第788話◆幼女の事情

 ヴェルヴェットは鮮血を連想するような赤い食べ物が好きだ。

 特に木苺はその色に加え、ただ甘いだけではなく爽やかな酸っぱさが混ざる甘みが好みだと言っていた。

 そんな木苺の真っ赤なジャムが載ったクッキーのおかげか、それとも真っ赤なリンゴで作ったリンゴ飴のおかげか、ヴェルヴェットの機嫌はすでに戻っている。

 いや、そもそもあまり怒っていた風でもなかったな。


「ていうか、かなり強烈な浄化魔法だったと思うが大丈夫か?」

 墓地の中を通る細い道を歩きながらヴェルヴェットに訪ねた。

「んぐ、妾くらいのヴァンパイアになれば、長く生きておれば自らの弱点を克服することに力を注ぐ時間も十分にあるし、弱点を補う装備も付けまくるのは冒険者としての嗜みじゃろ。聖属性が苦手であることには変わりないが、小童どもの手加減をした浄化魔法じゃし、なおかつ見知った魔力なら何とでもなるわい」

 大きなリンゴに棒を刺し、湯に溶かした砂糖で丁寧にコーティングしたリンゴ飴。

 それを機嫌の良さそうな表情でペロペロと舐めている幼女は、とてもヴァンパイアには見えない。

 そんな彼女の言葉の中に出て来た見知った魔力。やはりヴェルヴェットはカメ君達と面識があるようだ。

 ヴァンパイアに妙にヘイトが高いことと何か関係があるのかな?


「ケッ!」

 俺の肩の上に戻ってきたカメ君の方をチラリと見ると、小さめのリンゴ飴をカリカリとしていたカメ君がプイッとそっぽを向いた。

 苔玉ちゃんはカリュオンの肩の上に、焦げ茶ちゃんはジュストの肩の上に戻って、リンゴ飴をカリカリしながら大人しくなっている。


 確かにヴェルヴェットは説教を一度始めるとドリーやリヴィダスより長くて面倒くさいしおっかないけれど、基本的に温和な幼女ヴァンパイアである。基本的に。

 しかも何だかんだで面倒見がよく、俺もアベルもガキの頃はちょいちょい世話になっていた。

 アベルはヴェルヴェットによく魔法を習っていたな。俺は付与をたくさん教えてもらった。

 王都の冒険者ギルドにはそんな風にヴェルヴェットの世話になった冒険者も多く、見た目は幼女だが王都冒険者ギルドのお母さんとかお婆ちゃんみたいなオーラが出ている。

 ゲッ! なんか睨まれた気がする!


「聖属性の浄化魔法が効かないヴァンパイアなんてとんでもないね。でもさすがだよね、弱点を克服したりそれを補う装備を付けたりして、弱点属性に高い耐性を維持してるって。そういうところは素直に尊敬するよ」

 ヴァンパイアは苦手だが認めるところはちゃんと認めるアベルも、歩きながらリンゴ飴をカリカリしている。

 ヴァンパイアだらけの墓地なのに緊張感のない奴だなぁ。

 ま、上位のヴァンパイアのヴェルヴェットがいる時点で、低級のヴァンパイアはヴェルヴェットを恐れて寄って来ないのだが。

 俺とカリュオンとジュストはリンゴ飴をカリカリせず周囲を警戒しながら歩いているのだが、カメ君達が大暴れをした後であることとヴェルヴェットがいるという二重の要因で、ヴァンパイア達は俺達から離れ気配を潜めてしまっている。


