第829話◆欲張りで我が儘
予想外の追加エリアのせいで、二十三階層の塔から脱出した時には夕方になろうという時間。
二十四階層は岩山を登ることになるため、最短ルートでも道が険しく体力も使う。
時間と体力を考えた結果、今日は二十三階層入り口のセーフティーエリアに戻り一泊することになった。
登るのは大変な二十三階層だが、降りるのは楽ちん。
塔の外壁を這うように張り付いている階段を下ると、外壁に途中の各階へ入ることができる扉がある。
そこから中に入り、スタート地点に戻る赤い魔法陣に乗ると一気に塔の一階入り口に戻ることができる。
この方法を使えばこの塔を楽に周回できるため、二十三階層のセーフティーエリアをキャンプ地にして長期間滞在しているパーティーも少なくない。
セーフティーエリアに戻ってくると、今朝出発する時に見かけたパーティーの姿もちらほら見える。
こうやってセーフティーエリアをキャンプ地にして、物資の続く限り、戦利品が持てる限りダンジョンに篭もるのは、体力を使うが儲けも多くそして何だかんだで楽しい。
俺の持っているスキルはダンジョンに篭もるのに向いているため、王都を拠点にしていた頃はダンジョン好きのドリーにはよく長期間のダンジョンアタックに誘われて参加していた。
あの頃はダンジョンに篭もることも多く、そうでなかったら毎日のように冒険者ギルドの仕事をして稼いでいた。
いつか家を買いたいなーという漠然とした夢はあったが、どちらかというと働いたら働いた分だけ金や素材が増えていくのが楽しかった。
楽しかったのだが毎日効率を追い求めそればかりになると、ふとのんびりしたいなとか思うことも多くなったんだよな。
で、のんびりと自由気ままに田舎暮らしをしている今になって、たまにはダンジョンに篭もるのも悪くないという気分になるので人間とは我が儘な生き物である。
嫌なこと、少し悲しい気分になること、面倒くさいこと、恐いこと、いいことばかりではないのだが、ダンジョンという人知を超えた場所は、物欲を除いたとしても好きである。
そしてマイホームでゆったりと過ごす平穏な日常も、冒険者として過ごす危険で刺激の多い日々もどっちも好きなんだなって思う。
結局さ、のんびりしたいっていっても好きなものはやめられないし、好きだからっていってもそればかりだと飽きてしまう。
つくづく欲張りで我が儘だと思うけれど、どうせ生きるなら手の届く範囲、他人に迷惑をかけない範囲で欲張りと我が儘をやり尽くしてもいいんじゃないかなって。
そう欲張りと我が儘は楽しい。
「俺は肉と肉と肉ね! それからデザートに甘いもの! 野菜はいらない! 今日のブラックドラゴンはまだ無理だよね、あれは帰ってからの楽しみにしておこ」
「俺も肉だなぁ、でも魚もあっていいぜぇ。野菜は添える程度でいいぞぉ。デザートはフルーツもいいけど、なんか一工夫あるものがいいかな」
「僕は揚げ物がいいです。寮の食事は揚げ物はあまりなくて、部屋でも揚げ物は禁止されちゃったので、揚げ物を食べる機会があまりないんです。だから揚げ物をたくさん食べたいです! デザートは……アイス! アイスがいいです!!」
「カーッ!!」
「キーッ!!」
「モーッ!!」
心配をかけた分、今日の夕飯はみんなのリクエストに応えようと言ったらこれである。
アバウトにしてフリーダム!!
リクエストがメニューではなく素材と調理法。しかも大雑把。
そして降ってくる魚とキノコとすでに息絶えているミミック。
ああ~、アベルとジュストまで色々出して来始めたぞぉ~。
カリュオンのマジックバッグは装備品で溢れているみたいだから、変な食材は飛び出してこないようだ。
うん、リクエストに応えると言ったのは俺だけれど、思った以上に色々飛び出してきたな。
ああ、もちろん欲張りで我が儘なリクエストにちゃんと応えてやろうじゃないか!
というわけで、今日の夕飯は肉と肉と肉と肉と魚に野菜も添えて、更に魚とキノコも追加して揚げ物だああああ!!
それでデザートはアイスにしてやるぞおおおお!!
焦げ茶ちゃんのミミックは今日塔の中で拾ってきたやつかな?
それはすぐには食べられないから、すでに水煮まで下処理をしているミミックを使おうな。
今日倒したブラックドラゴンはまず解体するところからだから、また後日ブラックなドラゴンパーティーだな。
というわけで今日の夕飯はみんなのリクエストに応えて、肉と肉と肉と肉と魚と魚とキノコとミミックの揚げ物だー!!
