第836話◆身勝手なチビトカゲ

「どわっ!!」

 放り投げられたので、そりゃあドサッと落ちる。しかも火山洞窟の床は岩板状の固い床なので結構痛い。

 ちくしょう、このクソトカゲ!! お説教をしてやるから、そこにお座りしやがれ!!


「ゲーーーーーーッ!!」

「んなーーーーーっ!!」


 炎の扉に投げ込まれて三十階層のボス部屋に尻もち状態で投げ出され、赤トカゲ野郎に文句を言おうとしたら、今度は上に吸い上げられるような感覚がして体が浮き上がり真っ黒な空間に吸い上げられた。

 吸い上げられる俺の腹に赤トカゲ君が飛び乗ってワシッと張り付き、俺と一緒に黒い空間の中へ。

 最初に黒い落とし穴に落ちて三十階層に来た時の穴を、下から上に吸い上げられているような感覚の中、赤トカゲ君の張り付いている腹が火の魔力のせいかほんのりと温かく、左耳のソウルオブクリムゾンは相変わらず熱かった。


 来る時真っ黒いトンネル状の滑り台を落ちるような気分だったが、今度はそれが逆再生されるように高速で引っ張り上げられる感覚がしばらく続いた後、急に視界が明るくなり体が空中に投げ出さた。

 受け身を取るだけの高度もなく、投げ出されて即地面に落ちたと同時に腹にへばりついている赤トカゲ君の重さで圧迫されて変な声が出た。


「んげっ」

「ゲーッ!」

 俺とは逆に少し楽しそうな赤トカゲ君の声。

 本日何回目かわからない、このクソトカゲという言葉が口からでそうになったが、現在の場所に気付いて叫ぶのは心の中だけにしておいた。


 三十階層の固い床と違い、今度は多少は柔らかさのある草の上。

 昼間のような明るさはないが、本物の夜のようには暗くない独特の空。

 ああ、ここは二十三階層のセーフティーエリアだ。

 周囲を見回すと、ことの発端となった赤トカゲ君と出会ったトイレ脇。

 よかった、戻ってくることができたか。赤サラマ君が戻してくれたのかな?

 クソトカゲとお説教をしてやりたいところだが、戻してくれたのでよしとしよう。


「戻してくれたのか? ありがとう、って元はといえばお前のせいだけどな!」

「ゲッ!」

 立ち上がるついでに腹にへばりついている赤トカゲ君を剥がして、俺の目線の高さまで持ち上げる。

 相変わらず変顔でこちらをバカにしたような顔。更におちょくっているのか、小さな炎をポッと俺の鼻先目がけて吐き出しやがった。

 だが、それはあまりに小さな炎ですぐに消えてなくなる。


 ダンジョン生物は魔力が具現化したもの、つまり元は魔力なのだ。

 通常生きているうちは魔力に戻るようなことは起こらないはずなのだが、ソウルオブクリムゾンで魔力を吸いまくったせいで、赤トカゲ君はその存在がかなり不安定になっているのかもしれない。

 おそらくもう本来のレッドドラゴンの姿を保つことができず、小さなトカゲの姿になっているのだろう。

 それはトンネルをくぐる前よりも更に小さくなったようにも見える。


 最初にここに現れた時は、あの黒いトンネルを抜けるのに大きなレッドドラゴンの姿より小さなトカゲの姿の方が都合が良かったからだと思われる。

 だが、今回は――。


「俺をここに戻すのに魔力を使って、更にちっこくなっちまったみたいだな。あのトンネルみたいな穴はお前が空けたものだったのか? それとも偶然発生したものなのか? うーん、偶然発生したものならギルドに報告しないといけないなぁ。そして、お前の巣が空いてる間にあそこを詳しく調査しないといけないなぁ。謎の炎の扉のこともあるし――」

「ゲッ!? ゲッゲッゲッゲッ!!」

 少し意地悪く言ってみると、赤トカゲ君が前足を上下に振ってみたり、自分を指差してみたり、首をブンブンと横に振ってみたりと、ちっこくなってしまった体で必死で何かを伝えようとし始めた。

