第787話◆大墓場のロリババア

「うっわ、この魔力ってヴェルヴェットじゃん」

 アベルがメチャクチャ嫌そうに言った。

 カメ君達が暴走していった先で起こった魔力爆発の爆風に含まれる魔力には覚えがあった。


 あぁ~、カメ君達なら大丈夫だと思うし、周囲への影響を考えて手加減しながらの浄化魔法だったからヴェルヴェットも大丈夫だと思うが、これはまずいというかカメ君達の名目上の保護者である俺達がヴェルヴェットに文句を言われるやつでは……。


「こりゃ、ドリーやリヴィダスの説教よりめんどくせーことになりそーだな。グランってヴェルヴェットのお気に入りだったよな、何とかしてくれよぉ」

 いつもニコニコしているカリュオンも表情が引き攣っている。

 って、こっちに振られてもなんともなんねーよ!!


 カメ君達が聖魔法をぶっぱしてヴァンパイアを浄化しまくっているのを放置していたのは、聖属性の浄化魔法なら他の冒険者に当たったとしても、憑きものが落ちたり心がスッキリしたり物理的に綺麗になったりと、生きている者になら基本的に悪いことはないからだ。

 聖属性の浄化をぶっかけられて困るのはアンデッドくらいである。

 そう、アンデッドは困るのである。


「カカカカカーッ!!」

「キョエエエエッ!!」

「モオオオオオッ!!」


 カメ君達がものすごい勢いでこちらに走って来ているのが見えたかと思うと、その勢いのまま俺の足の後ろに逃げ込んで揃って隠れるよう体を丸くした。

 カメ君は甲羅の中に、苔玉ちゃんはモコモコした木の葉の中に体を引っ込め、焦げ茶ちゃんは……ただ丸くなっただけだった。

 それにしてもカメ君達は何でそこまで必死で逃げてきたんだ?

 変に争いになるよりはいいのだが、カメ君達の反応がかなり気になる。


 確かにヴェルヴェット――先ほどの魔力爆発の時に感じた覚えのある魔力の持ち主は、王都でもトップクラスの冒険者なのだが、カメ君ですら争いを避けるくらいの実力者なのか?

 もしかしたら、俺が思っている以上に強い冒険者なのかもしれないなぁ。

 と思いながら、できるだけ笑顔を作りながらカメ君達が逃げて来た方を見て、視界に入った幼女にできるだけ爽やかに声をかけた。


「やぁ、ヴェルヴェット久しぶりだね。俺はロリコンじゃないけど、ヴェルヴェットは相変わらず可愛いなぁ。飴玉はいる? それともクッキーがいい? あまぁ~い、チョコレートもあるぞ?」


 病的なまでに真っ白い肌に、キラキラと輝く真っ白い長い髪。白と白の組み合わせの中、爛々と輝く血のように赤い瞳と鮮やかな赤い唇。

 身に纏うのは白肌と髪の毛とは対照的な真っ黒を基調にしたフリルたっぷりのドレス。ただ黒いだけではなくポイントポイントに赤い縁取りや飾りが入っており、それがかっこいいと可愛いを備えている。

 頭には大きな鍔が印象的なこのボンネット帽。こちらもドレスと同様に黒を基調とし赤い装飾がポイントになっている。

 そんな可愛い姿なのに、手には身の丈を超えるほどの巨大な黒い鎌が僅かな光を反射して黒く輝いている。

 手に持つ大鎌以外はダンジョン深部に相応しくない装いなのだが、それよりなにより高ランクのダンジョンに最も相応しくなく見えるのは、俺達がヴェルヴェットと呼んだ幼女自身だ。


 そう、幼女なのである。

 人間の見た目の基準でいくとうちの三姉妹よりも更に下に見えるほど。四、五歳くらいだろうか、前世でいうとこの幼稚園児くらいの幼女である。

 当然ながら本当にその年齢の幼女なら、人間であれば十二歳からという規則がある冒険者になれるわけがない。

 しかし彼女は王都の冒険者ギルドで活躍するAランク冒険者であり、その冒険者歴はハーフエルフのカリュオンよりも長く、年齢もカリュオンよりずっと年上だと聞いている。


 そんな見た目は幼女の超お姉様な彼女は当然人間ではない。

 病的なまでに白い肌に、血のように赤い瞳の彼女はヴァンパイア――噂では始祖に非常に近い存在で、この階層を闊歩しているようなヴァンパイアとは格が違う存在である。


 彼女は人間とは不要に争わず、人の中に混ざり生きているタイプのヴァンパイアで、冒険者として各地を転々としており王都には数十年前にふらりとやって来て、少し王都を満喫したらまたどこか別の町へ行くつもりだと言っていた。

