ繋がっていたがやはり不安定だったようで、一時的に繋がりが途切れてしまった。

 再度繋がった時には、偽物はすっかり弱ってグランも無事なようだったのでよしとしよう。


 本当によかった。

 まさか偽物の俺があれほどの強い自我を持ちダンジョンをぶち抜いてまで、グランの所まで行くとは――グランを利用してリリトの復活を試みるとは思わなかった。

 俺がグランにソウルオブクリムゾンを渡したから、グランをリリトだと勘違いしたか?

 昼間にはダンジョンの作ったアルコイーリスの下を訪れて何かしら印を付けられたようだから、それもあるか?


 勘違いしたとしても、何をどう思ったらグランから魂を抜いてリリトに入れてみようと思うのか。

 いや……何もおかしくないな。

 あそこにいるのは俺で、俺はいつだってリリトが目覚めるのを待っている。

 禁呪だろうが何だろうが、リリトが起きるというのなら何だってしたい。

 実際、リリトがいなくなったばかりの頃の俺はそうだった。


 あそこにいる俺は、俺がまだ愚かだった頃。まだ若く、古代竜の力があれば何でも思い通りになると思っていた頃。

 リリトと共に楽しく気ままに過ごしていた頃の俺。たくさんの過ちを繰り返していた頃の俺。

 俺は時の流れと共に順を追ってリリトを経験したが、あそこにいる俺はリリトとの楽しかった想い出の時代の俺。

 楽しかった時代のリリトの記憶から生まれたはずなのに、生まれた世界にはリリトはおらず、ダンジョンの先にある場所を守る者としての役割を担うだけの存在。

 古代竜故にダンジョンの仕組みを知り、自分がどういう存在であるかを理解していたとしても、リリトと過ごした楽しい時代の記憶と、リリトのいない孤独なねぐらで過ごす日々の落差に理不尽さを感じるだろう。


 すぐ傍にリリトがいて、そこへ入るための鍵となっている存在。

 その時がきた時に扉を開ける存在。

 あの俺を倒してしまえば扉を開けることができなくなる故、事情を知らぬ者は決して扉の先には進むことができない。

 あそこへの扉を開ける故に、その気になればこっそりとリリトの体を眺めに行くこともできる存在。

 あの頃と同じく誰よりもリリトの近くにいる。だが、リリトは目を開くことはなく、眠り続けている。

 そんな存在として生まれた、若い頃の俺の偽物は何を思う。


 あの時代の俺の性格まで模していることを考えると、表向きはダンジョンに作られた自分の役割を理解してそれに従って生きていたとしても、リリトが目覚めるのを待ちながら強引に目覚めさせることができるならと隙を狙っているだろう。

 そして古代竜の模擬体故にそれだけの力がある。それだけの力を発揮させる存在が、このダンジョンの源となっている。


 そう、このダンジョンはあそこに眠るリリトの体から漏れ出した魔力でできたダンジョン。

 リリトがリリトだった時代の想い出がつまったダンジョン。

 俺とあのリリトが暮らしていた場所、俺とリリトが旅をした場所、それらが詰め込まれたダンジョン。


 春の草原で蜂蜜欲しさに蜂の巣をつついて酷い目にあった。

 その特殊な生態故に現在では地上からは姿を消してしまった爆発するラゴラ種の群生地に逃げ込んでしまい、更に大惨事になったのも今になっては良き想い出。


 初夏の森では二種類の周期トレントの大発生時期にぶち当たってしまい、ひたすら森を燃やした結果大火災になってしまい証拠隠滅が忙しかったとか。


 リリトがゴーレム作りにはまって作りすぎたゴーレムを、処分するのは勿体ないとどっかの鉱山の警備要員にしたら、見た目が物騒すぎて魔物蔓延る洞窟のようになったが治安はよくなったとかなんとか。

 そういえば何を思ったか、巨大な骨ゴーレムや宝石のゴーレムまで交ざっていたな。


 他にもアスモ親子の親子喧嘩の仲裁に入って引っかき回すだけになったり、世界の記憶の貯蔵庫に忍び込んでそこの管理者に大嘘を吹き込んでかの神にこっぴどく叱られたり、アルコイーリスが正式にかの神の補佐に就いて新居に移ったからそこに行こうとバカ高い塔を登って空のてっぺんのお宅訪問をしたり、未完成の世界をたくさん……とてもたくさん見て回った。


