第830話◆美味しいの代償
ぐえぇ……食い過ぎた……。
前世で揚げもの限界チャレンジはキツい年齢まで生きていたのは覚えているが、今世はまだまだ胃腸が元気な十九歳、いけると思って串揚げを食べまくった結果、近年稀に見る胃もたれと喉の渇きで夜中に目が覚めてしまった。
いや、前世で歳を取ると揚げものをたくさん食べるのは辛くなると知ったからこそ、今世ではまだまだピチピチの十九歳の俺は揚げもの限界チャレンジをしたのだ。
肉や魚ばかりだと胃もたれすると思い、バランスを考えて野菜もしっかり食べたはずなのに……どうして……。
もちろん串揚げにした野菜だったのだが、野菜であることには変わりないはずなのにどうして……。
ドラゴン系の肉は適度に脂が乗っているが脂っこさを感じるほどではなく、味も濃いめでしっかりしている。それでいて臭味や癖はあまり強くない。
焼けばジュワリと肉汁が溢れ出し、脂身すら美味いのだが、その脂身で口の中がベタベタするような感覚もほとんどない。強靱な肉体を持つ生物なのに調理後の肉は蕩けるほど柔らかく、まるで飲むステーキ。
煮込めば、当たり前のようにトロトロと蕩け、肉そのものだけではなく肉から溢れ出す旨味が、料理全体の美味さを爆上げしてくれる。
もちろん茹でても揚げても美味いし、ベーコンやハムといった燻製にしても美味い。当然のように干し肉にしても美味いし、とにかく何をやっても美味い。
つまり美味い、どうやっても美味い、とにかく美味いのがドラゴンの肉で、上位のドラゴンになればなるほどだいたい美味いという法則がある。
そして今日、串揚げにしたのはレッサーレッドドラゴンのバラ肉。
レッサーレッドドラゴンはS-という、Sランクでは下の方の位置付けだが、そもそもSと付く時点で超高ランクなのである。
そう、レッサーだろうがSにマイナスが付いていようが、美味い竜なのだ。
そんな美味い肉だから、アベルもカリュオンもランクの高い竜種の肉が大好きだし、こちらの世界に来て初めて竜肉を食べたはずのジュストも、もりもりと竜肉を食べているところを見ると相当口に合うのだろう。
チビッ子達は竜肉が突出して好きというわけでもないようで、素材が美味しいだけのものよりミミックフライやチーズフライ、アスパラベーコンフライのような少し変化球系のものの方が好みのようだ。
とくにチーズフライが気に入ったようで、最初に用意していた分をすぐに食べ尽くしトリプルおかわりコールをもらうことになった。
うんうん、チーズフライは美味しいよね。
でもチーズフライはにおいが周囲にも広がるから、他の冒険者の視線が痛いんだよね。
後でご近所さんにお詫びの差し入れを持って行っておこう。
冒険者たるもの他の冒険者とのコミュニケーションも大切にしなければならないのだ。
散々串揚げを食べた後に、デザートは別腹とばかりにブルベリージャムをタップリかけたミルクアイスも食べたのでもうお腹がパンパン。
あの大食らいのカリュオンですら、食べ過ぎたと椅子の上でぐったりとして、ちっこい体に見合わずいつももりもりと食べるチビッ子達も、今日は食べ過ぎたようでぽっこりお腹を上にしてテーブルの上でひっくり返ってしまった。
恐るべし串揚げパーティー、そして何としてでも別腹に滑り込んでくるデザート。
後片付けをしないといけないのだが、お腹がパンパンすぎて何もする気が起きず、とりあえず串揚げパーティーの残骸は纏めて収納の中に突っ込んでおいた。
持っててよかった収納スキル!!
お家に帰ったらちゃんと片付けるから、今日はもう動きたくない。
もうこのままテントに入ってコロンとしてやる。
夜の最初の見張りは、一度寝たら中々起きないアベル。
ははは、いつもなら羨ましくも思える順番なのだが、今日に限ってはこの腹一杯すぎて今すぐにでも横になりたい気分なので、最初の見張り役じゃなくてよかったと心底思う。
俺はさっさと横になるぜえええええ!! そんなジットリとした目でこっちを見ても代わってやらねーぞ!!
俺は朝飯の準備もあるから、見張り役は最後固定なのだ。
というわけで、おやすみ! あばよ!
食ってすぐ寝るのはまずいかなって思いつつも、満腹時の睡眠欲に抗うことはできなかった。
テーブルの上でヘソ天で転がっていたカメ君も、テーブルを片付けた時に回収して肩の上に乗っけてそのまま俺と一緒にテントでおやすみタイム。
人間、欲望のままに食って寝る日があってもいいのだ~。
え? 寝る前にも浄化してくれるの?
