第789話◆永遠に憧れる
ヴァンパイアになったばかりの者は脆弱である。
太陽の光に直接当たればそこから灰になり、銀の武器で傷つけられれば回復をすることなく、聖属性のものに触れればそこから溶けていく。またニンニクの臭いで動けなくなる。
ゾンビのようなしぶとさもなく、スケルトンのように肉がない故に射撃や突きが効かないという長所もない。
ヴァンパイアに吸血されヴァンパイアとして蘇ったばかりの者は、アンデッドの中でも最下級であるゾンビやスケルトンと同等かそれ以下の強さなのだ。
もちろんゾンビやスケルトン同様によく燃える。
そんな状態から生き物の血を吸い少しずつ力を付けていき、次第にゾンビよりもスケルトンよりも強くなり、強くなれば吸血できる対象も増え更に力を付ける。
そうやってどんどん力を付け格の高いヴァンパイアになっても、やはり自分をヴァンパイアにした”親”には逆らうことができない存在。
そしてそれほどまでに力を付けられる者はごく一部らしい。
ほとんどのヴァンパイアは自分の”親”に操られ、自我を抑え込まれ”親”の手先となって獲物を集める駒となる。
その際に獲物に反撃され消滅してしまう者、吸血ができず餓死してしまう者、親や別の強力なヴァンパイアの機嫌を損ね、あるいは戯れに消されてしまう者。
またヴァンパイアになったばかりの頃はとにかく喉が渇き、吸血願望のコントロールができないらしい。そしてその願望に理性を飲まれ吸血行為に及び返り討ちに遭い多くの者が消えていく。
――と、下っ端ヴァンパイアは悲惨で哀れな存在であると聞いている。
それでもやはり、ヴァンパイアに血を吸われて死ぬだけで不老不死が得られると、自らヴァンパイアに咬まれに行く者は後を絶たない。
老いと死に怯え、永遠に憧れる。
それは誰しも一度は覚える感情ではないだろうか。
自らヴァンパイアになる者を愚かだとは思うが、その願望は理解できる。
俺だって思うよ――この楽しい時間が、友人達との時間がずっと終わらなければいいのに。
思うけれど、安易にそれを手に入れようとして悲惨な結末になった話は、冒険者をしていると時折耳にはいる。
自らヴァンパイアになった者以外にも不老不死になるという薬を口にして命を落とした者、ひどい後遺症を負うことになった者、アンデッド化を試みてそのまま死す者、ゾンビとなり命も理性もない存在になり葬られるしかなかった者。
厳しい修行の末生きるアンデッドとなったリッチビショップのような例外もあるが、安易に不死を欲し上手くいったという話は聞いたことがない。
いや、成功した者はそのことを誰にも伝えずひっそりと生きているのかもしれない。
それは自分だけが特別でありたいからか、口にしたくもないほどに後悔をしているのか。
「ヴェルヴェットがいるとアンデッドが寄ってこないから快適なんだよねぇ。それで、もしヴァンパイア化した冒険者がいたらどうするつもり? 完全に自我を失って襲ってきたらもう倒すしかないけど、体はヴァンパイアになっていても自我を保っている場合。連れて帰るのも難しいし、かと言ってここに放置してたらいずれ”親”やボスの命令や吸血本能に負けて冒険者を襲うようになるよね? 結局殺すしかないんだよね、ヴァンパイア化した冒険者は」
リンゴ飴を食べ終わったアベルは、今は木苺のジャムクッキーをボリボリと食べながら歩いている。
ダンジョンで緊張感のない奴だな。というか墓に囲まれた場所でよくクッキーなんか食べる気になるな。
いつもはこういうゴーストがいそうな場所ではビビリ散らしているのに、ヴェルヴェットのおかげでヴァンパイアを始めとしたアンデッドが寄ってこないのをいいことに、お菓子をボリボリと食べながら歩いている。
俺がヴェルヴェットにお菓子をあげようとすると、アベルもくれくれするので渡すとそのまま歩きながら食べている。
アベルだけじゃなく、カメ君と苔玉ちゃんと焦げ茶ちゃんも。
そして皆がボリボリするので、先ほどまでは我慢していたカリュオンもクッキーをボリボリし始め、ジュストだけ我慢させるのは可哀想だとジュストにもお菓子を渡して、今ボリボリしていないのは俺だけである。
俺偉い! 真面目! 常識的冒険者!!
