第831話◆他サラの空似
「サラマ君? ああいや、こんなとこにいるわけないか」
トイレ脇の草むらから顔を出し、首を左右に傾げながらこちらをジッと見ている赤いトカゲ。
その赤は燃えさかる炎を連想させる鮮やかな赤。いかにも火属性という体色から見て取れるように、バチバチに火属性の魔力を身に纏っている。
最近うちによく遊びにくるサラマンダーもどきのサラマ君に何となく似ているが、普通に考えてピエモン周辺にいるサラマ君が王都のダンジョンにいるはずがない。
なんでサラマ君だと思ったのかな。カメ君達と仲良しみたいだから少し変わったトカゲだからかな。
いくら変わったトカゲだといっても、遠く離れた地のダンジョンまでやって来るわけがないな。
それに似ているけれど微妙にサイズは違うし、赤い体のところどころに入っている濃い赤の縞模様がサラマ君よりもはっきりしている。
うん、これは他サラの空似だな。というかトカゲの見分けなんて普通は見分けがつかないし。
それにしてもサラマンダーの子供みたいな姿で背中に羽が生えているトカゲかー。そういう種族がいるのか、それとも何かの竜種の子供かな?
いや、そんなことより塔の外には魔物が出現しないはずなのだが、どうして謎のトカゲがこんなところに。
もしかして誰かのペットなのだろか。
冒険者が連れ込んだペットなら、セーフティーエリアに入るために許可タグや、他の冒険者に間違って攻撃されないための目印を付けてあることが多い。
カメ君なら許可タグ以外にあの帽子とリュック。苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんは、ダンジョンでセーフティーエリアに入るための許可タグだけを付けている。
許可タグだけだと目立たないから少し心配だな。苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんだけではなく、彼らを魔物だと思って攻撃した冒険者の方も。
このダンジョンの魔物を簡単に蹴り倒していくようなチビッ子達を魔物と間違えてうっかり攻撃してしまったら……反撃された冒険者の方がボコボコにされてしまいそうだ。
うっかりトラブルになる前に、人と繋がりのある生きものだとわかる装備品を、苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃん用に作っておこう。
うーん、この謎の赤トカゲ君はそれっぽいものは付けていないなぁ。
やはり野生の赤トカゲ君なのだろうか。
だったらここに魔物は侵入する可能性があることをギルドに報告しないとな。
二十三階層のセーフティーエリアは、塔の外には魔物が出現しないことを利用したセーフティーエリアで、魔物のいる塔の周りを囲むように魔物避けが施されている。
その塔の周りを囲む緑地全体がセーフティーエリアで、塔入り口正面には二十二階層からの出入りがあるため、その辺りを避けて塔の左右から裏手がキャンプ地となっている。
トイレはその裏手の一番奥の辺りだ。
その塔の周囲に広がる緑地はその外側をぐるりと湖に囲まれており、湖に浮かぶ小島に高い塔があるのが二十三階層の外観である。
その湖には魚程度しかいないのだが水際に魔物避けの結界が張られている。
だが元々魔物の出現しない場所故に、他の階層ほど強力な結界ではないと聞いている。
それでもこのダンジョンは発見されて百数十年以上、スタンピートの時以外はこの緑地に魔物が発生した記録はない。
じゃあこの赤トカゲ君は何だろう。
うーん、弱すぎる魔物は人の気配や物理的な魔物避けを嫌ってセーフティーエリアには近寄ってこないのだが、弱すぎる故に魔法の結界をすり抜けることもある。
ちっこいからすり抜けてしまったのかな?
でもうちによく来ているサラマ君と同じ種族なら、カメ君達と魔力比べをしていたしきっとそれなりに強いと思うんだけどなぁ。
サラマ君よりちっこいからそうでもないのかなぁ。
うーん、サラマ君もアベルやラトの結界をすり抜けてきたし、この種族がそういう能力を持っているのだろうか。
どちらにせよダンジョンを出たらギルドに報告だな。
「トカゲ君、君はどこからきたのかなぁ? どこかのパーティーのメンバーかなぁ? だったら、侵入してきた魔物と間違えられたらいけないから、早く仲間のとこに戻った方がいいぞぉ。それとももし侵入してきた魔物なら――」
声を低くしながらナナシに手をかけてスッと目を細める。
「ゲェ?」
そんな俺を見て赤トカゲ君が小馬鹿にしたように変顔になって首を傾げた。
何だコイツ!? 余裕ぶっているのか!?
