第825話◆俺は無害な赤いテントウムシさん

「カカカカカカカカメエエエエエエエエッ!!」

 すっかり聞き慣れたカメ君の声が、いつものポジションから聞こえる。

 そして機嫌の悪い時の髪の毛グイグイ。

 それで思い出した。

 アベルの転移魔法を抜け出すのはそんなに難しくないので、ヒョイッと抜け出したら肩に乗っていたカメ君も一緒に連れて来てしまった。


「ごめん、カメ君がそこにいるのがあまりに当然すぎて巻き込んじゃったな。目的を果たしたら、そのまま紫の魔法陣に逃げ込んで脱出するつもりだ。大丈夫、きっとなんとかなる。やばそうなら援護を頼むよ」

「カッ!? カカカカカカメッ!?」

 ははは、今は全力で走っているからほっぺたカリカリなんかしないで、ちゃんと掴まっていないと振り落とされるかもしれないぞぉ~。

 髪の毛を引っ張るついででもいいから、しっかり掴まっておくんだぞぉ。


 ん? どうしたんだい? ああ、さっきアルコイーリスにいっぱい悪口を言ったみたいだから気まずいのかな?

 そうだね、目的を果たしたら駆け抜けて逃げて帰るつもりだけど、余裕があったらごめんなさいをすればいいんじゃないかな?

 痛っ! なんで肩を蹴飛ばしたの!?


 本当は一人でサクッといって、サクッと逃げて帰ってくるつもりだったのだが、カメ君がそこにいることが当たり前になりすぎて、カメ君を肩に乗せたままアベルの転移魔法を抜け出してしまった。

 戻ったらアベルにめちゃくちゃ怒られる予定だったが、その前にカメ君にめちゃくちゃ怒られている。

 ごめん! ごめんてーーーー!!


 うんうん、俺ってアホの子だよね! あそこでアベルの転移魔法に乗っていれば、今頃塔の外の安全な場所にいるはずだったよね!

 あの白金のオルゴールが樹から落ちそうだとしても、落ちて壊れたとしても、ここはダンジョン。

 ダンジョンだからダンジョンが作り出したオルゴールも、オルゴールの中の大切な想い出も、砕け散ってしまっても時間が経てば元通りになるんだ。


 だけど、どうしてかな。

 その想い出が砕け散ってしまうのがどうしても嫌だったんだ。

 それを失った時のアルコイーリスを思うと駆け出していたのだ。

 きっとシュペルノーヴァのオルゴールを覗いて、その想いを垣間見てしまったからだろうな。


 ホント、俺って馬鹿だよな。


 ああ~~、後でちゃんと怒られるから今はカリカリしないで~~!

 全力で走っているから落とされないようにしっかり掴まっていて~!!

 それで、ちゃんと一緒に塔の外に戻るんだ。


「カッ!? カメェェェェェェ~~~~!」


 身体強化を走ることだけに集中して限界まで発動させ、全力でアルコイーリスの巻き付く枯れた樹に向かって走る。

 自分で思っている以上に速度がでているのかもしれないが、アルコイーリスとそれが巻き付く樹の幹があまりにも大きいことに併せ周囲が白一色の景色故にあまり実感がない。

 すぐ横にいるはずのカメ君の声が、後ろの方に置いていかれたように聞こえることで、自分が全力で前へ突き進んでいることを確信した。


 そしてその真正面には巨大な白金の竜。

 ダンジョンが作り出したアルコイーリス。本物ではないが、本物を知らない俺には本物に見えてしまう。 

 先ほど一度は閉じられたその目が、今は再び大きく開いている。

 先ほどは瞳孔が丸く開きどこを見ているかわからなかった虚な目が、今は竜らしい縦長の細い瞳孔となり金色の瞳から強い視線がこちらに向けられている。


 貫くように鋭い視線だが殺意のようなものは感じられない。

 かといって友好的な視線でもなく、観察をしているような視線ではない。

 あえて例えるならば、人間が自分に近付いてくる虫を見下ろしているかのような視線。


 つまり不快と思えばそれだけの理由でプチッとされる。

 アルコイーリスさんが虫好きだといいなぁ!!

 ほぉら、俺は無害な赤いテントウムシですよ~! 虫は虫でも益虫ですよ~~!!

 ていうか、オルゴール!! 大事なオルゴールが落っこちるよ!!

 ああ~~~~、なんで俺は戻ってきたんだ~~~~!!


 ホントお節介な気持ちで戻ってきただけで何も悪いことはしないので、その落っこちそうになっているオルゴールを元の位置に戻させてください。

 もしくはご自分で気付いて元の位置に戻してくれないかなぁ?

 ていうかもう、お……おっおっ……おっ……おち……おち……おちぃ……落ちたああああああああ!!!


 それは俺がアベルの転移魔法を抜け出し、彼らの気配が消えたすぐ後。

 アルコイーリスの目が開き、その視線が定まるのに気付きつつも猛烈な勢いで走る俺が、カメ君の存在に気付いた直後。

 俺とカメ君を認識したアルコイーリスが大きな体を揺らしながら首を持ち上げこちらに顔を向けた瞬間。

 ここまでほんの数秒。

 その数秒は俺とアルコイーリスの距離は随分縮まり、おそらく俺の現在地は最初にアルコイーリスを認識した辺り、元は大きな扉があった辺りを駆け抜けた後。

 アルコイーリスが動いたことにより、枯れた樹の幹が大きく揺れすでに滑り落ちそうだった白金のオルゴールが、ポロリと赤毛の青年の腕から空中へと転がった。


 あああああ~~~、気付いて~~~~!! でっかい存在だからちっこいオルゴールなんて気付かない!?

