第828話◆光の加齢臭

 紫の魔法陣から発せられた紫の光に染められた視界の中でアルコイーリス達の姿が薄れていき、紫で埋め尽くされる視界に全く違う景色が見え始めた。

 そこは見覚えのある場所。過去に何度か来たことのある場所、そして今日もっと早く到着するはずだった場所――二十三階層の塔の屋上。

 視界はまだ紫。転送は完全に完了しておらず、景色がはっきりとする前によく知っている声が耳に飛び込んできて、非日常から日常に戻ってきたような気分になり頬が緩んだ。

 だがアベル達はまだ、戻ってきたばかりの俺に気付いていない。



「もう! ちゃんと説明して!! なんでチビカメだけが戻って来ることになっちゃったの!? グランに何かあったの!?」


「カカカカカメーカメー……カカカカカメー……」


「カリュオンがチビカメが一緒なら大丈夫だろうって言うから、ほんのちょっとだけ安心してたのに! はーーーーー、ホントつっかえないカメだね!!」


「カーーーーーッ!!」


「つめたっ! は? 転移魔法を抜けられた俺が悪いって? く……確かにそうなんだけど、発動した転移魔法から抜け出すグランの方がおかしいと思わないの? ていうか、なんでグランは急に転移魔法を抜け出してアルコイーリスの方へ走っていったの!? え? オルゴールを受け止めに戻った? オルゴール……俺達だけ先に出て来た後、歌の発生源がオルゴールだったってカリュオンが言ってた」


「ほらやっぱり、そうだろ? ハイエルフは目がいいんだ。高そうなオルゴールだったから欲に目がくらんだか、それとも……おっと、帰って来たみたいだぜ。ほら、グランならきっと大丈夫だって言っただろ」


「ホントだ、グランさんだ! よかった、戻って来た!!」


「グラン!? 戻って来た!! 大丈夫? 怪我はしてない? 変な魔法や呪いはかけられてない? もー! なんでいきなり引き返しちゃったの!!」



 アベルの転移魔法を抜け出してから随分時間が過ぎたような気分になるが、それはアルコイーリスという強大な存在の前でずっと気圧され続けていたから。

 緊張と恐怖の中、一瞬が長い時のように感じられたから。


 咄嗟に駆け出してアルコイーリスの前に戻るまで、おそらく数秒から十数秒。

 限界まで力を出しきって、もしかすると必死すぎて限界以上の力を出していたのかもしれない。

 そこからアルコイーリスを飛び越えてオルゴールを受け止めるまで、ほんの数秒。

 受け止めて転がり落ちたのも、数秒の出来事。

 俺を助けに来ようとしたカメ君が尻尾で叩かれて、魔法陣に投げ込まれたのもまたその程度の時間。

 アルコイーリスにオルゴールを返そうとして蓋が壊れていることに気付き、修理するかと尋ねすぐに断られてオルゴールはそのまま返した。

 返したオルゴールはすぐにアルコイーリスからリリトの腕の中へ。

 その間に少しだけオルゴールがそのままでいい理由を語ってくれた。

 後は立ち去れといわれ魔法陣に向かって歩きながら、少しだけ本物のアルコイーリスの話を聞いた。

 魔法陣に到着するまでは数十秒くらいだっただろうか。

 そして最後にお願いとお礼を聞いたのは一瞬だけ。


 長かったようでせいぜい数分。

 今になって思い返せば非常に短い時間だった。


 だが、そんな俺を待っている方は、この短い時間がものすごく長く感じていたのかもしれない。

 そう感じるほど心配してくれる仲間だと、俺は知っている。

 だから心配かけてごめん。

 心配をしながら、帰りを信じてくれている仲間がいる。

 心配をかけてごめん、そしてありがとう。


 と、素直に言えたらいいのだが、やっぱいざ言おうと思うと恥ずかしい。

 だから心の中でたくさん感謝をしながら、心配をかけたことに謝るだけにする。


「ただいま。えっと、突然引き返してごめ――ふぉっ!? うふおおおおおお!?」


「キーーーッ!!」


「モーーーッ!!」


「カーーーッ!!」


 最初に俺に気付いたのはやっぱりカリュオン。

 カリュオンの言葉にジュストとアベルがすぐにこちらを振り返る。

 ブンブンと尻尾を振っているジュストと、言葉はきつくとも眉が下がって複数の感情が入り交じった表情のアベル。

 そんな彼らにまずは謝罪の言葉、と思ったらチビッ子達から水鉄砲と木の実と小石を浴びせられた。


「いたっ! いたたたたたたたっ! ごめん! ごめんって! 急に引き返してごめん! 心配かけてごめん! でも、どうしてもやりたいことがあったんだ! 話してると間に合わないと思ったから! 心配してくれてありがとう! そしてただいま!!」

 この空気の中なら恥ずかしがらずに言える! どさくさに紛れてありがとう!!


