第786話◆ヴァンパイア絶対殺すマン

 二十二階層入ってすぐの辺りは墓地である。

 この墓地を大きな道に沿って進むと、ヴァンパイアの町へと入る。

 そして大きな道なりにその町を抜け、再び墓地へと入り進んだ先が二十三階層になる。


 俺達がいるのは、二十二階層に入ってまだそう進んでいない場所。大きな道からは少し逸れた辺り。

 カメ君達がヴァンパイアを追い回して暴れているので、他の冒険者に迷惑にならないようにメインルートとは別の道で進んでいる。

 このまま進み町へ入り、この階層のボスである格の高いヴァンパイアの住む屋敷へ向かう予定だ。

 ボスのヴァンパイアと戦うかどうかは屋敷にいってから考えるとして、とりあえず道中でヴァンパイアを倒しながら沌の魔石を回収し、屋敷では宝箱探しをしようかなと思っている。


 ヴァンパイア達の巣窟になっているこの階層は明けることのない夜。

 細い月と小さな星々しか明かりのない暗い階層。

 その作られた夜の闇の中、聖なる魔力が光の柱となって天に向かって連続で何本も伸びまくっている。

 あまりにピッカンピッカン光りまくるので、本来は暗いはずの階層がなんとなく明るい気がしてしまう。

 いや、実際明るい。

 まぁその明るい原因は俺達についてきたチビッ子達なんですけどね。

 


「何で君達そんなヴァンパイアに敵意剥き出しなの? でも何だかその気持ちわかるよ、俺もヴァンパイアはあんま好きじゃないんだよね、なんか性格が悪そうだしぃ? ヴァンパイアを見ると何故かイライラして光魔法をぶちまけたい気分になるんだよね。おかげでゴーストのいるこの階層も、イライラの方が先にきて怖くないんだけどね。あっ、ゴーストなんか元から全然怖くないんだけどね!!」

 強烈な聖属性の浄化魔法でジュッと浄化されて砂になったヴァンパイアの跡から魔石を拾う作業をしていたアベルが、ノリノリで浄化魔法をばら撒きまくっているカメ君達に言った。


 そういやアベルはゴースト以外にもヴァンパイアがあんま好きじゃなかったよな。

 アベルは怖がりなのでゴーストは苦手、ゾンビは単に気持ち悪いとか臭いとかの理由なのだろうが、ヴァンパイアに対してはそれとは違う感じのトゲトゲしたものを感じる。

 なんというか苦手な人や嫌いな人に対するトゲトゲした雰囲気、ヴァンパイアと対峙する時のアベルはいつもそんな雰囲気でそんな表情をしている。

 何がそんなに気に入らないんだ。

 それから、お前が超びびりでゴーストを怖がっていることはよぉく知っているから、今更隠す必要はねーぞぉ。


「ケッ!」

「フンスッ!」

「ブモッ!」


「え? 何々? ヴァンパイアはこの世の平和のために皆殺しカメ? ヴァンパイアを絶対許すな草ァ? ヴァンパイアは許すまじ、砂にするモグラ? 君達ものすごくヴァンパイアが嫌いみたいだね、俺もあんま好きじゃないから、いいよもっとやって!」

「百年以上かそこらの付き合いがあるのに、苔玉がヴァンパイアが嫌いだなんて初めて知ったぞ」

「でもヴァンパイアは見た目が人間そっくりなので、チビッ子さん達が倒してくれるのは助かりますね。服装くらいでしか冒険者の方と見分けがつきませんし、何より人の姿をしている者と戦うのはちょっとまだ心の準備が……」

 すごい勢いでヴァンパイアをなぎ倒していくチビッ子達を応援するアベル。

 長い付き合いのある苔玉ちゃんの知らなかった一面を知って驚くカリュオン。  

 そして人間と変わらぬ姿のヴァンパイアが、浄化魔法で次々と砂に還っていくのを見て困った表情をしているジュスト。


 ダンジョンが作り出した存在、しかも人間ではなく人間に対して強い敵性を示す魔物に近い存在だと頭では理解していても、やはり見た目人間にそっくりなものが目の前で死んでいく様子はかなりメンタルにくる。

 こちらの世界で育ち、自分の身を守るために他者の命を奪うことについて迷ってはいけないということを知っていたとしても、それが自分の命を守るための権利だとはっきりと理解している俺ですら、人や人の姿をした者の命を奪うという行動はずっしりと心にきて、その瞬間の感覚はいつまでも手に残る。