 俺達のことが気になってオルゴールに気付いていない!? というか俺達が近付いたから気になって動いちゃったのが原因!?

 いやいやいやいや、元から落ちそうだったから! 直さないとちょっとした寝息の振動で落ちていたから!!

 そうなったのはアベルのド派手な転移魔法とか、カメ君達のトリプル煽りとかが騒がしかったからかもしれないけど!!

 やっぱ、俺達が原因じゃないか!!

 いや、今はもう原因をどうこう考えても仕方がない。

 俺はただ、あのオルゴールが落ちて壊れるのが嫌なんだ。


 もう少し、もう少し頑張れないか身体強化と俺の体。

 身体強化スキルはすでに限界まで発動している。スキルとしても身体への負担としても、もうこれ以上は無理だ。

 これ以上の速度が無理なら、最短距離で滑り込むしかない。

 それならきっと間に合う。

 こちらに向けられているアルコイーリスの頭を飛び越えて――。


「オルゴール、絶対受け止めるぞ! カメ君、助けてくれ!」

「カメッ!?」


 無茶振りでごめん。ちょっと水魔法で後押しをしてくれたら嬉しいな。

 もしくはギリギリ届かなかったらピューッと水を伸ばして受け止めてほしいな。


 そんな気持ちを込めてカメ君に声をかけ、オルゴールの落下地点を目指してアルコイーリスの頭上へと跳んだ。

 攻撃するわけでも、樹を狙っているわけでも、リリトを狙っているわけでも、オルゴールを奪おうとしているわけでもないから許してくれ。

 跳躍した俺を警戒したのか、アルコイーリスの眉間に皺が寄り光の魔力が揺らめいたのを感じた。

 魔法かブレスか? 

 だがこのタイミングならそれを躱してアルコイーリスを飛び越えられる。だってもう俺はアルコイーリスの”目”の前にいるのだから。


 アルコイーリスの瞳が俺を追う。

 俺はそのままアルコイーリスの頭に一度着地して、オルゴールの落下地点まで駆け抜けるつもり。

 いける。

 後のことはオルゴールを受け止めてアルコイーリスに返してから考えればいい。

 大事なオルゴールのはずだ、それを受け止めに近付いたのだとわかれば落ち付いてくれるはずだ。

 まずはオルゴール――。


 グワッ!


 と思った瞬間、俺を追うアルコイーリスの目に魔力が集中し、金色の瞳が白く輝いた。

 え? 目? 目から何か魔法? もしかして目からビーム!?

 やっば! まさに目の前じゃん!? 直撃の位置じゃん!?

 ゲエエエエ! カメ君、ここでちょっと水魔法で後押しして加速させてくれないかな!?


「カーーーーーーーーッ!!」


 カメ君の声がして、水魔法が発動をするのを感じた。

 さすがカメ君、ナイス援護――え?


 水をジェット噴射みたいにして後押しして加速してくれたら、目からビームの前にアルコイーリスの視界の外までいけると思ったのだが、カメ君の声と同時に飛び出したのは二つの水球。

 それがそれぞれアルコイーリス両目にぶつかって弾けた。

 目潰しーーーー!!

 援護は援護でも攻撃的援護ーーーー!!


 ヒイイイイ! アルコイーリスさんごめんなさーーーい!

 ついでにちょっと頭踏みますねーーーー!!


 水球はもしかして海水だったのだろうか。アルコイーリスがギュッと目を閉じて首を下に下げ前足で目を押さえた。

 俺のすぐ横ではカメ君の高笑いが聞こえる。

 後が怖そうだけれど、オルゴールを受け止めてチャラにしてもらおう。


 アルコイーリスが頭を下げたため、足場にしやすくなった頭の上を踏んづけてオルゴールの落下地点に向けて大きく跳躍。

「カーーーッカッカッカッカッ!!」

 そこで再びカメ君の援護が。

 俺がアルコイーリスの頭を蹴って跳んだタイミングで、アルコイーリスの後頭部目がけてカメ君が水鉄砲を放ち後押しをしてくれる。

 でも水鉄砲。加速のための水鉄砲だけれどアルコイーリスの後頭部に水鉄砲。

 オルゴールを拾ったら、そっと近くにおいて魔法陣に逃げ込もうか。


 カメ君の援護のおかげでオルゴールは目の前。

 そこはアルコイーリスの背中の上。


 届けっ!!


 手を伸ばしオルゴールの落下地点へと滑り込み、手が触れた瞬間それを抱き込むようにして衝撃ごと腹で受け止めた。

 間に合った!

 と思った瞬間には、ツルッツルでピッカピカのアルコイーリスの鱗の上をスライディングして背中から腹の方へと滑り落ちていた。

 滑り落ちる俺の視界には、滑り込んだタイミングで肩から振り落とされてしまったカメ君が尻尾の方へコロコロと転がっていく光景と、グルリと長い首を巡らせて俺の方を覗き込むアルコイーリスのめちゃくちゃ迫力のある顔があった。



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