「ははは、冗談だよ。これはいきなり連れ去ったり火を吹いたりしたことへの意趣返し。そうだな、ここに発生した穴や炎の扉がお前の仕業ならもう報告する必要はないかな。それに炎の扉の向こうにあったものは知られたくないんだろう? 大切なものなんだろう?」


 きっとあれは、赤トカゲ君にとってとても大切なもの。

 リリトの棺とそこへ向かう扉の前に居座るレッドドラゴン。もしかするとあの扉を出せるのは、あのレッドドラゴンだけなのかもしれない。

 だとすると報告して調べたところであの扉は見つからないだろうが、リリトとレッドドラゴンの組み合わせから導かれる答えに、あの場所のことは俺の中にしまっておいた方がいいことだと思った。

 下手につつくと今度は本物のレッドドラゴンが王都近郊に現れることになるかもしれない。


 発見から百年以上が過ぎ探索し尽くされているダンジョンで、未だ記録にない場所。人間の知らない場所。

 それだけの長い時間見つかることのなかった場所は、これからも見つかることはないだろう。

 だってあの扉の鍵はきっとボスのレッドドラゴンで、レッドドラゴンを倒してしまうと開くことがないから。

 レッドドラゴンが自ら開かなければ、あそこに入ることはできないから。俺があそこに投げ込まれた時のように。

 そんな気がして、あの場所のことは俺の胸の中にしまっておくことにした。


 それになにより、リリトの眠りを邪魔してはいけないと思ったから。




「じゃあ俺は仲間の所に帰るよ。お前は三十階層に戻れるのか?」

「ゲ……」

 赤トカゲ君を地面に降ろし、頭にちょこんと生えている角のように尖っている鱗の後ろを指先でコチョコチョと撫でてやる。

 それが気持ちよかったのか、赤トカゲ君が短く鳴いて目を細めた。

 すっかり小さくなってしまった赤トカゲ君、彼は三十階層に戻ることができるのだろうか。

 あの三十階層に続く穴も赤トカゲ君が空けたのだとしたら、ダンジョンの階層をぶち抜くとかいうとんでも行為に相当な魔力を使っているはずだ。

 先ほどより体が小さくなってしまったのは、そのとんでも行為をして俺を二十三階層に戻してくれたからだろう。


「火属性の魔力がタップリ含まれたものを食べると少しは力がつくか? それとも炎を浴びせればそれを吸収して少しは魔力が戻るか? うーん……俺達が三十階層まで連れていってやるか?」

 もう一回あの穴を空けて三十階層に戻ろうとすると、赤トカゲ君の魔力が尽きて消えてしまうのではないかと不安になってきた。


 どうやったら魔力を三十階層に戻るに十分なほどに戻してやることができるだろうか。三十階層まで俺達が連れていく方がいいか?

 火の魔力が豊富なあそこまで行けば、きっと魔力はすぐ回復をするはずだ。

 小さいから他の魔物に捕食されてしまわないか不安だけど……。

 とりあえずヴァーミリオンファンガスでも与えてみるか?