 数十年でも”少し”という感覚なのが実に不死の種族の感覚であり、彼女が人間とは桁違いの時を生きている証拠である。

 彼女がどのくらいの強さなのかは正確には知らないが、王都の冒険者どころかこの国の冒険者の中でトップクラスではないかと思っている。

 ならば何故SではなくAランクなのかと思うのだが、ヴェルヴェット曰くSランクになると国が手放したがらず、いろいろ制約を付けられて気ままにあちこち行けなくなりそうだから気ままなAだとのこと。


 人の中で生きる彼女は、当然低級のヴァンパイアの弱点である光や聖に高い耐性を身に付けており、真っ昼間の日の光に当たりながら仕事をするし、日の光の下で休日を満喫しているのを何度も目撃している。

 更には普通に教会に出入りするし、なんなら聖職者の護衛の仕事を引き受けることもある。

 ぶっちゃけ言われるまでヴァンパイアって気付かなかったし、今でも肌が異常に白いこと以外外見はまったくヴァンパイアに見えないと思っている。

 しかし喋ると独特のご長寿を思わせる口調と、チラチラと見える鋭い牙のせいでヴァンパイアっぽさが滲み出す。 


「なんじゃ、グランではないか。またそうやって妾を子供扱いしおってからに。じゃが、貰えるもんは貰うぞ。それにしても見覚えのある小童に絡まれたと思ったら、グランの連れか? 最近、あまり見かけぬと思っておったがダンジョンにでも篭もっておったのかえ?」

 そうそう、この口調この口調。

 幼稚園児みたいな容姿から紡ぎ出されるこの婆くさい口調。

 口に出して言ってしまうとブチ転がされそうだから口には出さないが、口調を含め完璧なロリババアってやつである。

 このババアは可愛いババアという意味の褒め言葉なのに、俺がまだガキの頃にうっかり口に出して物理的に吊されたことがあるので、決して口に出してはいけない。


 それにしても、最近?

 俺が王都を出たのは去年の春先だからもう一年以上過ぎているし、ヴェルヴェットに最後に会ったのはそれより前だから、最近じゃないと思うんだよなぁ。

 まぁ年をとると十年二十年は最近になるらしいから、年齢不詳のロリババアには数百年くらい最近なのかもしれない。

 おっと、何だか睨まれた気がするけれどロリババアは褒め言葉なんだよぉ。


「じゃあ、これかなぁ。ヴェルヴェットの好きな木イチゴのジャムがたっぷり載ったクッキーだぞぉ。真っ赤なリンゴを丸ごと砂糖でコーティングしたリンゴ飴も付けるから、俺の連れが迷惑をかけたのは許してやってくれ。初めて来たダンジョンではしゃいじゃったのかなぁ? 迷惑をかけてすまなかった」

「ヵ……」

「ィ……」

「ョ……」

 足元で妙な声を出しながら、カメ君達が丸くなった状態から頭だけ出してブンブンと首を縦に振っている。


「ちょっとチクチクしただけじゃし、まぁよい。ダンジョンのヴァンパイアを駆逐しまくるのはええのじゃが、無関係で善良なヴァンパイアまで間違えて駆逐せぬように。主らの目なら紛い物と本物の見分けくらいつくじゃろ。ふむ、ちゃんと見分けながらやってたと? そのわりには妾に何回も浄化魔法を浴びせおってからに……まぁよい、小童のすることじゃ、久しぶりに会ったことだしこれ以上追及せんでおこうか」

 この口ぶり、ヴェルヴェットはカメ君達と面識があるようだ。

 そして加減をしていたと思われるとはいえカメ君と、カメ君と力比べ仲間の苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんの浄化魔法をくらったというのに、ピンピンしているヴァンパイアのヴェルヴェット。

 しかもカメ君達はヴェルヴェットがそうとう苦手そうだ。カメ君達を小童と呼ぶこの感じからして過去に何かあったのだろうか。

 ……まぁいいや、ヴェルヴェットの素性も含めこの世には知らない方がいいこともあるのだ。

 カメ君達のことを小童と呼ぶロリババアの年齢についてとか。

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