 不気味に静かになってしまった広い墓地の中を、ヴァンパイアの町へ向かって歩く。

 目的地はこのフロアのヴァンパイア達のボスがいる屋敷、ヴェルヴェットもそこに向かっているというので一緒に向かっている。

 俺達はボスより屋敷で宝探しのつもりだが、ヴェルヴェットはボスに用事があるようだ。


「ホホホ、苦手なものを克服した瞬間、できなかったことができるようになった瞬間というのは何年生きておっても面白いものなのじゃ。そして苦手なものを克服すると、それが得意に、そして好きになる始まりにもなるのじゃ。ええか、そこの小童ども、いつまでも弱点が変わらぬと思っておると足元を掬われるぞえ。どれだけ強くなろうとも、己の力に溺れず精進を忘れぬように励め。世界には上には上がおる……いや、己の力に満足してしまった時成長は止まり、後からきた奴に追い抜かれるのじゃ」

「カァ……」

「ギィィ……」

「モ……」

 俺の肩の上でカメ君がカリカリと頭を掻く音がした。

 カリュオンとジュストの方を見れば、苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんも決まり悪そうに前足で頭の後ろを掻いている。

 大人に説教される悪ガキみたいだな。

 しかし長生きしていると思われるヴェルヴェットの言葉は重い。

 己の力に満足をしたら成長は止まる――そうだな、上手くできて満足してそこで終わりではなくて、今回上手くできたから次はもっと上手くやろうって思う方が成長できそうだもんな。

 俺も自分のできることに溺れないように、もっとできることを探そう。


「長生きのヴェルヴェットが言うと説得力があるね。ところでヴェルヴェットは何かの依頼でこの階層に来てるのか? ここの階層はヴァンパイアだらけだから、自分がいると紛らわしいから避けてるって言ってなかった?」

 そういえばアベルの言うように、ヴェルヴェットに限らずヴァンパイアの冒険者達は他の冒険者を混乱させないため、自分が間違って攻撃をされないため、ヴァンパイアのいる階層では必要以上に活動しないようにしている者が多い。

 このフロアでヴェルヴェットが活動しないといけないような依頼でもあったのだろうか。

 ここに来る前に王都の冒険者ギルドに立ち寄って情報収集はしてきたが、二十二階層については特にいつもと変わった情報はなかった。


 ヴァンパイアに血を吸われて死ぬとヴァンパイアになるから注意しろ。

 冒険者のヴァンパイアを見つけた場合、無理に保護をしようとはせず、襲われるようなら自分の安全が最優先であり、ヴァンパイアになって自我を失って人を襲うなら魔物と同じ扱いになる。

 もし自分がヴァンパイアになった場合、自我があるなら他のヴァンパイアと距離を取り、操られないようにして救助を待て。超運が良ければ助かるかもしれない。

 ヴァンパイアになってもまともに生き延びられる可能性は極めて低いので、間違っても自分からヴァンパイアになりにいかないように。


 といった、対ヴァンパイアについての当たり前の注意事項が、二十二階層のフロア情報にデカデカと書かれていたくらいだ。

 これはどんなに熟練の冒険者でも決して忘れてはいけない、油断してはいけないことなので、ヴァンパイアの出現のある場所の資料にはいつも書いてあるため特に気に留めなかった。

 もしヴェルヴェットが何かの依頼でこの階層に来ているのなら、資料に書かれていなかった何かが起こっているか懸念があるか。その場合依頼について聞いても守秘義務で教えてくれないだろうなぁ。


「うむ、事故なのか故意なのかわからぬが、最近冒険者がこの階層で行方不明になる事案とヴァンパイア化した冒険者の目撃が相次いでおってその原因調査かの。それからダンジョン産のヴァンパイアは自らフロアから出てくることはないのじゃが、ダンジョンでヴァンパイアになった者はダンジョン外にも出てくることもあるからの、どの程度ヴァンパイア化した冒険者がいるか数えてこいと頼まれてな。まぁヴァンパイアになりたての者ならこの階層の前後の階層が昼間故、自らダンジョンの外まで出て行くことはできないんじゃが念のためにの。それにしてもやはり妾はこの仮初めの地は好かんというのに、ハンブルクの奴め、ヴァンパイア向け高級血液セットなんかで釣りおってからに……」