揚げ物――それはサクサクとしてアツアツで、健康や体重のことなんかそっちのけで無限に食べてしまいたくなる罪作りな料理。
そしてだいたいの食材は揚げれば美味い。
だが揚げ物の最大のデメリットとして、食べるだけならいいのだが作る方は揚げている途中で、熱と油のにおいにやられて食欲がなくなってしまう現象。
味見のためにつまみ食いをするからかもしれないが、何故か全てを揚げ終わる頃には腹がいっぱいになっていて非常にやっかいな料理である。
もちろんこれだけ多くのリクエストに全て応えれば、全て揚げ終わる頃には俺の腹はパンパンになっていそうだし、この量を一人で揚げるには時間がかかりまくり俺の体力もゴリゴリ削られる。
そこで今日は、たくさんの揚げ物を効率良く作りながら、その上で俺があまり疲れず、更に俺の腹がいっぱいにならない対策をしたメニューにすることにした。
効率良く大量の揚げ物ができて、尚且つ料理人が揚げながらお腹いっぱいにならない揚げ物。
その名は串揚げだーーーー!!
下ごしらえは簡単素材を食べやすいサイズに切って串に刺して、パン粉と溶き卵と小麦粉の皿と、たっぷりと油の入った鍋を用意しておくだけ!!
あとは各自で衣を付けて揚げれば、食べたいものが揚げたて! 鍋を囲んでみんなでわいわい楽しい! そのうえ俺も楽ちん!!
なんて素敵なメニューなんだ、串揚げ!!
というわけで、テーブルや食器の準備はアベル達に任せて俺は食材の準備だ。
食材を刺す串は、ドラゴンゾンビの骨で作ったドラゴンゾンピック。
浄化魔法で綺麗に倒されたドラゴンゾンビの骨は腐臭や腐肉などは残っておらず、頑丈でちょっぴり火耐性もあるくせに他の魔物の骨に比べゾンビという理由で需要があまりないため値段も安めで、串もの用の串に加工して使うにはちょうどいいのだ。
浄化魔法で倒されているので、俺の苦手な沌属性臭さも少ない。
いざとなればナナシを布巾に取り憑かせてキュッキュと拭けば、僅かに残っている沌属性も中和されるだろう。
最近の俺、ナナシをすごく使いこなしている気がする。いやいやされても適当に煽てればやってくれるナナシは結構チョロい。
いてっ! 金具が飛んできた!! しかも用もないのに魔力をチューチューしやがった!!
くそが! 反応したついでにちょっと布巾に取り憑いてドラゴンゾンピックを磨きやがれ!!
そのドラゴンゾンピックに食べやすいサイズに切った食材を刺していくだけの簡単な作業。
食材はどれも、火が通りやすいが食べごたえのある厚さで。
アベルとカリュオンはドラゴン系の肉が大好きだから、レッサーレッドドラゴンのバラ肉をたくさん用意しておこう。
揚げ物は高級肉じゃなくても美味いから、グレートボアのバラ肉やコカトリスのモモ肉も用意して食べ比べような。
それからカメ君が持ってきた魚も使うぞぉ。そうそう、エビもたくさんあったからエビもカラッと揚げようね。
苔玉ちゃんの持って来たキノコも使うよ。キノコって揚げても美味しいからね。
食べても大丈夫そうなキノコばかりだけれど、俺の知らないキノコもあるな。まぁ、毒キノコじゃないから大丈夫かー。
焦げ茶ちゃんのリクエストはミミックだったね。うんうん、こいつもフライにするときっと美味しいから串に刺してカラッと揚げちゃおうね。
なんだかキノコ以外動物性タンパク質だらけになったので、健康を考えてうちの畑で取れた野菜を追加しよう。
揚げた野菜は美味いんだぞぉ。野菜嫌いのアベルだってきっと平気だ。
揚げてしまえばアベルの苦手なニンジンだってピーマンだって青臭さが気にならなくなるんだ。
ニンジン、ピーマン、タマネギにシシトウガラシ、カボチャにアスパラ。おっと、アスパラはボアのベーコンを巻いてから揚げてやろう。
それからチーズも揚げると美味いからチーズもこっそりまぜておくか。
色々な食材をノリノリで串に刺していたら思ったよりも量が増えて、彩りもカラフルになってまだ揚げる前なのに随分豪華な料理に見えるな。
ドラゴンゾンピックを刺して大皿に並べた食材を、アベル達が準備してくれたテーブルへと運ぶ。
テーブルの真ん中では、ジュストが準備してくれた油のたっぷり入った鍋が程よい温度になっている。
こういう時、前世の記憶を利用して思い描いた料理をすぐにわかってくれる相手がいるのは楽でいい。
今日は串揚げパーティーねと、ジュストにこっそり伝えると、すぐに理解してテーブルの上にみんなで囲む鍋を用意してくれた。
なんでも先日冒険者ギルドで稼いだ金で油と鍋を買って、寮でルームメイトと串揚げパーティーをやったとかなんとか。
その串揚げパーティーで食材が爆発したり、油が跳ねたりして大騒ぎをして部屋で揚げ物禁止を言い渡されたというとこがジュストらしい。
さぁ、食材の準備ができたらテーブルを囲んで串揚げパーティーを始めようか。
思ったより豪華に見える食卓になって、みんなのテンションが上がって騒がしくなったので周囲の視線が少し痛い。
ごめんなさい、これからもっと大騒ぎになる上に油の音もうるさくなると思いますがどうぞご容赦ください。
それでは頂きます!!
ジュワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
この後メチャクチャ揚げ物をした。
もちろん、デザートはひんやり氷菓子。
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