 それらの想い出が眠るリリトの体から滲み出た魔力によって再現されたダンジョンがこのダンジョンである。

 俺にとっては懐かしくもあるが、戻らぬ時を思い出し会えぬ友に会いたくなり、いつ目覚めるとも知れぬ友を想えば現実に気付き寂しさを覚える場所故、正直あまり近寄りたくない場所だった。

 冒険者ギルド長という立場故に仕事の都合で訪れることはあったが、それ以外は積極的にこのダンジョンに踏み込むことはなかった。


 ここにあるリリトの体に俺はあまり近付かない方がいいから。


 ここにリリトの体があることを誰にも知られてはならないから。


 ここにリリトの体があることを知っているのは、俺とリリスと――リリトの体をかの神の下からこっそり盗み出しここに隠した張本人である半面野郎、無価値を司る元神のアイツだけだから。


 そして今日からはそこにグランも加わることになったのか……。


 なぁんで、こんなことになっちまったのかなぁ。

 余計なことに巻き込むことにならなければよいのだが。


 グランがリリトの体が隠されているあの場所に連れていかれたことも、そもそもリリトの体がここに隠してあることも。

 何でこんなことになっちまったのか……。



 テントのある方向へと歩いていくくすんだ赤毛の後ろ姿を見ながら、くっそ慌ただしかったこの二日間のことを振り返った。




『ハンブルク@ロンブスブルク:今日、王都に来れないか?』


 ことの始まりは冒険者ギルド長仲間のハンブルクからのメッセージだった。


 こいつからの呼び出しはいつもこうだ。

 魔道具音痴がすぎる故と単なるものぐさ故に、いつも言葉が最小限だ。


 ユーラティア王国の王都ロンブスブルクの冒険者ギルドの長であるハンブルクは、俺の正体を知る数少ない人間の一人である。

 故の唐突な呼び出し。


 人間にしてはありえない強さのハンブルクと手合わせをするのが楽しくて、奴と知り合ってからはすっかり手合わせ仲間で、時折このように冒険者ギルドの通信用魔道具を介して王都に呼ばれる。

 奴は俺の正体を知っても態度が全く変わらなかったどころか、喜々として全力で手合わせに誘ってくるという、俺の知っている人間の中で最高峰の変人である。


 そんなハンブルクからの急な呼び出しといえば、九割は手合わせの誘い、残り一割が冒険者ギルドの仕事の話と飯の誘いである。

 いくら俺の正体が偉大な古代竜であって、ルチャルトラと王都くらいすぐに往復できるとしても、度々呼び出されてホイホイとルチャルトラと王都を往復していると怪しまれてしまう。

 俺は完璧にリザードマンになりすましてルチャルトラの集落で暮らしているのだ。

 頻繁な呼び出しは勘弁して欲しいのだが、デスクワークにも飽きて来たので今日は呼び出しに応じてやろう。


 前日から赤毛達が王都の近郊のあのダンジョンに行っているので、近くから竜の眼で覗いてやろう。

 遠くまで見える竜の眼だが、近い方が鮮明に見えるからな。

 本当はついていきたかったが、ギルドの仕事もあるしリリトとの想い出もあるのでこっそり覗き見だけをしておくことにしたのだ。


 一泊二日といっていたので帰ってくる予定の日だ。もしかすると王都のギルドで会うかもしれないな。

 偶然を装ってグランに会いたいわけではないが、奴に渡したソウルオブクリムゾンをちゃんと手入れしているか確認もしておきたい。

 子サラマンダーの目線ではなく、人と同じ目線でだ。



 そんな軽い気持ちで王都に向かって飛び立った。

 そうだ、王都に行くなら山奥の田舎町にいるバルダーナも連れていってやろう。

 どうせ手合わせをした後は酒でも飲みに行くのだろう。

 ハンブルクとバルダーナは先輩後輩の関係で、実家の領地も近いため仲が良い。

 バルダーナだけ仲間外れは可哀想だとピエモンに寄り道をして、仕事を積み上げていたバルダーナを連れ出して王都へと向かった。



 九割手合わせの誘いだと思って来たのに、残り一割の方だったなんて――。



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