「そうじゃのぉ……底辺ヴァンパイアの状態から生きて社会復帰したいという強い希望と、それを成し遂げる根性と覚悟がある者なら、ボス不在の間になんとか光耐性と聖耐性を付けさせて連れ出すかのぉ。手っ取り早いのは光や聖属性のものを食うのがええんじゃが、底辺すぎる者はそれを口にするだけでも口の中が溶けてしまうから、まずは弱いものから徐々に慣らして光と聖の耐性を少しずつ上げていくしかないな。なぁに、人間だってよくやる魔法耐性上げと同じじゃよ」
こちらも木苺のクッキーをボリボリとしているヴェルヴェット。
耐性上げかー、俺も冒険者になった頃やったなぁ。
アベルに効率のいい魔法耐性上げの方法があるって、火魔法で炙られたり、氷魔法で凍らされそうになったり、石化魔法をかけられたり、雷に打たれたり、強い光でジリジリされたり、闇魔法で拘束されたり、とにかく魔法をひたすらぶつけられて魔法耐性を上げたよなぁ。
俺は魔力が多いから魔法に打たれていればすぐに魔法耐性が効率良く効果が出るようになるよって、アホみたいに魔法をぶつけられた。
今思えばアレはアベルの悪ふざけでもあったのではないだろうか。魔法耐性が上がって周囲に被害がない程度の魔法ならあまり効かなくなったら、アベルがつまんないといってやめちゃったし。
ヴァンパイア化した冒険者で助けられそうな者がいたら、まずその耐性上げをやるつもりなのだろうか。
ヴァンパイアなのに光魔法も聖魔法も使えるヴェルヴェット自らやるのかな?
逃げるなと命令して手加減しまくった魔法でチクチクされるのだろうか。
幼女にチクチク……人によっては新たな性癖に目覚めそうだな。
「どのみち先にこの階層の主を倒してからじゃの。倒せぬことはないのじゃが、妾はここの主と相性が悪くてな。しかも冒険者のヴァンパイアが多いとなると、普段より強い個体かもしれぬからお主らと偶然あって良かったわい」
ヴァンパイアは血液と共に血液に含まれる魔力を糧とし、吸血によって強化されていく。
この階層で冒険者のヴァンパイアが増えているというのなら、ここまでくる実力のある冒険者が吸血されたということになる。
故意にヴァンパイアになった可能性もあるが、もしそうではなかった場合それだけの実力のある冒険者から吸血することができる強さのヴァンパイアが存在していることになり、その個体はそれほどの実力者の血を吸って更に強化されていることになる。
強化されれば予想外の強さとなり、挑んだ冒険者が負けて吸血され、また強化されるというスパイラル。
それがヴァンパイアの恐ろしいところでもある。
過去にもそうやってこの階層のボスが強化されて、多くの冒険者が犠牲になったという記録もある。
ヴェルヴェットがここに派遣されたということはその可能性があるか、もしくはヴァンパイア化した冒険者の報告が複数上がってきたため懸念の時点で手を打ったか。
二十二階層の近況にはボスについては何も触れられていなかったので、おそらく後者だろう。
しかしここのボスがいくら強化されたとしても、カメ君達すらビビリ散らす年齢不詳のロリババアヴェルヴェットが、相性が悪いと言い表情を険しくする理由がわからない。
同じヴァンパイア同士なら”親”と”子””孫”などというヴァンパイア連鎖の関係でなければ、純粋に格の高さ――強さでの勝負となるはず。
ここのボスはAランクで俺とアベルのペアでも倒せる程度のボスだ。
そんな相手にヴェルヴェットが相性が悪いというのは――。
「おっ、町が見えてきたぞ」
少し気になりその答えを探そうと思考を巡らせ始めたところで、カリュオンの声が聞こえ我に返った。
カリュオンの指差す方向には、暗い夜空の下に立ち並ぶ家々の黒い影。
その街並みの向こう、少し小高い丘の上に目的地であるこの階層のボスの屋敷が見えた。
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詳しくは後ほど近況ノートでお知らせいたします。
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