でもその変顔も可愛いから許してやろう。
「他の奴に見つかって攻撃される前に住み処に戻るんだ。何も悪いことをしていないなら、俺はここで何も見てないことにするから。ほら、他の冒険者が来る前にここから離れるんだ」
ホントはダメなのだが害がないトカゲで迷いこんだだけならそっと住み処に帰してあげたい。
うちによく来るサラマ君にあまりにも似ているので、冒険者としてよろしくないのだが甘い気持ちになってしまった。
もし攻撃してくるようなら対処をしないといけないので、このまま何もせず住み処に帰ってほしい。
「……ゲッ!」
「うお!?」
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、チビッ子赤トカゲがピョーンと草むらから飛び出して俺の左肩の上に乗った。
そこはいつもはカメ君がいる場所、そしてそのすぐ上には強い火属性のソウルオブクリムゾンが俺の左耳にくっついている。
「ゲゲェ?」
「いきなりびっくりした。どうしたんだい? この耳飾りが気になるのかい?」
俺の肩の上に飛び乗った赤トカゲ君はソウルオブクリムゾンが気になるらしく、俺の肩の上から耳の辺りをガン見している気配を感じた。
ついでに前足を伸ばしているようで、耳たぶにこちょこちょと前足が当たっている。
「ゲッゲッゲッ! ゲエエッ!?」
「おっと、危ない。この耳飾りはシュペルノーヴァっていうやっばい強くてでっかい古代竜に渡されたものでさ、正確な性能は把握しきれてないんだけど、俺専用のものだから不用意に触ると危ないぞ。ほら、もう俺の肩から降りた降りた」
「ギョエ!?」
赤トカゲ君がソウルオブクリムゾンに触れようとしたのか、急に耳元がチリッと熱くなって赤トカゲ君のびっくりしたような声が聞こえた。
シュペルノーヴァという人智を超えた存在から貰ったイヤーカフス、大雑把な効果はわかっていても、まだまだ不明な点だらけの謎の耳飾り。
鑑定すると俺専用と見えるこのイヤーカフスは、俺以外は身に着けられないどころか俺以外が触れようとすると拒絶反応を示すようだ。
赤トカゲ君は火属性っぽいので少々の火属性攻撃は平気だろうが、ソウルオブクリムゾンはシュペルノーヴァに貰った強力な火属性のものだ。
火属性に高い耐性のある生物だとしても、シュペルノーヴァの炎に触れてしまえば燃えてしまうかもしれない。
肩の上にいる赤トカゲ君を右手掴んで、トイレ脇の草むらの中へと降ろした。
「どこからきたのかわからないけど、飼い主のとこなり住み処なりに帰るんだ。俺もテントに帰るから、じゃあな」
「グエエエエエエエッ!!」
立ち上がりその場を離れようとしたら、草むらに降ろした赤トカゲ君がピョーンと跳んで俺のふくらはぎにしがみついた。
「おわっ! こら、頼むから素直に帰ってくれ! 見た感じペット用のタグも付けてないし、他の人間に見つかると、魔物として処理されかねないからお前の命が危ないんだ。悪さをするなら、俺も冒険者だからそれなりの対応をしないといけなくなるから、素直に住み処に戻ってくれよ」
連れ込み許可タグを付けていないペットがセーフティーエリア内にいた場合は、侵入してきた魔物として処理されてもしかたないとされている。
しかしサラマ君に似ているせいで何となく親近感が湧いてしまい、赤トカゲ君を魔物として処理をするのには気が引けている状態。
「ゲッゲッゲッゲッ!!」
ふくらはぎにしがみついている赤トカゲ君を引き離そうとすると、手を近付けるとものすごい勢いで首を振って嫌がられた。
それと同時に足元から想像以上の強い魔力を感じて――。
それに気付いた瞬間、俺の足元の地面に丸い穴が空きその中へと落下が始まった。
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