 それがたとえ救いようのない悪人だとしても、魔物だったとしても、この世界にすっかり慣れたと思っていてもやはり人の姿をした者の命を奪うという行為は苦手である。

 迷いは死に繋がるからその時は迷わない、迷わないけれど何も感じないわけでない。

 俺もあまりヴァンパイアと戦うのは好きじゃない。とくに人間と同じように喋り感情が表情に出るような個体になると、ダンジョン産のヴァンパイアであっても苦手である。


 こちらの世界の感覚が当たり前である俺ですらこれだ、人を殺す経験なんてまずすることのないあちらの世界からきたジュストにとってこの光景はショッキングな光景だろう。

 ジュストはまだ子供だから、こちらの世界に慣れていないだろうから、冒険者になって日が浅いからとジュストの目を塞ぎこの光景を見せないようにすることはできる、だがそれでは解決にはならない。

 俺がいつまでもジュストの面倒を見るわけにはいかないし、ジュストも一人立ちしてこの世界に馴染まなければならない。


 それでも俺は思う――割り切って行動できるようになる必要はあるが、この感覚に慣れてほしくはない、人の命を奪うことを当たり前だと思ってほしくはないと。

 人間と同じ姿をしたヴァンパイアが砂になる光景を見て、戸惑っている表情をしているジュストのその感覚は間違っていない。そしてこの世界に慣れたとしても、その感情をずっと心の隅っこでいいから残しておいてほしい。


 ポンッとジュストの背中に手を添える。

「無理はしなくていい、慣れる必要もない。ただ覚悟だけがあればいい。その覚悟は必要な時にできていればいい。必要なければその方がいいから」

 こういう光景を目にした最初が人間ではなくダンジョンのヴァンパイアだったのはある意味よかったのかもしれない。

 斬れば人間と同じように血が出て痛みに苦しむ。だが死せば砂になり死体は残らない。

 浄化魔法で倒せば体が白い光に包まれサラサラと崩れて砂になり、剣で斬るよりも更に死の実感が少ない。

 いつか覚悟を決める日が来る前に、少しでも心の準備をするきっかけになるかもしれない。


「はい……でも、いつかその時が来た時のために目は逸らしません」

 複雑な表情をしながら、少し肩を揺らしながら、カメ君達がヴァンパイアを浄化する光景を見入るジュスト。

「目を逸らさないのはいいけど、魔石は回収しないとなくなるぞぉ~」

 あまりにジュストが緊張をしたような表情をしているので、それをほぐすようにおどけた口調で魔石の回収を促した。

「あ、はい! そうですよね! 見てばっかりいたら回収できない!」

 ジュストが浄化されるヴァンパイアから目を逸らし、魔石の回収作業を再開した。


 そう、今は目を逸らしてもいい。

 今日のところは俺達が何とでもしてやれるから。

 覚悟はすぐに決めなくていい。

 必要な時がくれば、ジュストならきっと覚悟はできると思うから。

 できれば、そんな覚悟をするような時は来てほしくないけれど。


「もう、グランってホントあまいんだから」

 すぐ近くでアベルが囁いたのが聞こえた。

 うるせぇ、お前だってセレちゃんに口では厳しいことを言いながら、安全な冒険者ごっこでよしとしているじゃないか。


 きっとそれと同じ。

 必要かもしれない辛い覚悟は、必要じゃない方がいい。

 必要な時が来ない方がいい。



「それより、苔玉達がヴァンパイア殲滅に夢中になりすぎて暴走していったけど大丈夫か? てか、何で揃ってあんなにヴァンパイアに敵意剥き出しなんだ?」

 カリュオンに言われてカメ君達が暴れている気配のする方を見ると、暴れている魔法光は見えるがすっかり離れてしまっている。

 確かに何であんなにヴァンパイア絶対殺すマンになってるんだ?

 ヴァンパイアに何か大きな恨みでもあるのだろうか? カメ君だけではなく、苔玉ちゃんも焦げ茶ちゃんも。


 って、さすがに離れすぎだなぁ。

 戦力的には平気だろうが、他人から見たらペットが暴走しているように見えるかもしれないし、近くにいる冒険者の探索の妨害をしてもいけないのでそろそろ追いついて暴走を止めるか。

 もちろん魔石を回収しながらだけど。


 あー、でもカメ君達が暴走していった方に冒険者の気配がするなぁ。

 あれ? この気配って?

 やっばっ! ヴァンパイアだらけの階層で全く気付かなかった!!



「こりゃ! 妾はダンジョンのヴァンパイアと違うわ! えぇい、やめろ! やめろと言っておるじゃろがぁ! ダンジョン産偽物と真の最上位ヴァンパイアの見分けもつかぬ、愚かな小童どもがーーーー!!」


「カメッ!?」

「キキッ!?」

「ズモッ!?」


 気付いた時にはチビッ子達が暴走していった先で、聖の魔力の白い光の柱と沌の魔力の黒い靄の柱が同時に上がり、轟音が周囲の空気をビリビリと揺らした。


 その轟音の直前に、王都にいた頃の知り合いの声が聞こえた気がした。



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