「ゲゲッ!?」


 収納の中にまだまだたくさんあるヴァーミリオンファンガスを取り出そうとしていると、赤トカゲ君がピョコンと俺の手の上に乗ってきた。

 その体は俺の片手の上に乗れるほどに小さく、輪郭もユラユラと揺れて不安定。

 ああ、やっぱり階層をぶち抜く移動なんてバカみたいに魔力を使うのだろう。

 バカだな……その気になれば俺は歩いて帰れたのに。


「ほら、火属性のキノコでも食ってろ。それと俺の近くにいるとソウルオブクリムゾンが火の魔力を吸収するみたいだから、俺から離れた方がいい」

 ソウルオブクリムゾンは周囲の火の魔力を吸収する。だから具現化が解けてしまいそうなほど魔力を失っている赤トカゲ君は、俺の傍にいるときっと消えてしまう。

「ゲッ!」

 なのに俺から離れず、手の上に乗ったままこちらに変な顔を向けた。

 すっかり小さくなっても金色の瞳はギラギラと輝き、強い意志を宿して俺の方をまっすぐと見ている。

 そして――。


 ピコピコと尾を振ったかと思ったら、その輪郭が歪んで炎の竜へと姿を変えフワリと浮かび上がった。それはとても小さな炎。


「バカ! 炎に何かなったらソウルオブクリムゾンが吸収しちまうだろ!」


「ゲッ!」


 ボッ!


 俺が炎の竜に手を伸ばすのと、赤トカゲ君の声が聞こえるのと、炎が弾けてソウルオブクリムゾンに吸い込まれていくのがほぼ同時だった。


「馬鹿野郎! 何で!」


 何なんだよ、もう。


 いきなりに意味のわからない場所に強引に連れていって、いきなり襲いかかってきたと思えば、ソウルオブクリムゾンにちっこくされて力も奪われて、それなのに元の場所まで戻してくれて、どうにか元の階層に戻してやろうと思っていたのに勝手にソウルオブクリムゾンに吸い込まれて消えて――意味がわからねーつーの。


 何なんだよ、もう。意味がわかんねーよ。


 俺は人間なのだからトカゲ語なんてわかるわけねーだろ。どうしてほしかったか、何がしたかったかもっとわかりやすく伝えてくれたら手伝えたかもしれないだろ。


 本来はあんな小さいトカゲではなくて、人間よりも知能の高い竜なのだから言葉も使えただろ?


 このダンジョンのボスだったのならまた生まれてくるかもしれないけれど、次にそのボスが生まれてくる時は別個体で俺のことなんて知らない奴だろ?


 ちくしょう、身勝手なチビトカゲめ。



 炎の消えた空間に伸ばした手をギュッと握りしめて戻す。

 そこにはもう何もなく、ただほんの少しだけ残った熱が指先から伝わってきた。

 少しだけ熱くなった目頭を戻した手で押さえると、左の耳でソウルオブクリムゾンがプルリと揺れて、赤トカゲ君のゲッという声が微かに聞こえたような気がした。


 ホント最初から最後まで身勝手なチビトカゲめ。




 赤トカゲ君の消えた空間をしばらくボーッと見ていたが、ズボンのポケットに入れている時計がチリンと鳴った音で我に返った。

 見張りの交代の時間だ。

 いつまでもここにいても赤トカゲ君が戻ってくるわけでもないし、俺と赤トカゲ君は出会ったばかりのうえに、仲がいいわけでもないし、むしろ焼き払われるところだった。

 情なんかかけるほどの関係ではないのだ。

 ダンジョンで出会っただけの関係。ただそれだけ。

 なのに何で寂しく思えるのかな。

 きっとサラマ君にちょっぴりにてたから。きっとシュペルノーヴァのオルゴールで、彼とリリトの関係を垣間見たことがあったから。

 ただそれだけ。



 大きく息を吐き出した後、踵を返し自分達のテントの方へと歩きだす。

 草むらに背を向ける直前、草むらの中にサラマ君そっくりな赤くてちょいぽちゃなトカゲがチラリと見えた気がするが、何も見なかったことにした。

 気のせいかもしれないし、消えたと思った赤トカゲ君かもしれないし、他サラの空似の謎トカゲかもしれない。


 ま、いたとしても賢くて警戒心の強い俺はもう謎の小動物には釣られない。


 また変な赤トカゲに変な所につれて行かれて命が危険に晒されるのはまっぴらだし、ほんの少しだけ情が芽生えて悲しい別れをするのも嫌だから。


 一瞬だけ見えた赤い後ろ姿は気になったが、それを追うことはなく自分達のテントの方向へ歩き始めた。


 背後で小さくゲッと聞こえたような聞こえなかったような気がしたが、もう俺は振り返らないぞ!!



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