「……もうっ! グランのそういうところ、これ以上怒れなくなるからずるい! はー、もう帰って来たからそれでいいよ。くそ、今日の仕返しにいつかグランに目一杯心配をかけてあげるんだから!!」

 やめろ、そういう仕返しは精神衛生上よくないからやめろ。

 自分がやった後でそう思うのもすごく悪いけれど、やられるとものすごく心配しすぎて心にも胃にも毛根にもよくないからやめてくれ。

 アベルが一人で古代竜のところに突っ込んでいったと思うと……ああ、実際に以前アベルが一人で王都の地下に向かおうとした時、帰れというアベルの言葉に従わず無理矢理追いかけていったな。

 逆の立場になったことを考えると、アベル達にどれほど心配をかけたかよぉくわかった。


「で、グランは俺達にこれだけ心配をかけてまで引き返した目的は果たせたのか?」

 だいたいのことは大目に見てくれるカリュオンも、今回は困惑まじりの苦笑い。

 でも、俺の行動に何か意味があったことに気付いてくれていたのは嬉しい。

「ああ、果たしてきた。自己満足だけど納得した。その自己満足のために心配かけて……」

「納得したなら謝る必要はないぞぉ。心配はしたが無事に帰ってきたのなら、それでいいよなぁ? それでもって気になってたことが解決して納得したみたいなことだし、全てが上手くいったってことでよかったじゃないか。 な? アベルもそう思うだろ?」

 確実に心配をしてくれていたカリュオンが、そのことは置いておいて俺の無事を喜んで、なおかつ俺の気持ちを優先してくれたことに良心がチクチクとする。

 うん、もう謝らない。謝らないけれど、謝らなくていいって言ってくれてありがとう。


「もう、そう言われると何も言えないじゃん。グランが無事に戻ってきたからこの話は終わり! でも、俺達に心配をかけた分、その穴埋めにたくさん料理を作ってもらうからね! ジュストも絶対にグランのこういうところを真似しちゃだめだからね! 君はグランに似てるとこがあるから心配だよ」

「え? そんなに似てます? えへへ、それはそれで冒険者らしくなれたのかなって嬉しいかも。でも心配をする方の気持ちはよくわかったので、気を付けようと思います!!」

 ジュストの反面教師になったようで何より。そしてジュストも心配してくれてありがとう。


 こんなに心配してくれる仲間に囲まれて、俺は本当に幸せ者だなぁ。


 シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ。


 心配をかけた詫びに今日は張り切って夕飯を作るぞぉ。


 シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ。


 ああ~、塔の中ですっかり時間が過ぎてもう夕方だ~。帰還用転移魔法陣は二十五階層だし、これはもう一泊コースだなぁ。


 シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ。


 二十四階層はセーフティーエリアがないから、二十三階層入り口まで戻って……カメ君達はさっきから何をそんなにシュッシュッと俺に浄化魔法をかけてるんだあああああああああ!!!

 気がついたら、カメ君と苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんに囲まれて、めちゃくちゃ浄化魔法をかけられていた。


「カメー……」

「キキー……」

「ンモォ……」

 え、何その臭いものを見るような表情は?

 臭くなるような場所にはいっていないはずだけど?


「光の加齢臭がするカメ。光の加齢臭は浄化クサー。光の加齢臭を許スナー。ホントだ、確かに光の魔力が纏わり付いてるね。あそこで引き返したのってアルコイーリスに何かしたの? それで何かされたの? 変な称号とか状態異常とか加護は見えないけど、なんかイラッとする光の魔力がグランに纏わり付いてて気に入らないね。これは浄化案件だね」

 え? 加齢臭って何? 俺はまだ十九歳の若者なんだけど!?

 ぬわー、アベルまで浄化魔法に参加をしてしまった~。

「ははは、やっぱあのアルコイーリスのとこにいってたのか。で、気に入られたか? 何か貰ったのか?」

「まさか! アルコイーリスなんて次元が違いすぎる。少しだけ話をしてくれたけど、すぐ戻ってきたし何も貰ってない」

 いやいや、ほんの数分であんな次元の違う存在に気に入られるわけがない。

 俺のお節介に少し反応をしてくれただけ。


「それにしてはなんか妙に光臭いんだよねぇ……ねぇ、ジュストもそう思わない?」

「そうですか? 確か言われてみたら? あ、これは汗臭いだけだ! 僕も浄化魔法を手伝いますね」

 光臭いって何だ、光臭いって!

 ほら、アベルが変なことを言うから、ジュストまで汗臭いとか言い出したじゃないか!!

 え!? そんなに汗臭い!? ああ~、ジュストの浄化魔法が追加された~!!


「うぉ~い、浄化魔法で遊んでないで、そろそろ移動するぞぉ~。このまま二十五階層までいくと夜遅くなりそうだし、全員疲れてそうだからいったん二十三階層のセーフティーに戻るぞぉ。森の主様達にはたくさん土産を買って帰るから、もう一日留守番をしてもらおう」

 カリュオンもそう言いながら、さりげなくシュッシュッと俺に浄化魔法をかけたのはちゃんと見ていたからな!!


 臭くない! 俺は臭くない!!


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