 仮初めの存在、そして生き物全てに敵意をむき出す存在だが、自分と同じヴァンパイアと対峙することにはやはり思うところがあるのか、ヴェルヴェットは雪が積もっているかのような白くフサフサとした睫毛を伏せ深いため息をついた。

 表情は愁いを帯びているのだが、依頼を引き受けた理由が酷かった。



 だが、冒険者のヴァンパイアか……ここまでにいたのかな? 俺の目に入った限りにはいなかった気がするが、カメ君達が先走って暴走していった時に浄化した中にはいたかもしれない。

 もしヴァンパイアになってしまった冒険者がいたら、”親”のヴァンパイアの命令や吸血本能に抗うことができず自我を失い、階層を訪れる冒険者を襲うようになってしまっていたら討伐をされても仕方ない。

 だがまだ自我があり助かりたいと思う者なら、難しくはあっても手を尽くしたいとは思う。

 ヴェルヴェットの言うようにこの階層の前後は光溢れる昼間の階層でヴァンパイアとなった者を連れ出せば、日の光により瞬時に灰となってしまうため無事に町に連れ帰るのは難しく、なんとかして町に連れ帰ったとしても日の光という弱点を克服しなければ生きていくことはできない。


 カメ君達が浄化魔法で消し去ったヴァンパイアの中に、それっぽい装備の者は混ざっていなかった?

「偉大で常識的な俺様は、ちゃんと確認して浄化魔法を撃っているから多分おそらくきっと冒険者っぽいヴァンパイアはいなかったカメ、最近の冒険者の装いには詳しくないけどバケツを被ったような奴はいなかったクサ、モグラは目はあまり良くないからわからないモグラ。……この中でチビカメの返答が一番まともっていうね。まぁ、この階層まで来られる程のランクになってヴァンパイアに死ぬまで血を吸われる奴なんて助けてもすぐ命を落としそうだし、自らヴァンパイアになろうなんて奴は助ける必要すらないしね」

 俺がチラリとカメ君の方を見ると、それに気付いたアベルからちょっぴり不安のある鑑定結果を聞かされたけれど、そもそもアベルの言う通りなんだよなぁ。

 ここまで来られるランクだというのに死ぬまでのんびり吸血される方も冒険者としてどうかと思うし、自らヴァンパイアになった変態は論外。

 ま、うっかり浄化していたら不幸な事故だったということで、俺達もカメ君達も悪くない。


「まぁ、この辺りには冒険者のヴァンパイアはまだおらんじゃろうよ。ヴァンパイアになった奴らはこの階層の主がいる屋敷内とその周辺での目撃ばかり故、”親”は屋敷内の格の高いヴァンパイアもしくはこの階層の主にヴァンパイアにされたのであろう。妾はその状況の正しい把握とボスの討伐、ヴァンパイア化した冒険者の数の把握という目的できておる。ここのヴァンパイアは妾には縁のない者なので操ることはできはしないが、屋敷内のヴァンパイアと主をしばき倒せば、奴らが再びダンジョンに作り出されるまでの間は支配力がなくなる故しばらく大人しくなるじゃろ。その間に調査の予定じゃ」


 この階層で生まれたヴァンパイアは全てこの階層のボスの支配下にある。

 そしてこの階層のヴァンパイアによりヴァンパイアになった者も、親の親の命令には逆らえないというヴァンパイアの法則によりボスの命令には逆らうことができない。

 つまりこのフロアのヴァンパイア自体が主の支配下にあり、その命令によって侵入者を襲いヴァンパイアを増やしているということだ。

 大元である主を倒せば一時的に支配力が消え、支配を失ったヴァンパイアは自らの意思で動くようになりボス健在時ほど積極的に侵入者を襲わなくなる。


 ヴェルヴェットがボスを倒してくれるのなら、俺達はボスがいなくなってヴァンパイアが大人しくなった屋敷で宝探しかな。


「ちょうどよい、お主らちょっと妾と一緒にボスをしばくぞ」


 ちゃっかり宝探しだけしようと思ったら、ボス討伐に巻き込まれてしまった。









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