ああ、揚げもののにおいが付いてるもんね。ありがとう、そしておやすみ。
と、満腹状態でスヤァとしたのはいいのだが、案の定夜中に酷い胃もたれと喉の渇きで目が覚めてしまった。
自分の見張りの時間まで起き上がりたくないのだが、このどうしようもない胃の不快感とガピガピの喉をどうにかしなければ再び眠れそうになかった。
それにお腹も重たい。食べ過ぎた肉が腹の中にパンパンに詰まっている感じで、トイレにもいきたい気がしてきた。
俺の枕元でピーピーと鼻を鳴らしながらヘソ天で寝ているカメ君を起こさないようにそっと起き上がりテントの中を確認すると、見張りの時間を終えたアベルが毛布を頭から被って眠っているのが見えた。
俺を挟んでアベルとは反対側にはカリュオンが寝ており、その腹の上で苔玉ちゃんが大の字で眠っている。
ということは今はジュストが見張りの時間か。
見張りの順番はアベル、カリュオン、ジュスト、最後に俺という順番なので、現在の時間はおそらく深夜でも、夜明けがそう遠くない時間で間違いないだろう。
寝直すには微妙な時間だなぁと思いながら音を立てないようにテントから外に出ると、テントの前でジュストが見張りをしており、その傍らにいる焦げ茶ちゃんと謎のジェスチャーでコミュニケーションを取っているほのぼの風景が目に入った。
うんうん、一人だと退屈な見張りだけれど誰かが一緒にいると少し楽しくなるよな。
俺に気付いたジュストに軽く手を上げて応え、とりあえずコップと水の魔石を取り出して冷たい水をグッといっぱい。ああ~、ガピガピになった喉とずっしりと重くなった胃に冷たい水が気持ちいい~。
ごめんな、ちょっと喉が痛くて声を出す元気がなかったんだ。
冷たい水でカラカラの喉は潤ったが、食べ過ぎた胃はこれだけでは治らない。
そこで食べ過ぎの胃もたれといえばエクウスラエラという薬草。
ものすごく苦いのだが、その葉を二枚か三枚咬むだけで効果は抜群。解毒作用もあるため胃もたれだけではなく、食中毒や毒を飲んでしまった時にも効果がある。
酒飲みで肉好きの種族であるケンタウルスが好んで使う薬草のため、良質のエクウスラエラが多く自生している場所はケンタウルスの縄張りであることが多い。
俺の持っているエクウスラエラもケンタウルスの縄張りで採らせてもらったんだよな。気難しい種族ではあるが、話の通じない相手ではないので手土産を渡して行儀良くしておけば、だいたい快く縄張りでの採取を許してくれる。
そういえばしばらくケンタウルスのいる地方に行ってないな。
エクウスラエラを採らせてくれたケンタウルス達も、また遊びに来ていいと言ってくれていたのでそのうち顔を出しにいきたいな。
そのうち、いつか、暇な時に、元気があったら。
冷たい水とエクウスラエラの葉で喉と胃はすっきりしたが、まだ腹の辺りが重たい。
みんなでワイワイ串揚げパーティーは、美味しいし楽しいしでつい食べ過ぎてしまった。
ジュストと焦げ茶ちゃんも、串揚げを食べ過ぎてまだ苦しいようなのでエクウスラエラをお裾分けして、俺はちょっとトイレへ。
トイレに向かいながら視界の端っこに、エクウスラエラの葉を口に入れたジュストと焦げ茶ちゃんの顔が面白いことになっているのが見えた。
良薬は口に苦いものなのだ。
セーフティーエリアには簡易トイレも設置されており、ダンジョンの中での数少ない安心して用を足せる場所である。
トイレの場所はセーフティーエリアの隅っこで、俺達がテントを張っている場所からは少し距離がある。
時間も時間、そして隅っこなのでトイレ周辺には人の気配はなく、魔物はいない場所だとわかっていてもやや不気味さすら感じる。
夜のトイレってなんでこんな不気味なんだろうなぁ。
はやく、テントに帰ろっと。
用を済ませ、トイレから出て水の魔石から出した水でジャバジャバと手を洗ってテントに戻ろうとした時、トイレの影の草むらに小さな気配を感じてそちらに視線を動かした。
「ゲッ」
「あれ? サラマ君?」
緑の草の中にやたら目立つ赤い色。
何となく見たことあるような赤。そして知っているような鳴き声。
草むらからひょっこり顔を出したのは小さな赤いトカゲ。パッと見サラマンダーの幼生のように見えるが、背中にはちっこい翼。
すごく見覚えのある謎のトカゲがそこにいた。
すごく見覚えがあるんだけど……あれ? なんかいつもより一回りくらい小さく見えるけど、もしかしてトカゲ違い?
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